IMAGE by: Kara Chung
ファッションや洋服は、しばしば「鎧」などと形容され、着用者の身体や心を様々な“外部”から守ってくれる役割を持っている。一方で、装いは自身の好みや属性を目に見える形で纏うことで、その内面や役割、見せたい姿を表に出し、他者や社会と繋がることのできるツールにもなりうる。
「不器用で、社会との折り合いがなかなかつかず、生きづらさを感じている人」という人間像を掲げたクリエイションを行うブランド「ピリングス(pillings)」も、まさに物理的にも概念的にも着る人のままならなさを受け止め心身を守ってくれる、いじらしくも愛おしい“繭”のような服を提案し続けてきた。しかし、今回2025年春夏シーズンでは、そんなピリングスを象徴する“繭”が姿を消した。では、繭に代わって村上が新たに提示しようと試みたのはいったい何だったのか。
村上が今季のコレクションを通して表現することを目指したのは、「内向的な人が外に出ていく美しさ」だ。自分を守ってくれると同時に外とコンタクトを取る手助けをしてくれる「ファッション」と、光を完全には遮らない形で部屋の中と外の間に存在している「レースカーテン」の在り方に近しさを感じたという村上。「内向的な人が外との繋がりをどう持つか」が描かれた古井由吉の小説「杳子」の主人公の女性像や、日常の機微を丁寧に描写する古井の作風からも着想を得て、それらをリンクさせながらクリエイションに落とし込んだ。
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しかし、全身を淡いピンクベージュカラーのハイゲージニットプルオーバーと、センタープレス入りの細身のパンツ、ポインテッドトゥのパンプス姿に身を包んだファーストルックを目にしたとき、そのあまりの“ピリングスらしさ”の不在に衝撃を受けたのは、おそらく筆者だけではないだろう。しかもそれは最初だけではなく、その後も同様のスタイルが続いた。
Image by FASHIONSNAP(Koji Hirano)
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これまでのピリングスが代名詞として手掛けてきた、繭のように分厚く、心のわだかまりを可視化したような凹凸感からものづくりの愛おしさをダイレクトに感じるハンドニットアイテムは、中盤以降の一部ルックを除きほぼ見られない。ベージュトーンを基調とした機械編みのハイゲージのニットプルオーバーやカーディガン、布帛のボタンダウンのシャツ、細身のセンタープレス入りパンツ、シンプルなシルエットのドレスなどで構成されたスタイルは、そのなめらかで控えめな素材の表面感も相まって、一見とてもシンプルで、コンサバで、没個性的にすら思えた。
正直に言うと、ショーを見ている最中や見終えたばかりのとき、筆者は今回のコレクションに対してやや物足りなさやもったいなさを感じていた。ピリングスの個性であり良さでもあった“でこぼことした愛おしさや温もり”のようなものが、かなり削ぎ落とされ失われてしまったように思えたからだ。けれども、ショー終演後に語られた村上の言葉や背景にある思いを知った上で改めて一つひとつのピースやルックに目を凝らしてみると、その印象は少しずつ変化し始めた。
“何気ない日常の中の美しさを捉える視点”を失いつつある感覚を抱いていたという村上は、今回のコレクションについて「過剰な演出や装飾ではなく、日常で着るようなシンプルなアイテムに微妙にシワを入れたりタックを作ったりすることで表現ができないか、という思いが背景にあった」と語る。確かに、ニットには普通なら忌避されるような折じわが、布帛のシャツやドレスにはタックによる不自然な布の溜まりや歪みなどがあしらわれ、アイテムに自然な装飾性とピリングスらしい“わだかまり”を与えていることに気づく。
Image by FASHIONSNAP(Koji Hirano)
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そして、コレクションの“新しさ”をひと際印象付けていたのが、「レースカーテンが揺れている光景」をそのまま閉じ込めたようなドレスに代表される、透け感のある素材をレイヤーさせたアイテムとスタイリングだ。
Image by FASHIONSNAP(Koji Hirano)
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内側のマーベルトやポケットの袋布が透けて見えるオーガンジー素材のパンツや、サイドが縫われておらず、袖を通しても通さなくても着用できる透け感のあるニットカーディガンなどを他のアイテムとレイヤードした様子は、レースカーテンから透けて見える外や、柔らかな光が差し込み風に揺れるさまを連想させた。
Image by FASHIONSNAP(Koji Hirano)
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同時に、素肌に近いような絶妙な違いのベージュを基調としたカラーパレットについても、誰かに見せるためのものというよりも、より着用者自身の素に近いような、自分自身と向き合いつつも、外の世界となんとか繋がりたいと思う純粋で繊細な心が透けて見えるような感覚を覚えた。「普段皆が目にしているものの解像度を下げたかった。あまり起伏がない中で、微妙な差のようなものを楽しんでもらう見方に慣れてもらいたいと思った」と語る村上の言葉には、自身が持つ視点を見直し、「美しさとは何か」について再考を促されるような気持ちにもなった。
従来のコレクションではどこか空想的だった世界観は一気にリアリティが強まり、ルックから連想される人物像は、現実の社会を前に脆く繊細で頼りなさげに見える。しかし、村上が今回表現しようとしたものが「内向的な人が外に出ていく美しさ」であることを改めて考えたとき、たとえ顔つきや佇まいに暗さや頼りなさがあったとしても、そこには一歩前に進もうとする前向きさや希望が込められていることがわかる。
引き続き、ピリングスが提示する「不器用で、社会との折り合いがなかなかつかず、生きづらさを感じている人」という人間像は変わらない。けれども、これまではずっと分厚い“繭”に守られ中に閉じこもったままだった彼女は、その分厚い繭を脱ぎ捨て、今度はレースカーテンのような“膜”で自身を守りながら、外をまなざし、自分を開き、社会と繋がろうと試みている。そのピュアで脆弱で懸命な姿を反映し肯定するような今シーズンのコレクションに、筆者は「ピリングス」というブランドの新たなフェーズへの前進や希望を見出した。
言語化できないような閑かな感情を貴重なものに感じる。
携帯電話の華やかな液晶画面ではなく
アトリエの窓から見る、毎日変わり映えのない風景から何かを感じたいと思った。
夏になるとレースカーテン越しの生ぬるい不快な風と、窓からの景色を思いだす。
小さい頃からどこか窓に恐怖心を持っていた。
外からの目が怖かったのかもしれない。
オブラートのように内と外の曖昧な境界線を引くレースカーテンに守られているようだった。遮光カーテンを引かないでいたのは、外との関係も断ちたくなかったからだと思う。
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