
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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2026年1月、フィレンツェで開催された「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)」を皮切りに、ミラノとパリでファッションウィークが開催された。「ファッションは時代を映す鏡」とよく言われるが、発表された2026年秋冬メンズコレクションを振り返ると、一つの明確な地殻変動が浮き彫りとなった。それは、かつて「正装」の象徴であったテーラリングが、かつてないほど軽やかに、そして大胆にその形を変え始めたことだ。
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この変化の背景には、抗いようのない二つの現実がある。加速する「世界的なカジュアル化」と「温暖化」だ。重厚なウールコートや厳格なスリーピースは、現代の都市生活者にとって「重すぎる鎧」となりつつあり、代わってランウェイを席巻したのは、機能美と官能性を兼ね備えた、極めて現代的なアプローチだった。本稿では、期間中に発表された2026年秋冬メンズコレクションを振り返りながら、その深層にあるキーワードを追っていく。
目次
分断と不確実性が促す「内面への回帰」
終わりの見えない紛争に加え、米国でのトランプ再選に伴う「トランプ関税」の波が、世界経済のサプライチェーンを揺さぶり、ラグジュアリー市場に影を落としている。
パリファッションウィークに参加したインド発の「カーティック リサーチ(Kartik Research)」はショーで、米国によるインド製品への50%の関税引き上げを背景に、西側の需要サイクルに左右されない、自国内の独自の「重力」と求心力を持つクリエイションの必要性を説いた。ここで重要なのは、分断が進むほどファッションが“外へ誇示する記号”から、“内側で完結する必然”へ寄っていく点だ。どこで作り、何を根拠に価格が成立し、どれだけ長く使えるか。価値の説明責任が増し、結果として外向きの派手さより、足元と内面へ視線が戻る。

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Kartik Research 2026AW Collection
「内面への回帰」を、より構造的に翻訳したのが「プラダ(PRADA)」だった。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)は、予測不能な現実に対峙するためには、着る人の姿勢を物理的に正し、精神的な支柱となるような「構造的な強さ」が必要だとし、タイトなIラインのシルエットを提案した。社会情勢や地政学リスクといった、個人の力では制御不能な「外の混乱」に対し、せめて「自身の装い」だけは規律を保つことで、精神的な静寂を保とうとする試みだ。しかし、その「規律」はかつての窮屈なものではない。柔らかい素材で仕立てられたウェアは、身体を締め付けることなく快適さを保ち、規律の象徴である「シャツ」のカフスは極端に肥大化させることで、本来の端正なバランスをあえて崩してみせた。ここにあるのは、正装の復古ではなく、「精神を整えるための装い」への再定義である。

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PRADA 2026AW Collection
タイトシルエットは復権するか?
この「伝統の解体と再構築」を、今季最も大胆に体現したのが、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)による「ディオール(Dior)」だ。今回のインスピレーション源は、20世紀初頭に女性をコルセットから解放したクチュリエ、ポール・ポワレ(Paul Poiret)。アンダーソンはポワレの自由な精神を現代の「遊歩者(フラヌール)」の姿に重ね合わせた。精緻なスリムテーラリングの「バー」ジャケットが登場する一方で、岡山県倉敷産のダメージデニムを用いた同ジャケットも並び、ハイエンドとストリートの境界を無効化する。

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Dior 2026AW Collection
ここで注目すべきは、プラダとディオールが共通して示した「タイトシルエットへの回帰」である。アンダーソンはバックポケットにダーツを施したスキニーデニムを復活させ、メンズモード界を席巻したエディ・スリマン(Hedi Slimane)時代への意識を明確に覗かせた。
長らくオーバーサイズに慣れ親しんだ現代人の身体に、このタイトさが即座に浸透するかは未知数だ。しかし、少なくとも「大きければ良い」という画一的なオーバーサイズブームは終わりを告げ、身体の輪郭を意識したスタイルとの「二極化」が始まったことは間違いない。
テーラリングの再定義、柔軟な装備としての服
「伝統的な仕立て(テーラリング)」を現代のレジリエンス(適応力)へと昇華させる試みにおいて、日本出身の二人のデザイナー、桑田悟史と大月壮士の提案は極めて論理的かつ説得力があった。
桑田悟史による「セッチュウ(SETCHU)」は今季「イヌイットの衣服構造」に着目。極北の過酷な環境で生きるための「道具」としての伝統着を、サヴィル・ロウ由来の厳格なテーラリングと融合させた。「折り紙」の手法をはじめとした、単なるデザイン上の装飾ではなく、シーンや環境の変化に応じて服の形を変幻自在に調整することを可能にするデザインは、変化の激しい現代社会において「服がいかに着る人に寄り添い、守ることができるか」という問いに対する、工学的な回答である。

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SETCHU 2026AW Collection
「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」は、日本の「バブルスーツ」を再解釈の俎上に載せた。かつての経済的繁栄の象徴であった重厚な肩のラインは、現代においては滑稽なほど重すぎる遺物かもしれない。しかし、大月はその「重み」を現代的なカッティングで解体し、見た目の力強さを保ちながらも、驚くほど軽やかな着用感へと変換。不透明な未来へ向けた新しい正装へとアップデートすることを試みた。両者に共通するのは、テーラリングを規律の象徴から、レジリエンスの技術へ変えた点だ。

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SOSHIOTSUKI 2026AW Collection
気候への最適化、色彩の抱擁
レジリエンスを、素材面から押し上げたのが「薄さ」と「軽さ」である。今季目立ったのは薄手ウールの使い方で、「ブリオーニ(Brioni)」や「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」といった名門が、高機能な薄手ウールを用いることで、グローバルウォーミング(温暖化)に対応した「滑らかな冬」を表現した。防寒とは、ただ堅牢であることではなく、寒暖差の中で快適に運用できることへと定義が移った。

2026AW Collection
Image by: Brioni

2026AW Collection
Image by: BRUNELLO CUCINELLI
「素材による気候への最適化」において、「オーラリー(AURALEE)」の岩井良太が提示したのは、冬の重苦しさを一切感じさせない、空気を孕んだような質感のコレクションである。カシミヤを縮絨加工したり、レザーアイテムに硬さを排したベビーカーフ(生後3ヵ月以内の子牛の革)を取り入れるなど徹底的に軽やかさを追求。さらに、イエローベージュや深いパープルのといった「色彩の抱擁」は、殺伐としたニュースが飛び交う日常に安らぎをもたらす、最もリアルな解決策の一つとなっていた。

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AURALEE 2026AW Collection
精神の安らぎ、そして永遠のスタンダード
この「安らぎ」をより個人的で詩的なレベルへと昇華させたのが、ジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)が手掛ける「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」。2026年秋冬メンズコレクションで描いたのは、「Studious(学究的)」な男性像だ。ヴィクトリア朝の探検家を思わせるケープデザインのアウターは、優雅なドレープを描きながら着用者を外界から守る「シェルター」のようで、淡い「フルーテラカラー」や繭のようなニットは、厳格な時代における無垢な遊び心と保護本能を感じさせた。「愛着があって着続ける服こそが重要」というクロスナーの言葉通り、彼が提示したのは個人の記憶や人生に寄り添う「相棒」としての衣服だ。それは、分断された世界の中で、自分自身の物語を守り抜くための静かなる決意表明のようでもある。

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DRIES VAN NOTEN 2026AW Collection
そして、「環境への適応」と「精神の充足」という二つの課題に対して、決定的な回答を示したのは「エルメス(HERMÈS)」であった。37年にわたりメンズ部門を牽引してきたヴェロニク・ニシャニアン(Véronique Nichanian)のパリでのラストショーとなった今季、彼女が提示したのは、トレンドを超越した「今日、そして永遠のための服」という哲学。象徴的だったのは、シアリングを裏打ちしたテクニカル素材「トイロヴェント」のブルゾンで、予測不能な気候に対する「防水性と保温性(機能)」を備えつつ、決して身体を拘束しない「羽のような軽さ(自由)」を実現している。人生に寄り添い、時を経ても色褪せないタイムレスな魅力。過酷な環境にただ耐えるのではなく、知性とユーモアをもって軽やかに乗りこなす。ここでのスタンダードは、流行の中央値ではなく、時間に対する耐性だ。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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HERMÈS 2026AW Collection
総括すれば、世界は不穏で、関税の壁は高く、気候は変わり続ける。だからこそ服は、より優しく、より自由であるべきだという逆説が、2026年秋冬メンズには通底していた。外の混乱に対して装いで規律を作る「ソフト・フォーマリズム」、輪郭を取り戻す「タイト回帰」、そして素材と設計による気候最適化。これらは別々の潮流ではなく、「不確実性を運用する」という一点で接続する。新しい正装とは、式典のための堅牢さではない。変化を恐れず、変化を纏うことで日々を回すための、軽い規律と柔軟な装備なのである。
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