高田賢三と鈴木三月(1999年10月「KENZO 30ANS」舞台裏にて)
高田賢三と鈴木三月(1999年10月「KENZO 30ANS」舞台裏にて)
Image by: ©Richard Haughton

Fashionストーリー

高田賢三と私の37年間 KENZO創設者の横顔 【第1回】

自身のことを「引っ越し魔」と言うくらい、パリに住んでから何度も住居を変えている賢三さん。なんといっても忘れられないのは、バスティーユの一軒家だ。賢三さんがパートナーのグザヴィエさんと一緒に建てた大きな家で、あまりにも壮大な計画だったので、竣工まで7年近くも——ある程度完成したのは、グザヴィエさんが亡くなる前年の1989年だった——かかってしまったほど。

高田賢三の邸宅を紹介する冊子の1ページ。設計図や、グザヴィエの姿も。 Image by Aguttes
高田賢三の邸宅を紹介する冊子の1ページ。設計図や、グザヴィエの姿も。 Image by Aguttes

もともと倉庫だった物件に、二人の美の感性と溢れんばかりのアイデアが注ぎ込まれ、まるでお城のよう。道路に面した入り口を抜けると更にもう一枚扉があり、竹林の奥の本丸御殿が驚きの構造だった。1.5階にあたる部分——日本では2.5階にあたる——には、本格的な日本庭園。池に大きな錦鯉が泳いでいて、ドイツから取り寄せた桜が年2回も花を咲かせる。和室や茶室も設えて、まるで日本にいるような気分に浸ることができた。

広いリビングにはジェット水流つきのプール。パーティーのゲストたちが酔うとよく飛び込んでいたが、賢三さんは風邪を引きやすいので心配で、ハメを外しそうになるところを止めたこともある。

私がパリに行くときはいつも、「うちに泊まってくださいね」と声をかけてくれて、図々しくもゲストルームを定宿にさせていただいた。「どこに泊まっているの?」と聞かれると、よく「HOTEL KENZO」と答えたものだ。どんな星付きホテルよりも、ずっと贅沢な宿だった。

数えきれない絵画や美術品、アンティーク家具、色々な国の調度品。それらが混在しながらもモダンな配置で、アーティストとしての感性が集約されていた。夜中に電気をつけようとしたら、真後ろに象の置物があって飛び上がったこと。私の帰りが遅いと心配して待っていてくれたことや、寝る準備をしていたら「ねぇ、今からカジノに行かない?」と夜中に一緒に行ったことも。

カラオケルームがあったので、「今度パリに来る時にDVDを持ってきてくれないかな」と頼まれたことがある。賢三さんが日本を離れた1965年当時の曲ばかりを集めて渡したら、「僕はこんなに古くないよ~」と笑いながら怒られてしまった。

自宅のプールに服のまま飛び込んでしまうことも(筆者提供)
自宅のプールに服のまま飛び込んでしまうことも(筆者提供)

90年代のファッション界は、トレンドに変化が訪れていた。BCBGやアライアなど、女性的なフォルムのボディーコンシャスが主流に。異なる路線だったKENZOブランドの前に、壁のように立ちはだかっていた。

1993年、賢三さんはKENZOブランドの全株式をLVMHに売却。その後もデザイナーを続けたが1999年に契約を終了し、ゼロから育ててきたブランドを自ら離れた。

当時「明日パリに来れる?」と急な連絡が入っては何度も渡仏し、ブランドから退く決断にいたるまで、賢三さんがお話されていたことを思い出す。「僕にとっての全盛期は、お金が無くとも好きな事ができた70年代。ブランドが大きくなった80年代は、ビジネスに近いデザインをしなければならなかった」と、少し寂しそうに振り返っていた横顔が印象に残っている。

1999年、紫綬褒章の祝賀パーティーにて(筆者提供)
1999年、紫綬褒章の祝賀パーティーにて(筆者提供)

1999年10月、KENZOブランドを退任する賢三さん最後のショー「KENZO 30ANS」を開催。パリ郊外のゼニット(コンサート会場)に3,000人以上が駆けつけ、30年間のコレクションから約300点を2時間かけて披露するという、とても豪華でスペクタクルなショーになった。賢三さんは朝早くから各国のメディアからの取材の嵐で「朝から何も食べてないよ」と、楽屋で忙しそうに着替えをしていた姿が記憶にある。同じ年に、日本でも盛大なパーティーを行った。

1999年「KENZO 30ANS」:高田賢三が手掛けるKENZOブランド30年の集大成としてのショー。友人を含め200人のモデル、象や白馬も登場した。テーマは「Liberté(自由)」。(筆者提供)
1999年「KENZO 30ANS」:高田賢三が手掛けるKENZOブランド30年の集大成としてのショー。友人を含め200人のモデル、象や白馬も登場した。テーマは「Liberté(自由)」。(筆者提供)

その年の12月31日の夜、自宅の電話が鳴った。ちょうど日本時間で23時55分位だったと思う。「本当に今年はお世話になりました。僕はこれから前向きに夢を持って進んでいきたいので、これからもよろしくお願いします」と、プーケットに滞在中の賢三さんから。

わざわざ日本時間の年越しに合わせて掛けてくれたのだ。感激したこの時の電話を、今でも鮮明に覚えている。そして、何があっても賢三さんについていこうと、思いを新たにした瞬間だった。——第2回につづく

1999年「KENZO 30ANS」の舞台裏にて(関係者撮影)
1999年「KENZO 30ANS」の舞台裏にて(関係者撮影)

(文・鈴木三月 / 編集・小湊千恵美)

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高田賢三(Kenzo Takada)デザイナー

兵庫県生まれ。1960年第8回装苑賞受賞。1961年文化服装学院デザイン科卒業、 1965年に渡仏。1970年パリ、ギャラリー・ヴィヴィエンヌにブティック「ジャングル・ジャップ」オープン。初コレクションを発表。パリの伝統的なクチュールに対し、日本人としての感性を駆使した新しい発想のコレクションが評判を呼び、世界的な名声を得る。その後ブランドを「KENZO」とし、高い評価を受ける。
1984年仏政府より国家功労賞「シュヴァリエ・ド・ロルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章(シュヴァリエ位)受章。1998年仏政府より国家功労賞「コマンドゥール・ド・ロルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章最高位の(コマンドゥール位)受賞。1999年2月ニュ-ヨ-クで国連平和賞(タイム・ピース・アワード)の98年ファッション賞を受賞。10月パリコレクレションを最後にKENZOブランドを退く。同年、紫綬褒章を受章。
2004年開催アテネオリンピック日本選手団公式服装をデザイン。パリ市よりパリ市大金賞を受賞。その後、デザイナー活動および絵画を手掛け、絵画展をフランス、モロッコ、アルゼンチン、ウクライナ、ロシア、ドイツで開催。また、クリエイションにおける異業種とのコラボレート事業、世界の伝統文化を継承する為の活動などを精力的に展開。
2016年仏政府よりレジオンドヌール勲章「名誉軍団国家勲章」(シュヴァルエ位)を受勲。 同年、日本においてセブン&アイ・ホールディングスの社傘下のそごう・西武およびイトーヨーカドーのPBブランド「セット・プルミエ」を展開。
2017年12月「夢の回想録」出版。2018年、Edition du Cheneより「KENZO TAKADA」出版。2019年10月東京二期会主催/演出家 宮本亞門氏によるオペラ「蝶々夫人」の衣裳を手掛ける。日本を含む4ヶ国初の共同制作公演で、2020年4月ザクセン州立歌劇場(ドリスデン)、その後デンマーク王立歌劇場、そしてサンフランシスコ・オペラでの上演が決定していたが延期。
2020年1月ホーム&ライフスタイルの新ブランド「K三(ケースリー)」をパリから世界に向け発表。パリ・サンジェルマンにショールームをオープン。
2020年10月4日他界。

※高田賢三の「高」は、正式には「はしご高」

鈴木三月(Yayoi Suzuki)

東京都出身。パリソルボンヌ大学、Institute Catholique大学留学・卒業。(株)SBA (株)French Fashion Center/Fédération Française du Prêt-à-Porter féminin Japon入社。パリプレタポルテ・オートクチュール協会日本事務所入社。
SUNデザイン研究所・スタイリスト科入学。卒業後(株)エルカ入社。KENZOブランドのPR担当として働く。
1991年日本におけるattachée de presseの先駆けとして(株)パザパを設立。ヨーロッパのファッションブランドのPRを主に手掛けるとともにKENZO社の日本におけるPR担当および、高田賢三のパーソナルマネージメントを担当。
2000年から高田賢三のビジネスパートナーとしても活動開始。2006年コンサルティング会社(株)ビズを設立。2011年(株)パザパを、(株)セ・シュエットに社名変更(パザパは現在PR事業部として存続)。
現在、衣食住のPRおよびブランディングに関するアドバイザーやモード学校での講師を務める。2013年に調理師免許取得後、フードアドバイザー等の仕事をスタート。
人生をより美しく輝くものにするには、気持ちが前向きであることが大切だと考え、ひとりひとりが夢のある毎日を過ごして欲しいと考えている。
2020年10月、SHOP CHANNELにて自身のウィメンズのブランド「Minimalize+Plus」をスタート。

夢の回想録 高田賢三自伝
著: 高田 賢三
メーカー: 日本経済新聞出版

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