Hiroshi Ashida

【ゆるふわ東コレ日記4-1】──主体と環境

蘆田裕史

京都精華大学ファッションコース講師 / 批評家

フォローする:

 物事を始める、これは本当に難しいことです。ゼロからスタートするのももちろん大変ですが、この東コレレポートのように定期的に書くシリーズものでも、毎シーズンの初回はどんな話題から入るか悩んでしまいます。おそらくデザイナーがコレクション制作に着手するときも同様だと想像します。今までに自分が発表したコレクションを振り返ったり、他のデザイナーが最近どのようなものを作っているのかリサーチしたり、ファッション以外で最近話題になっているものに目を配ってみたり...。つまり、コレクションというもの(=主体)を作り上げるには、それ以外の要素(=環境)を考慮に入れることが必要となります。

 ファッションだけではなく、あらゆるジャンルの制作物はそのすべてが作り手個人(=主体)に帰されるものではありません。それは環境に大きく依存します。たとえばこの文章は2016年に書かれるものなので、文語体で書かれるようなことはありません。文体は時代という環境に規定されます。たとえ書き手自身が文語体を個人的に好んでいたとしても、今は明治時代ではないのでそんな文章に需要はありません。またあるいは、他の寄稿者との関係も考慮にいれなくてはなりません。他の人が書く内容や文体と同じものになるのであれば、僕がここで文章を書く意味はなくなってしまいます。

 たとえば私たちは「歩く」ことが可能ですが、歩くという行為は私たちの脚や足の動きによってのみ成り立つものではありません。それは「固い地面」という環境があって初めて可能になる行為なのです。それは私たちが水の上を歩くことができないことから容易に理解されるでしょう。(※こんな話に興味がある人は柳澤田実編『ディスポジション:配置としての世界』を読んでみてください。)

さて、なぜこんな話をしているかというと、ファッションショーでも環境というものがとても大事だからです。コレクションのイメージや世界観を作り上げるには、お仕着せの会場ではなく自分たちの服にあった場所を探すべきだというのはこれまでにも書きました。ただ、そのとき念頭に置かれていたのは大抵の場合視覚的な要素でした。ですが、環境を構成するものは視覚的な要素だけではありません。たとえば音楽のような聴覚的な要素もそうです。

 2日目のショーでは、「ティート(tiit)」の淀橋教会「キディル(KIDILL)」の東京キネマ倶楽部が印象的な場所を使っていました。天井が高く解放的な、歴史を感じさせる空間と、元キャバレーだという猥雑な雰囲気のある空間。どちらも自分たちの服を見せるのに効果的だと考えられる場所を選んだのだと思います。音楽に関して言うと、キディルはステージ上でのスリーピースバンドの生演奏をバックにして、会場にも服にも合う(聴覚的)環境を作り上げていました。一方、ティートは「服に合わせる音楽」としては考えられていたのだと思いますが、「教会」という場との相性がどこまで考慮されていたのか、疑問が残りました。

ashida_20161019_02.jpg10年前であれば、ショーのBGMの重要度はそこまで高くなかったかもしれません。写真にあらわれるのは視覚的な要素だけですので。しかしながら、現在はショーが映像で配信される時代なので、BGMの重要度は相対的に高くなるはずです(コレクションの配信方法というのもひとつの環境です)。現在のファッションデザイナーはディレクター的な役割が求められるので、視野を広く持ち、全体を見通す能力が必要です。服という主体だけでなく、環境に気を配ることができれば、より良いイメージを作り上げることができるでしょう。

>>KIDILL 2017年春夏コレクション
>>tiit tokyo 2017年春夏コレクション

蘆田裕史

記事のタグ

最新の関連記事

おすすめ記事

Realtime

現在の人気記事

    次の記事を探す

    Ranking Top 10

    アクセスランキング