
日本ロレアル 副社長 ロレアルリュクス事業本部長
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世界最大の化粧品企業、ロレアル(L’Oréal)の2024年売上高は434億8680万ユーロ(約6兆8274億円)に達し、業界の頂点に立つ。化粧品“先進国”フランス・パリに本社を構え、幹部の多くは欧州で経験を積んだ精鋭ばかりだ。そうした中、日本ロレアルで「ランコム(LANCÔME)」の成長をけん引した後、日本人として初めてパリ本社で「イヴ・サンローラン・ボーテ(Yves Saint Laurent Beauté、以下YSL)」と「プラダ ビューティ(PRADA BEAUTY)」の北アジア戦略を担い、帰任後は日本ロレアル 副社長に就任し、日本人初となるロレアルリュクス事業本部 本部長としてプレステージブランドの指揮をとる都築誠也氏。大学卒業以来一貫して化粧品ビジネスに身を置き、キャリアは20年超。都築氏に、これまで携わってきた市場の変遷、パリと日本での挑戦、現職でのミッション、そして外資系企業で日本人が活躍するために必要なことを聞いた。
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◾️都築誠也(つづき せいや):日本ロレアル 副社長 ロレアルリュクス事業本部長 2001年から2006年まで外資系化粧品メーカーで活動後、2006年に日本ロレアルに入社、ランコム事業部 メイクアップ グループマネージャー、2010年からランコム事業部 マーケティングマネージャー、ランコム事業部 副事業部長、ランコム事業部 事業部長を経て、2020年にロレアル本社 アジアパシフィックゾーン YSL Beaute 事業部長に就任。2021年からロレアル本社 北アジアゾーン YSL Beaute &Prada Beauty 事業部長。2024年10月から現職。
目次
仏ブランドの哲学や文化をベースにアジア市場対応商品を開発するランコムに憧れ
⎯⎯ 社会人1年目から化粧品に携わってこられましたが、当初からビューティビジネスに興味があったのでしょうか。
学生時代はマーケティングを専攻し、ブランドマネジメントが人気職種でした。ハイエンドからマスブランドまでジャンルにこだわらず、「高いブランド価値をビジネスに転化する仕事」に就きたいと考えていたんです。就職活動ではマーケティング実績の高い企業を幅広く検討しましたが、なかでも惹かれたのが「歴史を一度壊し、そこからイノベーションを生み出す」というフランスのハイエンドブランドの手法でした。そこで“ブランドをマネージし、その価値を最大化する”という観点で企業を選び、入社後にビューティ部門を担当することになりました。
⎯⎯ ロレアルを意識するようになったきっかけは何だったのでしょう。
新入社員としてファッションブランドのビューティ部門で約5年間、日本国内とパリ(半年間)でビジネスを学びました。当時の外資系ビューティブランドで、日本市場で消費者の声にていねいに向き合う企業はほとんどありませんでした。その中でランコムだけは違った。フランスの哲学や美意識を保ちつつ、アジア市場のニーズに合わせた商品開発を行っていたのです。競合他社にいた私は、ランコムをベンチマークとし、その姿勢に強い憧れを抱くようになりました。
⎯⎯ その思いがあってロレアルへ転職されたのですね。
ロレアルには在籍18年になります。最初の13年間はランコム事業部で日本市場を担当し、その後パリ本社に移り、北アジア5市場(中国・韓国・台湾・香港・日本)を統括しました。そこでYSLとプラダ ビューティの北アジア戦略を構築したのです。

パリ本社で実行した“ビューティ トライアングル”という新たな戦略
⎯⎯ パリ本社での北アジア戦略とは、具体的にどのような業務だったのでしょう。
5つの市場それぞれに勝機を見いだし、その機会をブランドチームへ伝えることが私の役割でした。商品開発、イベント設計、キャンペーン方針などに落とし込み、各国で実装していきます。北アジアは規模も成長寄与度も最大です。そのポテンシャルを武器に、本社でロビー活動を重ね、立案した戦略をグローバル戦略に組み込ませ、各市場で推進する⎯⎯それが主な業務でした。
YSLとプラダ ビューティの担当ではありましたが、ロレアルリュクス事業本部全体において“ビューティ トライアングル”という新たな共通戦略のアンバサダーも務めました。この枠組みこそが、現在のロレアルの成長を支える原動力になっていると自負しています。
⎯⎯“ビューティ トライアングル”とは?
北アジアの3市場でそれぞれの強みを掛け合わせ、相互に補完し合う戦略です。中国の圧倒的な規模と成長力に応えるだけでは、中国だけで完結するビジネスになりかねません。しかし北アジアには、世界にトレンドを発信する J-beauty、K-beauty、C-beautyの三大勢力が存在します。この特徴をどう束ね、相互活用するか⎯⎯それこそが北アジア担当の使命でした。
中国はスケールとスピードが抜群。韓国はイノベーション力とアジリティ(状況適応)、リアクティビティ(問題への姿勢)に優れ、コンシューマー インサイトを瞬時に形にします。日本は高度な審美眼に加え、顧客中心主義を徹底し、一人ひとりと長期的な関係を築くブランド体験づくりが得意です。そこで、中国のダイナミズムに日本の顧客体験設計を取り入れ、日本には韓国の機動力を注入するといった具合に、三国の強みを循環させる⎯⎯これが“ビューティ トライアングル”なのです。

過度な依存を避けビューティトライアングルをスムーズに推進
⎯⎯ ビューティ トライアングルの発想により、1つのプロジェクトを複数市場で展開できるようになるのでしょうか。
その通りです。たとえばリップ需要を比較すると、中国はこの10年間「マット質感の赤」が不動の人気です。一方韓国は同じマット系でも、パステル寄りのピンクを好み、発色とケア効果を両立したリキッドタイプが売れ筋です。日本はツヤ感を重視し、シーズンごとに色で遊びたいという嗜好が強い。色味・仕上がり・テクスチャーは国ごとに違いますが、根底にあるコンシューマー インサイト(消費者の潜在的な欲求や心理)を深掘りすれば、各市場で共通して収益を最大化できる商品設計が見えてきます。
台湾と香港は日本・中国・韓国の影響を受けてトレンドが動くため、北アジア5市場が1つのプロジェクトで連動することも十分可能なのです。
⎯⎯ ビューティ トライアングルを円滑に機能させるうえで、心がけていることは?
ひとつの市場に過度に依存しないことです。市場ポートフォリオ全体で成長を分散させる──この視点を常に持っています。会社のグローバル戦略でも、北米・欧州・アジアをバランス良く伸ばす方針を掲げています。
⎯⎯ 日本市場を担当した13年間には逆風もあったはずです。どのように打開したのでしょうか。
私たちは常に長期的なヴィジョンで市場を判断します。短期的な浮き沈みはあっても、長い目で見て伸びるかどうかが重要です。日本の場合、中期的には必ず成長余地があると見ています。人口減少が進む一方で、当社が注力するターゲットはむしろ拡大するからです。具体的には「55歳以上のブーマー世代(団塊ジュニア世代)」、「男性ユーザー」、「インバウンド需要」の3層です。これらが増加すること、そして13ブランドを擁する当社の幅広いポートフォリオが、日本市場で大きな武器になると確信しています。

日本市場は4つの戦略で、大規模ブランドを“超大規模ブランド”に
⎯⎯今後の日本市場戦略を教えてください。
4本の柱で推進します。
① クチュールブランドの強化──景気の不透明感から、百貨店ユーザーがドラッグストアなども併用する動きが出ています。この状況で圧倒的な求心力を持つのがクチュールブランド。“憧れ”は代替不可能です。とりわけYSL、プラダ ビューティ、そして「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のフレグランスはまだ大きな伸びしろがあります。各ブランドのDNAを最大限に発揮し、勝ち切ります。
② 日本発ブランドのポテンシャル最大化──「タカミ(TAKAMI)」の角質美容水「タカミスキンピール」は、化粧水前に使う“ステップ0”という日本独自の発想で年代・性別を問わず支持を獲得しています。「シュウ ウエムラ(shu uemura)」も日本の美意識を継承しつつトレンドへの感度が高い。開発拠点が日本にあるため、国内トレンドを即座に商品に反映できる点が強みです。
③ 「イソップ(Aēsop)」のさらなる拡大──オーストラリア生まれでありながら、禅的なミニマリズムや洗練された店舗デザインなど、日本と親和性の高いブランド体験を提供することで、日本市場でのさらなる飛躍が期待できます。
④ R&I(研究開発)への投資加速──科学の力で美を拓くスキンケア サイエンスを前面に打ち出し、ランコムや「キールズ(Kiehl’s)」をはじめ全ブランドでエビデンスを伴う価値提案を強化します。
当社は多彩なブランドを擁しますが、“スーパー メガブランド”はまだ育成途上です。既存の大規模ブランドを、桁違いの規模へと成長させたいと考えています。
⎯⎯ それはブランド単体としても、ポートフォリオ全体としても拡大を狙うという意味でしょうか。
そうです。日本市場でトップシェアを誇るブランドに肩を並べることを目標に、各ブランド単体でスケールを追求しつつ、ポートフォリオ全体でも飛躍的な拡大を図っていきます。
多くのブランド保有は、“カニバり”ではなくお客さまへの選択肢に
⎯⎯ 多ブランド展開ゆえに、たとえば「タカミスキンピール」とランコムの「ジェニフィック アルティメ セラム」がどちらも洗顔前ケア、またランコムのエイジングライン「アプソリュ」とヘレナ ルビンスタインがいずれもブーマー世代をターゲットにするなど、ターゲットの重複を懸念したことはありませんか。
各ブランドは成分設計や訴求価値がまったく異なるため、理論上カニバリゼーションは起きにくいと考えています。確かに「プレミアムスキンケアに投資し、確かな効果を得たい」というセグメントには共通して属しますが、ブランド体験が差別化されています。
ランコムはスキンケアに加え、メイクやフレグランスまでワンストップで提供し、トータルビューティを提案します。一方、ヘレナ ルビンスタインはスキンケアに特化し、サロン級のトリートメントサービスを提供できる点が特徴です。目的や気分に応じてお客さまが自在に選べるポートフォリオになっていると自負しています。

挫折時に行った、選択と集中
⎯⎯ ビューティ業界でのキャリアの中で、挫折を味わった経験はありますか。
最も厳しかったのは、2014年にランコム事業部長に就任してからの最初の3年間です。就任時、事業は残念ながら右肩下がり。のちにV字回復させましたが、それまでの道のりは本当に辛いものでした。
⎯⎯ どのようにしてV字回復へ導いたのでしょうか。
当時、グローバルのランコムは“3世代で愛されるトータルビューティ”として成功していましたが、日本では伸び悩んでいました。日本女性にとって何が最優先かを徹底的に分析し、「選択と集中」を決断。ジェニフィック(2009年に誕生した美容液)への“一本勝負”です。投資も顧客との接点もすべてジェニフィックに集約し、3年かけてユーザーの裾野を拡大、リピート率を高めました。3年目には百貨店ブランドとして初の定期購入サービスを開始し、オンライン・オフラインの両面で成功を収めました。
ただV字回復ではあったものの、もっとチームとのエンゲージメントを深めていれば、3年もかからず達成できたかもしれない。これが唯一の反省です。とはいえ、この経験は大きな自信になっていますし、「さらに上手くやれるはずだ」という思いは常に胸に抱いています。
パリ本社勤務で考え方に変化
⎯⎯ パリ本社勤務の経験は、自身の考え方にどのような変化をもたらしましたか。
大きな転機になりました。日本勤務時代は、私が約400名(美容部員を含む)を率いる事業部長で、指揮系統も明確でした。自然と私の判断やディレクションがチーム全体を動かす構造です。ところが本社では、地域担当としてレポートラインがなく、チームメンバーもわずか4人。しかも全員が同格で「部下」ではありません。この環境では、肩書や命令ではなく“影響力”で人を動かす力が問われます。
そこで私は、相手が「この方向が正しい」と自ら納得できる情報と分析を提示し、任せると決めたら徹底的に信頼する──この2点を意識しました。結果として、メンバー全員が自発的に動く体制を築けたことは大きな学びです。
現在の日本事業部でも、社員一人ひとりが戦略を“自分ごと化”できるよう同じアプローチを採っています。また、日本のメンバーにも積極的に海外に出て、多様な市場を経験してほしいと考えています。

⎯⎯ ロレアルでは、海外でのキャリア形成を推奨しているのでしょうか。
日本市場は洗練され、競争も激しいため、ここで成果を上げられる人材は総じてレベルが高いと感じています。一方で、国民性もあってか、海外で戦うにはやや控えめすぎる面も否めません。優秀な日本人が世界に出れば必ず活躍できる。これは私の確信です。だからこそ、私は今後3年間で少なくとも10名を海外ポジションへ送り出すことを目標に掲げています。
今後は世界で活躍する人材育成に尽力
⎯⎯今後の目標を教えてください。
ビジネス面では、各ブランドのDNAを最大限に体現し、日本市場で際立つブランドをさらに増やすこと。そしてラグジュアリー領域で「外資系ナンバーワン・グループ」の地位を確立することが目標です。組織面では、主体的に意思決定し戦略を遂行できる強いリーダーを育成します。彼らがグローバルで活躍し、その知見を日本へ還元できる。そんな「日本市場を知り尽くしたグローバルリーダー」の輩出に注力したいと考えています。
⎯⎯ プライベートの目標はありますか。
パリ駐在を機に乗馬が趣味になりました。家族共通の楽しみにもしたいので、いずれは自然の中を巡るホーストレッキングを満喫できるようになりたいですね。週末は山へ出かけ、乗馬を楽しんでいます。
(文:ライター 中出若菜、聞き手:福崎明子)
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