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新クリエイティブ・ディレクターの就任はファッション界では常に注目のニュースで、ある種のエンターテイメント性を帯びている。ファッションには、服を見たり着たりする以外にも楽しみがある。「あのブランドのディレクターには、いったいどんなデザイナーが起用されるのか」。メディアを賑わすデザイナーの名前に一喜一憂することもファッションの一部であり、楽しみであることをモードファンは知っている。
ふと、昨年9月に退任が発表された一人のデザイナーの名に、感慨深い思いが浮かぶ。感傷的な気持ちを呼び起こしたデザイナーの名は、サラ・バートン(Sara Burton)。彼女ほどハードな状況の中で、クリエイティブ・ディレクターに就任したデザイナーはいなかっただろう。(文:AFFECTUS)
2010年2月、「モードの反逆児」とも称されたアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)は、40歳の若さで自ら命を絶った。ロンドンの労働者階級に生まれ、弱冠27歳で「ジバンシィ(GIVENCHY)」のデザイナーに抜擢された天才の早すぎる死は衝撃だった。
センセーショナルな知らせは、悲しみと同時に、ブランド「アレキサンダー・マックイーン」が終了してしまうのではないかという不安をもたらした。だが、その心配は杞憂に終わる。マックイーンの死から3ヶ月後の2010年5月、当時ウィメンズウェアのヘッドデザイナーだったサラ・バートンのクリエイティブ・ディレクター就任が発表され、「アレキサンダー・マックイーン」の歴史は受け継がれることになった。
以降、バートンは精力的にコレクションを発表し続け、自身とブランドの価値と評価を高めていく。2012年にはイギリスのファッション業界への貢献が認められ、大英帝国勲章(OBE)も授与された。そして、偉大な功績を築き上げたバートンの歴史は、2023年10月に発表した2024年春夏ウィメンズコレクションをもってエンディングを迎えた。
現在、「アレキサンダー・マックイーン」は「マックイーン」に名称を変更し、新クリエイティブ・ディレクターのショーン・マクギアー(Seán McGirr)指揮のもと、新たな歴史を歩み始めている。
しかし、今回は偉大なデザイナーとして、13年以上に及ぶバートンの歩みを振り返りたい。クリエティブ・ディレクターに就任したバートンは、困難な状況さえも創作の糧にするかのごとく、エネルギッシュなスタイルを次々と発表してきた。
どんなスタイルもエレガントに魅せる、バートンの真骨頂
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バートンが手がけた13年分のコレクションを見ると、パンクテイストが繰り返し何度も登場することに気づく。特にメンズコレクションでは、それが顕著だった。中でも印象的なのは、2018年秋冬メンズコレクションだ。
端正なシルエットのスーツを着たモデルたちがランウェイを歩く姿は、サヴィルロウの老舗ブランドを訪れる、ダンディな男たちのスーツスタイルとは明らかに大きく異なる。
細身でウエストの絞りが効いたチョークストライプのスーツは、白いシャツと太いノットの黒いネクタイがセット。その3アイテムだけを取り挙げれば、メンズウェアにおける普遍の構成と言えるだろう。
しかし、モデルは白いシャツの上から臙脂色のアーガイルニットをレイヤードし、左耳にピアスをつけて、ブリティッシュテーラードをパンキッシュに更新する。
ニット&シャツというトラッドスタイルを強調したモデルにも、やはりロンドンパンクが咲き誇る。オーバーサイズのVネックニットは、ブラック×レッドのアーガイル柄が鮮烈で、編み地の表面を斜めに走る白いステッチが厳格なクラシックの緊張感を崩す。
モデルはシャツの上からネックレスを身につけ、このルックでもアクセサリーが存在感を放つ。着たい服、身につけたいアクセサリーがあるなら、服装のルールなど無視してすべて纏えばいい。バートンのコレクションからは、リズムが自由に鳴り響く音楽が聴こえてくる。
テーラードの王道でもあるダブルのスーツも発表されるが、その佇まいはどこかストリート的だ。硬くフラットに仕上げられたショルダーラインは逞しく、せり出した肩先からウエストにかけての急激なシェイプも澱みなく滑らか。腰回りを包む込むシルエットはセクシーと言うほかない。
芳醇な色気が香るジャケットに対し、パンツは脚を細くも太くも見せないシンプルなストレートシルエット。パンツ丈も短く、足元には白いスニーカーを合わせて軽快だ。スーツという一つのアイテムの中で、クラシックとストリート、カテゴリーの異なるスタイルが違和感なく同居している。
ここで一旦、意識を2024年の現在に戻そう。昨今、アウトドアやトラッドといった服装のカテゴリーに捉われず、1つのルックの中に複数のスタイルを融合させるデザインが散見される。マリーン・セル(Marine Serre)や、「ミュウミュウ(MIU MIU)」におけるミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)が代表的なデザイナーと言えるだろう。
二人のデザインには混沌が形作られている。たとえば「ミュウミュウ」なら、白いシャツを第一ボタンまで留め、コンパクトな形のグリーン色のカーディガンを合わせたら、ボトムには水着のビキニショーツを穿かせてモデルをランウェイに送り出すだろう。
不調和こそ正義と訴えてかけてくるセルやミウッチャの「ミュウミュウ」は、エレガンスではなくパワーをデザインするかのようだ。美しさで人の心を震わすことよりも、圧倒的圧力で人の心を震わす。そのためには、調和が美しいデザインではおとなしすぎる。一見、矛盾に思える手法は理に適っているのだ。
翻ってバートンが手がける「アレキサンダー・マックイーン」は、異なる複数のファッションを混ぜ合わせても、品格あるエレガンスに統一されていた。
チェスターコートのシルエットには一部の隙もない。力強いショルダーライン、スリムな袖の形状、ピークドラペルから前端、前端から裾につながるシャープなカッティング、コートのどこを見ても奇抜さは見当たらない。ただし、その普遍的な形は最良のバランスを徹底的に探求して作られたものだ。麗しく滑らかで、どことなくセクシー。服のカットだけで、バートンは色気を演出してしまう。
また、チェスターコートを大胆に彩る花柄にもバートンの個性が現れていた。彼女が扱う柄にポップやカワイイという言葉は決して浮かばない。グラフィカルなジャケットやロングコートは、美術館を訪れ、名作絵画を鑑賞した際の記憶を呼び起こす。バートンは芸術的な花々をモードの舞台に咲かせるのだった。
バートンにとって服がカジュアルであるとか、ドレッシーであるとかは関係ない。どんな服も重厚にして壮大なエレガンスを作る対象でしかないのだ。その手法が力強さを生み、服装の規定を崩すイメージを増幅させていく。トラックパンツに、ゴージャスなコートを着てもいいではないか。大勢におもねることをせず、自身の美学を貫く。そんなパンクマインドこそバートンの真骨頂だ。
ジャケットに袖を通すだけで完成する、力強くセクシーなボディライン
「アレキサンダー・マックイーン」と言えば、カッティングの美しさに定評がある。恐らく安価な布で仕立てたとしても、ロンドンブランドのジャケットは上質な佇まいを隠すことができないだろう。
今回改めてバートン時代のコレクションを見てみると、想像以上に挑戦的なフォルムのテーラリングが数多く発表されていた。ここではシーズンを限定せず、伝統のテーラリングをモードに魅せたカッティングについて言及していきたい。まずはメンズコレクションから始めていこう。
2023年秋冬メンズコレクションでは、オーソドックスな形にノーブルな気品が漂う。ここで注目したいのはウエストのシェイプだ。
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バートンが発表するコートやジャケットはウエストのシェイプが強く、オーバーサイズ全盛の時代にあって体にフィットする腰の急激なカーブが際立つ。
特徴的なウエストデザインは、もちろんウィメンズコレクションでも披露されている。ただし今度は手法を変え、カッティングではなくベルトを用いることで腰の絞りを表現した。
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2020年秋冬ウィメンズコレクションでは、「アレキサンダー・マックイーン」らしいドレッシーなスタイルを発表した。主役となったアイテムがベルトだ。ウエストを強調するこのアイテムは、ジャケットやコートだけでなく細身のドレスにも使われていた。
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このコレクションで発表されたジャケットは、スリムなシングル型が多い。ドレスも着丈の長いロングレングスが多く、縦に細長いシルエットが強調されていた。
服のシルエットデザインは、横あるいは縦、もしくはその両方の強調が必須だ。ウィメンズウェアはスカートやドレスのように脚に焦点が当てられたアイテムがメンズウェアよりも多く、必然的に服を見る者の視線を上から下へと誘導する。そのため、縦のシルエットが重要になる。2020年秋冬ウィメンズコレクションでは、黒いベルトが単にウェストを絞るだけでなく、女性の服が持つこれらの特徴をいっそう魅力的に見せ役割を果たしていた。
バートンのカッティングでもう一つ触れなければならない側面がある。それは部分強調だ。腕や腰といった具合に、バートンは体の一部分を強調するアイテムを幾度なく製作していた。これまでは腰のデザインを中心に取り挙げてきたため、ここでは腕に言及したい。
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羊の脚を模したレッグオブマトンスリーブに近い形状の袖を作り上げたのが、2024年春夏メンズコレクションだ。
バートンお馴染みのダブルブレステッド、黒い生地というメンズクラシックのアイコンを使い、メンズウェアの伝統を捉えた上で大胆に変形した袖を完成させる。その結果、このルックを見る者の意識は異端な袖のフォルムに向けられていく。
ウィメンズウェアでも同様に挑戦的な袖のデザインが確認できる。ただし、メンズウェアよりもずっと装飾的で華やかだ。2020年春夏ウィメンズコレクションでは、スリーブデザインの豊富なレパートリーが用意されていた。
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パフスリーブを彷彿とさせるバルーン状の造形を袖に挟み込み、テーラードジャケットを格別にドレスアップした。
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上記2ルックのジャケットはボリューミーに膨らんだ造形を用いているが、素材にも注目したい。白いジャケットはレース、黒いジャケットはチュールを使用し、ウィメンズウェアのドレスに不可欠な素材を用いて、マスキュリンなテーラードを華やかに装飾している。
絵画的なテーラードも袖をボリューミーに形作るが、今度は素材ではなくテクニックで見せる。ドレープという、これまたウィメンズドレスで伝統的に用いられる造形テクニックを使い、シングルジャケットを立体的に彩った。
ドラマティックに装ってこそ「アレキサンダー・マックイーン」
ファッションを見ているはずが、壮大なドラマを見ているように錯覚する。「アレキサンダー・マックイーン」最大の魅力は劇場性の高さだ。マックイーンが生前に発表したショーには、今や伝説と言ってもいいドラマティックなコレクションが多数あった。
1998年春夏コレクションのフィナーレは、マックイーンの独創性を物語る一例だ。純白のドレスに身を包んだスーパーモデルのシャローム・ハーロウ(Shalom Harlow)が、2体のロボットによってスプレーでペイントされ、真っ白な服が黒と黄色に染まっていく。圧倒的なパフォーマンスでドレスの上に描かれた抽象絵画は、見る者の感動を呼んだ。
2006年秋冬コレクションも忘れてはならない。当時、コカイン使用が明らかになり、様々なブランドとの契約が打ち切られていたケイト・モス(Kate Moss)を、マックイーンはモードの舞台で蘇らせた。フィナーレで浮かび上がったホログラムの彼女の姿は、幽玄で詩的だった。
このように劇場性と「アレキサンダー・マックイーン」は切っても切り離せない。マックイーンは大掛かりな装置を使った演出が圧巻だったが、バートンは創業者とは異なる手法でブランドのDNAを表現する。何を使って?もちろん、服の力を使うのだ。
稀代のフォトグラファー、パオロ・ロヴェルシ(Paolo Roversi)が撮影した2021年秋冬コレクションは、コロナ禍の記憶を極上の美しさで書き換えていく。
このコレクションが発表されたのは2021年6月。当時は、世界中を恐怖に陥れたパンデミックから1年が経過し、外出ができるようになったとはいえ、コロナ禍以前の暮らしへ完全に戻ったわけではなかった。
室内と室外を行き来し、仕事や学校とプライベートの境界も曖昧な生活。バートンはどんなカテゴリーの服もドレスアップさせるという、類稀な造形力を駆使して時代を投影したコレクションを製作する。
袖がアシメントリーにデザインされ、豊かなフレアシルエットを描くドレス。もし、この優雅な一着がカラフルなフラワープリント、あるいはピンクや白などの甘く清らかな色のテキスタイルで作られていたなら、さぞ華やかだっただろう。
だが、そのような豪華さを主張するドレスが当時の時代背景に合っていただろうか。答えは否だ。以前ほど自由に旅行はできず、仲間と集まり、美味しい食事と一緒に楽しく賑やかな夜を過ごせない時代に、ただただゴージャスな華やかさを訴えるのは傲慢ではないか。
ルームウェアはもう飽きた。もっと美しく鮮やかに装いたい。そんな需要が生まれていた時代なのは確かだ。しかし、そうであってもバートンは鮮血を彷彿させる色彩でロングドレスを彩り、ある種の悲壮感を匂わせて時代ににじり寄る。
上のルックは白いTシャツというベーシックウェアと、鮮やかなレッドが染み込んだロングスカートを合わせ、カジュアルとドレスを一つにした。
一見するとエレガントな2021年秋冬ウィメンズコレクションだが、そのエレガントを作り上げているのは、現実的なカジュアルウェアの素材やディテールと、非現実的なドレスウェアの装飾性を一体化させたものであることに気づく。
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戻りたい日常と、一刻も早く終わってほしい災厄。相反する概念が混在した時代のファッションを、バートンは叙情的に作り上げた。その劇場性は、まさにマックイーンそのものと言えるであろう。
1950年代のニュールックとトラペーズライン、1960年代のコスモコールルック、1980年代のパワーショルダーやボディコンシャスといったように、ファッションの歴史はシルエットの歴史と言い換えるも可能だ。
バートンは服づくりの原点に立ち返り、オートクチュール的視点のフォルムデザインで服そのものに力を宿していった。そのアプローチが、マックイーンの劇場性を再現したと言える。
彼女はこれからファッションデザイナーとして、どう生きていくのだろうか。サラ・バートンが次に見せるドラマが待ち遠しい。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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