
Image by: DAIRIKU
ファッションは「夢」を着ること。そう言っても過言ではないコレクションが、世界各地で毎シーズン発表されている。たとえば、川久保玲が「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」で見せる色彩と装飾にあふれたメンズスーツ、あるいはグレン・マーティンス(Glenn Martens)の「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」でのデビューコレクションには、その服を着ることで人々を日常から逸脱させる力が宿っている。
ADVERTISING
まるで別の物語に飛び込むような体験。それこそがファッションの魔法だ。だが、前衛的な服を着るだけが「夢」を着る手段ではない。日常の延長にあるワークジャケットやジーンズを身に着けても、胸の奥が高鳴る瞬間はある。完璧さや高級感を求めるのではなく、むしろ曲がりくねったステッチや擦り切れた裾に惹かれる時がある。そんな服に潜む物語を感じさせるブランドの一つが、岡本大陸が設立した「ダイリク(DAIRIKU)」だ。(文:AFFECTUS)

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
最高級の糸で織り上げられた生地、端正に処理された裾、裏地の仕立て、柔らかく折り返るラペル。そうした完成度が「いい服」の定義だとすれば、ダイリクはそのセオリーから外れる。経年劣化を経たように燻んだレザー、意図的に粗さを残した縫製。そこには洗練とは異なるもう一つの美がある。
完璧さよりも未熟さ。そこには「映画」をテーマとするブランドらしい余白が滲む。映画のスクリーンに漂う余韻やざらつきが、そのまま服へと翻訳されているかのようだ。
「物語を着る」とは、どういうことだろうか。今回は2本の映画をテーマにしたダイリクの服を入り口に、その問いを探ってみたい。以降、映画の内容に踏み込んでいくが、それは、ダイリクの服を語るために避けては通れない道筋である。
映画の空気感をファッションに翻訳する
ダイリクは毎シーズン、映画をテーマにコレクションを製作する。題材に選ばれる作品は誰もが知る名作から、映画好きが頷くコアな作品まで幅広い。そのセレクトからは、デザイナー 岡本の映画愛が透けて見えてくる。2022年春夏コレクションのテーマは、1989年のカンヌ映画祭で発表された一本だった。
コレクションタイトルは「Boy meets Girl」。インスピレーションとなった映画は、ジム・ジャームッシュ監督による「ミステリー・トレイン」。アメリカ南部のメンフィスを舞台にしたオムニバス形式の作品で、3つの物語が同じ一夜に重なり合う。永瀬正敏と工藤夕貴が出演したことでも話題を呼んだ映画だ。
第1話「FAR FROM YOKOHAMA」は日本からやって来たロック好きの若いカップル。第2話「A GHOST」は夫を亡くし、ローマから来た女性と、別れた彼氏がエルヴィス・プレスリーに似ていると語る女性の出会い。そして第3話「LOST IN SPACE」では、地元の若者3人が酒と騒動に翻弄される。異なる3つの物語は交差しないまま、同じホテルに泊まることで緩やかにつながっていく。
映画をテーマにしたコレクションといえば、登場人物のファッションを連想させるルックが定番だ。実際、2022年春夏コレクションにも、永瀬が演じたジュンと工藤が演じたミツコを思わせるルックが登場した。冒頭の電車シーンをなぞるかのように、二人が抱える赤いスーツケースまで再現してみせた心憎い演出である。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
ただ、ダイリクはそれだけに留まらない。むしろこのコレクションが伝えていたのは、映画全体に漂う「奇妙なズレ」そのものをカジュアルな服に落とし込む姿勢だった。
第1話の冒頭からそれは始まった。ミツコはメンフィス到着までの日数をジュンに尋ねる。ジュンは2日と答えるが、すぐに列車は到着し、ジュンは「ほら、2日早く着いた」と言い放つ。
到着後、ミツコとジュンは2つの場所に寄りたかった。一つは、プレスリーの邸宅があったグレースランド。もう一つは、カール・パーキンスが曲を収録したサン・スタジオ。2人はグレースランドを目指して歩き始めた。しかし、到着したのはなぜかサン・スタジオだ。
この感覚でルックを眺めると、生地やシルエットと映画の「ざらつき」が重なって見えてくる。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
上下を揃えたブラックデニムルックは上半身を見ると、デニムジャケットの下に鮮やかなグリーンのスカジャンが覗く。スタイルの主役をはれるアイテム=スカジャンを、あえて隠す。マルチカラーのニットは、ボーダーの規則性から逸脱し、記号のように散らばる。緩やかなシルエットと相まって、配色の奔放さが際立って見える。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
スカジャンを主役に据えたルックもある。一着で十分な強度を持つはずのアイテムだが、それを覆い隠すように重ね着を施す。このねじれはボトムスにも引き継がれている。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
ボンテージパンツを穿いたモデルたち。膝をベルトで繋ぐパンクの象徴的パンツにおいて、腰回りを大きな布のフラップで覆うことは珍しくない。ダイリクのモデルたちも、パンク伝統のディテールを装着しているように見える。しかし、よく観察するとフロントを覆っているのはプリーツスカートに似た形状で、スコットランド伝統のキルトスカートを想起させる。
反逆の象徴として古い格式が混ざる。その矛盾にまた「ズレ」が生まれる。
「ミステリー・トレイン」の中にも、こうした不可思議なレイヤードは現れる。ミツコとジュンが泊まった寂れたホテル。ミツコは楽しそうにしていても、ジュンはいつも無表情だった。そんなジュンを、ミツコは本当に面白くない人と言う。会話から浮かんできたのは、なぜ二人は一緒にいるのだろうという疑問。しかし、その日の夜にミツコとジュンはベッドの上で身体を「重ねる」。
翌朝、出発の準備を始めるミツコはタンクトップを二枚、その上に半袖のTシャツを三枚、最後にライダースジャケットを「重ねる」。薄手のトップスとは言え、過剰な重ね着そのものが、映画に宿るユーモアの象徴だった。
映画全体には、深刻さと緩さが同居する不思議なリズムが流れている。第3話「LOST IN SPACE」では銃声が響くが、それでも緊張はすぐに緩和され、観客の口元に笑みが浮かぶ。深刻さと笑いが同居する「サイレントなユーモア」が、作品全体を貫いている。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
このリズムはコレクションにも引き継がれる。きちんと整えたワークウェアのセットアップが、凛々しさを遠ざける。黒いネクタイを締めても、重々しさには向かわない。ダイリクのジャケットはスウェットのように軽やかで、着る者の身体を自由にする。だからこそ、ダイリクを着た者は縛られない。エレベーターの床に崩れ落ち、怠惰に休むことも選択肢になる。

ダイリク2022年春夏コレクション
Image by: DARIKU
ダイリクは映画をテーマにコレクションを製作するが、それは映画の一場面を再現することではない。映画に残る余韻、肌に感じるざらつきを、ファッションに翻訳する。テーラードジャケットという、伝統のアイコンもサイレントなユーモアに引き込む。2022年春夏コレクションは、ダイリクと映画の関係性を表す一例である。
"How old am I?"──数奇な時間を服に映す
白内障で目が見えず、聴力も定かではない。生まれた時すでに八十代を迎えていた赤ん坊は、年齢を重ねるごとに若返っていく。人間の通常の成長とは逆に時間を遡る男性の一生を描いた映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」が、2026年春夏コレクションのインスピレーション源だった。コレクションタイトルは “How old am I?”。
原作は20世紀アメリカ文学を代表する作家、F・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald)の短編小説。映画は、死が近づく女性が入院する一室から始まる。冷たい光が灯す病室で、彼女のそばにいるのは娘。母に促されて一冊のノートを読み上げると、そこには秘められた過去が綴られていた。やがてブラッド・ピット(Brad Pitt)演じるベンジャミン・バトンの数奇な人生が浮かび上がってくる。
今回のコレクションに、登場人物の衣装をなぞるようなルックは見られない。そこにあるのは、ダイリクがこれまでも示してきた、歳月を経た柔らかさをまとうカジュアルウェアだ。色落ちしたデニムや不完全さを残すジャケットに、映画のモチーフがにじむ。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
映画の中で象徴的な存在となるのが「ボタン」。シャツやコートの前端を留める日常的な服飾資材が、ここでは運命を示す符号として立ち上がる。ダイリクはボタンをデニムシャツに散りばめた。花とも雪とも見えるように配されたボタンは、本来の役割を失い、装飾としてのみそこに存在する。その佇まいは、幼少時に同年代と同じ時間を共有できなかったベンジャミンの孤独な記憶を映しているようだ。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
黒い生地で仕立てられたスーツやオーバーオールには、しつけ糸が走る。本来なら取り除かれるはずの白い糸が、毛羽立ちを残したままアクセントとなっている。これらは映画で育ての母 クイニーがベンジャミンに伝えた「自分の道は自分で選ぶ」という言葉と重なる。役割を終えた糸にも価値を見出す。不要とされるものに新しい意味を与える。ダイリクの服は、何が価値と意味を持つのかを、自身の手で選び取っていく。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
ベンジャミンには幼馴染の少女がいた。ケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)演じるデイジーである。年齢差は6歳。外見は実際の年齢差以上の隔たりがありながら、二人の心の距離はとても近かった。だが、成長とともに環境も周囲の人も変わり、行き違いは避けられない。届くはずの想いが届かなくなる。
ベンジャミンとデイジーが結ばれたのは、彼が最も「普通の大人」に見える四十代。年齢と身体が釣り合ったわずかな時間だった。幸せな日々。子どもも生まれる。しかしベンジャミンは悟る。若返っていく自分には父親でいる資格がない、と。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
生成りと黒のロングスリーブニットには数多くのボタンが縫い付けられ、服のフォルムそのものを形作っていた。ボタンに引っかかるような編み地は緩みを生み、隙間から肌が覗く。人間の本心は見えるようで見えない。その不完全さがかえって服を生きたものにしていた。
老人として産まれた幼少期は苦しくとも、歳を重ねるごとに若返るのは利点があるようにも感じる。しかし、愛する人と同じ時間を過ごせない悲しみが物語を覆う。待っているのは赤ん坊へと戻る自分。外見は十代でも認知症に蝕まれ、赤ん坊に戻り、最後は言葉を交わすことができない。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
花柄が浮かぶジャケットは、膨らみのあるフォルムで身体を包み込む。ハイソックスにショーツ、頭にはスカーフ。少年と少女が同居する姿のようだった。フェミニンな要素が重なりながらも、漂うのは儚さと寂寥感。映画の本質を最も強く物語るルックは、この花柄ジャケットかもしれない。
2時間40分に及ぶ映画は、波はあれど静かな余韻を残す作品だった。老いから始まり、若返りを経て、最後は幼さに還る。切ない痛みが襲い、切ない痛みで終わる。決して幸せとは言えないエンディング。だからこそ、観賞を終えても心が静かに揺れ続けるのだろう。詩的な筆致で描かれた男性の一生は、まさに文学。「グレート・ギャツビー」を書いたフィッツジェラルドの才能が迸る作品だ。

ダイリク2026年春夏コレクション
Image by: DAIRIKU
2026年春夏コレクションもまた、色や素材にノスタルジーを漂わせ、全体に静けさを宿す。色落ちしたジーンズはグランジの粗さではなく、大切な時間を刻んだヴィンテージのように見える。ダイリクは登場人物のファッションを再現するのではなく、映画の物語と空気を、そして何より時間そのものを服へと翻訳している。
物語は、映像や言葉だけでなく、服にも宿る。スクリーンの外に持ち出された物語は、袖や裾の揺れ、色や素材の擦れと汚れに紛れ込み、日常のなかで静かに作用していく。ダイリクの服を着る時、私たちはただ装うのではなく、時間や感情の残響を身にまとっているのかもしれない。
映画が終われば照明は点き、観客は現実に戻る。しかし、服はその余韻を閉じ込めたまま、日常に滑り込む。夢を現実に繋ぎとめる小さな仕掛けとして。「物語を着る」とは、作中の人物を真似ることではない。そこに流れていた空気。語られた言葉。秘められた感情。それらを、服を通してもう一度立ち上げることだ。ダイリクは、そうした「見えない物語」を可視化するブランドである。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
最終更新日:
ADVERTISING
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング

ASICS×FASHIONSNAP Special Contents

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2026 Autumn Winter













