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NIGO®︎がケンゾーで編集する︎“存在しない記憶”

ファレル・ウィリアムスとNIGO®︎

Image by: FASHIONSNAP

ファレル・ウィリアムスとNIGO®︎

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ファレル・ウィリアムスとNIGO®︎

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 ファッションの世界では、デザイナーの個性がブランドイメージを決定づけることが多い。強いスタイルを持つ人物がクリエイティブディレクターに就任すれば、そのブランドは大きく方向を変える。クリエイションにおけるトップの交代は、しばしばブランドの刷新を意味する出来事として語られてきた。そうした文脈の中で見ると、「ケンゾー(KENZO)」におけるNIGO®︎の仕事は、少し意外に映る。

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 NIGO®︎は、ストリートカルチャーをルーツにキャリアを築いてきた人物だ。1990年代に「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」を立ち上げ、2010年には「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」を始動。グラフィック、ロゴ、キャラクターなど、カルチャーと密接に結びついたデザインでブランドを成長させ、ストリートウェアを世界的産業へと押し上げた立役者の一人である。

 2025年にHUMAN MADEが上場し、NIGO®︎への注目は改めて高まっている。ストリートシーンからブランドを立ち上げ、その世界観を長くディレクションしてきた人物は多くない。その意味でNIGO®︎は、現在のファッションシーンでも特異な立ち位置にいると言えるだろう。

ファレル・ウィリアムスとNIGO®︎

ファレル・ウィリアムスとNIGO®︎

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 だが、NIGO®︎がアーティスティックディレクターに就任して以降のケンゾーのコレクションは、こうした経歴から想像されるものとは少し違っていた。ストリートブランドのデザイナーがパリブランドを率いる。そう聞けば、多くの人はストリート色の強い刷新を思い浮かべただろう。だが、NIGO®︎が発表してきたコレクションは、むしろ静かなものだ。これまでのコレクションから見えてきたのは、新しいブランド像を作ることではなく、あたかも昔から存在していたかのような「記憶を作り出す」ことだった。ここでは、NIGO®︎がケンゾーを率いるために用いた3つの手法を紐解いていく。

ブランドの“記憶”を読み直す

 NIGO®︎がケンゾーで最初にコレクションを発表したのは、2022年秋冬シーズンだった。就任後初のショーということもあり、その内容は多くの関係者やファンから注目されていた。デビューコレクションの中で、NIGO®︎の姿勢が象徴的に表れていたルックがある。

ケンゾー2022年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2022年秋冬コレクション

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 ベレー帽をかぶったモデルは、ネクタイを締めたシャツにストライプのスラックスを合わせている。ベースは西洋的なテーラードの装いだ。しかし、その上に重ねているのは、日本の道服を連想させるアイテム。このスタイリングは、単なる和の引用ではない。西洋のテーラードと、日本的な衣服の構造が一つの装いの中で重なり合っている。

 この構成は、ケンゾーというブランドの出発点を呼び起こす。創業者の高田賢三は1970年代にパリでブランドを立ち上げ、日本的な色彩やモチーフ、シルエットを西洋の服飾文化の文法の中で再解釈した。異なる衣服の論理を一つの装いで重ねること。これこそが、ケンゾーの原点だった。

ケンゾー2022年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2022年秋冬コレクション

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 1970年代のケンゾーを想起させる要素も登場した。たとえば、NIGO®︎就任後に繰り返し登場することになる「ボケ フラワー(Boke Flower)」もこれにあたる。シンプルかつグラフィカルでストリートブランドのロゴのようにも見えれば、1970年代のケンゾーの装飾にも見える。その曖昧さこそが、このモチーフの魅力である。

 上2つのルックはセットアップだが、テーラードジャケットとスラックスの組み合わせではなく、ワークウェアによって構成されている。本来テーラリングの文法に属するセットアップを、ストリートで重用されるワークウェアで表現する。ここにもNIGO®︎の審美眼が見てとれる。

ケンゾー2022年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2022年秋冬コレクション

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 NIGO®︎の姿勢は、シルエットにも表れていた。日常的に着用できるカジュアルウェアを基盤にしている一方で、全体のバランスはパリブランドらしい落ち着いたムードに整えられている。ライダースジャケットにチェック柄のミニスカートを合わせたルックは、ストリートの要素を強く感じさせるが、横のボリュームは抑えられ、コンパクトな形とミニ丈のバランスによって端正に仕上がっている。

 チェックのワンピースにチェックのタイツを合わせたスタイリングは、非常にカジュアルだ。しかしストリートブランドのような強い主張はない。むしろ上品な空気をまとっている。

 コレクション全体に浮かび上がったのは、「抑制」という言葉だった。ストリートの引用を強く打ち出すのではなく、ブランドがもともと持っていた色彩やモチーフを用いながら、シルエットやスタイリングを現在の装いとして整えている。そこから、NIGO®︎によるケンゾーの方向性が読み取れた。

ブランドを現代語に翻訳する

 しかし、1年後に発表された2023年秋冬コレクションでは印象が変化し、ルック全体でストリートのムードを打ち出した。デニム、アノラック、フライトジャケット、トラックスーツ。日常的なカジュアルウェアをコレクションの中心に据え、スタイリングもよりラフな方向へと舵を切った。しかし、単なるストリートスタイルの提案とはならないのがNIGO®︎によるケンゾーの面白いところだ。

 ルックを注意深く観察すると、そこにはもう一つの存在が浮かび上がってくる。フォークロアの気配である。

ケンゾー2023年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2023年秋冬コレクション

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 ニットに目を向けると、民族調の模様を編み込んだデザインが登場する。幾何学的な柄は、伝統的なニットウェアを思わせるフォークロアの文脈を感じさせる。

 フォークロア性は、頭部のスタイリングによってさらに強調されている。グレーのカーディガンのルックでは、耳当て付きのニット帽を合わせている。タッセルが垂れ下がるこの帽子は、アンデス地方の民族帽子「チューロ」を思わせる形状で、ニットの柄と呼応している。

 一方、ノースリーブニットのルックでは、頭部を覆うバラクラバが登場する。中東やロシアなど寒冷地の防寒具をルーツとするアイテムだが、ここでは鮮やかな配色によって、ポップな印象に変換されている。

 民族衣装や寒冷地の装いを参照しながら、そのまま再現するのではなく、色彩やスタイリングによって都市的ファッションへと置き換えている。フォークロアのディテールを残しながら、全体の印象は現代的なストリートウェアとして成立しているから不思議だ。

ケンゾー2023年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2023年秋冬コレクション

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 フォークロアにおいてレイヤードは重要な要素。民族服は寒冷地や農村の実用的な防寒着として発達したため、重ね着を前提としている。同コレクションではその構造もファッションに変換してみせた。

 通常のレイヤードは、異なる素材や丈を重ねることでシルエットに軽さを生むことが多い。しかしケンゾーで見られたのは、むしろ「重さを強調するレイヤード」だ。羽織のようなシルエットのアウターをストライプのセットアップの上に重ねたルックは、重ねるというより「まとっている」という感覚に近い。

 キルティングベストとフェアアイルニットの組み合わせは、どちらもボリュームのあるアイテムを重ねており、軽量化する意図は感じられない。デニムやコーデュロイといった日常的な素材を用いており、シルエットもあくまで現代的だ。しかし、異なる文化や衣服の背景を持つ要素を重ね合わせるスタイリングには、フォークロア的なファッションの発想が確かに残っている。

ケンゾー2023年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2023年秋冬コレクション

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 この感覚は、ケンゾーの歴史と深く共鳴している。高田賢三はかつて、民族衣装やフォークロアの要素を積極的にコレクションへ取り込んだ。それは学術的な参照ではなく、異なる文化の衣服が持つ色彩や形への純粋な親しみから来るものだった。NIGO®︎が2023年秋冬で見せたのも同じアティテュードに近い。ただし舞台は、民族衣装からストリートウェアへと移っている。

ケンゾー2023年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 2023年秋冬コレクションで目指したのは、かつてのケンゾーの再現ではない。ブランドが生まれた時代のファッションの感覚を現代のストリートの文法の中で語り直し、「ケンゾーを現代語に翻訳する」ことだ。赤や黄色といったヴィヴィッドなカラーパレットも、ストリートスタイルの中で機能している。

ブランドの歴史に新たな要素を重ね合わせる

 NIGO®︎によるケンゾーのアイコンとも言えるのが、デビューコレクションでも言及した花のモチーフ「ボケ フラワー」である。

 このシンプルなグラフィックは、NIGO®︎がアーティスティックディレクターに就任して以降、さまざまなコレクションやプロダクトに繰り返し登場している。スウェットやニット、アワードジャケット、アクセサリー。アイテムの種類を問わず、全体に使用されることもあれば、ワンポイントして使用されることもあった。

ケンゾー2024年秋冬コレクション

Image by: Courtesy of KENZO

 このモチーフはケンゾーのアーカイヴに存在していたものではない。NIGO®︎が新たにデザインしたもので、いわば現在のケンゾーのために生み出された“新記号”である。

 それにもかかわらずこのモチーフには、昔からケンゾーに存在していたかのような空気がある。丸みを帯びた単純な形は、グラフィックとして非常に現代的でありながら、同時にブランドが長く用いてきた花のモチーフとも自然に接続している。ケンゾーの歴史を知る人にとっても違和感はなく、むしろブランドの延長線上にあるイメージとして受け取られるだろう。

ケンゾー2025年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ケンゾー2025年秋冬コレクション

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 ストリートブランドにおいて、グラフィックやロゴは非常に重要な役割を果たす。ブランドの世界観を一目で伝え、アイテムを記号化するからだ。NIGO®︎自身も、「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」や「ヒューマン メイド(HUMAN MADE)」でそうした手法を用いてきた。

 ケンゾーにおいてNIGO®︎が採用した3つ目の手法は、そのストリート的なグラフィック文化をブランドの歴史に重ね合わせることだった。ブランドが積み重ねてきたイメージに、新たな要素を組み合わせる。ボケ フラワーというモチーフは、その方法を最も端的に示す例なのである。

過去と現在を接続する「編集者」

 ここまで見てきたように、NIGO®︎によるケンゾーの仕事は、一般的な「デザイン」とは少し性格が異なっている。

 多くのディレクターは、就任すると自分のスタイルをブランドに持ち込み、新しいイメージを作ろうとする。しかしNIGO®︎のケンゾーでは、そうした強い自己主張はあまり前面に出てこない。

2026年秋冬コレクション

2026年秋冬コレクション

Image by: KENZO

2026年秋冬コレクション

2026年秋冬コレクション

Image by: KENZO

 1月に発表された2026年秋冬コレクションでは、ケンゾーのスタイルの根底にあった感覚が顕著に表れていた。東洋の衣服の感覚を洋服の文法の中で語ること。色彩を尊重しながら軽やかな印象を作り、同時に品格も保つこと。そうしたケンゾーのスタイルが、デニムやカジュアルウェアといった現代的な衣服の上で自然に成立していたのである。NIGO®︎はケンゾーの「作者」ではない。あくまで“存在しない記憶”を紡ぎ、過去と現在を接続する「編集者」である。

AFFECTUS

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。

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