Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】メンノンモデルに抜てき 元THE BOOM宮沢和史の長男「宮沢氷魚」とは

宮沢氷魚
宮沢氷魚
Image by: Fashionsnap.com

 「メンズノンノ(MENʼS NON-NO)」30代目専属モデルの一人に選ばれた宮沢氷魚(みやざわ・ひお)。元THE BOOM宮沢和史とタレント光岡ディオンの長男として生まれ、父親の面影を残した端正なルックスやアメリカ育ちの才色兼備な要素を持つサラブレッドとして注目を浴びている。音楽やタレントの道ではなく、モデルとして新たな一歩を踏み出した宮沢氷魚とは? 幼少期からアメリカ留学、モデルデビューまでの道のりを聞いた。

■幼少期は「人見知りだった」

―出身はどこですか?

 出身はアメリカですが、幼稚園から高校3年生までは東京のインターナショナルスクールに通っていました。

―「氷魚」という名前が素敵ですね。

 琵琶湖に氷魚(ひうお)という鮎の稚魚がいるんですけど、その魚がどんな環境の変化でも生きていけるっていうことで、「僕もどんなプレッシャーや環境の変化にも対応できて突き進んでいけるように」と、この名前をつけてくれました。

―幼い頃はどんな子どもでしたか?

 近所の子と遊んだり、父や弟とキャッチボールをしたり外には出ていたんですけど、基本的には恥ずかしがり屋で静かな感じで結構人見知りでした。

―スポーツが好きなんですね。

 野球は大学2年まで14〜5年間くらいやってたんですけど、肩を脱臼してからクセになってしまって。そこから辞めちゃいました。

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―ご両親ともに有名人という普通ではない家庭環境でした。

 父は家にいないことが多くて、特にツアー中はずっと帰ってこないので母と二人で過ごす時間が多かったです。母も仕事でいない時もあったので、そういう面では「芸能界は嫌だな」と思っていた時期もありましたね。でも「学業をしっかりやっていれば好きなことをやっていいよ」というスタンスだったので、自由にやらせてくれました。

―18歳からアメリカ留学へ。ご自身の決断ですか?

 はい、自分で決めました。日本に残るという選択肢もあったんですけど、生まれがアメリカだったので"アメリカで生活すること"への憧れがありました。

―名門のカリフォルニア大学サンタクルーズ校に入学。アメリカでの生活はどうでしたか?

 すごく楽しかったです。はじめて一人暮らしもしました。最初は結構大変だったんですけど、慣れれば大丈夫でした。ただ、みんな独立しているというか、自分の考えをはっきり言う人が多いので、自分がしっかりしないと周りに置いて行かれちゃうっていう焦りはありました。そこで自分に自信をつけて前に出て行かなきゃいけないっていうのは学びましたね。

―昨年6月に帰国し、国際基督教大学(ICU)に編入しました。日本に戻ったきっかけは?

 アメリカでの生活ももちろん楽しかったんですけど、今後生活するには日本の方がいいかなっていうのはずっと思っていました。アメリカでは大学2年次で違う学校に編入する人が結構いるので、僕はICUを選びました。

―大学では何を学んでいますか?

 環境学を勉強しています。政治や生物学、物理など様々な分野が融合された専門なので、幅広く学べて楽しいです。

―友達とはどんな風に過ごしていますか?

 バラエティ番組やアメリカのテレビドラマの話で盛り上がってます。

―恋愛話も?

 はは(笑)。今は恋人はいません。

―好みのタイプはありますか?

 僕がしっかりしていないので、しっかりしている年上の人が好きですね。

―よく行く場所やお店はありますか?

 渋谷や原宿が多いですね。「ザラ(ZARA)」が好きで、よく行っています。最近は下北沢に3ヶ月に一回くらい、学校帰りとかに寄っています。

―友達と一緒に?

 自分のペースで買い物したいので、買い物は基本的に一人で行ってます。いろいろバーって取って試着するんですけど、なかなか決められないんですよね。

―今日の服はどこのブランドのものですか?

 「レイジブルー(RAGE blue)」。こういうしっかりしたものが好きなんです。他の私服も襟付きとかが多いですね。タイトな洋服が好きです。

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