

コスメ、フード、ツール、香りモノ… 美しさを支える愛用品をひもとく「美のSTOCK LIST」の第9回。ヘアスタイリストとして国内外のファッションシーンで活躍するKENSHIN氏は、香り原料のOEMとして蒸留や調香を行うエポラボ(Epo Labo)のディレクターでもあり、個人的に集めてきた香りも膨大な数にのぼる。日々香りを変えながら向き合っている感覚のこと、そして撮影現場で長年使い続けているプロダクトについて聞いた。
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◾️KENSHIN
ヘアスタイリスト。90年代後半よりニューヨークを拠点に活動を開始。雑誌や広告、コレクションなどをメインフィールドに、国内外のトップクリエイターから信頼を集める。2018年に帰国後は、東京・富ヶ谷に構えたエポラボを通じて、蒸留や調香、プロダクト制作など、植物や香りを軸にした活動も行っている。
⎯⎯ ヘアの仕事で長く使っているものを教えてください。
「オリベ(ORIBE)」のスプレーです。廃盤になると聞いて、まだ取り扱っていたところから買えるだけ買って50本集めました。これがなかったら、仕事にならない。

(上)「オリベ」の「マキシミスタ ボリューム ヘアスプレー」は既に廃盤。「サロン専売品なので、サロンによってはまだ在庫があるかも」(KENSHIN)。(下)ポマードは、「ブロッシュ」のものを愛用
⎯⎯ 全部なくなったら、どうしますか?
2〜3プッシュずつしか使わないから多分大丈夫。まだ47本あるから、一生持つと思う(笑)。
⎯⎯ カメラマンが廃盤フィルムをストックするのと近い感覚ですね。使い方を教えてください。
僕の場合、質感を出すために使います。もともとはボリュームを出す用途のスプレーで、メーカーの設計とは全然違う使い方です。ニューヨークにいた頃からずっと手放せない。それまで色々試してきましたが、やっぱりこれじゃないと出せない質感があるんです。一言で言うと、ケイト・モス(Kate Moss)みたいな。

⎯⎯ ポマードもありますね。
質感を一気に変えたい時、「ブロッシュ(BROSH)」のポマードをよく使います。異常なくらいホールド力が強いその極端さが気に入っています。
香りは、撮影と似ている
⎯⎯ KENSHINさんがニューヨークにいらっしゃったのは、90年代後半から20年間ほどでしたよね。香りに興味を持つようになったのは、どんな経験からだったのでしょうか?
ちょうど小規模なクラフトカルチャーが盛り上がってきた時期だったんですよ。コーヒーもそうだし、フレグランスもそうで。大量生産ではなく、誰がどう作っているかとか、素材をどう扱うかみたいなことに、みんなすごく意識が向いていましたよね。
⎯⎯ ヘアの質感を考えることは、感覚的である点で、香りとも近そうです。
そうですね。のめり込んでいったのは、カリフォルニアで蒸留師の方に出会ったことも大きかったです。植物から香りを抽出していく過程を実際に見て、すごく面白いなと。その延長線上で、エポラボの活動が立ち上がりました。素材を採取し自分たちで蒸留して、実際に使ってみるところまで、自分たちでやってみたいと思いました。
⎯⎯ まさに研究室のような空間ですね。
実際、今はラボの機能だけにしています。たまに店だと勘違いしてフラッと入ってくる人もいるけど(笑)。今まで創った香りは800種類くらいあります。

⎯⎯ すごい数ですね。遮光瓶がたくさん並んでいます。
ここに置いているのは一部で、レシピ的には1000種類のアーカイブがあります。これだけあるから、最近はショップにしてもいいかなと考えているところ。香りって、やればやるほど奥が深いんですよ。調香師もいて、蒸留から調香まで、ここでやっています。原料は海外から取り寄せるものが増えていますが、ないものは自分たちで蒸留する体制です。

⎯⎯ KENSHINさんにとって、香りはどういう存在ですか。
香りって、言葉で説明しようとすると難しい。でも、ちゃんとロジックもあるし、感覚的なものだけでなく、構造化もできるんですよ。最近、突き詰めすぎて思想系の大学にも通ってます。
⎯⎯ 香りを突き詰める中で、なぜ思想系の大学に?
この2つは近いと思うんですよ。香りは、言語体系の上にある領域で、言葉で説明し尽くせない。それって、ヘアスタイリストとして参加する撮影にも似てるんです。現場で「うわ!これいいね!」ってなる写真、あるじゃないですか。でも何がいいかは、完全には言語化できない。ただ"いい"という感覚だけが共有できている感じ。しかも、その時に最高だと思った写真は、次の日に見ると、どれだったっけ?となったりする。感覚って、固定されないんです。香りも同じで、自分の状態とかシチュエーションとか、その日の気分で全然違って感じる。香りは、人間の最後のフロンティアだと思う。

愛用の香りたち。パフューマー・エイチのオードパルファムは、「インク」「ゴールド」「タバコ」などを各種サイズでストック。「ディプティック(DIPTYQUE)」の"フドブワ"のルームスプレーは「薪みたいな匂いがする」(KENSHIN)。写真左は清水寺のお香
お寺に行くと、必ずお香を買う
⎯⎯ 香りは最後のフロンティア。具体的にはどんなところが?
言語化できない抽象的なものなのに、確実に身体に作用する。しかも、まだ完全に体系化されていない。だから、ずっと掘れるんです。今日はひとつ、お香も持ってきたんですけど。
⎯⎯ これは清水寺のお香ですか?
そうです。昔からお寺に行くと、その寺が作っている香りを必ず買うので、かなりの数のコレクションになっています。お寺って、思想的に香りを扱っている感じがありますよね。たとえば瞑想は、"無になる"みたいに言われるけど、実際は違うんですよ。ある一点をずっと見つめ続ける行為なんです。この香りって、どういう感覚なんだろう、とか。自分の中で何が立ち上がるんだろう、とか。そうやって感覚を観察していく。
⎯⎯ 深いですね。わかるような、わからないような。
そうなんですよ。言葉として追いつける、追いつけないとか、そもそもそういうものでもないから。仮に追いついたとしても、対象も自分も変わっていきますからね。だから、いつまで経っても修行は終わらないっていう話。その感覚もまた、撮影と近いですね。一瞬だけ立ち上がる"いい感じ"っていうのは永遠じゃない。その瞬間にしかないから面白いんです。
毎日、香りを変える
⎯⎯ 普段よく使っている香りは?
「パフューマー エイチ(PERFUMER H)」ですね。日本に入ってくる前から使ってます。(インド産のパピルスやハイチ産ベチバーが重なった)「インク」が代表作と言われているんですけど、この系統の香りって意外とないんですよ。すごくバランスがいい。(シトラスフルーツやフランキンセスが香る)「ゴールド」は柑橘系で、自分を高めたりとか、風呂上がりにちょっとリラックスしたい時に使います。

調香師リン・ハリスが手がけるパフューマー エイチ。「彼女がつくったものは結構追っています」(KENSHIN)
⎯⎯ いわゆる"自分の香り"みたいな感覚はありますか?
昔はありましたが、今はないかな。その日の状態で、毎日変えています。今日はちょっと疲れているなとか、集中したいなとか。香りは今をつかむために、自分の感覚を調整するためのものになってきている気がします。
香りは不安定。だから面白い
⎯⎯ ここのラボを、ショップにするならどんなイメージですか。
小さなアトマイザーで売ったら面白いかなって。大きいボトルじゃなくていい。券売機で買えると面白いかも、ラーメン屋みたいに(笑)。
⎯⎯ 香りの直売所ですね。かなりの種類が並びそうです。
数では圧倒できると思います。香りって、本来はいろいろなものをもっと気軽に試したいですよね。さっきも言ったけど、自分の気持ち次第で、香りの印象も変わりますから。
⎯⎯ 同じ香りでも、人によって香りの立ち方が全然違ったりしますね。
そうなんですよ。おすすめされたから買う、じゃなくて、自分で試すしかない。身体を通さないとわからないんですよね。つけるタイミングでも変わるし。そもそも、同じ化学式でつくっても、原材料や産地、年度によって全然違うものができるから、そこを商品にして使う人に委ねる。完全につかみきれないのが香りの面白さで、興味が尽きないんですよね。

KENSHIN氏愛用のスキンケアストック一部。右下から「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー(OFFICINE UNIVERSELLE BULY)」、パフューマー エイチの洗顔石鹸、「イソップ(Aēsop)」のハンドクリーム、「スリー(THREE)」の化粧水。長年香りを蒐集してきた審美眼がにじむセレクト
最終更新日:
Miwa Goroku
コレクション取材記者を経て、フリーランスのエディター&ライターに。雑誌や広告、ウェブメディアなどさまざまな媒体で、執筆やディレクション、コーディネーションを手がける。ファッション、ビューティーを軸に、クリエイティブに関わる人やカルチャーをフォロー。
photography :Hikaru Nagumo(FASHIONSNAP)
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