キコ・コスタディノフ(左)、ディアナ・ファニング(中央)、ローラ・ファニング(右)
Image by: FASHIONSNAP
今や「キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)」という名前は若手デザイナーという枠を超え、世界のファッション界をリードするスターデザイナーの一人にまでなった。
コスタディノフが世界的に注目されるきっかけとなったのは、ロンドンの名門セントラル・セント・マーチンズ(以下、セントマ)在学中に取り組んだ、ストリートウェアのパイオニア「ステューシー(STÜSSY)」とのカプセルコレクションだった。アーティストのリチャード・セラ(Richard Serra)からインスパイアされた、円形の切り替えを取り入れたトップスは、今見てもシンプルなテクニックで存在感を発揮させたデザインが見事である。
セントマMA(修士)卒業後に本格的にスタートさせた自身のブランドは瞬く間に人気ブランドに成長。シグネチャーブランドの活動と並行し、「New Utility(新しい機能性)」をコンセプトに掲げて伝統的なワークウェアを更新する「アフィックスワークス(AFFXWRKS)」や、「アシックス(ASICS)」との様々なプロジェクトにも参加し、コスタディノフは幅広い活動形態も注目のデザイナーと言えよう。
ここで少し個人的な記憶を語りたい。2017年にドーバーストリートマーケット銀座で目にした「キコ・コスタディノフ」のアイテムが今も忘れられない。ノーカラーかつファスナー開きのワークジャケットは、フェミニンなAラインのシルエットで作られ、斜めに傾けて取り付けられたポケットが不思議なバランスを作り上げていた。
ジャケットに取り入れられたテクニックは非常にシンプルなのだが、クリーン&フェミニンなメンズワークウェアという新感覚のアイテムを作り出していた。なぜあの日、あの瞬間に購入しなかったのだろうと今でも悔やむ逸品である。(文:AFFECTUS)
コレクションも活動形態も挑戦的なコスタディノフだが、特に驚いたアクションが2019年春夏シーズンから本格的に始まったウィメンズラインだ。驚いた要因は、デザインをコスタディノフ自身が手掛けるのではなく、別にディレクターを起用したことにあった。
ウィメンズラインのディレクターとして発表されたのは、ディアナ・ファニング(Deanna Fanning)とローラ・ファニング(Laura Fanning)の姉妹。メンズラインとウィメンズラインでデザイナーが異なることは、珍しいことではない。しかし、それはたいていビッグブランドで散見される事例であり、当時まだブランドがスタートしてから2年に満たないブランドが、別のデザイナーをディレクターに起用する例は稀なことだった。
ファニング姉妹によるウィメンズラインのコレクションが発表されていくと、驚きはさらに増す。ファッションは何をもって「美しい」「かわいい」とするのか。そんな根源的問いが沸き起こるデザインが我々の前に登場する。
ファニング姉妹手掛ける「キコ・コスタディノフ」ウィメンズラインの特徴とは
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初期に発表されていた「キコ・コスタディノフ」のメンズラインは、泥臭いワークウェアをモードなカッティングで再構築したデザインが特徴だった。
しかし、ファニング姉妹によるウィメンズラインは、これが同じブランドのコレクションなのかと思うほどに、デザインの方向性が全く異なっていた。二人のデザインの特徴が現れたコレクションとして、まず2021年春夏ウィメンズコレクションを見てもらいたい。
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
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ファニング姉妹のウィメンズラインでは曲線を多用したカッティングが頻繁に使われ、服のラインが植物の蔦のようにうねっていく。2021年春夏シーズンではジャケットの前端が波型のカーブを描き、レイヤードしたシャツも曲線に作られた形に見える錯覚を起こし、トロンプルイユ的な効果も発揮していた。ファニング姉妹は有機的なカッティングで服に非現実感を起こすのだ。
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ボリューム感もファニング姉妹の大きな特徴である。ボリュームと言ってもバルーンシルエットのようにエレガントな形ではなく、服の形状が歪であることが多い。
「肩をそんなに膨らませなくもいいのでは?」
「膝にその膨らみは必要なのか?」
ファニング姉妹のウィメンズラインではノイズとなるボリュームを作り出し、ファッション伝統の美意識であるエレガンスを拒否する。
また、ファニング姉妹は比較的スリムなシルエットの中で、凹凸のあるフォルムをデザインしていることにも注目したい。川久保玲やジョン・ガリアーノ(John Galliano)など、特異な造形を製作するデザイナーは他にもいるが、ファッションデザインの傾向では、エレガンスと対極にある特異な造形はダイナミックに製作されることが多い。しかし、ファニング姉妹のフォルムデザインはスリムなシルエットの中で作り上げられているという特徴があるのだ。
一見シンプルなシルエットのパンツルックも、膝に注目すると布をつまんだ膨らみが確認できる。ファニング姉妹が滑らかな形を作ることは少ない。クリーンな服に見えそうになったら、ノイジーなボリュームを挟んでリズムを崩す。
色彩の組み合わせも「キコ・コスタディノフ」のウィメンズラインでは見逃せない。2023年春夏ウィメンズコレクションでは、冒頭からブラック&ホワイトの無彩色ルックが続くが、ショー中盤からファニング姉妹の色彩センスが発揮されていく。
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複数の色が一つのルックの中で混在するのが、ファニング姉妹のカラーテクニックである。ヴィヴィッドともフェミニンとも違う不可思議な感覚を覚える。ピンクやレッド、イエローといった明るい色を使用しているのに、彩度が低くドライなムードだ。
パンツルックでは、先述した曲線のカッティングと色彩センスを合わせたデザインが登場した。一目見れば、スリムシルエットの中で奇異なディテールが作られていることがお分かりいただけるだろう。
ウィメンズラインでは柄と柄をぶつけ合うアプローチも特筆すべきポイントだ。
2024年春夏ウィメンズコレクションでは、ストライプが主役だった。直線柄の向きを縦と横で魅せたほか、グリーン系統とオレンジ系統といった異なるカラーをトップスとスカートで組み合わせ、色の混在を巻き起こした。
セットアップでもストライプを使用する大胆な手法を見せるが、柄向きを所々で変化させている。ジャケットでは胸部は縦向きだが、袖や胸部から下部はストライプの柄向きが斜めになっている。パンツは膝にドレープが集中して、直線の柄が渦巻きのような表情を見せる。
ファニング姉妹はフォルムと同様、色と柄もシンプルに見せることをしない。見る者の感覚を掻き乱すことを楽しむように、服を複雑怪奇に作り上げていく。
以上のルックからファニング姉妹のウィメンズラインが、コスタディノフ自身が手掛けるメンズラインと大きく異なることを感じていただけたと思う。実は、メンズラインもある時期を境に初期のモード化したワークウェアから大きく転換することになるのだが、それは後述する。
ファニング姉妹が表現した「フェミニズム」、デザインの本質に迫る
奇異な色彩と造形センスが象徴的な「キコ・コスタディノフ」のウィメンズライン。先ほど取り上げた2024年春夏コレクションでは、このほかにブランドの新しい側面も出現していた。このシーズンでファニング姉妹が表現したものは「フェミニン」だ。
シルキーで柔らかく艶のある素材、細く華奢な肩のストラップ、布の流動性を取り入れたフォルムデザインは、ウィメンズファッションでは頻出する「フェミニンさ」にほかならない。
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
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得意とする彩度低めの色を同時使用するカラーテクニックを使いながら、ドレープを活かしたドレッシーなフォルムも展開されていく。ブラック一色のルックでは、品格さえ漂っていた。
素材の選択もウィメンズウェアの王道で、肌を透かすシアー素材が用いられていた。
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薄く柔らかい素材を使うだけではない。脚を透かすスカートの裾はギャザーを寄せたパターンに切り替え、足元に可憐な表情をプラス。ウィメンズウェアが伝統的に持つ美意識を、素材と形のコンビネーションで魅せた。
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服の形もこれまでとは異なっていた。ささやかに肩を主張するフレンチスリーブ、ギャザーを使ったバストの表現、アシンメトリーなミニ丈ドレスと、女性のボディラインを麗しく作る手法を披露した。
2024年春夏コレクションは薄手の素材を使用した流動的なフォルムを多数発表しつつ、ファニング姉妹の奇異な感性を反映したルックも数多く発表する構成で、フェミニンの要素がより際立つ結果となった。
ファニング姉妹はメインストリームに反するだけのデザイナーではない。かと言って、女性服の伝統的感性に従順なわけでもない。
ファッションにおける美しさ、可愛らしさとは何か。根源的な問いを投げかけるデザインが、ファニング姉妹が作り出す「キコ・コスタディノフ」のウィメンズラインの本質である。
ウィメンズラインと調和した「キコ・コスタディノフ」
最後にコスタディノフ自身が手掛けるメンズラインに触れたい。初期はワークウェアを基盤として、カッティング技術でモード化させたデザインに特徴があったメンズラインだが、2019年春夏シーズンから始まったファニング姉妹のウィメンズラインと呼応するように、大きな転換を見せた。
ドイツ人アーティスト マルティン・キッペンベルガー(Martin Kippenberger)に触発された2019年春夏コレクションは、フランツ・カフカ(Franz Kafka)の未完小説『失踪者』を着想源として製作されたキッペンベルガーの作品「フランツ・カフカの”アメリカ”のハッピー・エンド」をリスペクトし、就職面接のためのテーブルと椅子が置かれたインスタレーション形式だった。
インドのガンジス川沿いに架空の街を作り、そこで行われる就職面接というシーンを設定してコレクションを製作。何とも難解なテーマと言える。
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2019年春夏コレクションでは、従来のメンズラインでは使用されていなかった素材が目を惹く。インドの芸術を連想させる緻密な柄は、初期のコレクションで多用されていた無地のネイビー生地とは180度異なるデザインだ。
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服にも曲線のラインが取り込まれ、有機的な表情を見せる。色使いもマルチな組み合わせで、単色使いがメインだった初期のメンズラインとは異なっていた。メンズラインは服の色も造形も実験性を強め、設立当初は異なるブランドに思えたウィメンズラインとの調和を果たした。
現在の「キコ・コスタディノフ」は、伝統的なファッションの美意識とは確かに異なる。人によっては醜さや、近づき難さを覚えるかもしれない。しかし、何度も見るうちにファッションの新しい価値観に気づかされ、「あの服を着てみたい」という衝動が生まれた人もいるのではないか。
当初はメンズラインとの違いに、違和感を抱いたファニング姉妹のウィメンズラインだが、今では新しい地平を切り拓こうとする野心に心動かされる。2人は、コスタディノフと共にファッションの常識を書き換えていく。
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