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2000年代に一世風靡、ロシアの女性デュオ「t.A.T.u.」が今言葉にしたいこと

騒動から22年、40代となった2人にインタビュー

「t.A.T.u.」ジュリア・ヴォルコヴァとレナ・カティーナ

Image by: FASHIONSNAP

「t.A.T.u.」ジュリア・ヴォルコヴァとレナ・カティーナ

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「t.A.T.u.」ジュリア・ヴォルコヴァとレナ・カティーナ

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 2000年代初頭、スクールガール姿と大胆な表現で世界中を席巻したロシアの女性デュオ「タトゥー(t.A.T.u.)」が12年ぶりに日本を訪れた。ミュージックステーションのドタキャン騒動から22年、今や40代となった彼女たちが語る「許し」と「愛」のメッセージとは。ロシア発のファッションブランド「ゴーシャ・ラブチンスキー(GOSHA RUBCHINSKIY)」とのコラボレーションで来日したジュリア・ヴォルコヴァ(Julia Volkova)とレナ・カティーナ(Lena Katina)が、過去の後悔と再結成の理由、そして日本への想いについて、今の素直な言葉で語る。

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Image by: t.A.T.u.

t.A.T.u.
1999年にロシアで結成された、ジュリア・ヴォルコヴァ(1985年2月20日生まれ)とレナ・カティーナ(1984年10月4日生まれ)による女性デュオ。スクールガール姿とレズビアンというイメージで注目を集め、2002年に「All The Things She Said」が世界的ヒットとなり、MTV Europe Music AwardsやIFPI Platinum Europe Awardsなど数々の賞を受賞。ロシア語と英語の両方で楽曲をリリースし、「200 km/h In the Wrong Lane」「Dangerous and Moving」などのアルバムで全世界累計3000万枚以上のセールスを記録。2011年に活動休止となるも、2022年に再結成。スキャンダラスな表現でデビュー当時は物議を醸したが、音楽的には高い評価を受け、特にロシアのポップミュージックを世界に広めた先駆者として位置づけられている。

⎯⎯お二人が日本に来られたのはいつ以来ですか?

ジュリア・ヴォルコヴァ(以下、ジュリア):最後の来日は2013年なので12年前ですね。スニッカーズ(SNICKERS)のCM撮影で来ました。

⎯⎯今回は同じくロシア発のブランド「ゴーシャ・ラブチンスキー(GOSHA RUBCHINSKIY)」のイベントで来日されたということですが、以前から交流があったのでしょうか?

ジュリア:彼とはもう何年も前からの知り合いです。今回、ゴーシャが新しいコレクションのキャンペーンモデルとして私たちを起用したいと提案してくれました。日本で撮影するというのも彼のヴィジョンでした。私たちにとって日本は人生の特別なチャプターのような国なので、この話はとても興味深かったです。

⎯⎯日本は「特別な国」ということですが、それはなぜでしょうか?

ジュリア:理由は2つあります。1つは、私たちがブレイクした時のヴィジュアルが、日本のセーラー服のような制服をモチーフにしていたことです。今回来日して、そうしたユニフォームの文化が今も変わらずあるのを見て、まるで昔の自分たちに戻ったような感覚になりました。ゴーシャも日本からインスピレーションを受けてコレクションを製作しており、私たちの興味と深く繋がっていると感じています。

レナ・カティーナ(以下、レナ):もう1つは、過去に日本のテレビ番組(ミュージックステーション)※に出演しなかったことで、日本のファンを悲しませてしまったことへの後悔の念です。これはプロデューサーの方針で、私たちの意思ではありませんでした。その後、お詫びの気持ちを込めて日本の方に向けて「Gomenasai」という楽曲を制作したこともあります。その時の「許してほしい」という気持ちと共に、また日本で活動したいという強い願いが、私たちにとって日本を特別な場所にしています。

※2003年6月27日の「ミュージックステーション」(Mステ)の生放送中に、「t.A.T.u.」が突然出演をキャンセルし、当時大きな話題となった。急遽t.A.T.u.の代わりにTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTがパフォーマンスを披露したことでも注目を集めた。これを受けて「t.A.T.u.」の2人はバッシングにあうことになったが、実は炎上商法を狙ったプロデューサーのイワン・シャポワロフ氏の意向によるものだった。「t.A.T.u.」はその後イワン・シャポワロフ氏との契約を解除。2006年にはドタキャン騒動について謝りたいという2人の思いから、楽曲「Gomenasai」をリリースした。


⎯⎯3年ほど前に再結成されましたが、再びお二人で活動するようになった経緯を教えてください。

ジュリア:そもそも、私たちは明確な意図を持って解散したわけではありませんでした。グループとして活動していく中で、それぞれに家族ができたり、子どもが生まれたり、人生に対する考え方が変わったりと、さまざまな変化があった。そうした時間を経て、再結成に至る経緯はとてもシンプルです。ただ二人で話し合って決めた、本当にそれだけ。

レナ:大人になり、色々な経験を乗り越えてきた今の私たちなら、また違う形で面白いことができるのではないか、というシンプルな考えから再結成しました。

⎯⎯デビュー当時はレズビアンというイメージを全面に打ち出していましたが、現在はどのようなコンセプトで活動しているんですか?

ジュリア:レズビアンというのは、当時に作り上げた私たちのイメージです。もちろん、そのイメージがあったからこそ世界に衝撃を与え、音楽が多くの人に届きました。しかし、私たちの活動の核にあるのは、いつだって「愛」というアイデアであり、音楽を通して人々をつなぎ、ポジティブなメッセージを届けることです。

レナ:再結成した今、あの頃のイメージは過去のものです。私たちも18歳で子どもを産んだり、家族を持ったりと、多くのことを経験してきました。だからこそ今は、私たちが作り上げた歴史とともに、音楽を通して「愛」や「元気」を届けたいという想いが活動のコアにあります。

⎯⎯2000年代初頭に楽曲「All the Things She Said」が大ヒットしましたが、当時と今とで、音楽制作における表現に変化はありますか?

ジュリア:実は、今は音楽制作はしていないんです。ただ、今後制作する可能性はあります。制作することになっても、音楽スタイル自体が大きく変わることはないと思いますが、10代の頃に歌っていた時と、40代になった今とでは伝えたいメッセージは異なります。それでも、私たちの音楽の核に「愛」があることは、これからも決して変わりません。

⎯⎯戦争や紛争が起きる今の社会情勢の中で、表現の核にある「愛」を通して、世界にどのようなことを感じてほしいですか?

レナ:愛の力で、ファンの皆さんを幸せにするお手伝いをしていきたい。日本については、今回の来日が最後ではなく、これからも何度も訪れたいですね。

ジュリア:一人ひとりが自信を持ち、世界に対して優しく生きていくことこそが、愛の根本だと思います。そのメッセージを、これからも日本のファンに届けたいです。

⎯⎯今後のツアーやプロジェクトの予定があれば教えてください。

ジュリア:まだ実行には移せていませんが、過去の曲をリマスターする計画があります。あと、メキシコでツアーがあり、ロシア国内でのツアーも決まっています。そして、2026年には日本でもツアーを実施することを約束します。

⎯⎯最後に、日本のファンへ向けてメッセージをお願いします。

レナ:t.A.T.u.というアーティストは、「愛」「優しさ」「未来」、そして「平和」を象徴しています。日本のファンの皆さんには、先ほどお伝えした「愛」に関するメッセージを、私たちの音楽と活動を通して感じ取ってほしいです。

FASHIONSNAP ディレクター

芳之内史也

Fumiya Yoshinouchi

1986年、愛媛県生まれ。立命館大学経営学部卒業後、レコオーランドに入社。東京を中心に、ミラノ、パリのファッションウィークを担当。国内若手デザイナーの発掘と育成をメディアのスタンスから行っている。2020年にはOTB主催「ITS 2020」でITS Press Choice Award審査員を、2019年から2023年までASIA FASHION COLLECTIONの審査員を務める。

最終更新日:

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