人気美容師の半生にフォーカスするインタビュー連載の第13回。今回は、数多くのアーティストやクリエイターが通う美容室・TETROから最年少のヘアスタイリスト宗万夏子さんが登場。“素敵な30代”を迎えたい。その思いが駆り立てた彼女の半生を、自身が撮影した写真と共に迫ります。
#13 宗万夏子 そうまんなつこ
インスタグラム
7月21日生まれ。北海道出身。専門学校エビスビューティカレッジ卒業後、都内有名店を経て、スタートメンバーとしてTETROに参加。ライフステージの変化に寄り添った似合わせが得意で、若年層からミドル世代まで幅広い女性から支持を集めている。サロンワークと並行してヘアメイクとしても活動中。
【店舗プロフィール】
TETRO テトロ
渋谷駅から少し離れた場所に位置する隠れ家サロン。アーティストやクリエイター、ミュージシャンなどが多く訪れることでも知られていて、カルチャーに明るく、ファッション感度の高いスタッフが在籍している。店内にはこだわりのインテリアが多数。
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宗万夏子さん(日本橋・馬喰横山Parlorsにて)
ー美容師になったきっかけを教えてください。
元々は大学に進学しようと思っていたのですが、母に「手に職つけたほうがいい」とアドバイスされたことがはじまりでした。「美容師にならなくてもいいから」と言われ、美容学校に行くことにしたんです。
ーお母さまの提案は素直に受け入れられた?
美容師にならなくてもいいんだったらとりあえず資格だけ取っておくか、くらいの感覚でした。そのままふわ~っと美容学校に通うことになり、国家試験に受かり、なんとなく地元で就職しようと思っていたのですが、東京の有名店に入社することになります。
ー東京の有名店を選んだ理由は?
お客としてその店を訪れたとき、髪を切ってくれた人から「受けてみたらいいじゃん」と言われ、またふわ~っと「あ、じゃあ受けます」と決めた感じです。当時その有名店がつくっていたヘアスタイルはどの美容室とも違ってかわいくて、私もつくってみたいなあと。
ーある意味流れに身を任せてこられたように感じます。「美容師になる」という決意は入社時には固まっていたのでしょうか?
いえ、それが固まっていなかったんです。先のことをあまり考えずに過ごせるタイプなので、とにかく目の前に課された目標をクリアすることに一生懸命でした。
ーでは、美容師になろうと腹を括ったのはいつごろ?
デビュー直前の時期ですね。それまではとにかく勢いで進んできていたのですが、いざ最後の追い込みとなったとき、「あれ? 私って本当に美容師になりたいんだっけ?」と立ち止まってしまって…。当時「同期の中で一番にデビューしてやる!」とまわりに息巻いていたのに、「やりたくないんだったら辞めたほうがいいんじゃないか?」とまで悩みました。
ーどのように思いを整理していったのでしょうか?
1ヶ月と期間を決めて、しっかり仕事に向き合ってみることにしたんです。アシスタントのときは仕事に追われてなかなか余裕がなかったのですが、一度地に足をつけて丁寧に接客や技術をこなしてみると、“美容師って楽しい”という思いがあふれてきました。
ー美容師のどんなところを楽しいと感じましたか?
まず、お客さまと話すことの楽しさは格別です。自分も目一杯大好きなおしゃれを楽しむこともできるうえに、今一番イケてると思うヘアを提供してお客さまに喜んでいただけるーー。「この職業以外あったっけ?」と思うくらい、私って美容師になりたかったんだ!と気づくことができました。
ステンドグラスアーティストが、TETROをイメージしてつくったステンドグラス。手前に写っているのは宗万さんの愛用のシザーズ
ーそのころには、なりたい美容師像というのはイメージできていたのでしょうか?
美容師像はしっかりとはなかったのですが、30代に対する憧れがずっとありました。30代だからこそ出せる知的さや余裕の持ち方、仕事の仕方などをイメージしていて。それらを踏まえたうえで、素敵な30代を迎えるためには何が必要なのかと考えていました。
ー“素敵な30代”を迎えるために、必要だったものは?
東京の有名店で一流の接客や技術、自分の見せ方などを学ばせてもらってデビューしたのですが、自分に足りないものはなんだろう。そう考えたときに、ファッションや音楽、映画などのカルチャーの教養が、自分にはあまりにも少ないということに気づきました。
ーカルチャーという要素は宗万さんにとって大事なものだったのですね。
私が思うおしゃれで素敵な人は、“カルチャーのバックボーンや本質を知っている人”。そういう人ってかっこいいなという憧れがずっとありました。ある先輩に「宗万に足りないものってそこだよね」と言われていたのもずっと頭の片隅に残っていて…。
私もそういう人になって、あらゆるカルチャーから得たインスピレーションをヘアスタイルに落とし込んでみたい。それが私の考える”素敵な30代”のイメージに近かったように思います。
ーそれが、1社目を辞めた理由に?
ちょうどそのころ、「カルチャーの本質を教えてくれるのは舞人(TETRO・オーナー兼ディレクター)しかいないよ」とアドバイスをくださった方がいました。当時同じ美容室にいた舞人が会社を辞めTETROを始めるという話を聞いたとき、「私も一緒に働きたいです」と思い切って言いました。24歳のときです。
ー2015年、TETROのスタートですね。
自分が理想とする30代を迎えるために必要としていたものがTETROにあり、TETROが始まるタイミングと私が必要としたタイミングが一致した感じですね。
ーTETROはどんなサロンですか?
TETROはアシスタントを雇わず、お客さまに1対1で接客していくスタイルです。それぞれがヘアメイクとして動いていたりするので、自分の予約は自分で管理します。
また、決められた時間内はずっとその場にいないといけない従来の美容室に対し、TETROはフレックス制。空き時間ができたら何をしてもOKです。映画館に行ったり、美術館に行ったり、写真集を眺めたり、買い物に行ってファッションに触れたり、メイクを研究したり…。そうやって自由に時間を使った方が、お客さまに落とし込むヘアのアイデアにつながるという考えからです。
ーTETROにいてよかったなと思うことは?
カルチャーやアート好きのスタッフが集まっているので、クリエイティブの本質を学ばせてもらえるという点ではすごくいいなと思います。「この映画すごくよかったよ」と先輩に教えてもらったり、スタッフみんなでライブに行ったり、最新の音楽や映像に触れていると、お客さまに落とし込む際のインスピレーション源になるのでとても勉強になります。
舞人さんが、古本屋から仕入れた写真集をチェック。「ボスは恥ずかしがり屋なので隠し撮りをしました(笑)」(宗万)
ーこれまでの美容人生でいちばんつらかったことは?
TETROに入って最初のころ、自分の軸がなかなか定まらなかった期間がつらかったですね。当初は何の知識もないまっさらな状態だったので、先輩方におすすめのミュージックビデオや映画などをたくさん教えてもらっていたのですが、吸収するものが多すぎて「私ってどんなヘアをつくりたいんだっけ?」と方向性を見失ってしまったんです。
ーどのように軸を定めていったのでしょう?
まず「自分はどういう女性になりたいのか」と自問自答しました。すると、こういう生活をして、あのエリアに住んで、あの服を身に着けて、休日はこうやって過ごして…といった具体的な理想がたくさん出てきたので、とりあえずそれらをすべて実践してみることにしたんです。
ーすべてを実践!?
はい。まずは、住みたいエリアに引っ越しました。スキンケアにたっぷりと時間をかけ、洋服もこだわって選ぶようになり、休みの日は好きな喫茶店にお茶しに行って。自分が理想とする生活を実践したところ、どんどんヘアスタイルのアイデアが沸いてくるようになったんです。
ー自分自身から整え、目指す方向性を見つけていったのですね。
軸がぶれている状態はつまり、自分がどんな女性像になりたいのかが定まっていないということだったんです。私の場合、ライフスタイルに落とし込んで整理することで見えてくるものがありました。そのころから先輩方にも「宗万いいじゃん!」と言ってもらえるようになり、目指す女性像と自分自身がだんだん統一され、安定していった気がします。
ー最近30歳を迎えられた宗万さん。理想としていた“素敵な30代”には近づけましたか?
30代は、突入すれば勝手に“完成”するものだと思っていたのですが、まったくそんなことはなかったです(笑)。内面や考え方など人間性も含め、もっと追求していくべきものなんだなと実感しました。今後も周囲の人への感謝を忘れずに、楽しんで30代を突き進んでいきたいです。
ー最後に若手美容師の皆さんに向けてメッセージをお願いします。
まずは技術ですね。美容師の基本は技術にあるので、練習をしっかりしてほしいです。あとは、目の前に小さな目標をつくり、確実に1日1センチ進む感覚を持って動いてみるといいかもしれません。実際行ってみないとわからないこともあるので、辿り着いた先で次の目標を決めるでも全然OK。目標は周りに宣言しておくと協力してくれる人が必ず現れるので、結果的に大きな目標への近道になったりします。みなさんのことを、陰ながら応援しています。
(写真:宗万夏子、企画編集:福崎明子)
編集者、ライター
出版社2社を経て独立。書籍の企画・編集、ブックライティング、記事等のインタビューなど活動中。ペンギンが好き。「now&then」の聞き手、文を担当する。
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