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Fashionインタビュー・対談

日本発のラグジュアリーブランドに――ジル サンダー出身デザイナー村田晴信が「ハルノブムラタ」で目指すもの

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 「ジョン リッチモンド(John Richmond)」や「ジル サンダー(JIL SANDER)」を経て自身のブランド「ハルノブムラタ(HARUNOBUMURATA)」を立ち上げたデザイナー村田晴信。高校時代に服作りを始め、ストイックな学生時代を過ごした村田がイタリアへ渡り「日本発のラグジュアリーブランド」を目指すようになるまで――「ジル サンダー」で学んだ経験と自身の一貫したこだわりで成長を続ける「ハルノブムラタ」が目指す"生活を美しくするファッション"とは?注目の新鋭デザイナーの半生からブランドの真髄を探る。

デザイナーとしての自分を形作った「ジル サンダー」時代

―「ハルノブムラタ」デビューから今年で2年目ですが、そもそもファッションに興味をもった最初のきっかけはなんですか?

 中学が私服校だったんですが、服を変えたら周りの目も変わるし、自分の意識も変わる、という自覚がその頃からあって。姉にどんな服を着たら良いのかと相談したり、姉のファッション雑誌を勝手に見たり…あと少女漫画とか。そうやって中学から服に興味を持つようになり、高校は普通の公立だったんですけど、その時から服を作るようになりました。

―高校時代はどんな服を作っていたんですか?

 服好きな友達が多くて、文化祭でファッションショーをやったりしていたんです。独学で、ユザワヤでパターン原型を買ってきて手探りでドレスを作っていましたね。

―高校卒業後は、エスモード東京校に進学されています。

 少人数制のところが良いなと思ったのと、いずれ海外に行きたいと考えていたので本校がパリにあるエスモードを選びました。あとは卒コレのレベルが一番高くて、印象に残ったというのもありますね。

村田さんの愛猫。名前はネコちゃん
村田さんの愛猫。名前はネコちゃん

―エスモード時代はどのように過ごしましたか?

 超ストイックで、一分一秒がもったいないと思っていましたね。ほとんどの時間を課題に費やすような感じで。 

―課題に一直線だったんですね。特に印象に残っているエピソードはありますか

 2年生の時の先生がすごい熱い方で、「私も本気でやるからあんたたちも本気でやってよ」と言ってくれて。プロになるための指導をしてくれ、とても良い経験になりました。あと課題制作中に急に肺が痛くなったことがあって、病院で診てもらったら肺に穴が空いていたんです。自宅療養で一週間くらい外出できなかったのですが、それでも家で課題に取り組んで、結果最高評価をもらうことができたんです。辛い中で結果が出せたので、今でもはっきり覚えています。

―本当にストイックだったんですね。エスモードを卒業してイタリアに行く前にPR会社のステディ スタディ(steady studyに勤められていますが、その理由は?

 自分のブランドを立ち上げるなら、作った物を伝えていくこともすごく重要になると当時から考えていて、それに大きく関わっている場がPRだと思ったからです。渡航までの少しの期間だったんですが色んなことを学ばせていただきました。ブランドの伝え方を考えるという視点を持つという意味で、今にも大きく活かされています。

―ステディスタディを経て、イタリアへ。イタリアの学校に行って良かったと思うことはありますか?

 一番良かったなと思うのは、色々な国から様々な人が来ていて、その多様な国際性からたくさんのことを学べた点です。例えばロシア人の肌の見せ方はとてもセクシーだとか、ブラジル人は色の使い方に関して日本人にはない感性を持っているといったことですね。あと、パターンや仕様などの細かなこだわりは、イタリアの学校ではそんなに重きを置かれていなくて、服をどう売っていくのか、ターゲットはどんな人なのかといったビジネス視点が重要視されていました。そういった日本との価値観の違いがわかったのは良かったです。

―学校を卒業して「ジョン リッチモンド」でデザインを手掛けた後、「ジル サンダー」のデザインチームに。

 「ジョン リッチモンド」は少数精鋭だったので、一年目からジョンさんの側で仕事ができました。それで2年ほど働いた頃、別のブランドでも経験を積みたいなと思うようになり色々なブランドの面接を受け始めたんです。そのタイミングで、「ジル サンダー」のメンズでインターンをしていた知り合いのデザイナーが、「俺辞めるから」と言って、後釜に僕を推薦してくれたんです。「ジル サンダー」ならメンズでも行きたいと思っていたんですが、最初の面接の時に「でも君ウィメンズだよね」と言ってもらえて。何度か面接し、テーマを頂いていくつかウィメンズの服を制作して、結果ウィメンズのデザインチームに入ることができました。

―「ジル サンダー」時代は村田さんにとって、どのようなものでしたか?

 「ジル サンダー」の時代が自分のデザイナーとしての根底を作っている気がします。ミリ単位の調整をして、科学者みたいな目線でこれぞ「ジル サンダー」というようなジャケットを作るデザイナーもいれば、その一方で実際にモデルの上で鼻歌まじりにドレーピングを行うデザイナーもいて。同じブランドの中でも、こんなにもデザインの仕方が違うのかと驚きましたね。そんな中でどういう風に完璧を求めていくかということから、"美しい瞬間"を見逃さない審美眼まで、本当にたくさんのことを学ばせていただきました。

―メイヤー夫妻は村田さんから見てどのような人たちですか?

 メイヤー夫妻はとにかく温厚で周りへのリスペクトを忘れない人たち。2人は仲も良いし、その優しい空気感が服にも現れている気がします。僕からすると理想のリーダー像で、2人からはデザイン以前に人間性の部分ですごく勉強させてもらいました。ルークさんは、ロジカルに考えることに長けていて、ルーシーさんはエモーショナルにジャッジすることがとても得意。その2つがしっかりとバランスを取れているから「ジル サンダー」はデザインもブランディングも評価されているのだと思います。

―メイヤー夫妻とのやり取りで、印象に残っている出来事はありますか?

 ルークさんが一回だけ本気で怒ったことがあるんです。フィッティングの最中にルークさんが椅子の裏にくっついているガムを見つけて。「美しい空間からしか美しいものは生まれない」と言って、相当怒ってらっしゃいました。後にも先にもルークさんが怒っているのを見たのはそれが最後です。

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