
左© Studio des fleurs、右© Lee Whittaker

左© Studio des fleurs、右© Lee Whittaker
「エルメス(HERMÈS)」が、庭コレクションの8番目の香り、新オードトワレ「珊瑚礁の庭」を3月6日に発売する。2016年にエルメスの香水 クリエーション・ディレクターに就任した専属調香師のクリスティーヌ・ナジェル(Christine Nagel)氏が手がけたこの新作は、ミネラルノート、ティアレの花、タマヌナッツが溶け合い、サンゴが彩る神秘的で夢幻的な青い水辺の庭園を想起させる香りだ。ナジェル氏に、今回の珊瑚礁の庭の香りについて、そして創作の原点について日本媒体単独でインタビューした。
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◾️クリスティーヌ・ナジェル(Christine Nagel)エルメス専属調香師:スイス出身。2016年、エルメス香水クリエーション・ディレクターに就任。有機化学の素養を持ち、ミシェル・アルメラックに師事するなど多様な経験を積んできた。「オーセンティックであること」を信条とし、素材を「色」と捉えて絵を描くように香りを創造。天然とハイテク素材を融合させ、大胆かつニュアンス豊かなエルメスならではの香りの世界を築いている。© Lee Whittaker
オードトワレ「珊瑚礁の庭」

「珊瑚礁の庭」(100mL 2万1560円、50mL 1万5950円、30mL 1万780円)、4本セット(15mL 2万680円)© Studio des fleurs
ミネラルノート、ティアレの花、タマヌナッツが織りなす香りは、現実には存在し得ない、サンゴが彩る青い庭園や、空と海の境界が溶け合う夢幻的な心象風景へと誘う。メゾンを象徴するランタン形のボトルは、タヒチの澄んだ水のように、海から空へと昇華する光のグラデーションを表現。さらに、アイノ=マイヤ・メッツォラによる水彩画のパッケージが、この喜びに満ちた世界観を鮮やかに彩る。
⎯⎯ 珊瑚礁の庭という「夏」の香りを構成するにあたり、最も挑戦的だった点は何でしょうか?
存在し得ない現象を香りで再現すること、特に今回の着想源である「海中の庭園」を香りで表現することが大きな挑戦でした。具体的には、「オイル ペインティング(絵画のように創造された香り)」のように、私の心象風景に存在する香りを「再生」する、つまり無から有を創り出す作業にほかなりません。
⎯⎯ 現実に存在し得ない現象を香りで表現したいと思った理由を教えてください。
旅からのインスピレーションです。タヒチを訪れた際に、海中で色とりどりの魚が生き生きと泳ぐ珊瑚礁を見たときの鮮烈な「視覚的な衝撃」を受けました。鳥たちまでも青く染めてしまうような深い共鳴で、その衝撃は、「どんな香りだろう」と想像し、それが創作の出発点でした。この、生命感あふれる、しかしどこか神秘的で幻想的な水辺の情景を香りに落とし込む上で、「ミスティカル(神秘的)」というキーワードが助けとなり、ミネラル感や塩気を表現することで、夢幻的な水辺の共鳴を具現化しました。

© Jean-Marie Binet
⎯⎯ タヒチを訪れた際、海中の衝撃以外に、その国や都市から香りのインスピレーションを得たことはありますか?
もちろんあります。香りを創るには「感度(気持ち)」と「素材」の2つが不可欠です。タヒチの岩場で育つティアレの花のように、美しい香りの素材との出合いや、現地の空気から得られる感度が、その後の創作において重要なインスピレーションとなります。
⎯⎯ 調香のアプローチ方法を教えてください。
ミネラルノートで水辺のクリアな奥行きと、海岸線に感じるような独特の質感、そして塩気を表現しました。これに、タヒチを象徴するティアレの花の官能的でありながら清らかな香りと、タマヌナッツの素朴で深みのある香りを溶け合わせることで、まさに空と海、現実と夢の境界が溶け合うような、多層的で深い香りを創造しました。これにより、ただ美しいだけでなく、生命の躍動と神秘が共存する、夢見るような青の世界観を香りで表現できたと確信しています。

© Jean-Marie Binet

© Jean-Marie Binet
⎯⎯ 「鳥たちまでも青く染めてしまうほどの深い共鳴」という比喩表現は、香りのどの側面で表現されましたか?
この比喩表現は、香りが単なる嗅覚の体験に留まらず、視覚や感情にまで深く作用し、まるで光が色を帯びて実体を持つかのように、世界全体がその香りの色に染まるような感覚を意図しています。
⎯⎯ これまで創作してきたフレグランスも含め、希少な天然素材を使用していることも特徴です。使用する上で具体的な困難と、それをどのように克服されているのでしょうか?
香りの創作において、希少な天然素材の使用は常に大きな挑戦となります。特に、珊瑚礁の庭のような、特定の地域性を象徴する素材を用いる場合、「入手そのものの困難さ」「品質の安定性」「限られた供給量」が課題となります。例えば、今回のティアレの花のエッセンスや、特定のバニラは非常に貴重で、市場に出回る量が限られています。また、自然由来の素材は気候や収穫時期によって香りのニュアンスが変動するため、常に安定した香りを確保することが難しいのです。
そのため、私たちは素材の供給源との密接な関係構築に努めています。現地のサプライヤーと直接連携し、品質の良い素材を確保することはもちろん、持続可能な調達方法を模索することで、希少な素材を未来にわたって使用できる体制を築いています。また、単一の素材に頼り切るのではなく、複数の素材を絶妙なバランスで組み合わせることで、素材の持つポテンシャルを最大限に引き出しつつ、安定した香りを創り出す技術も重要となります。
⎯⎯ パッケージのイラストは「珊瑚礁の庭のニュアンスが生き生きと表現されている」と感じます。香りと視覚という異なるクリエーションを融合する過程において、どのような相乗効果やインスピレーションを得ますか?
エルメスでは、「形のないものに形を与える」というメゾンの哲学のもと、まず香りの創造をスタートさせ、完成させます。私の手によって香りの本質、その魂が創り出された後、その香りが持つ唯一無二の物語や感情、心象風景を深く理解し表現するために、ボトルデザイン、ネーミング、そしてパッケージといった視覚的な要素が並行して検討されます。
この過程において、私とピエール=アレクシィ・デュマ(エルメス アーティスティック ディレクター)との密な対話が極めて重要です。私たちは香りが持つ「色」「質感」「光」「感情」といった目に見えない要素を言葉にし、共有します。例えば珊瑚礁の庭であれば、「夢幻的な青い水中の庭園」「空と海の境界が溶け合う光のグラデーション」「タヒチの澄んだ水」といった香りが呼び起こすイメージを具体的に伝え、デュマ氏はそれをメゾンの全体的なヴィジョンと照らし合わせながら、最適な視覚表現へと導いていきます。この密接な連携から生まれる相乗効果は計り知れないと感じています。



© Anne Brugni
師アルメラック氏の関係と、「自由な創作」と「揺るぎない信念」について
⎯⎯ 話をフレグランスの創作を始めた頃について遡らせてください。師ミッシェル・アルメラック氏との出会いによって独自の創作アプローチが確立された、と話されています。それは具体的にどのようなもので、現在のクリエーションにどう影響していますか?
調香のたびに、ミッシェルは私に「なぜこの素材を入れたのか?」と問いかけました。もし3秒以内に答えられなければ、そのエッセンスは抜くという厳しさです。彼から教わったのは、常に「基本、本質からスタートする」という哲学です。これは「物事にはあるべき場所にあるべきものがある」というエルメスの哲学とも合致します。この教えに加え、エルメスで得た「自由」が、私のスタイルを確立し、創作において最も大きな影響を与えています。
⎯⎯ エルメスというメゾンの「自由な創作」と「揺るぎない信念(オーセンティシティ)」は、どのように両立しているのでしょうか。
エルメスは基本的にマーケティングを行いません。そのため、香りのテーマやコンセプトは、私自身が旅をして得た大きな感動や、作りたいという内なる想いから生まれます。加えて、私自身が好奇心旺盛で、常に新しいテクノロジーや今までなかったものへの関心が高いと自負しています。それは、まさに私自身の「感情を伝える」ことを優先する創作姿勢です。しかし何より重要なのは、「エルメスとしての価値観」を一つの香水のボトルに込めることです。私の自由な創造がエルメスの持つ普遍的な価値観と融合することで、揺るぎない個性と新しさを両立させています。エルメスの製品に初めて触れる人々にも、その本質的な価値と品質、そしてディテールへのこだわりが伝わるよう、常に挑戦しながらもエルメスらしさを創造しています。
⎯⎯ 珊瑚礁の庭でも「青」という色がキーワードとして出てきます。香りを作る際に、具体的に色が重なる感覚と、どうつながっているのでしょうか?
香り作りは料理のレシピに似ていると思います。さまざまな素材(材料)とそれぞれの量(分量)を組み合わせます。さらに、素材を色に例えるのは、絵を描くアプローチに重なります。例えば、青と赤の絵の具を混ぜて自分なりの紫を求めるように、2つの素材を混ぜ合わせることで「第三の香り」を求めるのです。これは非常に楽しく、また難しい作業ですが、多様な素材の組み合わせから生まれる豊かな可能性を、色彩的な感覚で探求しています。

© Studio des fleurs
⎯⎯ 色に加え、「音楽的な感覚も持っている」ということも以前言われていました。
特定の音楽のように香りを感じるわけではありませんが、素材の組み合わせが新しい音を生み出すことに例えられます。例えば、レモン系の素材とシナモンのような素材を混ぜ合わせると、まるで弾ける炭酸のような、全く新しい香りが生まれることがあります。このように、素材を組み合わせることで予期せぬ化学反応が起こり、新しい調和やハーモニーが生まれる点で、音楽的な感覚に通じるものがあるのかもしれません。私自身は音楽的というよりは、テクスチャーや色合いといった「共感覚」に近いと感じます。
⎯⎯ 最後に、今後、エルメスの世界にどのような香りを加えていきたいですか? 現在、制作中や構想中の香りがあれば教えてください。
現在、2027年から2028年に発表予定の香りを制作中です。まだ詳細は秘密ですが、アジアの国々からインスピレーションを得たものが含まれるかもしれません。パリでお目にかかる機会があれば、私からその香りを感じ取っていただけるのではないかもしれませんね。
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