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【インタビュー】自分を双子に ロエベが注目した日本人アーティストfumiko imanoとは?

 ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)がクリエーティブディレクターに就任して以来、「ロエベ(LOEWE)」が毎シーズン発表しているコレクタブルブックに、日本人アーティストが起用された。fumiko imanoは、現在日本在住の43歳。セルフポートレートをコラージュすることで自らを双子に見立てた「Twins」シリーズは彼女の代表作で、コレクタブルブックでもこのシリーズが踏襲された。一気に脚光を浴びることとなった新星アーティストの原点を探る。

- 幼少期はブラジルに住んでいたそうですね。

 そうなんです。2歳から8歳までの6年間ですが、物心付いた時にはブラジルだったので日本のことを知りませんでした。日本人としてブラジルで暮らし、帰国するという出来事がなければアイデンティティークライシスは起こらなかったと思います。

- 写真を始めたのはいつ?

 16歳くらいです。おばあちゃんにオリンパスの古いカメラを貰ってから興味を持ちました。実は帰国してから23歳くらいまでは、ブラジルに戻りたくて家族アルバムを見続けていて。そのせいか、自分の写真は両親が撮ってきた80年代のスタンダードな家族写真がベースになっているように思います。

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- セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins )に進学したのはなぜ?

 大学卒業後は英語圏でアートを学びたくて、留学すると決めていました。アメリカは危険だということで、イギリスに行くつもりで、その頃たまたま行ったイギリス大使館主催の留学フェアでもらった留学本にセントラル・セント・マーチンズが載っていて。アート学校ですし、基礎コースにすぐに受け入れられたので進学しました。当時はインターネットもなかったので詳しい情報があまりなくて、実際行くまではよく知らなかったですね。

- 何を専攻していたのでしょう?

 セントラル・セント・マーチンズではファウンデーションコースに1年、その後BAのファインアートで1年勉強しました。ただ、学べば学ぶほどアートに対する疑問が湧き、今後これで稼ぐのは大変だと思い、同じインスティテュート内のロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion)のファッションスタイリング&フォトグラフィーコースに移ることにしたんです。ジョナサンも、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション出身と聞いてびっくりしました。

- 今の作風はいつ確立したのですか?

 これでやっていこうと決めたのは2002年の南仏でのイエール国際フェスティバルの写真部門にセルフポートレート作品が入選してからです。ファインアートからファッションフォトのコースにいったものの、若かったこともあって、エゴや自分の作品に対する執着心が強く、ファッションフォトはコラボレーションなのにそれを受け入れられなかったんです。クレジットを独り占めしたいというか、そうでないと自分の作品だと思えなかったので、全て自分でやればいいという自給自足的な形でセルフポートレートの作品を作るようになったのがきっかけでした。

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- 自分を双子のように並べるというアイデアはどこから?

 2000年頃に自分が撮影した写真を組み合わせたら偶然双子みたいになって、その時は「あー、おもしろいな」としか思ってませんでした。その後ロンドン留学から帰って、学生としてずっと生きていたのに自分の国に戻って来て、気づけば私は27歳。大人の女性として生きていかなきゃいけないのに、日本の雑誌社を回っても受け入れられることがなく悩んでいた時に、「もし、自分が2人いたら助け合って楽しく生きていけるのに」と思って、日常生活の中で双子の写真を作り始めたんです。これを続けているのは、双子が出来るたびに自分でそれを見て笑うことができたからです。

- 今回の撮影はどうやって実現したのでしょうか?

 留学中の2002年にロンドンでM/M(Paris)に出会って、その後偶然何回か会う機会があって連絡を取り合っていたんです。「いつかM/M(Paris)と仕事ができたらいいな」とずっと思っていたんですが、M/M(Paris)のミカエル・アムザラグ(Michael Amzalang)から突然、今回の撮影の連絡がきたんです。今は都心に住んでおらず、若い頃みたいに色々とチェックしてなかったので、ロエベがジョナサンとM/M(Paris)の手で新しく生まれ変わってることも知らなくて。オファーを受けて色々と見ているうちに、伝統と斬新なアイデアの融合がとても素晴らしいと思いました!

- 作品作りはいつどこで?

 ショーの前日に会場のユネスコ本部で撮影することは決まっていて、モデルはサスキアということだけが知らされていて。まずは自分が着る服のフィッティングをして、今シーズン一番好きなチェックのドレスとリバティープリントのドレスを選びました。その後にユネスコに行って写真を撮影し、撮影当日の朝にM/M(Paris)とスタイリストのベンジャミン・ブルーノ(Benjamin Bruno)とミーティングをして撮影にのぞみました。M/M(Paris)が見守ってくれている中、好きなように制作させてもらうことができました。

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- フランスパンのショットが印象的でした。

 元々、2005年にエッフェル塔の前でバゲットをバイオリンとフルートに見立てて撮影した双子の作品「baguette orchestra」を発表していて。「フランスと言えば」という単純なコンセプトからバゲットを使ったのですが、今回もエッフェル塔の前だしサスキアともやってみたいなと思ったんです。バゲットで戦ってる作品はユネスコの壁が要塞みたいだったのでここでサスキアと戦ったら面白いんじゃないかなというアイデアからでした。バゲットはフランスの象徴的な物だし、それで戦っても、すごく平和だから!

- ジョナサンも最後のページに登場していましたね。

 ジョナサンに初めて会ったのはこの撮影のフィッティングの時でした。静かでとてもチャーミングな人で、クリエーターをちゃんとリスペクトしている人だと思いました。

-作品とファッションとの関係は?

 90年代の終わりから2000年初期にロンドンでファッション雑誌を見て来たし、ファッションフォトグラファーを目指した時期もありました。マーク・ルボン(Mark Lebon)のもとでアシスタントをしたり、マラヤン・ペジョスキー(Marjan Pejoski)のもとではパリコレのアートワークを、シャルル・アナスタス(Charles Anastase)のもとではジュエリー制作やコレクションの撮影をしていました。関わってきた分、影響はすごく大きいと思います。ファッションはいつも隣合わせて存在してきたものだと感じています。

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- 今後の目標は?

 43歳になって、ジョナサンがデザインするロエベのパブリケーションをM/M(Paris)のディレクションのもと、撮影できたことは素晴らしいことだと思います。今回のような仕事をこれからもしていきたいし、常に楽しくあれたらいいと思います。


(聞き手:高村 美緒)