
左:ニコラ・ガバール
Image by: FASHIONSNAP

左:ニコラ・ガバール
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ここ数年メンズファッションの大きな潮流として聞かれる、スーツスタイルとフレンチトラッド。フランス・パリ発の「ハズバンズ(HUSBANDS)」はその火付け役と言っていいだろう。イギリス伝統の重厚な生地とシルエットを、イタリア・ナポリで柔らかく仕立てた服は、両国の背景をベースにしつつもまとっている雰囲気は「フランスらしい」としか言いようがない。音楽や映画の影響が色濃く薫るドラマティックなスタイルは評判を呼び、欧州のみならずアメリカや東アジアなど、世界中のコアなファッションフリークが再びスーツに夢中となった。今回、元弁護士という異色のデザイナー ニコラ・ガバール(Nicolas Gabard)が10年ぶりに来日。ブランド設立以前からの縁だという「エディフィス(ÉDIFICE)」でトランクショーを行う同氏に話を聞いた。
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目次
振る舞いをデザインするスーツ
⎯⎯ハズバンズというブランド名は、ジョン・カサヴェテス(John Cassavetes)監督の同名映画から取ったそうですね。どんな背景が?
カサヴェテスの映画には、私が常々大切にしている生々しい感情と人間味があります。特にこの作品では、旧来のエレガンスを追求するのではなく、「男であること」のあらゆる矛盾と向き合いながら、自分自身を模索する男性たちが描かれている。そこには脆さと男らしさ、洗練と混沌、自由と秩序といった相反する要素が共存していて、その狭間に生じる緊張感こそが私たちのブランドの核心でもあるのです。あと、単にその名前自体が持つ皮肉さが大好きでした。「ハズバンズ」という響きは伝統的で保守的に聞こえるかもしれませんが、この映画が本当に描こうとしているもの、そして私たちが共鳴しているものは、もっと実存的で感情的で、生き生きとした何かなのです。

⎯⎯イギリスの生地と仕様を採用しながら、あえてナポリのアトリエで仕立てるのはなぜですか?
歴史ある英国の生地には、他国では真似できない深みと重みがある。密度やドライな質感、シルエットに与える存在感は魅了的で、どこか建築的です。しかし、ともすれば堅苦しくなるイギリスの仕立てまで忠実に再現する必要は感じない。一方のイタリアの仕立ては流動的で、構造を保ちつつも身体や着る人の個性に合わせた自然な動きを叶え、官能を生みます。イギリスの生地や設計が骨格となり、イタリアの仕立てが服に命を与えるのです。対極的な両者の融合自体が、二面性や矛盾というブランドの哲学を反映していますし、極めて現代的だと言えるでしょう。伝統的あるいは普遍的であることよりも、人間味のあるパーソナルな服を創りたいのです。
⎯⎯HUSBANDSのジャケットやトラウザーズの特徴を教えてください。
最も大切にしているのは、シルエットです。服というよりも、一目でハズバンズと分かるような「立ち振る舞い」を作り出したかったのです。着る人の立ち方や動き方、自分自身に対する認識を一瞬で変えるようなものを。具体的に言えば、ジャケットは力強いショルダーライン、長めの着丈、絞りの効いたウエストラインが特徴です。縦長のラインにはシャープさと官能性が同居し、堅苦しくはないものの適度な緊張感があります。パンツはウエストが高めに、太もも部分はゆったりと設定され、裾はわずかにフレアして歩く際に動きを生み出します。我々が愛する1970年代特有のスタイルです。ただ、意識しているのは、ノスタルジックや衣装のような印象に陥らないこと。着想源が過去にあるとしても、常に「今」という瞬間に対する欲望を喚起することです。ハズバンズの服は、着る人に確かな自信を与えるためにデザインされています。


エレガンスは気づかれた瞬間に終わる
⎯⎯「1970年代的なスタイル」と目されることが多いと思いますが、実際にその時代を参照しているんですか?
特定の年代を再現することには興味がなく、どの時代にも興味があります。ブランドを立ち上げた頃は、1960年代の過激なほどにシャープでモダンなスタイルに、最近では1990年代の知的なミニマリズムに惹かれています。もちろん、エレガンスに宿る危険な官能を理解していたという点で、ミック・ジャガー(Mick Jagger)やイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のような1970年代のアイコンは重要です。ただ、私たちはファッション以上に、映画や音楽、文学、絵画といった広範な文化から着想を得ています。作家のサミュエル・ベケット(Samuel Beckett)から音楽家のジャーヴィス・コッカー(Jarvis Branson Cocker)、画家のデヴィッド・ホックニー(David Hockney)やサイ・トゥオンブリー(Cy Twombly)まで、私たちの興味を引くのは表現に宿る強烈な個性なのです。多くの人が我々の服を見て1970年代を想起するのは、その時代がテーラリングが華やかで自由だった最後の時代で、皆どこかでその時代に憧れがあるからかもしれません。


⎯⎯スーツは素人目には違いが分かりにくい服です。一目でHUSBANDSと分かるユニークなディテールを開発しなかったのはなぜですか?
真のエレガンスとは、一目で伝わる小手先の仕掛けからは生じないからです。私たちは、差別化やブランドの識別を目的とするようなデザインには懐疑的です。単なるブランディングにしかならず、美しさにはつながらない例が多々あるからです。私たちが重視するのはもっと繊細で、おそらくもっと難しいこと。あからさまなディテールではなく、プロポーションやアティテュードによって識別されるようなデザインです。かつて、ミウッチャ・プラダは「衣服の背後にある知的な背景が目立ちすぎると、その魅力が失われてしまう」と語りました。ジャン・コクトーも「エレガンスは気づかれた瞬間に終わる」という言葉を残しており、私たちは彼らの考えに深く共感しています。ですから、シグネチャーとなるディテールを開発することよりも、シルエットそのものに注力することを選びました。ジャケットのシルエットやパンツのドレープ、官能と厳格さのバランスといった要素です。分かりやすさはありませんが、時が経てば深いアイデンティティを築き上げます。
こうしたニュートラルなデザインには、もうひとつ重要な側面があります。私たちは、ハズバンズがユーザーにとって真っ白なキャンバスであることを望んできました。ユーザー自身がデザイナーとなり、私たちの服を用いて独自の言語、シルエット、キャラクターを構築していってほしい。服の役割は着る人に個性を押し付けることではなく、着る人の個性が現れるための条件を整えることなのです。


⎯⎯スタイリングもHUSBANDSらしさを生む上で大きく寄与していると思います。どのようなものから着想を得ていますか?
1つ目はファッションそのもの。私たちは、クラシックなメンズウェアの規律と不変性をベースに、ファッションに特有の自由と過激さを取り入れることで、緊張感を生み出そうとしてきました。2つ目は、より広義の文化です。何百本もの映画、何千枚もの写真、絵画、書籍、音楽などから、私たちは絶えずイメージを吸収しています。特に映画は、完成された世界観や雰囲気、所作といった多くの要素を含む芸術で、多大な影響を受けています。映画の一人のキャラクターが、一つのファッションショーよりも大きな影響を与えることもあるんですよ。
ただ、実は最も重要なことは、街行く人々を観察することです。誰かが自然にジャケットを着こなす様子、プロポーションの不均衡、ちょっとした仕草、無意識のうちに生じているディテール。それらすべてが、私たちの作品に栄養を与えています。インスピレーションというものは、特定の時代やデザイナーを引用したいという欲求というよりは、絶え間ない観察で視覚的・感情的な語彙を築く過程から生まれるのです。

カジュアルウェア隆盛がテーラリングを解放した
⎯⎯ブランドを立ち上げた当初よりメンバーが増え、チームとして成熟したとよく話していますが、それは服にどう反映されていますか?
過去と現在の要素が同居するようになりました。つまり、一方には過去のファッションや芸術に対する私自身の文化的執着があり、また一方には若いスタッフたちが持ち込む現代的な視覚表現や、最新のカルチャー、モダンな装いのスタイルがある。その融合が、ノスタルジアとは異なる「今らしさ」をもたらしました。だからこそ、若い世代の共感を呼んでいるのだと思いますし、女性からの支持が集まる理由でもある。私たちは単なる衣装や、古臭い男らしさを提案しているわけではありません。ハズバンズは、現代の感性によって絶えず濾過されていて、今を生きる人たちの自己表現を助けるツールなのです。



⎯⎯ストリートファッションが支配的だった2010年代を経て、「スーツを着る」という行為の意味はどう変化したと思いますか?
ここ数十年で、スーツを着るという行為は根本的に変化しました。長い間、男性は社会の要請に応じてスーツを着ていた。スーツは、義務やヒエラルキー、同調圧力と結びつく制服のようなものでした。しかし、特に2010年代にカジュアルウェアやストリートウェアが台頭してからは、そうした要請や義務がほぼ消え去り、スーツは必需品としての立場を失いました。ただ、一方で新たな役割も獲得しました。社会的な制服でなくなった代わりに、個人的な主張へと変貌を遂げたのです。逆説的ですが、カジュアルウェアの台頭こそがテーラリングを解放したと言えるでしょう。今日、スーツを着るということは能動的な選択で、テーラリングは自由と表現の場となったのです。スーツは、着こなし次第で官能的にも知的にもなり得るし、時に厳格に、時にロマンチックに、あるいは反逆的にもなり得る。計り知れない表現の可能性を秘めたものになりました。
⎯⎯一方で、ここ数年はクラシックファッションへの回帰が起きていますね。
この現象は、単なる流行やノスタルジック回帰以上のものだと思います。私たちは、カジュアルウェアが依然として支配的だったブランド設立当時も、シルエットの探求やエレガンスの中にある自己表現、服が一人の人間の在り方に与える影響を、人々がいずれ再発見すると感じていました。流行が繰り返すものだからというより、人々が装いに感情的な深みを求めるようになると考えていたからです。私たちは少し早すぎたかもしれませんが、結果としてストリートウェアの隆盛がテーラリング復活の契機となりました。そして、この動きは今後も続くと私たちは考えています。それはスーツが人間の本質的な欲求、すなわち「装うことに対する渇望」に応えるものだからです。


⎯⎯スーツスタイルの面白さは、例えばストリートファッションと比較してどのようなところにあると思いますか?
多くの人が抱くイメージとは異なり、テーラリングは制約的なものではなく、極めて表情豊かなものです。ショルダーラインやウエストの位置、着丈、プロポーションなどのわずかな変化が、服の持つ感情的な意味を完全に変えてしまう。そのバリエーションは無限大で、尽きることのない豊かさがあります。ストリートウェアは往々にして、非常に明確な文化的コードや所属などを示す記号性を帯びています。一方、現在のスーツはより開放的で、はるかに個人的です。着る人に最も豊かな語彙を与える服だと思います。
小津安二郎、三島由紀夫からの影響
⎯⎯ファッションに限らず、日本文化の中でHUSBANDSのクリエイションに影響を与えたものがあれば、具体的に教えてください。
あげればキリがないですね。日本文化は長年にわたって、ファッション以上に私に影響を与えてきました。まずは映画です。小津安二郎、黒澤明、大島渚、是枝裕和、北野武といった監督たち。特に小津が私を魅了するのは、その抑制の効いた表現と感情を描写する正確さ、そして日常のちょっとした仕草に注目することで心を揺さぶるものを生み出す点です。また、文学では三島由紀夫を第一に挙げます。美と規律、官能、破壊の間に生じる緊張感が素晴らしい。谷崎潤一郎や川端康成、村上春樹からも影響を受けました。

しかし、私に最も影響を与えているのは、日本人特有の生き方です。物事をきちんと行う姿勢、美しい所作、おもてなしの精神、細部へのこだわり、職人技への敬意。どんなに些細なことにも、並外れた真剣さが注がれていると感じます。日本では、品質が単に物自体の質のことだけではなく、そこに隠された意図や配慮、そして製品を取り巻く体験全体の質として捉えられていますよね。私たちはその考え方に強く影響を受けています。エレガンスとは視覚的なものだけでなく、行動や感情に紐づく道徳的なものでもあるということを、日本文化は教えてくれるのです。
⎯⎯最後に、今回用意した生地の中で特に日本のファンに勧めたいものを教えてください。
「スタンドイーブン(Standeven)」の「Heritage Twist」を強くお勧めします。奥行きがあり、極めて複雑な表情を持つ生地です。光や動きによって、常に異なるニュアンスを見せてくれ、ハズバンズのスタイルと非常に相性が良いんです。また、今回用意しているメーカーのモヘア混生地は、夏用として実に素晴らしいものが揃っています。わずかに光沢があり、シネマティックでレトロなエレガンスをたたえています。軽く涼やかで弾力性があり、機能性に優れた良い生地です。

左:「スタンドイーブン」の「Heritage Twist」、中央:ガバールがセレクトしたモヘア混の生地
最終更新日:
■HUSBANDS TRUNK SHOW
期間:2026年5月22日(金)〜5月25日(日)
場所:エディフィス 丸の内店
所在地:東京都千代田区丸の内2-5-2 三菱ビル 1F
時間:11:00〜20:00
電話番号:03-6212-2460
※要電話予約
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