左から)担当学芸員 藪前知子、クリスチャン・マークレ^
Image by: FASHIONSNAP
東京都現代美術館で開催される「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」の記者説明会に登壇した アーティスト クリスチャン・マークレーは「セリーヌ(CELINE)」2019年春夏コレクションで初めてファッションブランドとのコラボレーションアイテムを発表した。「私は言語をあまり信用しておらず、視覚言語や音楽など、異なる記号や認識に頼る他のタイプのコミュニケーションに興味がある」とするマークレーだが、当初ファッションブランドとコラボすることに消極的だったという。
「日本がアーティストとファッションのコラボレーションをリードしてきたと思っている。これまでのイメージだとファッションというのは商業的過ぎてアーティストたちがそれを遠ざけることも多かった。しかし現在においてはアートの方がよっぽどコマーシャル性がある商業的なものだと考えている」(クリスチャン・マークレー)。
「今やアートの方が商業的である」というコメントは非常に興味深いが、なぜ彼にとって「ファッション」という媒体が、新たな表現の開拓地に見えたのだろうか。
彼は「ファッションがアートよりもハイカルチャーである」というようなファッションとアートの対比をしているわけではなく、現在のアートシーンがマーケティングに根ざした商業的なゲームになっているという見解を、アーティストの立場から示していると解釈して良いだろう。マークレーが「ファッションの方がアートよりもこつこつと地道な活動をしている」と付け加えたことからもわかるように、ファッションにおけるデザインに「作り手の欲望をそのまま直結できる可能性」を見出しているようだ。
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マークレーは衣服について「自分たちが何者であるかを規定する大事なものであるという意味で、『記号的』と捉えることもできるし、単純な動作として『動きのあるアート』と捉えることもできる」と付け加える。続いてマークレーは「私の作品には時代に対して説教臭くメッセージを伝えようという意図はない。すべて観客に開かれていて、観客の皆さんがそれぞれの作品を自由に解釈できるオープンな状態で届けられることを重要視している」と自身の制作スタイルについて説明した。ここでの「開かれている」とは、公園の砂場をイメージすると良いだろう。鑑賞者が自由に出入りできる場では「どのように遊ぶか」ということが開かれている。マークレーの代表的なスタイルで、生活の中で見かける物を楽譜化し鑑賞者に演奏をゆだねた(もちろん演奏しなくても良い)「グラフィック・スコア(図案楽譜)」は、彼の「開く」という概念を体現する作品にあたるだろう。ではマークレーは、ファッションの中で自らの作品をどのように鑑賞者(着用者)に開いたのだろうか?それは彼の仕事から理解することができる。
前任のフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)から引き継いでのエディ・スリマン(Hedi Slimane)によるデビューシーズン、「セリーヌ(CELINE)」2019年春夏コレクションで、マークレーの代表作であるヴィンテージコミックをイメージした「KABOOM(ドカーン)」「BEEP(ビーっ)」「KLAK(カチャ)」などのオノマトペをスパンコールで表現したアイテムが発表された。実際に今回の展覧会でもオノマトペは大きな部分を占めており、マークレーはオノマトペを「音の翻訳」と言語化した上で「ある種、無理やり音を翻訳しているオノマトペは、実際に出た音を正確に表せているわけではないが、実際に起こった音を想像させるヒントになるようなものだ」と説明している。
「言語は話すにしても、書くにしても正確性が求められる。正確に自分の考えを説明しなければならないにもかかわらず言語の中では様々な物が失われる。言語以外の表現方法は、『意味の正確性』『言葉によって規定される正確性』などから少し解き放たれ、イメージの世界では、言葉で言い表せないことも表現できるような機会があるように思っている」(クリスチャン・マークレー)。
マークレーが言うようにオノマトペは「無理やり音を翻訳している」だけであって、「バンッ」という音を"見た"我々は「何かが破裂した音」「何かが発砲された音」「何かを落とした音」などそれぞれが、聞いたことのある状況を想像し補完するだけで物理的に"読む"ことは不可能だ。しかし、マークレーは読むことが不可能な擬音をスパンコールを用いた衣服で表現することでイメージの世界(視覚言語)に昇華しており、今まではアートというフィールドの中で行っていた表現活動を、ファッションに落とし込んだ。
言うなれば、自らの作品を衣服という媒体を通して"翻訳"しているのだ。例えば、漫画のワンシーンを切り取りコラージュしたマークレーの代表作「叫び」をただTシャツにプリントしただけでは、作り手の欲望がそのまま直結するようなロマンティックさや情熱はデザインに反映されないだろう。ここで重要なのはマークレーが擬音語をスパンコールで表現した点だ。
重複するがマークレーは長いキャリアの中で、本来不可視である言語(音声)をイメージとして翻訳(トランスレーション)することでコミュニケーションを図る作品を制作し、その中で鑑賞者という外部を内側へと誘う作品を発表し続けている。彼が長年続けてきた「音をイメージへと翻訳した作品」は、ファッションという媒体の中では "パターン"として翻訳され、デザイナーのエディ・スリマンによってスパンコールや刺繍などのファブリックに「再翻訳」された。
注目すべきはオノマトペという平面的な言語を、ただ立体的な衣服に付属させているわけではないという点だ。「バンっ」という擬音をただアイテムにプリントしただけではあまりにも味気ない。マークレーは「BRAAAAOWN(ドッカーン/爆発音)」「SKRUUNK(ガッチャン/金属を押しつぶすような音)」というオノマトペが想起させる手触りやイメージを翻訳するために、意図的にスパンコール素材を選んだのだろう。スパンコールは、鱗のようにザラザラとした手触りと光に当たった際に反射することが特徴で、スパンコール素材が持つ特性は「BRAAAAOWN(ドッカーン)」「SKRUUNK(ガッチャン)」というオノマトペがイメージさせる轟音や明滅、騒々しさとニアリーイコールを結べる関係性にある。これらのオノマトペをスパンコールで表現することは、発声の表現技法である吹き出しと同じような役割を担う。例えば、「バンッ」という音は、丸型の吹き出しよりも破裂を彷彿とさせるような針状の吹き出しの方が情景が思い浮かぶはずだ。
セリーヌとマークレーの協業は、オノマトペが発生した時に感じる言語化不可能な状況を鮮度を保ったまま伝えられる媒体を模索した「翻訳のチャレンジ」といえる。スパンコール素材を選ぶことで想定される状況や雰囲気と、オノマトペが持つ言葉の親和性で"遊ぶこと"が、マークレーとエディがトライした翻訳である。マークレーは映像作品や平面作品とは別の方法でオノマトペを翻訳するために、スパンコールの衣服を用いたのである。
「言語をイメージとして翻訳することで図るコミュニケーション」が再翻訳され製作された衣服(動きのあるアート)を着ることは、「鑑賞者によるオノマトペの"再々翻訳"」ともいえるだろう。着用者はスパンコールを用いて再翻訳されたオノマトペのモチーフを「どのように着るか」「光を受けて反射するスパンコールのオノマトペをどのように動かし、表現するか」という着用の再々翻訳の中で、開かれたファッションに参加することができる。
作品の翻訳が繰り返され続けているマークレーとセリーヌの協業は、マークレーの制作活動と地続きになっており、近年増加しているファッションブランドとアーティストのコラボレーションからは一線を画しているようにも感じる。記号(作品)と記号(ブランド)をただ組み合わせた一過性のものではなく、マークレーが言うように作り手のパッションがそのまま反映されやすいファッションという開かれた場を活かし、翻訳を繰り返すことで自らの作品を"動きのあるアート"として新たに構築することで新たなトレンドは生まれるのではないだろうか。
(古堅明日香)
■クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]
会期:2021年11月20日(土)~2022年2月23日(水・祝日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室1階
住所:東京都江東区三好4-1-1
時間:10:00~18:00 ※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、年末年始(12月28日〜1月1日)、1月11日 ※1月10 日、2月21日は開館
観覧料:一般 1800円/大学生、専門学校生、65 歳以上 1200円/中高生 600円/小学生以下無料
問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル/9:00~20:00 年中無休)
東京都現代美術館:公式サイト
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