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モードノオト 2021.09.03

シンヤコヅカ 2022年春夏コレクション

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ファッションジャーナリスト
麥田俊一

 雨戸を閉め忘れた窓の外にはしめやかな雨の声。9月の声を聞いた途端に、はかったように日出の時刻が遅くなるのに今更ながら驚かされる。ベランダを叩く雨音で眼が覚めた。雨で空気が澄んでいるせいか、普段は耳にしない私鉄電車の踏み切り音が遠くで鳴っている。自然と身に迫るように静けくなってくるのはそのためだろうか。

 私は紙に文字を残すことにこだわってきた。紙媒体が斜陽な時代と云われようが、ファッションと云う行為を紙に記録することが自分の生業だと私は信じて疑わない。売文稼業と称して、消閑の遊戯的気分と幾許かの自嘲味とから、やや世を拗ねた脱俗離世のポーズを見せながら、四角な文字を連ね、しかつめらしい文体でファッションの艶冶(そもそも私にとってのファッションはなまめかしく美しいものであった筈なのだけれど...)の情を写しては可笑しみをとるような筆荒みであっても結構、と私は思っているし、たといインクのシミのようなものでも、私は紙に私のファッションの記憶を刻み付けておきたい、と念ずる人間だ。日和見主義者と衆を恃む非個人のウヨウヨする国に、こうした野暮で偏奇な目論見が生き残ると本気で考えているとすれば、誠におめでたい限りと云わねばなるまい。何故このような愚かしい戯れ言を得たのか。朝まだきの雨に烟る静寂がそうさせただけではない。

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 そのときの小塚信哉は、口振りは静かだったが、きちんと端座した姿勢や眼差しには、これまで見たこともない屹度したものがあった。私は彼に対面したことはない。こうした勝手な像は、過日取材で訪れた「シンヤコヅカ」の2022年春夏コレクションを見て得た印象である。屹度したと云う形容は、ゆったりとした服の仕様と、ひと刷毛掃いた描きかけの青の残像(真っ青なイメージ)には相応しくないことは承知している。今回の創作過程に於ける彼の姿勢や思考方法を私なりに想像してみた結果、この言葉が浮かんだ。人(この場合は作り手)が自分の性格的なものを曝け出す瞬間が、私のノオトのシャッターを切る、所謂決定的瞬間である(変な喩えだけれど)。

 小塚の生活観や美意識をそのまま、今回の男女のモデルのキャラクターに反映させたものかどうかは彼に訊いてみないと定かではないが、作品群は、現実の我々の苦悩を捨象することなく随分と解放的で見晴らしがいい景色を彷彿させる。ジンタジンタのワルツの音楽も心地よかった。コレクションノートに彼は次のように記している。曰く「オーバーサイズを作りたいのではなく、オーバーサイズによる身体と布の空間を作りたいと云うこと。優れたデザインは隠れていると云うこと。総ての物事が明瞭では面白くないこと。自身のファッションや服に対するプリミティブな部分を考えたときにこのような言葉が出ました」と。表現の現場に向き合ったとき、無意識のうちに身体感覚として沁み込んでいたこうした考えが、彼にこうした文体を選択させたと云えるが、我々がいま置かれている状況と服との空隙を、作り手本人ではなく、あくまでも服を着る人の想像力によって埋めることを彼は選び、その作業に忠実だったのだと思う。踏み込んで云うなら、見て見ぬふりをしない勇気となるか。

 再度コレクションノートを引用する。今回の題名である「素敵な下書き」に言及した彼の言葉はこうだ。「下書きと云う行為は、絵であれば作品をより美しくしようと云う行為であり、手紙であればより気持ちを伝えようと考える準備の時間であると思い、その下書きの時間や空間がとても素敵であると気付きました」。たぶん小塚はこう思ったのだろう。屡々、人は、自らの記憶に残った僅かばかりの事実がその人自身に与える意味を、みだりに水増ししようとはしない。そこには想像力の問題もあるだろうが、他人によって自分の記憶の空隙が埋められるよりも、人は屡々、自分の想像力によって埋めることをよしとするのだと云うことを。押し付けがましさを感じさせることなく、彼の服が時代に寄り添っていると思ったのは、そうした理由からである。本来であれば完成した絵画、清書した手紙を作品とすべきところだが、敢えて彼は「下書き」を隠すことなく表に立てた。様々な要素のコラージュは、時間、国籍、記憶、主観、客観を曖昧にし、いつの時代の誰の記憶から寄せ集められたものかをぼかし、総てを抽象化している。定義するのではなく曖昧さをよしとする価値基準。価値基準としての強い自己信頼。小塚のユニークな価値基準が、生地と身体、服と心を見事に繋ぎ合わせている。感情の水門を完全に開き、理屈抜きで好き嫌いに溺れるように按配された一着である。初めてのキャットウオークと云うことも手伝ってか、スタイリングが冴えていただけに、自ずと服に込めたコンセプトが明確に浮き彫りになっていた。但しこれも私の勝手な解釈に過ぎないのだけれど。(文責/麥田俊一)

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