現代のラグジュアリーブランドの揺るぎない価値を支える一つに、「サヴォアフェール」がある。匠の技やエスプリなど、高度な技術と歴史に裏打ちされた美学だ。「シャネル(CHANEL)」では毎年職人たちの卓越した意匠と芸術性に満ちた「メティエダール コレクション」を発表。ひとたびコレクションを見れば、アートの如く感情を揺さぶるファッションの力と、唯一無二の職人技に目を奪われる。
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そんなシャネルの“芸術的な手仕事”への賛美を描いた企画展「ラ ギャルリー デュ ディズヌフエム トーキョー(la Galerie du 19M Tokyo)」が、六本木ヒルズの東京シティビュー 森アーツセンターギャラリーで開催。刺繍やテキスタイル、繊細な装飾といった人間の技と創造性の尊さに触れると、情報社会におけるインパクトやバズを超えた「メゾンの価値とは何か」という問いを考えさせられる。ファッションラバーでもそうでなくても楽しめる、見逃せないポイントを会場写真とともに紹介する。
企画展タイトルにある「le19M」とは?
「ル ディズヌフエム(le19M)」は、シャネルが2021年にパリで設立した芸術文化振興のための複合施設。施設の名前は、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chasnel)の誕生日8月19日と、Mode(モード)、Mains(手)、Métiers d'art(メティエダール)、Maisons(メゾン)、Manufactures(手仕事)の頭文字に由来する。ファッションとインテリアにおける卓越した技術を、未来に継承することを目的とし、クリエイションを支援している。
施設には刺繡や帽子、シューズ、金細工、プリーツ、装飾具など、各専門分野で高度な技術を擁する11のメゾンダール(「芸術の家」を意味するフランス語。工房や運営元の家系などを指す)が集結し、約700名もの職人や専門家が所属。彼らはシャネルだけでなく、さまざまなラグジュアリーメゾンなどからの依頼を請け、分野や世代をクロスオーバーして制作に取り掛かり、育成にも力を入れている。
また、オープンスペース「ラ ギャルリー デュ ディズヌフエム(la Galerie du 19M)」を併設。一般向けのユニークなワークショップを通じて、クリエイションに欠かせないサヴォアフェールの価値を広める役割も担う。




©︎CHANEL
職人たちが集う工房が東京に
今回の企画展は、このオープンスペースがパリから東京へと場所を移し、“驚きと対話”を促す場として催された。シャネルの職人技への敬意をたどる物語は3章で構成。「le19M」に所属するメゾンダールの技術に焦点を当てる「フェスティバル(le Festiva)」、日本とフランスの約30名の職人・アーティストの作品が集結する没入型展覧会「ビヨンド アワー ホライズンズ(Beyond Our Horizons)」、刺繍とツイードの最高峰のメゾンのひとつである「ルサージュ」の100周年を記念した「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」の展示が繰り広げられる。

Image by: FASHIONSNAP
田根剛が手掛けるインスタレーション 繊細な素材と技術に時間を忘れて没入
ゲストを出迎えるインスタレーション空間 フェスティバルは、パリを拠点とする日本人建築家 田根剛が率いる建築事務所「アトリエ・ツヨシ・タネ・アーキテクツ(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)」が会場構成を担当。ル ディズヌフエムに所属する職人たちの手仕事の数々が、作業場を覗き見るような形で紹介されている。

©︎CHANEL
シャネルのアイコンのひとつ「バイカラーシューズ」を生み出したシューズ工房の老舗「マサロ」や、柔らかいフルーの生地の仕立てを専門とする「パロマ」、刺繍工房の「アトリエ モンテックス」、緻密な技術で帽子やヘッドアクセサリーを製作する「メゾン ミッシェル」など、メゾンを支えるアトリエの数々が集う。








Image by: FASHIONSNAP
フェスティバルの展示の様子
膨大な原材料や道具、サンプルが作業台の上に並べられ、壁に掛けられた写真や天井から吊るされたオブジェクトとともに、ゲストを包み込む。会場を進むにつれて、自然と職人たちの繊細な技術への興味関心が掻き立てられる。




Image by: FASHIONSNAP
フェスティバルの展示の様子
日仏のクリエイティブが共鳴 ルサージュ ツイードの畳の間が出現
続くビヨンド アワー ホライズンズは、ル ディズヌフエムのギャラリーと日本各地のアーティスト、職人、アトリエ、工房といった約30組をつなぐグループ展。会場構成は、イギリスの美術批評誌「APOLLO」による「注目すべき40歳以下の40人」に選出された建築家 橋詰隼弥が手掛け、日仏のクリエイティブをつなぐ「エディトリアル・コミッティ」として、映画監督の安藤桃子、「Casa BRUTUS」編集長の西尾洋一、SIMPLICITY創設者 緒方慎一郎、キュレーター 德田佳世、アトリエ モンテックスのアーティスティックディレクター アスカ・ヤマシタが参加した。
参加アーティストには、フランスのヴィジュアルアーティスト クララ・アンベール(Clara Imbert)、テキスタイルアーティスト 石垣昭子、京提灯を手掛ける小嶋諒(小嶋商店)、現代アーティストのグザヴィエ ヴェイヤン(Xavier Veilhan)、土風炉・焼物師の永樂善五郎、河野富広とヴィジュアルアーティスト 丸山サヤカが主宰するクリエイティブ・プラットフォーム コノマド(konomad)、アーティストデュオのA.A.Murakami、シューズクリエイターの舘鼻則孝などが名を連ねる。








同エリアは「パサージュ(le Passage)」「アトリエ(les Ateliers)」「ランデブー(le Rendez-vous)」「フォレスト(la Foret)」「シアター(le Theatre)」「マジック(la Magie)」の6つのパートで構成。“クリエイティブヴィレッジ”として、素材と記憶、伝統と再解釈、身体の動き、想像力が交差するよう設計されている。



Image by: FASHIONSNAP
「ランデブー」は、数寄屋建築の職人とル ディズヌフエムの職人が共同で制作。障子には、アトリエ モンテックスとルサージュ アンテリユールが四季を表現した装飾、畳縁(たたみべり)にはルサージュのツイード、引き戸には装飾アトリエ デリュによる引手が施されるなど、日本の伝統とフランスの職人技が共鳴。都会の喧騒を忘れるような静けさが漂う。






大樹を模した柱が壮大な「フォレスト」は、作品群が森を形成するような空間。幹の中を覗くと、アーティストとメゾンダールの“対話”によって生まれた作品の数々が並ぶ
暗転した空間「マジック」には、コノマドがアトリエ モンテックスなどのメゾンとコラボレーションした作品が目を引く。暗闇を進むとA.A.Murakamiがルサージュ、パロマと協働したインスタレーションが姿を表す。大胆なヴィジュアルに惹きつけられ目を凝らすと、自然と精緻な職人技や繊細な素材へと思考が巡る。




konomadによる作品
Image by: FASHIONSNAP
名だたるクチュールを支える「ルサージュ」 圧巻の100年
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」では、1983年からシャネルのパートナーとして刺繍やツイードを手掛けてきた、1924年設立のアトリエ「ルサージュ(Lesage)」の過去100年の軌跡を紐解く。
刺繍とテキスタイルのメゾンダールとして名高いルサージュは、1924年にアルベール・ルサージュ(Albert Lesage)が創設。1949年には息子のフランソワが事業を継ぎ、クリエイティブに富んだ技術力を開花させ、クチュール界にとっても欠かせない存在に。




シャネルとルサージュの蜜月は、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)がアーティスティック ディレクターに就任したことで始まった。数十年のコラボレーションによって、刺繍や織物の実験的なクリエイティブを磨き、クチュール、プレタポルテともにクリエイティブを支える重要な役割を果たした。ルサージュは2002年にメティエダールに加わり、2021年にルサージュ アンテリユール、エコール ルサージュとともにル ディズヌフエム内に移転した。
ルサージュのアトリエを訪問
会場を進むと現れるのは、メゾンの創造に欠かせないルサージュの工房。製図や織物職人、刺繍職人、パタンナーなど、さまざまな工程の作業台が並び、実際に職人たちが使用している道具なども展示されている。美しいドレスやバッグ、靴が完成するまでの道のりを、手仕事によって辿るような空間だ。













クリストバル・バレンシアガらクチュリエを魅了した工房の軌跡
そして、クチュール界を支えてきたルサージュの功績も振り返る。クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)やイヴ・サンローラン(Yves Saint-Laurent)、エルザ・スキャパレリ(Elsa Schiaparelli)、マドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)といった名だたるクチュリエとの繋がりについても紹介。そのほか、日本人デザイナー 富永航による「ワタル トミナガ(WATARU TOMINAGA)」とタッグを組んだ作品も見逃せない。










デザイナーたちとのコラボレーションの軌跡
カールとルサージュが生み出した、美しいドレスの数々
カール時代のシャネルが、ルサージュとともに生み出した美しいドレスの数々も必見。ルサージュのディレクター フランソワ・ルサージュとカールが伝統と革新に挑み生み出した「3Dスーツ」やツイード、ステッチ、刺繍といった緻密なデザインの制作プロセスにも光が当てられる。

















「シャネル」ファン必見。アイコニックなオリジナルのツイード生地の工程も
カールが手掛けた華麗なオートクチュールドレスのコレクションも見どころ満載。「トロンプルイユ」「歴史主義」「モダニズム」といったキーワードで紹介されるドレスの数々は、これまでの展示を見てきたからこそ、その美しさと職人技の尊さに向き合い鑑賞することができる。













そのほか、フランス文化と伝統をも支えてきたルサージュの仕事にもフォーカス。シャネルがガラ公演をサポートするパリ・オペラ座へ提供した衣装など、歴史的な文化との関わりについても紹介。










企画展の最後では、アーティストのアリスティッド(Aristide)とルサージュがコラボしたインスタレーションを公開。幸運や調和の象徴として親しまれるムクドリの群れを、オーガンジーの布に刺繍。大陸間をタフに移動するムクドリが複数の職人たちの手によって刺繍されたこの作品は、クリエイティブを支える無数の手仕事、時代を超えて継承される技術を彷彿させ、同展を締めくくる。


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