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ハンス・J・ウェグナー(Hans J Wegner)、アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)、ボーエ・モーエンセン(Borge Mogensen)、その名が歴史に燦然と輝く北欧デザイナーたちが生み出してきた家具は、なめらかなフォルムと抑制された色使いが美しい。
デンマーク、フィンランド、スウェーデンなどスカンジナビア地方から誕生した名作家具の影響もあり、北欧デザインには「ナチュラル」、「クリーン」といった印象が強く、自然と北欧ブランドのファッションにも同様のイメージを抱いてきた。
北欧デザインの伝統であるクリーンな服を発表するファッションブランドはもちろんあるのだが、今注目したいのは、「混沌のミニマリズム」とでも呼ぶべき北欧ブランドだ。その代表が、スウェーデン ストックホルムを拠点にする「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」である。
ジョニー・ヨハンソン(Jonny Johansson)が1996年に設立した当初は、広告やグラフィックデザインを行うクリエイティブ集団だったが、製作したジーンズ100本を友人たちに贈ったところ、たちまちのうちに評判を呼び、ファッションブランドとして注目されるようになった。
ヨハンソンが提案したデビュー当初のコレクションは時代の感性とベーシックアイテムを結びつけた、コンテンポラリーなデザインが特徴だった。だが、現在のヨハンソンはまるで別人かと思えるほど、世界線が異なるコレクションを発表している。北欧デザインの常識を覆し、ファッションデザインの常識を塗り替える「アクネ ストゥディオズ」。ブランドの軌跡を辿っていこう。(文:AFFECTUS)
クリーンからプリミティブへ、「アクネ ストゥディオズ」が生んだ鮮烈なコントラスト
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2020年代に突入すると、「変貌」という言葉が似合うくらい「アクネ ストゥディオズ」のコレクションは変わっていくのだが、2010年代は初期に通じるクリーンなデザインが時折発表されていた。代表的なシーズンで言えば、2017年春夏、2017年秋冬のメンズコレクションが該当する。
パリで発表された2017年春夏メンズコレクションでは、椅子を使ったプレゼンテーションを実施。フローリングに点在した椅子に座るモデルたちは、リラックスしているように見えるし、気だるげにも見える。そんなムードとマッチして、ルックにも寛ぎが漂う。目立つアイテムはボリューミーなポンチョとショートパンツだ。
テントから着想を得たというポンチョは、体を覆い隠すほどの巨大なフォルムで作られ、メンズアイテムとしては異質な存在感を放つ。ショーツにしても、大人の男性が着る服というより、その丈の短さは少年を想起させる。
オーバーサイズのシルエットに、袖幅も衿幅も大きいワークテイストのジャケットとキャップを被る姿には、メンズスタイルならではの逞しさが現れている。しかし、モデルが穿くスクールボーイテイストのショーツは丈がかなり短く、上下で奇妙なギャップを生む。
注目したいのは、アイテムの形と丈、スタイリングで変化を加えてはいるが、デザインそのものはシンプルである点だ。色使いもブラウン、ブラック、ネイビーといったベーシックカラーを中心に、アクセントとしてヴィヴィッドなカラーを挟み込む程度で、アヴァンギャルドなアプローチは一切見られない。
クリーンな方向性は、翌シーズンの2017年秋冬メンズコレクションでも継続。だが、1980年代のメンズビジネスウェアからインスパイアされたルックは、色使いが春夏から一変する。
ブラウンやグレーなど秋冬ファッションにふさわしい温かみのあるカラーを多用し、時折ミントなどのカラーをアクセントとして加える。スタイルもカジュアルだった春夏とは違い、テーラリングを主役にしたクラシックに転換した。
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このように「アクネ ストゥディオズ」はシンプルなデザインをベースとして、クリーンなルックを発表してきた。しかし、2020年春夏メンズコレクションでは、これまでのブランド像を引き継ぎながらも、これまでにない要素を織り交ぜたデザインを完成させる。キーワードは「文脈の無視」というのが適切だろう。
ファーストルックは、オーバーサイズに作られたブラウンのシャツとスリムなブラックパンツというミニマルな装いだ。一見すると、これまでのデザインと変わらないが、シャツの袖口に注目するとフリンジがぶら下がっており、都会のモダンウェアに民族衣装のモチーフが混ざった歪さを漂わせる。
上の写真はシンプルな長袖プルオーバーにカジュアルパンツ、スニーカーという実にベーシックなルックだが、一目見て分かる通り、トップスの袖と身頃を横断して異端のディテールが見える。メンズのカジュアルスタイルにフェミニンの象徴であるニットフリルを唐突に飾り付け、よく見るとパンツの裾にはリボンが結ばれている。
このルックでは、ヨハンソンの唐突なアイデアが更にパワーアップしているように感じられる。上半身はシンプルさを信条にしたアーバンウェアだが、下半身はフリンジと柄がプリミティブな力強さを訴えてくる。ハーフパンツは、歩いていると膝上丈のスカートにも見え、男性と女性の服が融合したジェンダーレスルックにも感じられる。また、色も上下で極端なコントラストを作り出し、1つのルックの中で都会の服の洗練と民族服の荒々しさが行き交う。
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ファッションのテイストを統一することで生まれる調和こそ、「アクネ ストゥディオズ」のクリーンスタイルの源。それを証明するのが、2017年に発表された2つのメンズコレクションだった。
一方、2020年春夏メンズコレクションでは洗練されたアーバンスタイルに、原始的で力強いエスニックの要素をドッキングしたり、透明のフィルターを取り付けてスタイル全体をフューチャリスティックに見せたりと、ファッションの文脈を掻き乱すアプローチが登場した。新たな感性が芽吹き始めたヨハンソンは、2022年春夏メンズコレクションで、また別の一面を露わにする。
徐々に姿を現す混沌のミニマリズム
「ミニマルなデザインはいったいどこへ?」
そんな疑問も浮かぶなかで発表された2022年春夏メンズコレクションでは、ヨハンソン自らブランドの世界を変革していく。クールな色彩、端正なテーラリング、コンテンポラリーなジーンズ。これまで「アクネ ストゥディオズ」の象徴とされてきたアイテムは、このコレクションでは登場しない。
MA-1、ストール、ワンピース、ワイドパンツ。アイテム1点1点を取り挙げれば、特別なものはない。しかし、淡いトーンの色に統一され、ブルゾン以外のアイテムの素材感はノスタルジック。主役であるMA-1も左胸にほのぼのとしたグラフィックが施されている。サングラスを掛けた男性モデルには、レザーウェアやブラックジーンズといった無骨なアイテムが似合いそうだが、メルヘンチックな雰囲気の服を着せているのも印象的だ。
先ほどのルック同様、ハードな服が似合う男性モデルは、彩り豊かなパッチワークパンツとアンティーク調のショートブルゾン、グラデーションを起こすロングシャツを着用。牧歌的とも幻想的とも言えるスタイルで佇む。
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無地でクールな服など登場しない。色と柄を押し出すが、綺麗に見せようとはしていない。当初はメルヘンでノスタルジックなコレクションに感じられていたが、次第に奇妙で破壊的な服が姿を見せ始める。
アームホールと袖にギャザーを寄せた布地をあしらったルックは、一見すると形のデザイン性が強く感じられるが、アヴァンギャルドと形容される他ブランドと比べれば、かなりシンプルな構造のパターンだと言えよう。服の輪郭はシンプルに構築し、輪郭の中で挑戦する。しかも、エレガンスで驚かすのではなく、アグリーな感性で驚かす。それこそが、私が「混沌のミニマリズム」と表現する「アクネ ストゥディオズ」のデザインだ。
グランジファッションとSFを融合、ダークでナラティブなエレガンス
「アクネ ストゥディオズ」にとって「綺麗な服」というのは価値を持たなくなっているのだろう。おそらく、ヨハンソンは「クール」や「エレガンス」といった、従来の形容では語れない領域にファッションを導こうとしている。そのことを物語るのが、次に紹介する二つのコレクションである。
1つ目にピックアップするのは2023年秋冬ウィメンズコレクションだ。スウェーデン北部で子ども時代を過ごしたヨハンソンの思い出から発想されたコレクションは、ネットフリックスが製作したSF映画でも観ているのかと錯覚するほどに、物語性を帯びたファッションを表現する。
登場したのは、葉をモチーフにしたドレスと、レースアップのパンツによるタフなルック。ここまでくると「アクネ ストゥディオズ=クリーン」という式は完璧に崩壊してしまう。「いったいどこで着るのだろう」そんな疑問は無粋。きっとここではないどこか、未知の世界のための服だ。
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
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薄汚れた黒い素材は、曲線と直線のパターンで構築されたシングルのライダースジャケットを形づくり、スカートから垂れ下がる何本もの細長い布地は退廃的。トレンチコートは衿がストール状に変形し、素材感はやはりダメージを帯びている。モデルたちがランウェイを歩く様子は未知の惑星の荒野を進む旅人のようだ。
体にフィットする薄手の素材に描写された風景は地球の風景か、それとも地球と似た別の惑星なのか。トップスと同化した肌の色が、アンドロイドもしくは宇宙人の姿を呼び起こす。
ヨハンソンには、人間の心の混沌した状態、奥底に潜むどろどろとしたものを形にしたいというクリエイターとしての欲望があるように感じる。もう、ただのエレガンスでは満足できない。そう思わざるを得ない、ダークでナラティブなコレクションだ。そして、次シーズンの2024春夏メンズコレクションでは、ヨハンソンの創造性がさらに加速する。
「不潔なもの」、「薄汚いもの」という意味の言葉を語源に持つグランジファッションは、ニルヴァーナ(Nirvana)などのロックバンドが着用していた、ダメージが激しいジーンズやニット、穴のあいたカーディンガンなどに代表される、上品さとは無縁のカジュアルスタイルだ。
グランジを取り込んでコレクションが製作されることは珍しくない。グランジは一過性の流行ではなく、ファッションにおける一種の普遍性を持っており、むしろデザイナーがどんな解釈を見せるのか、デザイナーの力量が試されるスタイルだと言っていい。ヨハンソンは、2024年春夏メンズコレクションでどんなグランジを作り上げたのだろうか。
ジーンズ、ニット、チェックシャツ。このルックでは、これらグランジに欠かすことのできない基本要素をパワーアップさせる。ジーンズにはパッチワークをコラージュしてプリント。襟元や縫い目で繊維がほどけて揺らめく真っ赤なニットには、胸元に大胆なグラフィックをあしらった。チェックシャツは、フェミニンなピンクカラーを薄汚れさせることで、グランジのイメージを際立たせている。更に、一切の情報を遮断した背景で撮影することで、次元の異なるフィクション的空間に佇む、SF性を帯びたルックへと昇華させた。
グランジの王道である赤いチェックシャツを腰に巻いたルックでは、モデルの顔にメイクを施してSF感をいっそう強化。ヨハンソンは、SFを組み合わせることで、グランジファッションの輪郭をより色濃く鮮明に見せ、空想的なコレクションを完成させた。
ブランドの核は「カオス」、未来のファッションを届けるジョニー・ヨハンソン
ここまで見ると、「アクネ ストゥディオズ」からは「クリーン」「ナチュラル」といった北欧デザインの特徴は感じられないことが分かる。2017年春夏メンズコレクションと2024年春夏メンズコレクションでは、もはや別ブランドと言われたほうがしっくりくるほどだ。
しかもこの変貌が、ジョニー・ヨハンソンという一人のデザイナーの手によって行われたのだから驚きである。デザイナーの交代なしに、1ブランドがここまでデザインを変容させるのは非常に稀有な例だろう。
ヨハンソンの変化は止まらない。2024年春夏シーズンでは未知の世界のファッションを発表したが、2024年秋冬シーズンになると一変して、曲線を活かしたフォルムで近未来感を維持しながら、秋冬特有の素材と色を用いたクールなコレクションを発表した。実はヨハンソンの中には、複数の人格があるのではないか。同じデザイナーとは思えない変化の振り幅だ。
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読み進めると、「アクネ ストゥディオズのシグネチャーとは何なのか」と混乱してしまう読者も多いかもしれない。同ブランドは、時に都会的なファッション性、時に物語性のあるフィクション的スタイルを作り上げる。その「カオス」こそが、このブランドの核心なのだろう。
コペンハーゲン・ファッションウィークには、デンマークやスウェーデンから多くのブランドが参加し、伝統的な北欧デザインから逸脱したコレクションが次々と発表されている。そして、その最先端をいく存在が、ジョニー・ヨハンソン率いる「アクネ ストゥディオズ」である。ストックホルムから届けられるジーンズを穿いて、ファッションの未来を体験するときは今だ。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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