Culture インタビュー・対談

【インタビュー】73歳ラリー・クラークがなぜ破格で作品を売るのか?KIDSとの深い関係

ラリー・クラーク
ラリー・クラーク
Image by: FASHIONSNAP

 ニューヨーク、パリ、ロンドンに続き、東京で9月23日に開幕した展覧会「TOKYO 100」に、初日から多くのキッズ達が押し寄せている。目当ては鬼才ラリー・クラーク(Larry Clark)のオリジナル写真だ。通常は高額で取引されている作品を、破格とも言える1枚1万5,000円で販売するという決断に至ったのは、「自分がハッピーに死ぬためのお返し」だという。来日した73歳のラリー・クラークに、その真意を聞いた。

写真は全て購入可能


■手術をきっかけに死を意識した

―長いキャリアの中でも「TOKYO 100」のような展覧会は珍しいかと思います。なぜ企画したのでしょうか。

 昔からフィルムカメラで写真を撮っては、家から2ブロック先のチャイナタウンにある写真屋でカラープリントをしていたんだ。かかった費用は4×6の写真36枚で12ドルくらい。その中から良いと思った物を引き伸ばしてギャラリーに持っていったら、大体1万から1万5千ドルくらいで売れた。「KIDS/キッズ」が公開されてからは、色々な人が僕の名前を知って、ギャラリーでショーを開催する度に、普段は美術館やギャラリーに足を運ばないようなキッズたちがたくさん来てくれた。でも作品はどれも高価で彼らは手に入れられなかったんだ。

―それで、キッズ達がお土産や記念品として写真を手に入れられるようにと考えたんですね。今回の展覧会について「ハッピーに死ぬためのお返し」という表現がとても印象的です。

 数年前にパリで「The Smell of Us(原題)」という映画を撮影した時に、自分の人生を考えるような体験をしたんだ。パリでは既に公開されていて、来年日本とアメリカでも公開される予定なんだけど、撮影中に腰を悪くして、最初はまっすぐ立てていたのが、映画を撮り終わる頃には腰が90度近く折れ曲がった状態だった。知り合いのNYの医者に電話したら、「今すぐ戻ってこい」と言われて、現地にまだ仕事も残っていたけれどファーストクラスのチケットをとってすぐに帰国した。急だったから航空券は1万ユーロもしたけど、身体が痛かったから広い席じゃないと。それで帰国後すぐに診察を受けたら、このままにしておくと脊柱が崩れてしまい、ストリートも歩けなくなると言われた。手術自体もリスクを伴うもので死ぬ可能性もあるなんて言われたものだから、自分の子供や孫、親友でもある元妻、弁護士を呼び寄せたんだ。

―生死を彷徨う体験をされたんですね。

 その時に「KIDS/キッズ」や「BULLY」に出演していたレオ・フィッツパトリック(Leo Fitzpatrick)も来てくれた。彼は長年の友人で、今回の展覧会のキュレーションを担当してくれているんだけど、綺麗好きなレオに比べて、僕は正反対で何でも集めて溜め込む癖がある。18歳頃から色々なものを溜め込んできて、今はもう73歳。55年分のコレクションが溜まっていた。死ぬ可能性もあった手術を経て、家を見渡してみたら、4×6のカラー写真が何千枚も床に散らばっていた。「僕の死後に写真達はどうなるのだろう」と考えた時に、キッズ達に向けて売るのはどうかな、と思いついた。一枚100ドルだったら手の届く値段だし、僕の人生のお土産にもなると思ったんだ。

会場に置かれたボックスの中から好みの1枚を探すことができる


■100ドルで売るなんて、と笑われた

―1枚100ドルは破格だと思います。初めて開催したニューヨークではどうでしたか?

 まず、「キッズ達に売る」というアイデアをニューヨークのギャラリーに話をしたときは、「普段1万5千ドルで販売される僕の商品を100ドルで売るなんて」と笑われたよ。そこで、ギャラリーを運営しているレオに連絡して彼にキュレーションを担当してもらうことになった。これはキッズ達のための展覧会で、利益を見込んで何百枚も購入するようなコレクターには来てほしくなかったから、開催に関しては一切広告を出さずに、スケーターキッズ達にイベントについて話して、あとは口コミで広がっていったんだ。会期は7日間で、最後の方は新聞などで開催を知ったコレクターも来たけど「彼らには10枚まで」という制限をつけた。その後にフランス、ロンドンとまわって東京に来たんだ。

―東京での開催が最後になるということでしょうか。

 これだけたくさんのオリジナル写真を売るのは東京がラスト。東京には10回以上来ていて友人も多いし、僕の作品を好きな人もたくさんいるから来たかったんだ。こういった形式のショーは1回限りで、もうやることはない。常に前進していたいし、死ぬ前にまだ作りたい映画もいくつかあるからね。

腕には「KIDS」のタトゥーも


■問題作「KIDS」が生まれるまで

―写真集「Tulsa」や映画「KIDS/キッズ」など、ユースカルチャーに焦点を当てた作品が多いですが、ラリーさん自身はどんなティーン時代を過ごしましたか?

 僕の子供時代はひどいものだったよ。父親に嫌われていて、ちっとも話しかけてもらった記憶がない。彼は常に自分の部屋にこもって仕事をしていて、一緒にご飯を食べることもなかった。地元のタルサ(オクラホマ州)にいた頃は、似たような境遇の、父親の存在を知らない友人達とよくつるんでいた。皆母親しかいなかったり、養子だったり。15〜16歳の頃から一緒にアンフェタミンを打つようになって、それが写真集「Tulsa」で写されている内容に繋がる。3年半毎日打ち続けて、当時はほとんど寝ていなかったな。

―問題作「KIDS/キッズ」の撮影はニューヨークでした。

 47歳の頃にスケートボードを学んで、スケーター達と交流を深めた。そこから「KIDS/キッズ」のアイデアは浮かんだんだ。脚本は実際のスケーターに書いてもらわなくてはと考えて、面識のあったハーモニー・コリン(Harmony Korine)に依頼した。「KIDS/キッズ」は、僕自身がスケーターキッズ達と交流した3年半の期間で見たもの全てを注ぎ込んだストーリーラインをもとに制作された映画。スケーターの作品を創りたければ、彼らを追っかけまわすのではなく、彼らと一緒にスケートしなくちゃならないんだ。

―実際にスケートボードを通じて仲間を作ったことでリアルが映し出されたんですね。

 内側の人間になるためには、彼らの信頼を得る必要がある。キッズ達と知り合って毎日一緒にスケートをして3年ほどが経った頃にやっと彼らに認めてもらえて、大人は知り得ないスケーターの世界に入れてもらえた。それをきっかけに、大人が知らないキッズのリアルな世界を描いた映画を作りたいと思うようになって「KIDS/キッズ」ができた。いまは73歳で、6世代のキッズ達を見てきたが、アーティストとしてのキャリアを開始した当初から今に至るまで全ての作品に一貫して言えることは、常に少数派のグループに興味を抱いてきたということだろう。スケーター集団だったり、スラム街に住むキッズだったり。

キュレーターのレオ・フィッツパトリック


―今回の展覧会では「KIDS/キッズ」でテリー役を演じたレオさんがキュレーターを務めているなど、一度関わったキッズ達との付き合いはとても長いですね。

 「ワサップ!」では映画を制作する前に2年間キッズ達と時間を過ごしたり、映画ができるまでの付き合いも長い。「ワサップ!」に出演していたジョナサン・ベラスケス(Jonathan Velasquez)とは14年の付き合いで親友の様な関係なんだ。レオ・フィッツパトリックも親友の一人。レオは今では子供がいて、ジョナサンもそろそろ結婚するかな。ジョナサンは「Marfa Girl 3」にも出演する予定なんだ。

―最後に、日本のキッズたちにメッセージを。

 「TOKYO 100」は1週間限定で、毎日12時から19時まで。実際に写真を手にとって、指紋が残ってしまったり、少しあとがついてしまったりしているかもしれない。でも、そういった展覧会はあまりないと思う。是非一度会場に足を運んで、「お土産」を見つけてもらえたら。

■LARRY CLARK「TOKYO 100」
期間:2016年9月23日(金)〜10月3日(月) ※会期延長
時間:12:00〜19:00
場所:東京都渋谷区神宮前2-32-10 GALLERY TARGET
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(聞き手:谷 桃子)

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