
「JIL SANDER」2026年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

「JIL SANDER」2026年秋冬コレクション
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ミラノのインダストリアルな空間に、「ソニック・ユース(Sonic Youth)」のキム・ゴードン(Kim Gordon)の低く乾いた声が反響する。彼女が朗読するのは、キアラ・バルジーニ(Chiara Barzini)の詩「THE HOUSE ABOVE THE SEA(海辺の家)」。逃避と帰還、根を下ろすことと自由になること──そんな相反する感情の波間をたゆたうようなポエティックな調べとともに、クリエイティブ ディレクター シモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)による「ジル サンダー(JIL SANDER)」の2026年秋冬コレクションショーは幕を開けた。
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創業者ジル・サンダーについた異名「Queen of Less(引き算の女王)」。昨年9月のデビューシーズンにおいて、ベロッティはその金言に忠実なまでに立ち返り、極限まで無駄を削ぎ落とした純粋無垢なミニマリズムを提示した。それは、SNSの刹那的なバズに背を向け、大人が真に渇望する「上質で知的なリアルクローズ」を追求した結果だ。そしてセカンドシーズンとなる今季、彼はその研ぎ澄まされた刃を、よりパーソナルで体温を帯びた領域へと向ける。
2026年秋冬コレクションの主題は「Home(家)」。心安らぐ避難先であると同時に、ふと逃げ出したくなるほどの緊張を孕んだ場所でもある家という空間に横たわる、静と動のアンビバレントな二面性が今季のインスピレーション源だ。家具の張り職人の父を持ち、ファブリックの扱いに長けたベロッティは、家具の配置を変えるように、メゾンの伝統的なコードを敬意をもって解体し、再構築していく。「削ぎ落としながらも、いかに個のパーソナリティを宿せるか」。彼が自らに課したこの問いは、直線よりも曲線を重んじ、あえて「意味のある過剰さ」を付与することで、人間味あふれるデザインへと昇華させた。

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前シーズンのストイックな緊張感から一転し、今季のワードローブには、着る者の日常に寄り添う親密な「着やすさ」が確かに息づいている。「私が追い求めているのは、身体に対する好奇心です。コミュニケーションの手段としての姿勢や仕草、もっと近づきたくなるような、隠すと同時に露わにする服。それは理性と感情を同時に感じさせるものです」と本人が以前語っていたように、服と肉体が織りなす余白や躍動こそが主役となっている。
色あせたニュートラルカラーに、漆黒、静謐なブルー、グレーが溶け合うパレット。一見プレーンな佇まいの中に、ベロッティ特有の卓越したカッティングの妙が潜む。片方だけ出た襟や長めに設定された裾。クラシックな3つボタンのジャケットは、ボタンの留め方ひとつで意図的な歪みを生み出し、画一的な美しさに抗う。背面に大胆なスリットを施しつつも端正な輪郭を保つコートや、彫刻的な柔らかさを湛えた雲のようなワンピース。さらには、布をつまんでシンメトリーを描き出したパンツから、タイトなスターラップパンツに至るまで、コレクションは日常のあらゆる所作を想定して仕立てられている。突如として差し込まれる鮮烈なブルーや、メゾンにとって新鮮なアプローチである豹柄のスカートも、生々しい鼓動と躍動を与えていた。

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ウィメンズとメンズの境界を融解させる哲学は、小物の細部にまで貫かれている。極端なヒールから、まるで靴下のように足を包み込むユニセックスなフラットシューズ、スクエアトゥのレースアップ、そして履き込まれた風合いのスエードブーツ。新作のバッグ類は、幾何学的な厳格さと肉体を思わせる流麗な曲線が交差し、コレクションを貫く「矛盾」を見事に体現する。「オリバーピープルズ(Oliver Peoples)」とのコラボレーションサングラスも、その知的なルックに完璧な調和をもたらしていた。

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極限の「純度」でブランドの真髄を証明したデビュー戦を経て、ベロッティが次なる手として打ち出したのは、ミニマリズムに「強さと脆さ」という人間本来の二面性を宿すことであった。研ぎ澄まされた理性のなかに、確かな血の通った温もりを感じさせた今季のジル サンダー。それは前任のルーシー&ルーク・メイヤー(Lucie & Luke Meier)夫妻の持ち味とも通底するアプローチだ。ストイックな緊張感が際立っていた前シーズンから一転し、日常に寄り添う親密な空気感は、日本のマーケットにおいて一層の共感をもって迎えられ、深く刺さるに違いない。めまぐるしく変わる現代を生きる大人たちが「帰るべき場所」として選び取りたくなる、真に成熟したワードローブの誕生を告げていた。
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