Mugita Shunichi

「モードノオト」第二話

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 昨日のこと。いったい何処で聞きつけたのか、「また愚にもつかねえ連載やるのか?モード日乗だっけ?そもそもいまのお前には、せいぜい痛風日記が関の山じゃねぇのかぁ」。先輩ジャーナリストの底意地悪い揶揄もどこ吹く風、と云いたいところだが、いまの私はどだい「風」と訊いただけで怖気がつく癈疾の身。(以前、私はこの男から謂れもなくバクテリアみたくあしらわれた失礼極まりない経験がある。だが、待てよ。うっかり応戦するのはこの際、ちとばかり剣呑だからなぁ)と、いつものスマイルで受け流すことにして渋谷駅へ向かった。お決まりの酒場を早々に切り上げ、ほろ酔い気分で、第一話の原稿を書き上げてから床に就いた。横になると鈍痛。しかし、帰国してからこちら、経年とともにひどくなる時差ぼけにまったく悩まされずに済んでいるから、意外である。熟睡のおかげもあってどうにか<忘却>と云う括弧は挿入されたが、目覚めればまた新たな地獄が始まらんとしている。とどのつまり、自己破壊の肝心要は、自分自身のペースで自分自身を傷つけることにあるのだ。(文責/麥田俊一)

【東京=3月17日午後5時30分】
 (むむむ...今日は雨天順延にしてくれるかい...)と、初手から弱気。昨日の雨もすっかり止み、窓外の景色は晴天の準備に忙しそうである。無論、大雨だろうと東京コレクションが順延されるはずもない。申し訳ないが、午前中は足を休ませることと、海外出張でたまっていた仕事を捌くことに費やす。しかし息を呑む唐突さで春、到来だなぁ。

【午後6時55分】
 「ブラック・バイ・ヴァンキッシュ(Black by VANQUISH)」の会場、国立代々木競技場第二体育館に到着。四角四面の舞台を囲む客席、四方からブラックライトが天井に向かって真っ直ぐに光の帯を投げかけている。

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 レーザー光線とスモークが幻想的な積層雲を織り成す光のパフォーマンスでショーは開始した。基本は、ベースボールブルゾン、ミリタリーやライダースジャケット、ピーコート、チェスターフィールドと云った重衣料をメーンにした重ね着で男のベーシックな日常着に照準している。ハードなレザー、中綿入りのウール、ニット等の重厚な生地使いも正調である。オーバーサイズで着るジャケットもあったが(或はグレーディングに問題があったのだろうか)、フィット感、サイズ感を上手く塩梅することで、ジャケットやブルゾンの上にコートを重ねる、イレギュラーなレイヤードを随所で提案している。

 此度がデビューショー。従来の「ヴァンキッシュ」のイメージを一新すると云う狙いを、ショーのタイトル「チェンジ」に重ね合わせた。敢えてエンターテインメントを封印、等身大のスタイルに固執して男前のハードな横顔を描こうと云う意向を汲むことは出来るが、もそっとドライブ感を引き出す強烈な刺戟が欲しかった。ワイドブリムのフェドゥーラがここでも大車輪の活躍ぶりである。

>>Black by VANQUISH デビューショー詳細

【午後8時25分】
 「ミントデザインズ(mintdesigns)」のショーが始まる。透ける幾何学柄を重ねたライトグレーのもやっととした味わいのツーピースがファーストルックだった。結露したスモーク硝子のように、私の視野が曇っていたのだろうか。大小様々な正方形をランダムに重ね合わせた図案が透けていたり(袖の部分)、プリーツの揺れで微妙な陰翳が生じたり(スカートの部分)、錯視を誘うと同時に、服そのもの存在が少しく曖昧な印象を呈している。

 ダイヤ柄、棘のようなギザギザ線が斜めに交差する格子柄、籐椅子の座面のような編み込み模様も、効果的に透ける部分を対比させることで、陰翳に富んだノスタルジックな残像を生み出している。小さな薔薇を水玉に見立てた総柄や、クラシックなシューズをモチーフにした手描きのイラスト画のパネルを服地に貼り付ける茶気満々の作風も、このブランドらしいもてなしだろう。ジャカードやツイード等、一部に重厚な生地が登場するものの、意外に薄手の服地をメーンに据えている。コーティングを施したカットレースの、繊細な意匠と張りのある質感の対照の妙もブランドの個性のひとつ。懐古調、経年変化、灰色に色褪せた色相と云う時間軸にまつわるキーワードが、どうやら嵌め絵の断片のようである。(昭和20年代のイメージになってしまい、デザイナーの二人には失笑されるやも知れぬが)所謂、真知子巻のようなショール、顔半分を覆い隠す(盗賊の如き)ショールが、「ミントデザインズ」流儀のエレガントな風景の点景となっている。エキセントリックな味付けと云ったところか。

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 薄暗い闇を突き抜けるスペクトルの如き直線のテープ(実際に色付のテープを貼り付けている)と、プリーツの躍動感をコントラストさせた最後のパートも秀逸だった。しかし、「SMOKE」と云うテーマが正直、ピンとこなかったので、ショー直後の舞台裏で訊いてみたところ、勝井北斗は「褪色したような感じ」と語っていたが、(むむむ...)消化不良のまま移動する。

>>mintdesigns 2015-16年秋冬コレクション全ルック

【午後9時05分】
 メーン会場に到着。移動時間その他の事情で、午後8時30分開始予定の「パッチー ケークイーター(Patchy Cake Eater)」のショーは残念ながら終わっていた。本日最後の「ビューティフル ピープル(beautiful people)」の会場に入ろうとするが、誘導整備に就いている係員(ブランド側やショーPRスタッフの方々とは異なる外部委託)の、取材者の事情を把握していない無能ぶりに、(貴様、その手をどけろ)と思わず恫喝まで血圧が沸騰したが、右足の痛みを思い出し、なんとか自重。不愉快極まりない気持ちを、とうとう会場にまで持ち込むことに相成った。40分がとこ遅延して始まる。

 カシミア、アンゴラ、モヘア、アランニットや霜降りニット、レザーや毛皮...。冬の装いの正調である温かみのある重厚な服地を揃えている。(むむむ...正攻法で勝負に臨むとは)と、心中で唸りつつも、通底する等身大の服と風変わりな細部が巧くバランスをとりあっていることが、徐々に明確になってくる。シルエットを縦に伸ばしたカシミアのトレンチ、左右に膨らみを持たせたグレンチェックのワンピース、身体を温かく包み込むブランケットウールのラップスカート...。ロングトルソー、コクーンシルエット、ビッグボリュームと云った塩梅に、プロポーションに微妙な変化を与えている。この匙加減が絶妙だった。コートの襟、パッチポケットもデフォルメされて大きい。

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>>beautiful people 2015-16年秋冬コレクション全ルック

(こう云うトラディショナルがご婦人の心を掴むのだろうなぁ。マルタン・マルジェラが手掛け始めた頃の「エルメス」を思い出してみたけれど、それとも、ちとばかり違う。秋冬色に染まったスタイリングに、意外にウェッジソールの足下が個性を演出していたものなぁ...)と、すでに先刻から呑んでいるジンの酔いが回り始めたようである。

【ファッションジャーナリスト麥田俊一の日乗「モードのオト」】
「モードノオト」第一話

麥田俊一

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