LANDLORD NEW YORK 20年春夏コレクション
Image by: FASHIONSNAP.COM

Yoshiko Kurata

キティちゃんリュックに飾り立てた腕のギブス......ランドロードとジェニーファックスの"無垢な猟奇さ"

Yoshiko Kurata

ファッションジャーナリスト/コーディネーター

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LANDLORD NEW YORK 20年春夏コレクション
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隠そうとしても滲み出てしまう「凶器」による「狂気」。その狂った笑顔を見た相手は勢いに飲まれ、笑顔を作る当の本人は、冷静な目でその感覚を握りしめる。純粋さが、その勢いに任せて痛みを伴いながらコントロールに抗い、奇妙な狂喜を味わう姿にハラハラさせられる。そこに、"かわいい"が加わることで、さらにその猟奇さが増すのだ。

そんな無垢な猟奇さを感じたのが、LANDLORDとJennyFaxのショーだ。

赤に染まった渋谷・VISIONに響き渡る太鼓の音を合図に、KOZABUROのショーからスタートしたKOZABUROとLANDLORDによる合同ショー。雷の光と曇り空のような演出のもと、キングギドラ「平成維新」をイントロに返り血を浴びたような白のパーカーを着た男が現れる。(映画『凶気』の桜でも"白"は重要な色として用いられている)その後も、アーティスト・Meguru Yamaguchiによる荒々しいペインティングが肩をぶつけ合い歩くモデルたちの姿と相まって緊張感をより一層高める。猫背でガンをつける奴、歯が折れてもバカみたいな笑顔で歩く奴、ラリったように気さくに誰にでも声をかける奴、などなど様々な個性を持った仲間たちの片手や首元には、人を殺すための凶器はなく、銃の形をした水鉄砲、缶コーヒー、偽札、おもちゃが散りばめられている。拍子抜けするようなそのかわいらしさは、2002年の園子温監督「自殺サークル」の主題歌でもある曲「それではみなさんさようなら」とともに、LANDLORD流の現代のマイルドヤンキー -キティちゃんリュックにチューイングガムを膨らませる少年- の登場で一気に、ポップなダークサイドへとバグを起こし始める。

LANDLORD NEW YORK 20年春夏コレクション
LANDLORD NEW YORK 20年春夏コレクション

6年程前、セントラルセントマーチン卒業後の帰国しているタイミングで、友人の紹介によりデザイナーの川西にインタビューしたことがある。その頃から「ペテン師」のような雰囲気で、卒業コレクションのテーマでもあり当時の彼の興味であった社会問題や歴史について猛烈に話していた。ロンドンとは全く異なる環境であるニューヨークに拠点を移した後のLANDLORDは、卒業コレクションとは打って変わってスッキリしつつもやはり捻くれた反骨精神は健在。毎シーズン、メンズウェアが好むスタイル- パンク、ワーク、スポーツ - を追求してきた彼は、コンセプチュアルではなく、ありのままのストリートを描き続けてきた。バックステージで楽しそうに笑ってそうな彼を想像し、ショー終わりの渋谷を歩きながら、恐怖もダークサイドもすべて最後はポップに回収してしまい、何もなくなるようなこの日本の地(血)独特の"虚無"を感じた。

Jennyfax 20年春夏コレクション

2019S/Sからスタイリスト・ロッタ・ヴォルコヴァとの二人三脚でブランドの世界観をより一層高めてきたJenny Faxは、二人の青春時代である「80年代」の雰囲気を高田馬場のゲームセンター「ミカド」でより強固なものにさせた。まだインターネットもない頃の日本のゲームセンターといえば、ネット前の匿名性がありつつもフィジカルな遊び場として親しまれていたはずだ。

今回のコレクションテーマは、ノルウェーに旅した時に見た宝物とメディアにて公開されていたが、果たしてそのデコラティブな腕と首のギブスや下手くそに食べた口の周りのケーキの跡は"キュート"という言葉だけで収まるのだろうかと薄暗いゲームセンターの雰囲気に押されて考えていた。ふと頭を過ぎったのは、ガラケー登場とともに流行ったカルチャー「デコる」。ガラケー後のiPhoneへシフトしてからは、視界の中に入る別の対象 - ネイルを「デコる」流行りへと変化したが、いずれにせよ、その無意味な小さな可愛いものを集積して「盛る」文化は、縁側から見える範囲の小さな庭園、盆栽など小さな宇宙に自分の世界を表し、愛でる私たちの"かわいい"の感覚に通ずる。大振りの可愛いものを一個身につけたって、なんだかそれは日本の"かわいい"とは違うように。

フォーマルなファーストルックの登場は、昔のドロドロとしたダークな可愛らしさが表情を変えたことの合図でもあり、しかしながらも、少女が平気で行うその「デコる」文化のような他者から見たときの奇妙な「普通」は、何度も何度も目の前を歩く甘い誘惑を漂わせるモデルたちによって醸し出されていた。

戦後の日本の象徴でもある、裏のダークサイドを抱えたまま、無意味に表面はポップやキュートな印象に見せる、そんなシラフ顔を改めてこの2ブランドには感じたのだった。

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【Yoshiko Kurataの東コレポスト】
古着文化の再考、ボディソングとバルムングがみせた"新たなかたち"

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