Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】ホワイトマウンテニアリングデザイナー相澤陽介が欧州で挑んだこと

White Mountaineering 相澤陽介
White Mountaineering 相澤陽介

 モードやアウトドアの歴史的な文化が根付く欧州で、東京発のメンズブランドが何を見せたのか。ライフスタイルのフィールドを「アウトドア」と捉えたメンズウェアを提案している「White Mountaineering(ホワイトマウンテニアリング)」が1月10日、初めてイタリア・フィレンツェでランウェイショーを開催した。舞台は世界最大のメンズ見本市「Pitti Immagine Uomo(ピッティ・イマージネ・ウオモ:以下ピッティ)」のスペシャルイベント。今後もヨーロッパで発表を続けるというデザイナー相澤陽介に、東京でのショーをやめた理由や新しいフィールドに挑んだ2013-14年秋冬コレクションについて話を聞いた。

 

―東京以外で初めて発表したコレクションのテーマが、ずばり「White Mountaineering」でした。改めてブランド名の意味は?

 ブランドを立ち上げる時から「アウトドア」を軸にしようと思っていたので、ブランド名自体がコンセプトになるように「マウンテン」というワードを選びました。ただ本格的なアウトドアウェアというより都市生活を意識していたので、イメージは「東京」。飛行機で上空から見た東京の景色を思い出して、コンクリートのせいか他の都市よりも白っぽく見えたことから「東京の色=ホワイト」を頭に付けました。


white-mountainiaring-2013-01-20130124_007s.jpg―立ち上げからこれまで、変わらないものはありますか?

 「着るフィールドは全てアウトドア」というコンセプトは変わらずに、シーズンごとにアウトドアをどう解釈するかと考えています。例えば春夏コレクションでは、「スポーツ」をアウトドアのフィルターを通じて解釈しました。


―2010年春夏から2013年春夏まで東京で7回のコレクションを発表。ランウェイショーを続けたことで変化はありましたか?

 ストリート発信と言われている僕らは本来、ショーをやるようなブランドではないのかもしれない。でも、アクションを起こし続けたことには確実に意味がありました。毎シーズン新しい角度でもの作りに挑戦して表現してきたつもり。ショーを通じて多くの人の目に触れることで、次につながってきたと思っています。


―東京でのショーを止めようと思った理由は?

 東京でショーをやりながら、2年間、ニューヨークのショールームで展示会を開いてきました。そこで感じたのが、スタイルやストーリーを見せるよりモノ自体のクオリティの高さや強さが重要だということでした。次第に、もっと多くの人に見せたいと思うようになりました。

 欧州はファッションとアウトドアの歴史が根付いているし、人も集まります。改めてもの作りをしっかりやるためにショーをやめて、ミラノとパリで見せることを考えました。

15wht2_20120914_001-.jpg


―それまでは海外でショーをやることは考えなかったのですか?

 海外でアクションしたいと思いはあったけれど、「何がなんでもパリコレ」「ヨーロッパのマーケットでびっくりさせてやろう」というような思いはありませんでした。コスト面も含めて、現実的に着実に進めようと。早すぎても、逆にゆっくり過ぎてもいけないと思っています。

―ピッティのスペシャルイベントとして参加に声がかかったのは、いつぐらいの時期でしたか?
 ちょうど、ミラノのショールームの準備中でした。思ってもみないオファーで驚きましたね。でも「どこまでリアルクローズをランウェイショーでみせるか」に挑戦するいい機会を頂いたと思っています。「特別なことをしよう」というより、これまで7シーズンやってきた東京の続きとして、8回目のショーという感覚でした。

―コレクション制作は、これまでのプロセスと違いがあったか。

 余計なことをしないで、ブランドコンセプトを表現しようと思いました。誰もブランドの事を知らないと思ったので「こんにちは、ホワイトです」という初心の気持ちで。まずは純粋に「着たい」と思うベーシックな服をピックアップすることから始めて、クラシックなアウトドアとモダンの丁度いい融合を探していきました。色では自分が好きなネイビー、ベージュ、カーキのベーシックカラーにオレンジ、赤、青を差し込むという作業で、ファーストルックに選んだのは象徴的な迷彩柄。これまでのショーはシーズンコンセプトから決めていったので、真逆のプロセスでしたね。

white_13aws_001.jpg


―ショーの演出で映像を使うのは初めてでした。

 ショー会場が電車の車両工場跡地で、とにかくランウェイが長かったんです。そこで「White Mountaineering」の世界観を作るために演出担当の若槻善雄さんと考えたのが、映像を使いたいということでした。実は、壮大な自然をイメージした映像を制作した「HEART BOMB」は僕の出身大学の同級生で、音楽の「COS/MES」もそのつながり。それぞれ活躍の場が違う旧友と、こうして大舞台で一緒に仕事ができるのはとても嬉しいことですね。

White Mountaineering 2013-14年秋冬コレクション映像と音楽


―ショーのフィナーレに登場したネイビーに「WHITE」ロゴのスウェットが印象的でした。

 自己紹介の意味を込めたショーだったので、ブランドの略称でもある「WHITE」のロゴを出そうと決めていたんです。スウェットは意外に反響があって、もちろん販売も予定していますよ。

―初のイタリアにして初のピッティ参加。ショーの反響は?

 会場が広すぎて席が埋まらないんじゃないかと本気で心配していたんですが、実際は立ち見が出るほどたくさんの人が見に来てくれました。やはりピッティは、ブランドにとっていいトピックになったと思います。その後に初めて会ったバイヤーも先入観なくショーを見て興味を持ってくれていて、それが実感できたことは収穫でした。

white_mountaineering_13ss-20130110_036.jpg


―ニューヨーク、ミラノ、パリの展示会を経験して、感じたものはありますか?

 ニューヨークで感たことですが、絶対的に必要なのはモノが持つ「強さ」だと思うんです。特にメンズバイヤーの視点は、シンプルだけどシビアだと感じていて、誰かが説明するストーリーではなくて、モノ自体が語らないといけない。「かっこいいか、かっこよくないか」、「欲しいか、欲しくないか」なんですよね。特に世界中から人が集まるパリでは、モノ重視という意味では小規模なショーや展示会だけでも充分に意味があると感じました。ただ、クオリティを求めすぎると高くなり、デザインを求めすぎると着にくい。海外で売っていくにはバランスが難しいと感じています。

―昨年はミズノのオリンピック公式ウェアのデザインにも関わっていましたが、自身のブランド以外の仕事についての考えは?

 「White Mountaineering」以外はどちらかというと裏方の仕事ですが、国内外で少しずつ増えています。自分のブランド一直線だと勉強する機会が少ないので、もの作りの方法論から全く違う考え方を見つけることも多くあって、全てが貴重な経験。同じショールームのUmit Benan(ウミット・ベナン)は「TRUSSARDI(トラサルディ)」でも活躍しているし、デザイナーは実力次第でチャンスがあると思っています。

ー今後の課題や目標は。

 「全力で走ってやれるところまでやればいい」という訳じゃない。ブランドを確立して続けていくには、引き算が上手いほうがいいと思っています。ただ、始めからミニマムなのではなくて、今出来ることは最大限やって徐々に引き算していくやり方でもいい。これからもメンズウェアに必要な「リアリティ」を求めていきたいと思っています。


White Mountaineering 2013-14年秋冬コレクション
 


■相澤 陽介(あいざわ ようすけ)デザイナー
white-mountainiaring-2013-01-20130124_002s.jpg 1977年10月25日生まれ
 1999年多摩美術大学 染織デザイン学科卒業
 2006年秋冬コレクションより「White Mountaineering」をスタート
 2009年春夏コレクションよりBLACKをコンセプトにした「BLK」をスタート
 同年 8月「White Mountaineering」代官山にショップオープン
 2010年春夏シーズンに東京で初のランウェイコレクションを発表
 2011年8月「White Mountaineering」フラッグシップストアを表参道に移転オープン
 2012年2月「White Mountaineering」2号店を伊勢丹新宿店メンズ館にオープン
 2013年1月イタリア「Pitti Immagine Uomo」スペシャルイベントでランウェイコレクション発表。




(聞き手・小湊千恵美)

最新の関連記事

Realtime

現在の人気記事

    Ranking Top 10

    アクセスランキング