フレグランスの魅力とは、単に“匂い”だけじゃない。どんな思いがどのような香料やボトルに託されているのか…そんな奥深さを解き明かすフレグランス連載。
第26回は、調香師ジュリー・マッセ(Julie Massé)にインタビュー。「ジル サンダー(JIL SANDER)」の「オルファクトリー シリーズ1」全6種のうち2種を手掛けた彼女が、クリエイションの裏側を語ってくれた。

ジル サンダー「オルファクトリー シリーズ 1」。左から:コーヒー、ブラック ティー、リーフ、スモーク、アース、ミエル オード パルファム(各100mL 4万3780円)
Image by: JIL SANDER
ADVERTISING
2025年上半期はプレミアムフレグランスが目白押しだったが、その先陣を切ったのがジル サンダーの「オルファクトリー シリーズ 1」。ジル サンダーのデザインコードを5人の調香師がそれぞれの感性で創作した、6つの香りのコレクションだが、うち2つの香りを創作したのがジュリー・マッセである。
ジュリー・マッセは化学の学位を持ち、名調香師ピエール・ブルドン(Pierre Bourdon)の下で学んだ最後の生徒のひとり。彼女もまたvol.25のリン・ハリス(Lyn Harris)同様、ジャン・カール(Jean Carles)のメソッドをブルドンから習得している。

調香師のジュリー・マッセ。父親の仕事の関係で東京・六本木で生まれ、家族とともに5年を過ごしたのちフランスへ戻り、調香師への道を歩む
Image by: Matthieu Dortomb
「香りは言語であり、調香は人生の芸術的ヴィジョンを翻訳する作業である」というジュリーだが、彼女は「ジル サンダー」というブランドをどう翻訳しようと考えたのだろう?
「シンプルでミニマル、構築的で細部にわたるまで正確、なのに身にまとうと心地いい。このブランドのDNAとリンクする香りを作ろうというクリアなアイデアが当初からありました。それは“少ない原料で作る”という意味ではありません。複雑さを奥に秘めながら、あくまでもシンプルでエレガントで洗練されていて、細部まで柔らかく香る、そんなイメージです」

ボトルデザインはミラノとロッテルダムを拠点に活躍するデザインスタジオ、フォルマファンタズマ(Formafantasma)が手掛けている。左右非対称のガラスボトルに白のアルミ製キャップにもジル サンダーのデザインコードが貫かれている
Image by: JIL SANDER
ジュリーが手掛けた香りのひとつ「アース(EARTH)」は、数年前のコレクションが着想源だという。
「真っ白な会場に敷き詰められた苔のランウェイをモデルが闊歩する。そこに自然があり、そのコントラストに惹かれました。しっとりとした森の中、あるいは雨の中を歩くような、湿度感のある匂い。そこで思い出したのが、日本で食べた松茸の香り。それをコンセプトにローズとパチョリをブレンドして、服のディテールの心地よさが感じられるように、シンプルに美しく仕立てました」

アップサイクルしたダマスクローズのアブソリュートエッセンス、グラース産センティフォリアローズ、二酸化炭素抽出によるパチョリの葉にアルデヒドを組み合わせたシプレローズアコード
Image by: JIL SANDER
もうひとつの「リーフ(LEAF)」の着想源は、祖母の家の庭で育てられていたトマトだ。
「グラースに住む祖母の家の庭にはたくさんのブラッククリムトマトが植えられていて、夏の間はいつも収穫を手伝っていました。その思い出をもとに作った、青々しく爽やかな香りです。エレクトリックなアルデヒドでトップを鮮やかに包み込み、生き生きと香らせています」

アップサイクルしたキーライム、二酸化炭素抽出によるカルダモン、インド産コーンミントのブレンドにアルデヒドを加えてシトラスの輝きを引き立たせたシトラスグリーンアコード
Image by: JIL SANDER
オルファクトリー シリーズ 1で特徴的なのは、すべての香りにアルデヒドを用いていることだ。
「アルデヒドは合成香料のひとつでさまざまな種類がありますが、トップに使用することでそれぞれの香りの特異性を強調できるんです。例えばリーフではエレクトリックで弾けるような爽やかさと野菜的な側面を引き出すもの、アースでは自然な湿度感を際立たせるものを採用しています」

地球環境への配慮にも抜かりはない。香料にさまざまなアップサイクル原料を用いるほか、すべての香りにアルミボトルのリフィルを用意。全6種(各200mL 5万5220円)
Image by: JIL SANDER
ところで驚くことに、ジュリーは東京生まれである。オフィスにはたくさんの折り紙やだるまが飾られている。
「そう、六本木で生まれ育った“江戸っ子”なの(笑)。だから日本は私にとって第二の故郷、私のアイデンティティの一部でもある大切な場所。今でも仲良しの友人がいて日本に来た時はそこに泊まるんだけど、3世代が同居していて、おばあさまが料理を振る舞ってくれたりします。見たこともない料理だったりするけれど、香りや風味というのはとても強く記憶に残るものなので、心から味わうことができます」
2人の子どものミドルネームに日本語の名前(イッセイとアイコ)をつけるほど、日本への思いは深い。
「調香をする時、日本の作法を思い出すことがあるんです。例えばギフトラッピング。テープなどを使わずに完璧に美しく包装できるのは日本だけだと思う。そしてフレグランスもこうあるべきだと思うんです。余計なものを使わずに、いかに美しく、意図をもって香らせられるか。日本の文化や美意識、精神性には本当にいつもインスパイアされるのです」
最終更新日:
ビューティ・ジャーナリスト
大学卒業後、航空会社、化粧品会社AD/PR勤務を経て編集者に転身。VOGUE、marie claire、Harper’s BAZAARにてビューティを担当し、2023年独立。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修了、経営管理修士(MBA)。専門職学位論文のテーマは「化粧品ビジネスにおけるラグジュアリーブランド戦略の考察—プロダクトにみるラグジュアリー構成因子—」。
◾️問い合わせ先
ジル サンダー:公式サイト
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【人に教えたくなるフレグランスの話】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング