Culture インタビュー・対談

【インタビュー】ヴィヴィアン・ウエストウッドの功績を絵で表現するマッテオ・グアルナッチャ〜英パンクと伊ヒッピーの関係〜

アーティスト マッテオ・グアルナッチャ
アーティスト マッテオ・グアルナッチャ
Image by: Fashionsnap.com

 イタリアを代表するサイケデリックアーティストでエッセイストでもあるマッテオ・グアルナッチャ(Matteo Guarnaccia)。1960年代後半〜70年代のヨーロッパのヒッピーカルチャーを牽引した人物だが、このほど、久しぶりに「ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)」とのコラボレーション作品を発表した。ヴィヴィアンとの出会い、彼女の功績、ヒッピーとパンク文化の軋轢、イタリアのヒッピー文化の歴史などについて独占インタビューした。(取材・文:ファッションジャーナリスト 増田海治郎)

―ヴィヴィアン・ウエストウッドと出会ったのはいつ頃ですか?

 20年くらい前のことだったと思います。その頃、サブカルチャーの歴史を調べていて、必然的にパンク文化を作ったヴィヴィアンとマルコム・マクラーレンに行き着きました。ヴィヴィアンと話した時に、ファッションとアートが密接に繋がっていることと、彼女のクリエーションがアトリエからではなくストリートから生まれるということに共感を覚えました。彼女は常にストリートカルチャーから新しいものを生み出してきました。彼女の世界観を理解するのが面白くて、結果的に彼女のデザイン理念のエッセーを書くことになったのです。

 それからしばらくして、最初のコラボレーション作品としてバッグをイタリアで作りました。2000年頃だったと思います。その後、ヴィヴィアンのシューズの回顧展があった時に、ヴィヴィアンの代表的なタータンチェックと僕のファイヤーパターンを融合させた靴を作りました。私もヴィヴィアンと同じように歴史、文化、アートに興味があるので、共通点がたくさんあったのです。素晴らしく楽しくクリエイティブな共同作業でした。

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―ヴィヴィアンがパンクを提唱した1970年代に交わることはなかったのですか?

 イギリスでパンクが生まれるまでは、イタリアでは反社会的なヒッピー・ムーブメントが起こっていて、私はその中心にいました。ヴィヴィアンとマルコムはそれと反する考えを提唱していて、パンクの前のムーブメントをすべて否定していたのです。とくにヒッピーに対しては辛辣で、「ヒッピーを絶対信用するな」というモットーがありました。

 それからしばらくして、パンクが短期間で終息し、入れ替わるようにポストパンク/ニューウェーブが台頭しました。また、後になって振り返ると、60年代〜70年代前半にアメリカを席巻したニューヨークドールズやMC5などが、パンクの精神的な部分をイギリス勢に先んじて演じていたことが分かりました。何が言いたいかというと、パンクとニューウェーブは多分に共通点があったのです。

 マルコムは一貫してヒッピーに対してネガティブでしたが、ヴィヴィアンはベジタリアンだったり、既存の権力に反抗する姿勢とか、私の考えと近しいことが分かりました。当時は交わることはありませんでしたが、後になってお互いが理解できるようになったということです。

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