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金融の世界からフットウェアブランドへ キーン・ジャパン合同会社 ジェネラルマネージャー竹田尚志氏にインタビュー

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ビジネス界のトップランナーのキャリアを「丸ハダカ」にする、新感覚対談「Career Naked」。今回登場いただくのは、キーン・ジャパン合同会社 ジェネラルマネージャー竹田尚志氏。長年、金融コンサルタントとして、M&Aや企業監査、事業再生などを手がけ、業界の第一線で活躍してきた竹田氏。なぜアウトドア・フットウェアブランド「KEEN」の日本法人代表となったのか。能動的な社会貢献・環境保護活動を行う裏には、価値観を変えた出来事と運命的な出会いがあった。竹田氏のこれまでのキャリアストーリーと人生の分岐点、そして、KEENがおこなう社会貢献活動について、業界屈指のエグゼクティブ人材紹介実績を持つ北川氏が話を伺った。

竹田 尚志さん/キーン・ジャパン合同会社 ジェネラルマネージャー
1964年大阪府大阪市生まれ。甲南大学経済学部を卒業後、米国ミズーリ州立大学へ留学。92年米国サウスカロライナ州立大学へ留学、MIBS(国際経営学修士)を取得。同年、米国アーサーアンダーセン ニューヨーク事務所へ入社。米国上場企業の監査やM&Aを手がけ、2003年の帰国後も多くの企業再生や事業立ち上げに携わる。13年にキーン・ジャパン合同会社の代表取締役ジェネラルマネージャーに就任、現在に至る。災害支援ネットワークOPEN JAPANをはじめ数々の社会貢献団体を支援。自らも「NPOみらいの森」理事、「Us 4 IRIOMOTE」代表など、ソーシャルアクティビストとして活動する。趣味はギターとボーカルを担当するバンド、スノーボード、サーフィン、ウィンドサーフィン、肉料理と多彩。

北川 加奈さん/エーバルーンコンサルティング株式会社 ヴァイスプレジデント
静岡県浜松市出身。大学卒業後イギリスへ留学。帰国後は地元の静岡にて塾講師として勤務。2008年にウォールストリートアソシエイツ(現エンワールド)入社のため上京。2017年にAllegis Group Japanに入社。ASTON CARTERプリンシパルコンサルタントとして勤務。2021年1月にエーバルーンコンサルティング入社。

家業からのエスケープをアシストしてくれたのは、母親のへそくり

―竹田さんは、大阪の老舗精肉店に生まれましたが、家業を継ぐ思いはありましたか。

代々、大阪で老舗精肉店を営む家に生まれ、自分は三代目でした。中学時代に音楽に夢中になってバンドを始めたり、その後はサーフィンが好きになるなど、やんちゃな青春期を送っていました。一人息子だったので親の期待は大きかったのですが、自分のキャリア形成や仕事観は、「家業を継がない人生の選択肢をどう作るか」からスタートしました。

大学在学中にオーストラリアにワーキングホリデーで行き、帰ってきて、大学を卒業したらいよいよ家業を継がなければならない。けれども自分はアメリカで勉強したい、と思っていたタイミングで、母が「遠くに行った方がいい」と父に内緒でへそくりをくれました。「あなたは成功すればいいだけ」と送り出してくれたのです。

それから一年間自分自身で一生懸命働いて貯めたお金と、母親のへそくりを持って、サウスカロライナ州立大学の大学院へ入りました。大学院では、プログラムの中に、外国人はアメリカの会社で9ヶ月働けるというのがあり、ニューヨークのアーサーアンダーセンNY事務所へ入社。それから11年間働きました。

―やはり、竹田さんの中で、「母の思いに報いたい」というのは強かったですか。

アメリカで失敗して日本に帰ったら、家業を継ぐしか選択肢がありません。アーサーアンダーセンは会計事務所コンサルティング会社としてナンバーワンで、NY事務所は3000人の社員がいるグローバルで一番大きいオフィスでした。

全員プロフェッショナルの中に、通常の新卒より2~3年遅いスタート。言葉のハンデもあったので、人の倍ぐらい仕事をして結果を出すことに注力しました。そのおかげで、ビジネスプロフェッショナルとしての基礎をみっちり鍛えることができました。

がむしゃらに働いていた2001年9月11日、世界同時多発テロが起き、イラク戦争が始まり、アメリカという国の良さに疑問を抱き始めました。そして翌年、アーサーアンダーセンがエンロン事件に関わり解散。それが帰国のきっかけです。

米大手会計事務所では、仕事で結果を出すため、朝から晩まで必死に働いていたという竹田氏。
米大手会計事務所では、仕事で結果を出すため、朝から晩まで必死に働いていたという竹田氏。

小説や映画の題材にもなった投資ファンドで鍛えられた

―日本ではどういう仕事、業務に就こうと思いましたか。

NYにあった、小売業に特化した再生投資ファンドと話をする機会があって、その人から「東京で会社を立ち上げてくれないか」と言われて。私がアメリカ国籍を持っていたので、“アメリカの会社の社員”として日本に駐在する形で帰ってきました。

当時、会社には自分ともう一人の日本人以外外国人しかいませんでしたが、日本における買収案件は外国人中心だけではうまくいきませんでした。「元気を失ったの日本の小売業を芯から元気にする」というミッションを掲げて、当時、世界的にも著名な投資家の運営するファンドをバックに付け、会社の名前を日本ならではの価値観である気合と根性にちなんで「KIACON」に変えました。私はディレクターに就任し、数々の買収案件の陣頭指揮を執りました。

KIACONでは代表から、日本の社会人としての礼節や立ち振る舞いまで本気で教えてもらって。今思うと、父親みたいな存在でした。KIACONでは、「ダイエーの再建」が大きなミッションで、この再建劇は『ハゲタカ』という小説や映画にもなっています。最後の一騎打ちは日本のビジネスメディアを席巻しました。人生で一番強烈な体験でしたね。

―プロ経営者として歩んできた竹田さんが、なぜKEEN(キーン)のジェネラルマネージャーになられたのですか。

2011年に東日本大震災が起きました。家業の肉屋はそれまで東北からたくさん牛を買っていました。家業を継がなかったものの、肉屋として東北に何か恩返しをしたい、ハンバーグの炊き出しをしたいと思い、石巻に通い始めました。そこで災害支援のボランティアと繋がり、共に汗をかく歓びを見いだしました。それまで食うか食われるかの金融の世界にいて、ファンドで一攫千金を狙い、お金まみれの世界にいたことが急に恥ずかしくなりました。

震災前は、ボランティア活動自体に懐疑的で、一人の人間が一日汗を流してもできることはたかが知れていると斜に構えていたところがありましたが、袖をまくって汗を流して、仲間たちと一緒に空気を吸う、やることの意味が初めて分かりました。一人ひとりの知恵を使いながら、それぞれが持っているスキルを分かち合うことの素晴らしさを知ったのです。

知人から「KEENが日本法人立ち上げを考えており、創業者のローリー・ファーストさんと会ってみないか」と紹介され、会ってみることに。当時は「KEEN」と言われても「どこかで見たことあるかな」程度でしたが、彼が2003年にKEENを立ち上げたと同時に発表した水陸両用サンダル「Newport(ニューポート)」が世界中で大ヒット、翌年秋冬のマーケティング予算100万ドル(約1億円)を全てスマトラ沖地震の支援に寄付したことを聞き、とても驚きました。私が東北ボランティアをしていたこともあり、ローリーと意気投合したことがKEEN日本法人のGMになるきっかけです。

社会に対して同じ想いを持つKEEN創業者との運命的な出会いにより、日本法人の代表になることを決意。
社会に対して同じ想いを持つKEEN創業者との運命的な出会いにより、日本法人の代表になることを決意。

―東日本大震災でボランティアに参加されて、竹田さんの人生観や仕事観などの価値観が180度転換し、そこでKEENの創業者と出会ってというすごい展開ですね。

そうですね。よくよく考えてみると偶然のように見えて、どこか必然のようですね。

人が動くことでエフェクト=効果を生む「KEEN EFFECT(キーン・エフェクト)」

―創業者のスマトラ沖地震の支援から、KEENは災害支援など社会貢献に力を入れています。

私たちは、会社の存在意義の大きな柱として「KEEN EFFECT(キーン・エフェクト)」を据えて様々な活動を展開しています。自分達のアクションが何らかの効果を生むこと、小さくてもいいから、形にのこしていくことを大切にしています。だからこそ、顔の見えるNPOとパートナーを結んで、実際に現場に行って、一緒に汗をかくことを大事にしています。

キーン・エフェクトは、「Consciously Created(環境負荷の低減)」、「Taking Action(能動的な行動)」、「Giving Back(社会への還元)」がテーマ。

まず環境負荷の低減として、我々が契約している革の工場では化学物質や廃棄物の管理、エネルギー消費、二酸化炭素の排出、水処理といった主要分野で製革工場の環境対策を監査しているLWG(レザーワーキンググループ)の認証を受けた製革所からレザーを調達するなど、人間にも自然にも有害なものをできるだけなくしていくことに取り組んでいます。

能動的な行動としては、常に社会で起きていることに関心を払い、能動的に考え、発信していくことを大切にしています。2019年にKEENが発起人となってスタートしたプロジェクト「Us 4 IRIOMOTE」は、西表島の豊かな自然と文化を「明日」に継承していくために、私たち一人ひとりができることを考え行動していくという企画です。西表島のオーバーツーリズムの問題に、ツーリスト目線で何ができるだろうかとスタートしました。チャリティグッズを作って売上の一部を寄付したり、3年の歳月をかけ撮影された西表島を舞台にした映画『生生流転』をバックアップするなど、環境保全にはかなり力を入れています。

社会への還元としては、価値観を共有できる世界中の団体をサポート。寄付金や理事会への参加、靴の寄付など、多岐に渡るスタイルで協働しています。最近では、ウクライナの人道支援として、€150,000(約1895万円)相当を寄付し、ウクライナ国内と近隣諸国に逃れてきた人びとの支援と、2500足のシューズを提供しています。

KEENは「天井のないところすべて」を愛するブランドとして、世界をよりすばらしいカタチで未来に残そうと努力を続けている。
KEENは「天井のないところすべて」を愛するブランドとして、世界をよりすばらしいカタチで未来に残そうと努力を続けている。

―KEENと竹田さんはなぜそこまで世界的な視野を持って活動できるのでしょうか。

それは、「後に残すものを作りたい」、「一緒に育っていくことをやりたい」という思いですね。KEENではアウトドア業界が撥水加工に多くつかう化学物質<PFC>の排除を達成するために、KEENが7年かけて成し遂げたPFC-FREE(ピーエフシーフリー)」の技術を一般公開しています。それは、<PFC>が発がん性が認められるなど自然環境や健康にとって有害であることがわかっているからです。それらの行動のベースには、何が「正しい行いなのか?」ということを常に考えて行動するKEENの理念があります。この場合でいうと、「他社と技術面で競うのではなく、まず自然環境を守ることが、一番正しいこと」と考え、情報を公開するに至ったわけです。一貫してこういった創業者の思いがあって、自分も正しいと思ったことは全部やらせてもらっています。

―創業者からの信頼が厚いということですね。さらに、KEEN独自の新たなポイントプログラム「KEEN Corps(キーン・コー)」がスタートすると聞いています。

近年、消費経済をけん引しているのはポイント経済ですが、「KEEN CORPS(近日中公開)」は、私たちがいかにお客様と直接繋がることが出来るかという課題から考案したもので、アメリカではすでにスタートしています。

ポイントは一般的に商品を購入してのみ付与されますが、KEEN Corps は全く違います。KEEN Corpsのメンバーになると、お買い物でのポイントはもちろん、ボランティア活動や非営利団体への寄付などでもポイントが獲得できて、ポイントに応じて様々な特典があります。誰でも気軽に参加できる、社会にポジティブな変化を起こすためのコミュニティで、世界中のKEEN Corps 仲間と共につくるグローバル・ムーブメントです。

これからもし災害などが起こったら、KEEN Corps のメンバーにボランティアを募ったり、革新的なチャレンジになると思いますが、一つの大きな流れを持つことはすごく大事なこと。

「一緒に、世界を変えよう。」を合言葉にお客様と繋がりを作り、一緒に社会貢献活動を行う新しいプログラム。
「一緒に、世界を変えよう。」を合言葉にお客様と繋がりを作り、一緒に社会貢献活動を行う新しいプログラム。

―竹田さんとKEENをそこまで動かす源泉はなんでしょうか。

創業者は、よく「ICE(Industry Chainging Events)=インダストリーチェンジングイベンツを作ること」、業界を変えられるようなイベントが作れるかどうかが鍵だと言っています。他社と同じような商品は作らない、同じ様なマーケティングもしない。KEENは真のグローバル企業だと思うのは、世界で発売している商品のうち約2割が、東京にあるデザインセンターで企画された商品だということ。通常は本国中心でデザインされる様な商品を、日本で独自に作って、グローバルに提案して、世界でも同じように売られています。創業者は、東京はアジアのトップで、グローバルで通用する価値を持つと考えています。そういう創業者の考え方に共感する部分はとても多いですね。

―竹田さんもとても自由に仕事をされているように感じます。

金融やコンサルティングの世界から真逆の世界に来て、「これが人生だな」と思います。これまで大成した経営者とお会いして来ましたが、私も同じく“じっと止まっていられない”タイプなんです。これからもKEENと一緒に少しずつ世界を、社会を変えていけたらと思います。

「私たちの会社は小さい。だからこそ他を巻き込む」と自らが先陣をきって、アクションをし続ける竹田氏の姿は、笑顔とエネルギーに満ち溢れている。
「私たちの会社は小さい。だからこそ他を巻き込む」と自らが先陣をきって、アクションをし続ける竹田氏の姿は、笑顔とエネルギーに満ち溢れている。

撮影:Takuma Funaba

株式会社Inflight 代表取締役の田中 大貴さんとH-7HOUSE合同会社 CEO ブランドコンサルタント堀 弘人さん

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