

昨年12月にジョン・ガリアーノ(John Galliano)の退任が発表されて以来、クリエイティブディレクター不在が続いていた「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」。しかし、今年1月、ついに後任が発表された。その名はグレン・マーティンス(Glenn Martens)。
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彼の名が世の中に広く知れ渡るようになったきっかけは、2013年に急逝した創業者ヨハン・セルファティ(Yohan Serfaty)の後を継ぎ、「ワイ・プロジェクト(Y/PROJECT)」のクリエイティブディレクターに就任したことだった。近年は、2022年春夏シーズンから手掛けている「ディーゼル(DIESEL)」での成功が、彼の知名度と人気をさらに押し上げている。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight
「ワイ・プロジェクト」で発表されるコレクションでは捻れた造形が多用され、ルックに厚みと迫力を生むそのツイストフォルムは、マーティンスの代名詞と呼べる存在となっている。そのデザインはクワイエットラグジュアリー全盛の現代とは異なる、衣服の構造に果敢にチャレンジする1990年代のモードを呼び起こす。


「ワイ・プロジェクト」2021年秋冬コレクション
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この造形センスがアンダーグラウンドに表現されてきた「ワイ・プロジェクト」は、暗く澱んだ世界に潜むエレガンスを見出し、マーティンスはファッションにおける美の概念もツイストしていく。
彼が持つ唯一無二の個性は世界から高く評価され、「ワイ・プロジェクト」の卸先ショップ数は急拡大。2016年にはLVMHプライズのファイナリストにも選出された。そして2020年、イタリアのブランド「ディーゼル」のクリエイティブ・ディレクターに就任し、その評価をより確かなものにした。
イタリアの地でマーティンスの創造性はさらに磨かれていく。「ワイ・プロジェクト」でも披露されていた、錆びと汚れが支配する退廃的世界観がさらに深まっていくと、並行して未来のアンダーグラウンドと言えるデニムスタイルが登場し始めた。
自身の世界を拡張してきたマーティンス。果たして「メゾン マルジェラ」でもその拡張は続くのだろうか。彼がどんな世界を構築するのか、非常に興味深いところだ。そこで今回は、マーティンスの才能を「ディーゼル」のコレクションを通じて解説し、最後に「メゾン マルジェラ」との親和性について考えてみたい。(文:AFFECTUS)
“腐敗させたリアルクローズ”に潜むクリエイティビティ
「ディーゼル」のディレクターに就任したマーティンスが描く世界は、大きく二つに分けられる。ひとつは、「ワイ・プロジェクト」時代から続く朽ちゆく美を映し出す退廃的な世界。もうひとつは、未来的でありながら耽美なエレガンスを湛えた、アンダーグラウンドな世界だ。ここでは、前者に焦点を当ててみよう。
2021年6月、マーティンス体制の「ディーゼル」はショートフィルム形式でデビューを果たした。2022年春夏コレクションでは、彼がこれまで培ってきたテクニックと、ブランドが誇るデニムウェアの融合が軸となった。


「ディーゼル」2022年春夏コレクション
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徹底的にブリーチされたデニム生地、重ね穿きしたように見えるジーンズは、レーザープリントによって表現されたトロンプルイユだった。デニムで加工といえば、生地に直接施すのがスタンダード。だが、マーティンスは騙し絵のテクニックを用いて、デニム加工の概念そのものを書き換えた。
ただし、デビューコレクションの退廃美は、あくまでこれまでマーティンスが取り組んできたデザインの延長線上にあった。進化の兆しが見え始めるのは、翌シーズンの2022-23年秋冬コレクションだ。


「ディーゼル」2022年秋冬コレクション
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まるで時間が一気に凝縮され、朽ち果てていくような素材は、縦と横に広がるワイドシルエットと相まって、よりダイナミックな存在感を放つ。「ディーゼル」におけるマーティンスの顕著な変化は、代名詞ともいえるツイストフォルムがほとんど姿を消したことだ。


「ディーゼル」2022年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
「ワイ・プロジェクト」の有機的なシルエットから、直線的なフォルムへ。しかし、構造がシンプルになったことで、私たちの視線は素材の加工へと向かう。
「見て欲しいのは形よりも素材」
そう語るかのように、彼の退廃美はさらに研ぎ澄まされていく。


「ディーゼル」2023 年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
ダメージ加工という表現では生温い。もはや服の表面には、元の素材感がほとんど残されていない。グランジを超えたスーパーグランジとでも呼ぶべきパワフルなデニム加工は、もはや長い時間、土中に埋もれていた歴史的な衣服といってもいい仕上がりだ。
このコレクションを見ていると、フセイン・チャラヤン(Hussein Chalayan)の卒業制作を思い出す。セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)在学中、チャラヤンはシルクのドレスを数ヶ月間土の中に埋め、腐敗のプロセスを研究した。その結果生まれたのは茶褐色に染まり、まるで時間が形になったかのようなドレス。
マーティンスのデニムも、同じように腐敗を想起させる。しかし、チャラヤンが扱ったのはシルクという高級素材であり、芸術性を帯びていたのに対し、マーティンスはデニムというカジュアルな素材を選び、日常の服として成立させている。チャラヤンの腐敗がアートなら、マーティンスの腐敗はリアルクローズといえよう。そんな自由な解釈を許す創造性こそ、彼の「ディーゼル」が持つ魅力だ。
2023-24年秋冬コレクションに話を移そう。このシーズン、加工はさらに激しさを増し、ファッションの伝統的な概念ラグジュアリーに楔を打ち込んだ。

「ディーゼル」2023 年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
最高級の素材を、最高の技術で仕上げるラグジュアリーの概念とは対極にあるファッション。錆びと汚れによって侵食された服を最新スタイルとして発表した。
改めてマーティンスの「ディーゼル」を振り返り気付かされたのは、彼の最大の特徴は、ファッションの概念そのものをツイストさせる点にあることだ。
「ディーゼル」のクリエイションは、贅沢や高級感とは無縁。そのことは、2024-25年秋冬コレクションでも証明されている。新品や上質といった価値から、どれだけ遠ざかることができるか。そんなファッションこそ、マーティンスの本質だ。


「ディーゼル」2024 年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
服の価値を失わせるデカダンな加工が、毎日着るカジュアルウェアに特別な存在感を創り出す。「ディーゼル」のDNAであるデニムは、マーティンスの才能と見事にシンクロしている。意識が向けられるのは服の加工だけではない。服の「文脈」そのものにも目を向けさせるパワーが「ディーゼル」にはある。
“エレガンスの実験家”マーティンスがマルジェラを担うに相応しい理由
マーティンスが描くもう一つの世界、耽美なエレガンスを備えた近未来のイメージは、前述の退廃美と並行する形で少しずつ現れ始めた。最初の兆候が見られたのは2022-23年秋冬コレクション。登場はあまりにも唐突だった。


「ディーゼル」2022 年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP
服だけでなく、肌の色まで鮮やかに統一されたルック。未知の惑星からの来訪者が地球のストリートウェアをまとっているかのような、不思議で奇妙な違和感が迫ってくる。


「ディーゼル」2022 年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP
このシーズンでは約60のルックが発表されたが、特殊なメイクを施したルックはわずか4つ。では、翌2023年春夏コレクションではさらに近未来的なルックが増えたのか。答えは逆だ。全く登場しない。
再び現れたのは、1年後の2023-24年秋冬コレクション。しかし、その数は72ルック中わずか2ルックに減少していた。


「ディーゼル」2023 年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
手法は前回と同じく、肌を艶やかな色彩でメイクし、現代のカジュアルスタイルに退廃的な加工を施したもの。テーマを持って実験を繰り返す研究者と同様に、マーティンスも時間をかけて新しいデザインを試しているようだった。
次シーズンの2024年春夏コレクションでも特殊メイクが継続され、その数は全73ルック中7ルックへと増加。艶やかな色彩メイクに加え、新たに発表されたのが「コンクリートメイク」とも呼びたくなるルックだった。


「ディーゼル」2024 年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
グレーで肌も服も統一され、以前よりも激しさを増したメイクと加工。石化した人間なのか、それとも石の質感を持つ異星人なのか。フィクションの世界観が、より鮮明に立ち上がる。
そして1年後の2025年春夏コレクションでは、数シーズンに及んだ実験と検証を終えたかのように、マーティンスは近未来世界を壮大に作り上げる。モデルのメイクだけでなく、会場演出にも大々的な仕掛けを施し、自らのイメージを具現化する舞台を完璧に整えた。

「ディーゼル」2025 年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
床に注目してもらいたい。アスファルトで舗装された地球の都市とは全く異なる表情。これは1万4800キロものデニムの端切れが敷き詰められたものだった。
地球から遠く離れた惑星だからといって、文明が地球より発達しているとは限らない。私たちが住む星よりも過酷な環境の星があっても不思議ではない。SF物語を書く小説家と同じく、マーティンスは見る者の想像力を刺激した。
このコレクションでは、鮮やかな色で肌を塗るメイクは登場しない。その代わりに、スカラレンズを使用し、瞳の色や黒目の大きさを変える演出がなされた。無機質な光を宿したモデルたちの瞳には、異星人を彷彿とさせる神秘性が滲む。
荒涼としたフロアの演出と呼応し、服にはプリミティブなディテールが際立つ。その象徴がフリンジの多用だ。


「ディーゼル」2025 年春夏コレクション
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ジーンズを引き裂き、フリンジ状にする。あるいは大量のフリンジをアクセサリーのようにあしらう。民族衣装的テクニックを取り入れたデザインが際立ち、荒れ果てた大地を歩くモデルたちの姿は、「この惑星の服にはフリンジが欠かせない」とでも言わんばかり。
現実的な視点でコレクションを見てみると、服のシルエットがさらにシンプル化していることに気づく。「ワイ・プロジェクト」で特徴的だったツイストフォルムは完全に消失した。


「ディーゼル」2025 年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
マーティンスのように、フューチャリスティックな視点で制作するデザイナーは他にもいる。代表的な存在として、リック・オウエンス(Rick Owens)が挙げられ、彼のコレクションもまたSF的な世界観を想起させる。ただし、「ディーゼル」との相違点はある。それはシルエットだ。
オウエンスは未知のイメージに合わせ、服の造形も異形に仕立てる。極端に誇張された肩のラインは、代表的なデザインと言っていい。別の惑星から来た宇宙人たちが、地球のファッションを気に入り、自分たちの体に合わせた服を地球人に作ってもらった。オウエンスのコレクションを見ていると、そんな物語が頭の中に描かれていく。
一方、マーティンスは服の造形を誇張させない。あくまでシンプルな形にとどめ、素材の加工を特徴にしている。近未来のファッションデザインという文脈で見た時、マーティンスはシルエットで差別化を図っているのだ。
「ディーゼル」のディレクター就任以降のマーティンスは、自身の武器(ツイストフォルム)に固執することなく、時間をかけて新しい表現を試みてきた。それは“エレガンスの実験家”と呼べる資質だ。この資質を証明したからこそ、マーティンスは「メゾン マルジェラ」のディレクターに相応しいと言えるだろう。
グレン・マーティンスの「メゾン マルジェラ」に求められるもの
今でこそマーティンスは「メゾン マルジェラ」の新ディレクターの資質があると考えているが、マーティンス就任の報を聞いたときは、少し意外に感じた。彼にはアンダーグラウンドなストリートウェアを手がけてきた印象が強く、ジョン・ガリアーノが築き上げたドラマティックなマルジェラ像とは異なるように思えたからだ。
しかし、「ディーゼル」でのコレクションを改めて振り返ると、むしろガリアーノよりもメゾンとの親和性が高いのではないかと感じ始めた。
メゾンの創始者マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、服から服を発想する研究者だった。トルソーをベストに転換する、極端にオーバーサイズのトレンチコートを作りビッグシルエットの可能性を探る、人形の服を人間サイズに拡大し、そこに生じた誤差すらデザインとして活かす。マルジェラは、服の常識に新たな視点を投げかける数々の実験を行ってきた。
マーティンスも「ディーゼル」において、ファッションの概念を刷新しようとしている。その資質を考えると、彼が手掛ける「メゾン マルジェラ」は創始者の思想に近づくのではないか。「回帰」と言い切るのは早計かもしれない。それでも、マルジェラ的な服作りのアプローチが再び見られるのでは、という期待が高まっている。
もちろん、同じものにはならないだろう。マーティンスのことだ。ダークなムードのマルジェラスタイルが生まれるかもしれない。しかし、それでいいのではないか。
新ディレクターに求められるのは、過去をなぞることではなく、リスペクトを持ちつつ新たなブランド像を築くこと。その意味で、マーティンスの挑戦は楽しみでしかない。今はただ、彼のデビューの日を待つばかりだ。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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