Image by: FASHIONSNAP
高騰著しいヴィンテージシェーヌダンクル。現行モデルが入手困難になるなか、ヴィンテージシェーヌも市場から姿を消し始め枯渇し始めています。まだ間に合う今こそしっかりと知識をつけてヴィンテージを選びたいもの。そこでヴィンテージエルメスジュエリーを専門に取り扱う渋谷パルコ4Fの予約制ショップ 「VCM COLLECTION STORE」を運営する、VCM代表の十倍直昭さんに希少価値の高い1960年代から、今探しておきたい1990年代〜2000年代までのモデルを徹底解説してもらいます。
2008年にセレクトヴィンテージショップ「グリモワール(Grimoire)」をオープンしたのち、2021年にはヴィンテージ総合プラットフォーム VCM(@vcm_vintagecollectionmall)を立ち上げ、日本最大級のヴィンテージの祭典「VCM VINTAGE MARKET」を主催している。また、渋谷パルコにて、マーケット型ショップの「VCM MARKET BOOTH」やアポイントメント制ショップ「VCM COLLECTION STORE」、イベントスペース「VCM GALLEY」を運営。2023年10月には初の書籍「Vintage Collectables by VCM」を刊行するなど、"価値あるヴィンテージを後世に残していく"ことをコンセプトに、ヴィンテージを軸とした様々な分野で活動し、ヴィンテージショップとファンを繋げる場の提供や情報発信を行っている。
ヴィンテージシェーヌダンクルを選ぶ前に覚えておく基本知識は?
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FASHIONSNAP(以下、F):よろしくお願いします。まずキホンのキからいきたいと思いますが、シェーヌダンクルの購入を考える前に覚えておいた方が良い知識はありますか?
十倍直昭(以下、十倍):そうですね、やはりまずはサイズの種類ですね。シェーヌダンクルには基本的には5つのボリュームサイズがあります。ボリュームが大きい順にTGM(トレスグランモデル)、GM(グランモデル)、MM(モアイヤンモデル)、PM(プチモデル)、TPM(トレスプチモデル)があります。自分がどのボリュームと相性が良いのかは確認しておくことが大切ですね。
F:目安的なものはありますか?
十倍:男性に人気なのはGMですが、ボリューム感が欲しい方はTGM、さりげなく付けたい方はMMなど、選び方は様々です。最後は自分の手首との相性で決める人が多いですね。一番細いTPMは、基本はTバーがないので、華奢な印象でつけることもできますし、時計と合わせてつける方も最近増えてきていますね。男女兼用と考えるならMMを選ぶ方が多い印象です。
F:TGM〜TPMなどはあくまでもコマのボリュームサイズ感であって、手首まわりの長さというわけではないんですよね?
十倍:そうですね。手首まわりはコマ数で考えます。TGM、GM、MMの場合平均的な男性だとコマ数13コマ、太い人は14コマ。細い男性or女性は12コマというのが基本です。気をつけたいのは、コマの太さによって結果長さが変わってしまうことです。TGMとTPMだとコマのボリュームがかなり違うため同じ13コマといっても長さがだいぶ変わってしまうのでこの部分は気をつけたほうがいいですね。
F:なるほど。13コマや14コマだから全部大丈夫というわけではないんですね。
十倍:そうですね。そのため買う際に迷ったらコマが多い方を選ぶのがポイントです。というのもコマを取って短くすることはできますが、コマを後から買い足して長くするのはヴィンテージではかなり難しいからです。
F:同じ年代のコマを探すのはかなり困難ですからね。ちなみに現行はどうなんですか?
十倍:現行モデルの場合は、コマを足すのも引くのもエルメスの店舗で対応してくれます。ただ、あくまでも今はという感じで、モデルがアップデートされたらどうなるのかはわかりませんので気をつけたいですね。
年代ごとで見るヴィンテージシェーヌダンクル
F:もともとシェーヌダンクルはエルメス4代目社長のロベール・デュマが考案したことで生まれたんですよね。
十倍:1937年にロベール・デュマが海岸を散歩していたとき、船と港を繋ぐ錨のチェーンを見た時に始まったと言われています。確かノルマンディの海岸だったと思います。それから形にしてシルバーでオーダーではないエルメス初のジュエリーとして1938年に発売されました。
F:シェーヌダンクル(Chaine d’ancre)はフランス語で、イカリの鎖を意味しますね。1938年に発売ということはヴィンテージで最も古いのは1938年ということですか?
十倍:そうですね。ただ実際に、ヴィンテージで流通している初期と呼ばれるのは50〜60年代からがメインですね。なので今回も60年代から解説していきたいと思います。
60年代ヴィンテージの特徴
F:では、まずは60年代からです。60年代以降と一番大きく違うのは素材なんですよね?
十倍:そうです。60年代~70年代初頭はシルバー800という素材が使われていて、70年代以降はシルバー925という素材になります。今のシルバージュエリーの基本はシルバー925で、素材としてシルバーの比率が92.5%になっています。
F:見分けかたとかはあるんですか?
十倍:あります。素材の見分けかたは、ヨーロッパのジュエリーに必ず打たれてるホールマークという刻印を見ればわかります。フランスでは925はミネルヴァという刻印で、800の場合はパリで作られていればイノシシ、パリ郊外で作られてるものだったらカニの刻印が入ってます。なのでイノシシやカニの刻印があれば800ということがわかるんですね。
F:かなり小さいので見分けが大変かもですね。イノシシとカニの場合どちらのほうが珍しいのですか?
十倍:イノシシのほうが貴重ですね。ただ、それに対して価値がそこまで大きく変わるかというと現状はそこまでという感じですね。ただイノシシ(パリ)で作られてるものとカニ(郊外)で作られているものの量を比べると圧倒的にカニで作られているものが多いです。なので、そこまでこだわるコレクターが増えると変わってくると思います。
F:シルバー800の特徴みたいなものはあるんですか?
十倍:やっぱりシルバー925よりも、ちょっとこうメタリックな印象は受けますよね。ただシルバー比率が80%ということで、残りの20パーセントを何を入れるかでだいぶ変わるんですよね。鉄が多ければ鉄っぽいテクスチャーになるし、アルミが多かったらアルミっぽいテクスチャーみたいになりますし。銅が多かったら沈んだテクスチャーになったりと20%部分でだいぶ変わります。
F:何の素材を20%部分に使っているかはわからないんですか?
十倍:これがかなり難しいんですよね。ルールが統一されていなかったのか、工房によって裁量が違ったのかはわからないですが20%部分はかなり複雑ですね。リーバイスのヴィンテージジーンズでも各生産工場で余った素材を流用したりしたことで、70年代生産だけど60年代のデニム生地が使われているみたいなこともあるじゃないですか。そういう部分がこの時代のシェーヌダンクルにもあったのかなと思ったりもします。
F:なるほど。800と925での素材の違いは結構明確に出るんですか?
十倍:出ますね。やっぱり銀以外の素材が多い分、60年以上経っているものなので20%部分でのエイジングは独特だと思います。色は落ち着いてて、メタルっぽい質感でマットな印象のものが多いですね。
F:素材以外に要注目したいものはコマですよね?
十倍:そうですね、一目でわかるコマの形ですね。四角く、角張っている長方形みたいな、やや無骨な印象を受けるコマが大きな特徴ですね。実はこの年代は個体差がかなりあって、ものすごくコマが詰まった個体とか、だいぶ角が丸いものなどこれも工房によって個性が出ていることが多いです。
F:この時代ならではという感じですね。
十倍:本当にそうですね。初期コマの醍醐味という部分でもあります。素材は60年代なのにこの丸いトグル(Tバー)の部分に70年代の特徴である筆記体ロゴが入っているものもありますし。当時の完全ではない面白さみたいな良さがありますよね。
F:ヴィンテージならではの部分ですね。そこがコレクターを惹きつけるんですよね。他に注目しておいたほうがいい部分はありますか?
十倍:個人的にシェーヌダンクルは音というのもポイントの1つだと思ってます。だけど、この音も800と925で少し違って800の方が高い音が出るんですよね。800が好きな人は他の指輪やネックレスなども同じ60年代のものを探すことが多く、実はこの部分にこだわる人が多いんです。なので着けた時や振った時に出る音の違いなんかも気にしてもらえると面白いと思います。
F:その他で初期コマを買うときの注意は?
十倍:エルメスの刻印が入るんですが、結構消えてるものが多いんですよね。ルーペで見ないとわからないものもあったりと、出来ればこの刻印がしっかり残っているものを選びたいですね。
70-80年代ヴィンテージの特徴
F:次は70年-80代ですね。
十倍:前提として 60年代から70年代に切り替わるときにいきなり全く違う仕様になるわけではないということは覚えておいて欲しいです。
F:移行期としてちょっとずつ変わっていくみたいなものですね。
十倍:今のようにデジタルで厳密に管理されているわけでもなく、制作もすべてアナログで行われているため工房によっては70年代アイテムでも60年代の特徴をもっているものがあります。ズレで60年代で使われてるものも存在しますが、70年代と80年代のシェーヌダンクルには主にここに刻印が打たれています。
F:このリングの部分ですね。
十倍:留め具の丸い部分にある「エルメスパリス」の筆記体刻印ですね。シェーヌダンクルに関してはこの年代以外に筆記体を使ってるものはほとんどないのが特徴ですね。ホールマークとメーカーズマークもここに刻印されてます。
F:これのホールマークはカニやイノシシとかではないんですね。
十倍:この年代になるとシルバー925になっているのでミネルヴァ刻印ですね。エルメスパリス筆記、ホールマーク、メーカーズマークのセットが基本です。
F:メーカーズマークはこの菱形のマークで工房を指すんですか?
十倍:そうです、ヨーロッパのジュエリーで打たれる刻印のことでどこの工房で作ったかを表すマークです。必ずジュエリーには、ホールマークとメーカーズマークが打たれます。ややこしいですよね(笑)。ホールマークは素材、メーカーズマークは工房と覚えておけば大丈夫です。ただ、どの工房で作られているかまでを確認するのはかなり難しいです。
F:菱形の中にあるアルファベットで識別するとしたらかなり見づらいですね。
十倍:そうなんですよ。一文字だったり摩耗で薄くなってたりと判別が難しいですね。しかも無数にメーカーズマークがあるのであくまでも参考という感じで思ってもらえればです。ただ、ジョージランファン工房という有名な工房だった場合はちょっと値段が上がることもあるので見逃せない部分ではありますね。
F :なるほど。60年代は色々ありましたけど、70年代と80年代は同じような仕様を共有している感じなんですか?
十倍:そうですね、まずは筆記体は共有されていると思います。それとGMに関しては、コマが60年代と90年代に比べて太い。1番ボリュームがあると思います。
F:確かに。丸みも出てより今っぽいシルエットに近づいていますね。
十倍:丸みもボリューム感に一役買っていると思います。そのため、着けた時の感覚は13コマでも少し短く感じますね。そのため、13コマだから安心というわけでもないので注意が必要です。逆に90年代は同じコマでも長く感じると思います。
F:自分のサイズを過信しないで、年代ごとのレングスも確認することが大事なんですね。他には?
十倍:Tバーの部分のエルメスパリス刻印が残っているかですね。しっかり残っている個体はすごい少ないです。このTバーが当たる部分に刻印が入ってるため、年数が経って摩耗してるものが多いんですよね。刻印が薄くなってるものだと少し価値が下がってしまいますね。
F:筆記体を含めて刻印の濃さとレングスの長さがキモということですね。
90年代ヴィンテージの特徴
F :次は90年代です。ヴィンテージの入り口として人気がありますよね。
十倍:60〜80年代はある意味価値がハッキリと決まっていましたが90年代は今まさに価値を形成し始めているという感じですね。90年代からどんどん洗練されたデザインになっていて、ヴィンテージとモダンの間という感じですね。
F:60年代のはまさにアンカーチェーンという感じの雰囲気でしたが、90年代はかなり滑らかになってきてますね。
十倍:そうなんですよね。モダンになってますよね。やはりヴィンテージや初期モノがお好きな方はアンカーチェーンを思わせる60年代のものを選ばれますし、いまのファッションに合わせるなら現行のものを、と言う方も多いですね。
F :確かに洗練されるとウィンテージ感が薄れてきますよね。論争が色々ありそうです(笑)。
十倍:そうなんですよね。そこで 1番バランスが取れているのが90年代なんです。60〜80年代の少し荒いヴィンテージ感と現行のモダンさ、どっちの要素も含まれてるのがこのヴィンテージなんです。
F:90年代でも特にマルジェラ期は注目が高いですよね。
十倍:そうですね、厳密にいうと97年から2003年までの間なので90年代すべてが必ずマルジェラ期として当てはまらないというのは注意が必要です。ただ、市場では、90年代から~00年代前半のものが総称してマルジェラ期と呼ばれている気がします。
F:なるほど。実際マルジェラが手掛けたわけじゃないけど、名前としてマルジェラ期として呼ばれているんですね。そう考えるとマルジェラの影響力はすごいですね。
十倍:そうですね。やはりマルジェラ期のものを中心に探している人は多いです。 そのマルジェラ期の目安としては、 スタンプのように型押しされている刻印ですね。 ここに1つだけ「HERMES」とグッと押されてるような刻印があるところです。
F:70〜80年代の筆記体刻印とも現行のレーザー刻印とも違ってますね。
十倍:後から押してるんじゃなく成形する段階のシルバーを作るキャストの中に、このエルメスのロゴが入ってたんじゃないかって個人的には思っているんですよね。ただ、 すごく個体差があって、薄いものもあれば濃いものもありますし、浅いものも深いものもあるんで、 僕個人的には刻印を見るのが一番楽しみな年代ですね。
F:型押し刻印でも90年代を見分ける部分は他にもありますか?
十倍:ちょっと見づらいんですけど、隣同士で打たれているホールマークとメーカーズマークの部分ですね。90年代はホールマークとメーカーズマークの2つ。
F:ちなみに90年代の魅力はなんでしょうか?
十倍:やっぱりヴィンテージと現行のはざまというところでしょうか?2000年代になるとある意味完成系に近い感じがします。
F:手仕事じゃなくなるという意味ですか?
十倍:いえ、職人さんが作っていることに変わりはないと思うんですが、よりプロダクトとしての完成度が高まって綺麗になるんですよね。刻印もレーザーだったり、個体差もなくなっていくことが、現行に近いモデルにはあると思います。その反面、コマとかをよく見るとなんか揃ってないなぁ、みたいな思わずニヤリとしちゃうヴィンテージならではですよね。
F:クオリティに安定感があると買い手側としては安心できるけど、そうじゃない面白さが減ってしまうということなんですね。まさにトレードオフですね。
十倍:無いものねだりになってしまいますけど、そこがヴィンテージの面白さですからね。ここについてはヴィンテージデニムの魅力に近い部分があるかもしれませんね。
F:最後になりますが、買うんだったら何年代がオススメですか?
十倍:うーん、今で言えば00年代頭以前の個体ですね。どう動いていくのかが楽しみです。価格を気にしなければ、70〜80年代ですね。どんどん市場から減っている状況ですが、60年代に比べてまだ少しは見つかる可能性がありますし。予約制ショップの方にいらしていただければ、色々とお話しさせていただきますので是非お気軽にご来店ください。
また最後に、ここまでシェーヌダンクル含めエルメスジュエリーの人気が高まっている今、ネットなどでは精巧に作られた偽物も、近年大変多く出回っていますので、購入の際はしっかりと注意していただきたいところです。
F:自分に合ったものを選べる今がまさに買い時なんですね。ありがとうございました!
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