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アントワープ王立芸術アカデミー、パーソンズなど、スターデザイナーを輩出する教育機関の中で近年最も勢いを感じるのが、ロンドンの名門セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)だ。近年、同校のMA(修士)を卒業した若手デザイナーたちの活躍が華々しい。
3月にブランド初となる直営店を東京・原宿にオープンしたキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)、パンキッシュでドラマティックなコレクションを発表するチャールズ・ジェフリー(Charles Jeffrey)、ジャマイカとイギリスという自身のルーツを背景に音楽からも着想を得るニコラス・デイリー(Nicholas Daley)、1980年代のロッククライミングギアのディテールとブルガリアの伝統技術を基盤にする「チョポヴァ・ロウェナ(CHOPOVA LOWENA)」のデザイナーデュオ、エマ・チョポヴァ(Emma Chopova)とローラ・ロウェナ(Laura Lowena)といった具合に、セントラル・セント・マーチンズMA出身の若手デザイナーは枚挙にいとまがない。
4月に発表された「LVMHプライズ2024」ファイナリスト8名の中でも、パオロ・カルザナ(Paolo Carzana)とポーリーヌ・デュジャンクール(Pauline Dujancourt)の二人が、セントラル・セント・マーチンズMAの出身だった。
同校のMA卒業ショーは注目の的で、学生たちの作品は世界中から注目されていると言っても過言ではない。そこで今回は、2024年に開催されたセントラル・セント・マーチンズMA卒業ショーから7名の学生を紹介したい。(文:AFFECTUS)
目次
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ノーブルで貴族的なメンズウェア - Henri Hebrard
トップスの襟はサイズが誇張されており、スレンダーなパンツはウエストがカマーバンド的にデザインされ、痩身な男性のボディラインにフォーカスするシルエットは、ヨーロッパ絵画に登場する貴族のようにノーブル。それがHenri Hebrardが発表したメンズウェアである。
Hebrardの服はパターンが特徴的だ。カーキ色のノースリーブアウターは、襟元がゆとりをもったオフタートルネックなのだが、厚みのある生地と直線の切り替えの作用で、柔らかさよりも硬質さが際立つ。
最後のルックに登場したショートコートにも、Hebrardの特徴的カッティングが現れていた。前端のディテール、右前身頃を左前身頃の上に重ねる着方は武道の道着を彷彿させ、胸元はコートの上からもう一つのアイテムをレイヤードしたような構造になっている。特異なパターンのショートコートに、マドラスチェックのシャツとコーデュロイのパンツを合わせており、Hebrardはパターンを個性的に作っても、シンプルな生地とシンプルなスタイリングで、アヴァンギャルドな世界には踏み込まない。
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生地とスタイリングの妙は、他のルックでも発揮されていた。コーデュロイ素材を用いたポロシャツとパンツのルックは、ドレープ性のあるシルエットが高貴で優雅なエレガンスを作り出す。朱色のサファリポケットシャツにはジョガーパンツがスタイリングされているが、その装いはグレーの色と素材感の効果でカジュアルなルームウェアそのもの。だが、トップスの生地を鮮やかに染めるビビッドカラーと、太幅のウェスト、タックインした着こなしが上品な男性像を描く。
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Instagram(@henrihebrard)を見てみても、やはり全体的にノーブルな雰囲気が漂う。過去に製作された服の方がMA卒業コレクションよりも装飾性が高く、いっそう貴族的だと言えよう。クラシックなメンズウェアとも、ジェンダーレスなメンズウェアとも異なる気品が香るスタイルは、現実と非現実のバランスを巧妙に作り込む。
禿頭のマスクで表現する現代への「適応」- Jonathon Ferris
今年のMA卒業ショーの中でも、一際異質な存在感を放っていたのがJonathon Ferrisだ。登場するモデル全員が、髭をたくわえた禿頭の男性の顔を模したマスクを被っており、人形がコレクションを着用してランウェイを歩く姿と同様のホラー性もにじむ。
不可思議なマスクは、Instagram(@big_daddy_jonny_)での投稿によると、Ferrisの遠い祖先の一人であるチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)に由来していた。生物が変化を続けていく進化論を唱えたダーウィンは、次の言葉を残している。
「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。」
Ferrisが発表したメンズウェアは、クラシックをカジュアルが全盛の現代に適応させていく。
襟がホワイト、身頃がブルーのクレリックシャツはシワが生地のあちらこちらに寄っており、首元に巻かれた鮮やかなクリムゾンのネクタイも締まりがなく映る。オーバーサイズコートに袖を通し、ストライプのパンツはジャージーのようにカジュアルで、足元には「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボレーションシューズを履いている。
Ferrisの卒業コレクションには、シャツ&ネクタイというメンズファッション伝統が幾度も登場するのだが、素材感が少々くたびれ、オーバーサイズのシルエットと、シャツの裾を片方の身頃だけパンツの外に出す着こなしによって、凛々しさに欠けるメンズスタイルが完成している。ショートパンツを穿いているルックもあり、ネクタイはいっそう緊張感を失う。よくみると、ネクタイの巻き方もいささか雑で、美しいノットは存在しない。
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だが、ダンディなスタイルをルーズに仕上げるFerrisの解釈が、メンズクラシックをアップデートさせた。シャツとネクタイを、緊張感から解き放つ。その瞬間、男性の服の伝統であるアイテムは新しい姿を獲得する。「ザ・ノース・フェイス」とのコラボも実現し、Ferrisは学生とは思えないクオリティのコレクションを披露した。
シャネルやヴェルサーチェでインターンの経歴も - Thora Stefansdottir
アイスランド出身のThora Stefansdottirは、セントラル・セント・マーチンズのBA(学士)ではプリントデザインを学び、「ヴェルサーチェ(VERSACE)」、「マーク・ジェイコブス(MARC JACOBS)」、「シャネル(CHANEL)」でのインターン経験を持つ。
テキスタイルという自身の武器を活かしたMA卒業コレクションは、天然染料を用いたペールカラーが淡く移ろい、服のフォルムは布をつまむ・寄せるというテクニックを用いて、ボディラインを曖昧に表現する。Stefansdottirは、服を立体的ではなく流動的に作り込む。
ピンクやパープルのペールカラー、ジャージ素材を用いて製作したドレープ性あるフォルムは、本来ならガーリーな印象を持つのだろうが、自身のInstagram(@thorastefansdtr)で “strange dress”と称しているように、Stefansdottirのドレスやトップスは貝殻を思わす造形がバストやウェストに挟み込まれ、甘くなるはずの服が妖しく映り、奇怪な存在感を放つ。
Stefansdottirのデザインを見ていると、サーモグラフィが思い起こされた。赤外線で物体の表面温度を測り、その温度分布を色別に表現するサーモグラフィの画像を、ペールカラーに色を転換して、人体が着る服に具現化した奇妙で甘く妖しいスカートやシャツ。そんな不可思議な想像を掻き立てるパワーが、Stefansdottirの服にはある。
また、今回のMA卒業コレクションはデッドストック素材を用いており、服作りのコストを極力抑えるサスティナブルなアプローチを取っていた。培ってきたテキスタイルデザインの技術、ガーリー&ストレンジな世界観、ファッション界でいっそう重要になってきたサステナビリティと、自身の創造性と現代の社会性を結びつけて、Stefansdottirはコレクションの製作に臨んだ。
これだけの強い個性を持つなら、どこかのブランドでキャリアを積むよりも、キコ・コスタディノフのように卒業後すぐに自分のブランドを始めた方がいいように思える。布帛素材、コートやジャケットなど、他の素材とアイテムではどんな服を作れるのかも気になるところだ。
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クラフト感とノスタルジーのミックス- Yanya Cheng
2023年、イギリスを代表するフットウェアブランド「ドクターマーチン(Dr. MARTENS)」は、セントラル・セント・マーチンズと提携し、同校のMAで学ぶ学生を対象に、「ドクターマーチン」のシグネチャーシューズ「1460」をテーマにしたデザインコンペを開催した。受賞者には奨学金5,000ポンドが授与され、受賞デザインのプロトタイプも製作されたのだが、このコンペティションで受賞者4人の学生の1人に選ばれたのが、Yanya Chengである。
受賞後に「ドクターマーチン」のデザイン・生産チームと共に製作された、Chenのデザインによる「1460」のカスタマイズは、MA卒業コレクションでモデルたちの足元を飾った。薄手の白いテキスタイルと頑強なブーツをドッキングさせ、ベージュの太幅の靴紐が幾重にも重なって結ばれ、イギリスの名作シューズは装飾的に生まれ変わる。クラフト感とノスタルジー、この二つの要素のミックスこそChengの特徴だ。
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発表された6ルックは、ベージュ・ホワイト・ピンクといった甘く優しいニュアンスカラーを軸に、柔らかく透け感のある生地を多用。アイテムはミニスカート、レオタード型のドレスをベースにしてフェミニン&スポーティなのだが、布地を纏わせたような抽象的フォルムのトップスとドレスも登場し、クチュールライクでもある。
また、ストリングを布地に何本も走らせてギャザーを寄せたり、表面に凹凸を作ったりするなど、クラフトの技巧も冴え渡る。そして、Chengのクラフト&ノスタルジーをより際立たせたアクセントが、厚いソールが力強く逞しい「ドクターマーチン」だった。
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Instagram(@yanyacheng)を覗くと、ChengのBA卒業コレクションを確認できる。近未来世界のダーク&クラフトウェアとも言うべき、フェミニンなMA卒業コレクションとは対極の作品が発表されていた。Chengの中には、まだまだ奥深い世界があるようだ。
24年MA卒業ショーで最も「地味」なコレクション - Daniel Radke
伝統的なメンズテーラリングの素材とパターンから着想を得ているDaniel Radkeは、2024年MA卒業ショーの中で最も地味なコレクションかもしれない。RadkeのInstagram(@danielradke.tradesman)には、仮縫い工程のジャケット、英国スーツの聖地サヴィル・ロウに関する書籍の背表紙を写した写真が投稿されており、彼の服づくりの姿勢が現れている。
発表されたMA卒業コレクションのアイテムはテーラードジャケットを筆頭に、トラウザーズ、ワークシャツ、カバーオールなど、クラシックとワークというメンズウェアの王道に則し、色はグレーとブラウンがメインに使われ、渋みと落ち着きにあふれている。素材もモールスキン、ツイード、コーデュロイと鉄板のメンズ素材が使われていた。
スタイリングにも奇抜な点は見られない。最初に登場したルックは、色はブラウンのシャツを着用し、ラペル幅の広いシングルジャケットに袖を通し、ボトムは膝下に切り替えの入ったワークな作りの、グレーに染まったパンツを着用。ジャケットもパンツも、シルエットは細くも太くもない凡庸な形と言える。だが、洗練とは真逆に位置するシルエットが泥臭さを帯び、ダンディズムを刺激する。
ツイードスーツはこれまた野暮ったさ満点のシルエットに、オリーブ色のシャツをシンプルに合わせているだけの潔さ。シャツをレイヤードしたカバーオールルックも、ブラウンの色使いが華やかさとは無縁の佇まい。飾らない装いが、Radkeのメンズウェアに個性を作り出す。
Radkeはメンズテーラリングを重視して服を製作するが、彼のメンズウェアはラグジュアリーではない。まるで高級感を嫌うように、どこまでも泥臭く男臭い。農夫の一張羅とも呼べるダスティな服が、斬新なコレクションが数多く発表されるMA卒業コレクションの中で逆に際立つ。
甘さと鮮やかさが共存、セクシーに振り切らないフェミニン - Joyce Bao
今回のMA卒業コレクションには、肌を透かす薄手素材を積極的に取り入れているデザインが散見された。この傾向は、薄い生地を体にフィットするシルエットで作り、第二の肌のように仕上げたセカンドスキントップスの流行と関連性があるのかもしれない。ファッションの文脈を捉え、自身の解釈でデザインする技術はファッションデザイナーに欠かせないものだ。
Joyce Baoは、注目のトランスペアレント素材を快活なガーリースタイルに仕上げた。ボトムはショーツを多用し、トップスにはホルターネックのノースリーブ、ブラトップなどをスタイリング。薄く柔らかい生地を使い、積極的に肌を見せるスタイルは、一見するとランジェリーライクだが、フリンジのディテールを取り入れたワークなブーツが足元を引き締め、色気を抑制する。
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色使いはヌードカラーを軸にレッド・ライラック・ブルー・ピンクを組み合わせて、甘さと鮮やかさが共存。Baoのデザインは、フェミニンな美しさを大切にしつつ、セクシーな方向性には振らない。
アメリカのミシガン州で生まれたBaoは高校を卒業すると、アメリカ屈指の名門大学であるコーネル大学に入学してファッションを学ぶ。「ザ・ロウ(THE ROW)」、「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」といったアメリカブランドでインターンとして働き、グランジな魅力のニューヨークブランド「ヴァケラ(VAQUEA)」ではアシスタントとして経験を積む。Baoはプロでの経験を経て、セントラル・セント・マーチンズのMAに入学することになった。
現在のBaoのデザインを見ていると、「ヴェケラ」での経験が重要だったのではないかと推測される。ほつれた糸、穴のあいた服が肌を見せるグランジファッション。服のダメージを通して肌をみせるグランジの特徴を、甘い色と肌を透かす生地を使用して、少女性を併せ持つファッションに転換させた文脈的デザインがBaoには感じられる。
卒業後は自らのブランドを始動させていくとのことで、ブランドサイト(joycebao.com)も公開している。Instagram(@joyce__bao)の投稿数はまだまだ少ないが、きっとこれから女性美を讃えるBaoのクリエイションが表現されていくだろう。
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どこにも属さない「居場所不明のファッション」- Julia Sue Dotson
他の学生と毛色が異なるコレクションだと感じたのが、Julia Sue Dotsonだった。しかし、それはDotsonの服が外観的にアヴァンギャルドという意味ではない。服の形は基本的にはシンプルで、イエローが主体になった色使いとメッセージプリントは特徴的だが、特別に個性的というわけでもない。しかし、心を動かす何かがある。それはいったい何なのか。
スタイルは一言で言えばカジュアルなのだが、ワークウェアやストリートなど従来のカジュアルファッションの形容詞では表現が難しい。どこにも属さない居場所不明のファッション。そんなフレーズが浮かびあがってくる。
DotsonのInstagram(@juliadotson)に投稿された説明によると、MA卒業コレクションは農村におけるクィアコミュニティとDIYが重要なテーマとなっていた。ここで注目したいのが、クィアをテーマにするDotsonの創作姿勢である。
クィアは、同性愛者や両性愛者といった姓に対する伝統的な概念に属さない、様々な性のあり方を包括する意味を持つ。ファッションでも、ジェンダーに対する概念が変化してきた。歴史を振り返ると、パンツは男性、スカートは女性のアイテムとして区分される時代が長かったが、現代でパンツは性別に関係なくワードローブで必須のアイテムとなり、スカートを穿く男性も増えつつある。
改めてDotsonのMA卒業コレクションを見ると、最後に登場した6番目のルックがDotsonの創作姿勢を最も色濃く表現していると感じた。モデルはルーズシルエットのパンツを穿き、腰に巻かれたプリントテキスタイルはミニスカート的でもあり、バストを覆うのはブラトップのように明確なウィメンズアイテムではなく、乱雑に貼り付けられた茶色いテープだった。
女性の服にも男性の服にも見え、明確なカテゴライズができないスタイル。カジュアルウェアとして見た時にも、着用するシーンが想定できないスタイル。Dotsonのデザインは、性的マイノリティを総称するクィアという概念が、ファッションとして視覚化したものではないだろうか。
そしてDotsonのコレクションはファッション性にも富む。イエローを軸にグリーンやブルーを合わせた色使いはスポーティで、緩やかなシルエットのコートやパンツは洗い晒しシャツのように軽やか。社会性とファッション性を結びつけ、非日常的な服ではなく日常的な服として完成させるDotsonの才能は非常にユニークだ。
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世界の多様な才能がロンドンに集まる
以上が、2024年のセントラル・セント・マーチンズMA卒業ショーで注目した学生7名になる。同校の学生たちの卒業コレクションで驚くのは、その多様な作風だ。リアルな服があるかと思えば、特異な発想の服もあり、クラシックかと思えばガーリーなコレクションもある。
人間の数だけスタイルの数がある。そんなファッションの魅力をセントラル・セント・マーチンズは肯定するからこそ、同校は次々に注目の若手デザイナーを輩出するのではないか。新しいファッションの可能性は、どこに潜んでいるかわからない。セントラル・セント・マーチンズのMA卒業ショーで、未来のファッションを探ろう。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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