「ヒヅメ」デザイナー 日爪ノブキ
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「ディオール(DIOR)」「エルメス(HERMÈS)」「ロエベ(LOEWE)」…。名だたるビッグメゾンからのラブコールが止まらない日本人ハットデザイナー 日爪ノブキ。「キディル(KIDILL)」との数回にわたるコラボレーションのほか、2024年12月にはMBS系列「情熱大陸」で特集され、今年1月には川久保玲が手掛ける「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」とのコラボが発表されるなど、今最も勢いに乗るデザイナーの1人だ。

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2025年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
1979年生まれ、滋賀県出身の同氏は、文化服装学院を主席で卒業後イタリアに渡り、ファッションデザイナーとしてのキャリアをスタートさせたが、日本に帰国した際に手掛けたミュージカル「Boy from the OZ」のヘッドピースが話題を集めたことをきっかけにハットデザイナーへと転身を果たす。2009年に文化庁の海外研修制度によりパリに派遣され、世界最高峰の帽子アトリエで経験を積み、2019年にはフランスで最も優れた技術を持つ職人に贈られる、日本の人間国宝に相当する「フランス国家最優秀職人章(MEILLEUR OUVRIER DE FRANCE 以下MOF)」を日本人で初めて受章し、同年に自身のハットブランド「ヒヅメ(HIZUME)」を立ち上げた。
世界が認める日爪のその唯一無二の表現の正体から、川久保玲との仕事で学んだことまで。仕事の電話が鳴り止まない多忙を極める中、朗らかに取材に応じてくれた。

日爪ノブキ
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目次
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頭に乗りさえすれば「帽子」 服より自由かもしれない表現の場で
── 文化服装学院卒業後、最初はファッションデザイナーとしてキャリアをスタートされました。日爪さんは、「服づくり」と「帽子づくり」の最も大きな違いはなんだと考えますか?
文化時代は、ずっと“コンクール受賞のため”の服を作っていたんです。常に目指していたのは「誰も見たことがないものを作ること」。でも考えれば考えるほど「頭を入れる部分があって、身体を動かせないといけない」という、“服”としての最低条件が、表現の可能性を制限しているように感じたんです。一方で帽子は、極論頭に乗りさえすればなんでも帽子と言える。例え高さが10メートルあったとしても。そこに自由を感じました。
── 服→帽子の転身は、クリエイションにおける「選択と集中」なのかと考えていました。クリエイションの可能性を「広げる」ためでもあったんですね。
当初は服に固執していた時期もありました。学生時代は、自由な表現だけを追求していても許されるんですが、プロになったらそうもいかない。帽子の自由さは、自分のポテンシャルを活かしながらものづくりを仕事にするために合っているなと感じたんです。
── 「最高の帽子デザイナーとは最高の帽子職人でもある」という哲学を掲げていらっしゃいます。ものづくりにおいて、デザイナーの視点と職人の視点をどのように行き来しているんでしょうか?
デザイナーが平面の「デザイン画」を書き、職人がそれを立体的な「形にする」という役割をそれぞれ担う存在だと定義した場合、平面的なデザインの発想では、例えば新作のこの2つの帽子のような立体的なニュアンスを持つ帽子は極めて生まれにくいと思うんです。

「fusion(混ざり合う)」がテーマの最新コレクションから。軍物の帽子をベースにした2つのキャップ帽が混ざり合ったようなデザイン。
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「fusion(混ざり合う)」がテーマの最新コレクションから。透け感のあるチュール素材でボルサリーノハットを包み込んだデザイン。
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でも僕は自分自身で職人として作品が生まれる工程の全てに携わっているので、このデザインに辿り着くまでの全ての状態を理解しています。だからこそ、最初に考えた“デザイン画=ゴール”に囚われず、プロセスの中で進化していくことができる。これがデザイナーと職人が融合していること、ヒヅメの強みだと考えています。
── 具体例を教えてください。
このボルサリーノで採用している「ボディを透け感のある生地で包む」というデザインは継続して展開しています。包むというのは最初から決めていて、ちょうどいいバランスを探っていました。重ねる生地をタイトにすると“過去に見たことがある美しい帽子”止まり、一方で大胆にすると日常から外れてしまう印象になりました。そこで2本のピンで生地を留めてみたところ、ちょうどいいバランスが完成したんです。他のブランドでは、他人同士のデザイナーと職人が共創すると思いますが、僕の場合は全て自分の中で完結する。制作とデザイン双方の背景を理解しているからこそ、自由な押し引きができると考えています。

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── 被る人物と帽子の関係性はどのように考えていますか?
帽子はやはり人が被って初めて成立するので、制作用のスタンドの上では美しく見えても、被ってみるとイメージとズレていることも少なくありません。人間の頭はマネキンのように完璧なフォルムではないので、凹凸もあれば、個性もある。でもだからこそ、スタンドの上では「やりすぎたかな」と思っても、意外と人が被るとその人の個性が前に出たり。帽子の個性がキュッと後ろに引いてくれます。
── 服のデザイナーとしての経験が活きている部分も?
たくさんあります。特に大きいのはパターンメイキングに対する知識です。帽子はある程度カテゴリーが決まっていて、パターンは基本アレンジを加える程度なため、帽子クリエイターはあまりパターンに強くないところがあります。でも僕は散々ドレーピングで服を作ってきたので、もっと自由な造形の視点から帽子を作ることが得意なんだと思います。

裏地は一続きになっており、頭の上や背面にあしらわれたベルクロの長さを好みに合わせて調節することができる。
マックイーンもマルジェラも 「型破り」だったから唯一無二になった
── 1本のリボンを折り重ねて作られたこのハットなど、帽子の既成概念を覆すデザインを得意とされています。
自分でもなぜこれが作れたのかわからないんです(笑)。元々このリボンの素材を使うことを決めていて、最初は全く違うデザイン案を考えていました。でもいざサンプルを作ってみたら、“普通”の帽子になってしまって。「これはヒヅメじゃない!」と思って“壊し”ていくうちに、このデザインが完成しました。

重なった部分を縫い留めているだけのシンプルな構造だからこそ、職人の目線で作らないと実現しないデザイン。「これも見た目以上に被るとしっくりくるんですよ」と日爪。
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── ブランドの転機になった作品は?
アップサイクリングをテーマにしたコレクションで発表した、ペットボトルを溶かして作った帽子です。

2022年春夏コレクション「PLASTIC WAVE-opus3」 ボディはペットボトルを溶かしながら縫い合わせた。紐状の部分はサランラップとデニム生地をバイアスにカットした紐を編み込んでいる。
Image by: HIZUME
元々、ヒヅメは裏テーマに「壊していく」ことを掲げていて。僕は、MOFを授与された職人でもあるのでよくわかるんですが、「職人」ってどうしても“壊す”のが難しいんです。
何も考えずに作ると、「ただ綺麗なもの」ができてしまう。腕がいいなら壊すのも上手いと思われるかもしれませんが、むしろ素人が思いつきで壊した方が、そこに余計な意図が介在しないので“良い壊れ方”をする。全ての工程に意味を見出してしまうと、大胆で新しい変化を加えることができなくなります。完成形に軸足を置いているからこそ、中途半端になってしまうというか…。
でもこのペットボトルの作品を作った時、自分の中で「壊す」ことと「美しさ」がグッと重なる手応えがありました。自分の中の職人を切り離してモノを見ることができるようになったというか、壊すことと作ることの間を行き来しやすくなった感覚があります。
── 「壊す」ことを目指すのはなぜですか?
「美しいだけ」のものなら、僕じゃなくても作ることができる。でも「美しいものを作って自ら壊すことができる帽子デザイナー」は後にも先にも現れないんじゃないか、と考えたからです。

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── MOFに挑戦されるなど、職人として技術を突き詰めたのも「美しいものを自ら壊す」ため。
そうですね。「最高次元のものが作れないと、壊せない」という考えからです。
少し違うかもしれませんが、例えばアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)は、元々テーラーとしてもすごく優秀だったと聞いています。彼もある意味、ただ美しいものを作っているだけではないという意味では「型を破る」デザイナー。マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)も元々優秀なテーラーだったわけで、彼は分かりやすく“壊して”いますよね。
彼らは、最高レベルのものを作れるが故に壊せるんだと思うんです。日本の芸術の世界でも「守破離」という考え方ありますが、まさに「守」ができなければ「破」はできない、「破」ができなければ「離」はできないわけです。
守破離:修行は師匠から教わった型を「守る」ことから始まり、その道を突き詰めることで初めて既存の型を「破る」ことができる、師匠や自分の型を理解することで初めて型から「離れて」自由な表現が可能になる、という考え方。
── 日爪さんが考える「美しいもの」とは?
「抽象度の高いもの」です。それは、AでもあるけどBでもあり、Cでもあるようなもの。言ってしまえば「自然」だって、ただの「緑の植物の塊のグラデーション」かもしれませんが、でもそれが美しいと感じる。雲や夕陽の美しさだって、なぜ美しいのか考えたことはないでしょう? でも底知れぬ、どこか惹かれるものがある。それが本当の美しさだと思っていて、僕は帽子でそれを表現したいんです。なぜなら、そういった普遍的な美しさがあるものに対しては飽きがこない、永遠に愛されるものになると思うからです。
川久保玲との仕事から学んだこと
── さまざまなブランドの制作にも携わっていますが、ヒヅメとのダブルネームのコラボとして、2024年春夏シーズンから「キディル」とのコラボを継続しています。
同じショールームに所属している縁からお話をいただきました。ヒロさん(キディルのデザイナー 末安弘明)もおっしゃっていましたが、僕は、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)」は好きでも、パンクど真ん中は通ってこなかった生粋のモード育ちなんです。一方で、ヒロさんはずっとパンクの人。ヒロさんにとっては、「モード=美しい憧れの対象」だったそうですが、一方僕も“壊す”ことを目指していたのでカウンターカルチャーとしてのパンクというジャンルに興味がありました。なのでそれぞれ全く異なる領域からお互いへの憧れや関心を込めて、歩み寄るようなコラボになっています。毎回新しい発見がありますね。

キディルとのコラボで発表した2025年春夏コレクションのアイテム
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── 2025年春夏コレクションに登場したハットをはじめ、キディルとのコラボアイテムはどのようなプロセスで制作していますか?
キディルの場合は、完全にお任せなんです。コレクションテーマや使用する生地などを事前に教えていただいて、どうすればよりコレクションに奥行きを加えることができるのか、と考えて制作しています。

「2層になっていて、2つの層に色々なパーツを加えたデザインです。別の仕事でたまたま糊付けした帽子を重ねて乾燥させていた時の佇まいが美しかった、その偶然から生まれたフォルムです。そこにチェーンや安全ピンといったパンクの要素を付け加えていく過程でバランスを見ながらデザインした、ヒヅメ的なプロセスから生まれたデザインです」(日爪)
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── ファーストサンプルを見せて調整したりはしない?
キディルに関しては、途中で確認されることはほとんどありません。ヒヅメのアトリエはパリにあるので、ショーのためにヒロさんがパリにいらしたタイミングで納品します(笑)。
── 2025年秋冬シーズンでは、コム デ ギャルソン オム プリュスとのコラボも発表されました。
ちょうどこのキディルとのコラボアイテムをきっかけに、コム デ ギャルソンの方がショールームまで来てくださって。「これは本当に良い、(川久保に)伝えます」と。
今回のコム デ ギャルソンとのコラボは、間違いなく自分のクリエイター人生が大きく変わった経験でした。川久保さんと直接やり取りをさせていただいて、言葉はシンプルなんですが、その奥にあるデザインに対する考えの「深さ」に、次元の違いを感じたというか。改めて「デザインってなんだろう」ということを考えさせられる機会ばかりで、やはり歴史に名を残すブランドを一代で作り上げた方の考えの深さは桁違いだなと、大変感銘を受けました。時に辛辣な言葉も受けましたが、むしろ最近は厳しい言葉をいただける機会がなかったので、とにかく食らいつきました。

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2025年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2025年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
── 厳しい意見や意外なオーダーは自分を成長させてくれますよね。
そういった意味で言うなら、ロエベとの仕事も自分を成長させてくれました。無理難題が多いんですが、それをなんとか実現しようと試行錯誤する中で生まれた新しいテクニックがたくさんあります。
でも、人類って多分それの連続なんですよね。人間が月に行けることも、手のひらサイズの電話で地球の反対側の人と通話ができることも、当たり前じゃなかった。世界のどこかに突拍子もないこと考えついて実現しようとした人間がいたから実現したことなんです。
人間は無理難題を自分に与えることで無限に成長していくことができる。だからこそ「不可能かも」と思うようなオーダーが来ると嬉しくなります。解決するのは大変でも、それを超えた先には次の自分がいるから。他の職人がNOというオーダーも、僕は断ったことはありません。
── 情熱大陸への出演や積極的なダブルネームでのコラボなど、発信が増えているヒヅメですが、今後のモチベーションや挑戦したいことがあれば教えてください。
より「深さ」のあるデザインを追求したいなと思います。一般的に、帽子は服よりも振り幅が狭い、選択肢が少ないと思われがちです。でも、ヒヅメの帽子のデザインを通じて、その深さを世の中に発信したい。だからこそ、より多くのブランドともこれからもコラボをしていきたいです。
── 川久保さんから学んだキーワードでもある、デザインの「深さ」とはなんだと考えますか?
例えるなら、美味しい料理。香りや味、匂いのレイヤーの数が多くなればなるほど、人って味を美味しく感じるそうなんです。僕の帽子に関してもそうで、色々な「要素の層」が感じられるものにしていきたい。先程挙げた「美しさ」にも通じる話で、デザインが目指すべきところって結局原点であり普遍的な美しさなのかなと考えています。そうすることで飽きられることなく、長く使ってもらえる。そして、結果的に世界がサステナビリティに向かっていく。「良いものを長く」が一番良いと思います。だからこそ、長い時間耐えうる良いものを作りたいですね。

Image by: FASHIONSNAP
photography: Masahiro Muramatsu
最終更新日:
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