フィンランドで2019年から行われている「ヘヴィメタル編み物世界選手権大会(Heavy Metal Knitting World Championship)」という催しをご存じだろうか?人口約10万人あたり50組以上のメタルバンドが存在すると言われている“メタル大国”である一方、編み物を趣味とする人が非常に多いフィンランドで行われているこの珍妙な大会は、ニッター(編み物をする者)がヘヴィメタルが鳴り響く中で編み技を披露し、そのパフォーマンス性を競う大会である。初開催の2019年大会では、お笑い芸人で元・うしろシティの金子学が率いるGIGA BODY METAL(うしろシティ金子学、ヒコロヒー、ゆんぼだんぷ、コーヒールンバ平岡で構成)が優勝したこともあり、日本国内でもわずかながら話題を集めた。彼らの影に隠れ、シンディ・ヨシエダを名乗る女性手芸作家が、2019年の開催から三大会連続で決勝に進出している。ヘヴィメタル編み物世界選手権大会はどのような経緯で開催され、また彼女はなぜ参加に至り、優勝にこだわるのか。そこには独自の「編み物愛」と真剣に馬鹿馬鹿しいことをする美学があった。
目次
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とみざわみーこ/シンディ・ヨシエダ
1974年栃木県生まれ。1997年から手芸作家として活動を始める。2019年シンディ・ヨシエダとして、ライブハウスや編み物イベントで「編み語り」を開始。フィンランドで開催されている「ヘヴィメタル編み物世界選手権大会」に3年連続で出場し、決勝戦に出場している。
公式インスタグラム/公式ツイッター
手芸作家シンディ・ヨシエダって何者だ?
ーシンディさんの本業を教えてください。
「よしえだ製作所」という屋号で、テレビ局から依頼を受けて着ぐるみなどを作っています。
ー編み物や縫い物を生業とされていますが、服飾学校を卒業されているんですか?
全然違います。地元の栃木県宇都宮市にあるグラフィックデザイン系の短大を卒業しました。
ー卒業後、すぐに上京したんですか?
と、思いますよね。でも私は、プータローになりたかった(笑)。だから、就職活動もせず、バイトだけで暮らす生活を5年くらい続けました。そして突然「そろそろちゃんとするか」と思い立ち、なんのツテもなく東京に来ました。ラッキーなことに、同級生が日テレの舞台美術を手掛ける会社に勤務していて「なんか楽しそう」くらいのテンションで就職を決めました。それが、25歳くらいの時。
ーでは、編み物を始めたきっかけは?
両親が編み物が好きで。小さい頃から、あまりにも身近な存在だったんです。だから、明確にきっかけがあったわけじゃないんですよね。でもまさか仕事になるなんて思わなかった。
私、編み物で何かを作り上げることも好きなんですけど、編む時の手の動きや、一定のリズムで編み目が出来上がっていく様子に心が躍るし、編み地も模様として好きなんです。学生の頃、美大を目指して絵を描いていたりもしたんですが、描き上げるまでの過程が辛いから、常に面倒臭かった。でも、編み物は編む工程そのものが好きだから苦じゃないんです。「あ、失敗した」と思って編み終わったものを解いて、編み直すのも全然辛くない。やっぱり、そういうものが一番続くのかな、と最近は思いますね。
ヘヴィメタル世界選手権大会とは?
ーあらためて「ヘヴィメタル編み物世界選手権大会」について教えてください。
簡単に言えば、フィンランドのヨエンスーという街の村興しとして2019年から開催されている大会で、ヘヴィメタルが鳴り響く中で、編み手が得意の編み技を披露し、そのパフォーマンスクオリティを競う競技です。国が大会を運営していて、毎年7月に決勝が同地で行われています。フィンランドの夏は、すごく短いんですよ。だから、エアギター大会とかヘヴィメタル編み物世界選手権大会とか、おかしな大会が夏にいっぱい催されるんです(笑)。
ーそもそもどうして、編み物とヘヴィメタルを組み合わせた大会が考案されたんでしょうか?
「フィンランド人がどっちも好きだから」というゆるい理由だったと聞いています(笑)。元々、フィンランドはヘヴィメタルバンドが世界一多い「メタル愛好大国」で、かつ、冬が長く暇を持て余しがちなため手工芸が盛んで、フィンランド人はみんなニットを編むのが好き。それである日、手芸関係者が編み物をしているフィンランド人に「一流ギタリストのように、目を閉じ、手を首の後ろに回して編むことは可能ですか?」と質問したところ「編めるに決まっているだろ!」と答えたことがきっかけとなって、大会化されたそうです。
シンディ・ヨシエダと同大会を結びつけた「アマーシャル」という芸
ーシンディさんが、ヘヴィメタル編み物世界選手権大会への参加を決めたきっかけは?
これも本当にたまたまなんですよ(笑)。私の友人でヘヴィメタを心から愛している人がTwitterでリツイートしていたのをみたんです。当時、私は「編み語り」というイベントをやっていて、親和性があるかも、と。
ー編み語り……?
「アンプ型編み機『アマーシャル』に、ギターを繋いで編み物に関する歌を歌うと、何かが編み上がるよ」という私の芸です(笑)。実際には、アンプ付きのギターで音を出し、演奏が終わったタイミングで、アマーシャルの中に予め編んでおいた作品を「さあ、何が編み上がったでしょうか」と言って出すんです。タネと仕掛けしかない手品風の芸です(笑)。
きっかけは、よく行くライブハウスのイベントで出し物をお願いされたこと。「せっかくライブハウスなんだから」という理由だけで、編み物とギターを組み合わせたんですよね。
ー「編み語り」でシンディさんが編み物とギター組み合わせていたように、ヘヴィメタル編み物世界選手権大会が、ヘヴィメタルと編み物を組み合わせていたことに親近感が湧いたんですね(笑)。
そうなんです。編み語りをやっていなかったら、多分出場しようなんて思わなかったんじゃないかな。ライブハウスで知り合った友人たちが「音楽と編み物なんて、『編み語り』をやっているシンディ・ヨシエダは出るべきでしょ」って適当に言うんですよ。それを真に受けて「出るしかないか!」と(笑)。
ヘヴィメタル編み物世界選手権大会の出場方法
ー大会の参加条件は?
1分間の課題曲が与えられ、その音楽をベースにした編み物をしている動画を送るのが条件です。その動画が選出されれば決勝進出です。でもね、決勝が行われるフィンランドに行く旅費は実費なんですよ。「100%実費でフィンランドの会場に来れる人は来てね」と。
ーシンディさんは、2019年の初参加時にどのような動画を制作したんですか?
「アマーシャルに編み針を繋いだら、大会のメインヴィジュアルがデザインされたニットセーターが編み上がったよ」という動画を送りました。
ーこのニットは全て手編みですか?
土台だけ編み機を使っていて、あとは手編みです。デジタル上で製図を作ってから編む人もいると思うんですけど、私はそういうのが苦手なので、製図なしで仕上げました。というのも、本業のテレビ局から依頼されて作る着ぐるみは、本当に短納期で「3日で作ってください」とかもざらにある。だから、製図なしで編み足す方法が染み付いていて。編んでいる途中に、その場でサイズ変換したりできるようになりましたね。
動画の中で編まれたニットセーター
ー決勝戦で行われる審査はどのような内容なんですか?
決勝戦当日にくじ引きで楽曲が決められます。1分間のパフォーマンス時間が与えられてルールは「1分間に必ず一目だけは編むこと」だけ。それ以外は、あとは何をやってもOKということになっています。
シンディ・ヨシエダのパフォーマンスは48:00あたりから
ー審査では、どういったとことに注目されているんですか?
それが、決勝はおろか動画審査の「審査基準」は開示されていないんですよ。
ー審査員のコメントももらえないんですか?
そうなんですよ。正直、頑張りようがないですよね(笑)。私、決勝に行ける自信はあるんです。なぜなら、決勝進出者を選ぶ審査員は、ニッティングの講師をやっている人で、純粋に編み物のクオリティも見てくれるから。決勝の審査員も、過去二大会はヘヴィメタルバンドメンバーが2人と、ニッティングの講師1人で構成されていたんですが、昨年は、審査員がヘヴィメタルバンドメンバー2人と、ヨエンスーの観光施設の人に代わっていました。
ー編み物のクオリティを見てくれそうな人が審査員ではなくなった、と。
いまや、編み物にこだわっているのは私だけなんじゃないかな(笑)。それだと優勝は遠いですよね。どちらかというと、1分間のパフォーマンスの中で、賑やかに盛り上がって「なんかすごかった!」というチームが優勝している印象です。
ーちなみに、優勝すると何がもらえるんですか?
賞金があるわけでもないし、別に大したものが貰えるわけでもないんです。湖畔にあるホテルのペアチケットとか、毛糸とか、トロフィーとかだった気がします。
ーではなぜ、優勝を目指すんでしょうか?
負けず嫌いだからなのかな。「優勝」っていう響きがやっぱり良いじゃないですか。しかも世界選手権だし。ただ、知らない人が聞いても「は?」という称号ではあるんですけどね(笑)。それに、今のところ同じ大会に出ている人で「すごいな」と心から思える人がいなくて。なんで私が勝てないんだろうと少し思っちゃっているんですよね。
ー今年こそ優勝を目指す?
うーん。今年は、決勝戦には行かないかもしれない。
ーなぜですか?
旅費が自費というのが大きい。私、毎回友人に借金してフィンランドの決勝戦に行っているですよ。まだ返済できてないし、心の優しい人たちだから更に貸してくれそうだけど、「もうこの大会で私は勝てないだろうな」とちょっと思っちゃってるから。
シンディ・ヨシエダの次の目標は「ウミウシのギネス記録」
ーでは、次に目指している「負けず嫌い欲」を満たす「優勝」は何かありますか?
いま、「ウミウシ」という海洋無脊椎動物の形をしたアクリルたわしを編んでいるんです。3年前くらいに100匹編んだんですが、それからコロナ禍で暇になって、夏の間は毎日ウミウシを編むようにしていたんです。その時に目標として「999匹のウミウシを編もう」となんとなく決めて。今、950匹くらい編み終わったんですけど、それを見た周りの友人たちがまた面白がって「ギネス記録に申請しなきゃね」と(笑)。私もまた乗せられて、ギネス記録の申請方法を調べたら全然申請できるし、ギネス記録認定されるかもということがわかってきたんですよね。
ー具体的に、ギネス記録の申請の条件とはどのような項目なんでしょうか?
別に何もないんですよ。今回の私の場合だったら、作品が本当にあるかどうかを提示するだけ。今、インスタグラムに一匹ずつ投稿しているので、それがそのまま証拠になるかな、と。それに、申請するためにお金もかからないんです。お金を支払うと、早く申請を受理してくれるみたいなんですが、時間はたくさんあるから、コスパよくギネス記録を取得を目指そうかな、と。
ーウミウシを編んでいる人は他にいないんですか?
います。でも、999匹はいないかな。誰もやらないから「優勝」できる。不戦勝だけど、誰もやらないところを攻めるのは私らしい気がして。
ーユーモアあふれる経歴ですが、自分ではご自身のことをどのように分析されていますか?
面白いことが好きなんですよね。極論、笑いこそが一番素晴らしいと思っています。だからといって、芸人になろうと思ったことはないんですけどね。なんというか、正統派が恥ずかしいと思っているのかもしれません。
負けず嫌いで、勝ちたい欲求もあるけど、私は正統派では勝てないこともわかっているとでも言えば良いんでしょうか。今も別に「編み物で食べていけているか」と問われれば、ギリギリ食べていけていないから勝ち組ではないんですけど、本当にフィンランドにヘヴィメタル編み物世界選手権大会の決勝戦に行ってしまうとか、ウミウシでギネス記録を目指すような馬鹿馬鹿しさは誰にも負けていないと思っているし、それで十分だなって。そのユーモアだけで、勝ちたいという欲求を満たせているんですよね。
(聞き手:古堅明日香)
■個展「ウミウシアクリルたわし999匹展-あなたとタワシとわたしと-」
会期:2023年7月14日〜2023年7月17日
会場:WOW FACTORY
所在地:東京都台東区三筋2丁目8−1 上杉ビル
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