Image by: FASHIONSNAP
ブランドの設立10周年は大きな実績であるとともに、今後の方向性を定める大事なタイミングに差し掛かる。これまでの10年を経てこれからの10年をどう戦っていくのか、その第2章をどう始めるのかと向き合うことになるからだ。
デビューから11年目を迎えた「ミューラル(MURRAL)」は、その渦中で変革を起こそうとしているブランドだ。
厳密には前シーズンの2024-25年秋冬からデザインプロセスを見直し、ショーに携わるスタイリストやPRも入れ替え、ミニマルでエレガントな方向性に舵を切った。その結果、新たな印象を得ることができたが、同時に“ミューラルらしさ”を見失いかけ、アイデンティティクライシスに陥っていた。
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その反省をもとに、2025年春夏はブランドの核心を探ることから制作をスタートさせたというデザイナーデュオの村松祐輔と関口愛弓。公私共にパートナーである2人は、お互いが影響を受けたもの、変わらず好きなものについて語り合い、「奇妙な美しさ」というキーワードに辿り着いた。「共通していたのは、ちょっと変なものが好きということ。残酷なストーリーでも、美しい映像や音楽を楽しめる映画など、その対比に心が惹かれる」と関口は説明する。
また “花”はブランドが大切にしてきたモチーフで、ブランドアイデンティティの一つ。その“花”についても今季は深く掘り下げている。村松は過去に読んだ音楽家の坂本龍一のインタビューに、「花はなぜ美しいのか?」という問いに答えた内容があったことを思い出した。その質問を自分自身にも問いかけ、「花は美しいけど、それぞれ人によって捉え方は異なる。その“単一ではない美しさ”を表現したいと思った」と村松。
そうして今季の“花”の着想源になったのが、ドイツの植物学者であるカール・ブロスフェルト(Karl Blossfeld)が1928年に発表した植物図鑑「芸術の原型」に収められた写真。モノクロの接写で蕾や花弁、茎などを切り取っているが、その自然界が生んだ有機的な曲線や歪な形がアート作品のようにも見えるのが面白い。それがデザイナー2人に響いた“奇妙な美しさ”であり、今季のテーマ「SEEM」(英語で「〜のように見える」)になった。
今季のテーマを象徴するルックは、序盤にまとめられている。ファーストルックは、デザイナーの関口が描いた抽象画のようなグラフィックをのせたブラウスとボトムス。これはディプサクスの花をアルコールインクで描いた後に、柄の一部を手で消し取ることで、原型を留めていない不思議な“花柄のようで花柄でない柄”が生まれたという。
またブランドの代表的な花柄レースも、2人が職人と力を合わせて作り上げたこだわりのテキスタイルだ。繊細なチュールの生地に花びらの輪郭を残した“花柄のような柄”をロープとラメ糸で刺繍し、手刺繍のような細やかなテクニックを機械刺繍で実現している。これは石川県の刺繍工場と取り組みにより、刺繍機に特殊なアタッチメントを取り付けて、職人の手で数百本の針に0.2ミリのロープと通すという、セットするだけで1日かかるという手の込んだ技術によって完成した。ドレープを効かせたドレスや、レーヤードにぴったりなシースルースカートとして、ランウェイでも一際目を引いていた。
また手編みのビーズのドレスやスカートも今季の「奇妙な美しさ」を象徴するルック。関口が大きさの異なるビーズで歪な形に編み上げたショーピースで、強い存在感を放っていた。
一方でミューラルの軸にあるのは、20〜30代の女性たちに寄り添ったリアルクローズ。ショーにも顧客を多く招待しており、彼女たちに安心を与えられるようなアイテムも多く見られた。今季はトップスやドレスにアシンメトリーなシルエットを多く取り入れることでドラマチックな動きをつけたり、従来は提案の少なかったショート丈パンツやミニドレスなどでプロポーションのバリエーションを増やしたりと、変化を加えている。またブランド初のレザーバッグを発表。花柄の刺繍を縁取りとして施した横長型のレザートートは、品があり実用的だ。
「奇妙なエレガンス」というブランドらしさを模索しながらも、顧客の目線にあった“手の届く憧れ”を忘れないクリエイション。このショーには、その地に足ついたミューラルの現在地が示されていた。
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