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注目の若手Masha Revaのクリエーティビティの根源

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若手デザイナーの登竜門として毎年開催される世界各地の卒業制作ファッションショーは、

ファッション界のあらゆる方面から注目を集めて止まない。
フレッシュなデザイナーたちが生み出す瑞々しいクリエイションは、時に人々をエキサイトさせる。

ここでは、そんな彼らの自由奔放な脳裏を覗き込むように、独自の個性や
クリエイティビティの軌跡が記されたノートブックに注目。
編集部が今、気になるクリエイターをピックアップし、インタビューを行った。

No.1 Masha Reva

−まずは、簡単にあなたのことを教えてください。

私は、ウクライナのオデッサで生まれ育ちました。
セントラル・セント・マーチンズ(以下、CSM)に入学したのは、故郷でファッションデザインを数年間勉強したのちのこと。 CSMではファッション学部のMAコースを修了し、2015年の頃に卒業しました。
その後、ウクライナのキエフに戻り、アーティスト、イラストレーター、そして時折ファッションデザイナーとして活動を行っています。

−あなたがファッションに興味を持ったきっかけは何ですか。

ファッションに興味を持ったきっかけは、ごく自然な流れだったと思います。
17歳の頃初めてロンドンに訪れた時、その環境に影響され、私はファッションデザイナーという職業に興味を持ち始めました。私は早速、チャリング・クロスにあるCSMの古い建物を見学しに訪れ、その場所で勉強したいという強い気持ちが芽生えました。この夢が叶ったことをとても幸福に感じますし、この出来事は今日の私の在り方を完全に変えました。
しかしながら、現在私が制作している作品は、きっとファッションデザイナーとしてのものというより、マルチメディア向けのデザインに感じられるでしょう。ですが、それはCSMに通ったからこそ生まれたスタイルで、その場所は自分が最も特化しているスキルに気づかせてくれました。
在学中に納得のいく作品を完成させることができなかったのですが、何度か失敗を重ねて、私には何ができて何をしなくても良いのかを学ばせ、新しい知識を吸収していったのです。

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−あなたの作品は、アートとファッションの中間的なものに感じます。
どのようにして自身のスタイルを見つけ出したのですか。

私は自分が覚えている限りでも、幼い頃からずっと絵を描き続けてきています。 きっと、父と母がサンクトペテルブルクのアートアカデミーに通っていたことが大きく影響しているでしょう。休みの日になると、両親は私に会いにオデサを訪れました。 その際、彼らのドローイングや父の彫刻作品を目にしており、おそらくこの出来事が私に無意識に同じ道を進むという選択を決断させたのかもしれません。
ですが、私の父は私をアートスクールに行かせたがりませんでした。 今となっては間違いなくそうだと賛成できるのですが、父は私にアートスクールに通うことで、その学校のシステムによって独自の個性を無くしてしまうことを恐れていたのです。 それから私はキエフの大学を受ける前にドローイングの授業を受けていましたが、CSMでウィメンズウェアのMAコースを受ける時にはすでに絵を描くことが他人より上手く、それまでこのことが自分の一番の強みであることに気づいていませんでした。

 −CSMでの一番の思い出は何ですか。

私たちは皆、ほとんどスタジオで遊んでいました。もはやそこに住んでいたともいえるでしょう。
時にはその事をとてもストレスに感じた事もありましたが、時には大きなスピーカーを持ってきて音楽を流し、周りを気にせず踊りまくったり、一緒に笑ったり、泣いたり。
このように感情的な体験が、どのように人と人とを永遠に繋ぎとめることができるのか、それはとても興味深い事です。
もしも私が今日クラスの誰かに突然会ったとしても、過去の2人の間にあった出来事を未だに鮮明に覚えているでしょう。たとえ私たちが1年に1回しか会わなくても、永遠にお互いを近く感じさせるのです。
幾つかとても印象深い出来事が私の記憶の中にありますが、それは少し個人的なものなので。ただ、今でも言えるのは、CSMで過ごした時間は私の人生の分岐点であったということです。

 −あなたは一時期インターンシップでアントワープに移り、その次にロンドン、ニューヨークと
様々な国を転々としていたようですが、何故、その後出身地に戻ったのでしょうか。

私はロンドンに移る前と、ファッション学部に在学中の時にそれぞれインターンシップを行いました。
そのために卒業を1年延ばしています。 そして、一度キエフに戻った年。私は自身だけではなく自分以外の人々の人生を変える、印象的な出来事を体験しました。それは2013年、ウクライナで改革が始まった頃。その時私は毎日行われる抗議行動によって、どのように自国の環境が退屈なものになっていくのかを観察するのに夢中になっていました。
それは、私にとって衝撃的な出来事だったのです。
それから私は修士課程を終わらせるためにロンドンに戻り、修了した後、ある意味心を一掃するために、そして今後何をしていくのかを考えるために休暇をとることにしました。ロンドンのある有名なブランドからも仕事のオファーをいただいていましたが、断り、家族との時間を過ごすためにオデッサに行きました。キエフでの出来事が私に今までのキャリアとのすべての奮闘が馬鹿げたものだったと確信させたからです。私はただ、純粋に絵を描くことが好きなだけでした。
その後、早速キエフに拠点を移しました。私は他の完璧と言われるような都市よりも、ウクライナにいる方が100倍幸せだと感じています。今はまだ、刺激を受けているうちはベースを変えないつもりですが、いつか、他の違う場所へ移ることもあるかもしれませんね。

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−あなたの「Body Paint Project」について教えていただけますか。

このプロジェクトを取り組むことになったのは、およそ1年前に、ボディペイントの実験を始めたことがきっかけです。
やがて、私の注目はイラストレーションから人体へと変化していき、それからボディペイントよりインスパイアされた小さいコレクション、シリーズ作品に移行していきました。
ただ1つのものに集中してしまうとつまらなくなってしまうので、イラストレーションとボディペイントの両方をするように心がけています。そのアイデアは私のスタジオでパーティを開いた時、友達が別の友達に絵を描くことを勧めてきたことにより生まれました。彼女は裸になり、私は彼女の身体にペイントを施していきました。それをフィルム写真に収め、現像した時、これはプロジェクトにする価値があると確信したのです。

−あなたの最近のプロジェクトについて教えて下さい。

私は現在、自分のドローイングからインスピレーションを受けたコレクションの制作を行っています。 そこに複雑なコンセプトは全くなく、キャンバスとして成り立たせた洋服たちに独自の手法を施していくものです。 ある意味、これはボディペイントのプロジェクトの一環で、私たちは今年の9月にパリでこのコレクションを発表し、ワールドワイドに対応するオンラインストアをローンチする予定です。 また一方では、友人とのコラボレーションジュエリーの制作や、今年の秋にはニューヨークで個展を開催する準備をしています。

−作品を制作している中で最もワクワクする瞬間はいつですか。

私は実験をしている段階が一番好きです。ですが、お気に入りのパートは撮影をしている時です。 私はとてもビジュアルに凝る人なので、コレクションよりもイメージや、私が撮影するものは何よりも大事だと時々思います。

Masha Reva:
ウクライナ・オデッサ出身の新進気鋭デザイナー兼、アーティスト。2015年にセントラル・セント・マーチンズのウィメンズウエアのMAコースを卒業。現在はキエフ、オデッサ、ロンドンをベースに作品制作を続けている。ファッションやアートの枠に収まらず、コンセプチュアルなハンドペイントが施された作品勢は、自由奔放で、独特な世界観を放つ。

www.mashareva.com