服がきっかけでひきこもりを脱したことから、支援機関と連携しながら外出時の不安を軽減する「外に出ることを助ける服」を製作している「ひなしゅしゅ」デザイナーの松崎雛乃。大学在学中に同アイテムを考案し、現在に至るまで売上は全てひきこもりを対象にしたNPO法人に寄付しているという。松崎はなぜ"ひきこもりを助ける服"ではなく「外に出ることを助ける服」を製作するに至ったのか。松崎本人に話を聞いた。
松崎雛乃
1995年生まれ、滋賀県在住。17歳で人間関係に悩みひきこもり、高校を中退。3年間ひきこもったのち高校卒業程度認定試験を受け、京都芸術大学に進学。在学時から自身の経験を活かした「外に出ることを助ける服」を製作している。
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ー「ひなしゅしゅ」というブランド名の由来は?
一つは精神的にも物理的にも柔らかくて優しい服を作りたいなという考えがあったので、五感と見た目が固くならないように意識しました。もう一つはフランス語で「シュシュ(chouchou)」は「お気に入りの」「一番好きな」という意味があるんですが、私のお気に入りのものをみんなで共有したいなという気持ちで付けました。福祉やソーシャルデザインは固有名詞を付けないことが一般的だとは思うんですが、気がついたら定着していたのでそのままブランド名として名乗るようにしています。
ーブランド活動とは別に会社員としても勤務しているとか。
アパレルメーカーで販売員をしています。会社もこの活動をしていることは知っていて、後押ししてくれています。
ーご自身もひきこもり経験があると聞きました。
高校2年生から3年間、ひきこもり状態でした。これというきっかけがあった訳ではなくて、様々なことが積み重なってしんどくなってしまったのかなと思っています。
当時、私は100人くらいの部員を擁する吹奏楽部に所属していたんですけど、組織をまとめるリーダーの1人に選ばれたんです。私はスクールカースト上位者ではなかったんですが、それ故に相談しやすかったからか、部員からの不平不満を聞く立ち回りになって。私も少し手を抜いたら良かったんですけど、選ばれたからには部員をまとめ上げなければならないというプレッシャーもあり、真剣に考えすぎてしまったんですよね。
ー高校生の頃はどんな服を着ていたんですか?
元々、服は好きだったんですけど、周りや人の目を気にして服を選んでいた節があったんです。「ひなちゃんは、シンプルで落ち着いたリネン素材の服が似合うよね、花柄のワンピースとかはイメージじゃないよね」という声を鵜呑みにして服を選んでいたというか。でも、学校にも行かなくなり、人間関係も全部どうでも良くなってしまったので「自分の着たい服を着たいように着よう」と。そこからネット通販で色んな服を買うようになりました。
ー自分のためだけに着ようと選んだ服はどのような服だったんですか?
覚えているのは紺色の花柄ワンピース。腰の切り返しがワンポイントで、どちらかといえばキュートなデザインだったと思います。ブランドにこだわっていたわけでもなく、直感的に可愛いと思えたものを買っていたし、そこからファッション誌の「Zipper」を手にとってみたりと、ジャンル問わずに着たいと思えるものを探していました。
ー好きと思える服を探すことが、外に出ることに繋がったと聞きました。
好きな服を着ている自分を鏡で見て、高揚感した気持ちになれたんです。今まで好きな服を着ていなかったということもあり、新しい自分に出会えた気がしたし、自分自身が可愛くなったように錯覚したとでも言えば良いんでしょうか。「ちょっと見せびらかしたいな、これを着て街を歩いてみたいな」と思えたんですよね。最初は近所を散歩するだけだったんですが、徐々に距離を伸ばしていきました。自分が見て欲しい自分を、見た目として演出することはこんなにも強くなった気分になるのか、と思ったことをよく覚えています。
ーひきこもり生活後はすぐに服作りの道に進んだんでしょうか?
いいえ、まったく。外に出られるようになった私が当時不安視していたのは、どこにも所属していなかったこと。高校も中退してしまっていたので正直それどころではなかったんですよね。とにかく大学か専門学校に行きたいということでまずは高卒認定試験を受験し、合格後、京都芸術大学舞台芸術学科に進学しました。
ーどのような理由で美大を選んだんですか?
すごく不純な理由なんです(笑)。私が通っていた高校は所謂進学校で、同級生の子たちが良い大学に進学していることを知っていて。自分は勉強もしていなかったし、だからといってもう頑張る気力もない。かといって「大学に行けるならどこでもいい」とも思えなかった。そんなことを考えている中で、芸術の世界だったらそういう学歴社会もあまり関係ないんじゃないか、と。舞台芸術学科を選んだのもたまたまで、NHK紅白歌合戦を見ていて「舞台セットって良いな」と思ったからでした。そんな中、本格的にファッションに軸足を置き始めたのは、空間演出デザイン学科ファッションデザインコースに転科した大学2年生からです。
ー松崎さんは学部3年生で「外に出ることを助ける服」を製作されています。作ろうと思ったきっかけは?
空間演出デザイン学科の先生から言われた言葉です。「これだけ世の中には様々なブランドが溢れていて、可愛い服もかっこいい服も既に沢山ある。それなのに何故、あなたはまだ服を作るのか?今服を作ることの意味を考えないと、その服はゴミになってしまう」と。それを聞いて「私がこの世の中であえて服を作るとして、どんなものなら意味があるんだろう」と考えました。辿り着いた答えが「私が当事者だったからこそ作れる服=外に出ることを助ける服」です。
ー「外に出ることを助ける服」とはどういったものなのか、改めて教えて下さい。
カンガルーポケットの中に半立体のぬいぐるみを縫い付けていて、ポケットに手を突っ込むふりをしながらぬいぐるみと手を繋ぐことができます。
この服を作った時に、私がターゲットとして考えたのは「服を選ぶこともしんどくて、外に出たいと思っているけど出れない人」です。私自身もそうだったんですが、ひきこもっている時ってお風呂に入ったり、ご飯を食べたり、眠ったり、着替えたりする人間生活がすごく嫌になるんです。私がワンピースを買ったり選んだりすることができるようになったのは、一番しんどい時からもう少し先のレベルに進んだ頃だったんですが、この服はそれよりももっと前段階でもがいている人に向けて「これさえあれば大丈夫」という一着を提供したくて作り始めました。
ーぬいぐるみを取り付けるというアイデアはどこから?
これも自分自身の経験からです。ぬいぐるみを握っていると安心するというのは私自身も感じていたんですが、その理由を考えると一人じゃないと思えるからなのかな、と。ぬいぐるみは、悲しい時に一緒に「悲しいね」と言ってくれる存在なんですよね。「本当は人に側にいて欲しいけど人間だと緊張してしまう、でも人じゃない何かでも側にいてくれると安心する」という気持ちはどんな人でも共通してあるんじゃないかなと思っています。
ーぬいぐるみはファスナーが付いており、取り外し可能になっています。
カンガルーポケットから取り外して、そのままキーケースとして持ち運ぶことができます。外に出られるようになった時に、ぬいぐるみを一緒に連れて歩けるようなものにしたかったんですよね。例えば、制服やスーツなどTPOに即した服を着なければならない時も、ポケットにぬいぐるみのキーケースを忍ばせておけばギュッと掴むことができる。実際に男性のお客様から「大人になってもぬいぐるみを好きでいていいんだな、と思えます」という声を頂いたりしています。
ーぬいぐるみがタオル地で製作されているのも気になりました。
この服を製作する時に当事者の人たちにアンケートを取ったんですが「電車に乗ったり、人前に出る時は緊張で手汗が出てしまうので、ハンカチを握りしめていた」という声が多かったんです。ふわふわのぬいぐるみを再現するためにボワ生地を使う選択肢もあったと思うんですが、どうせ何かを握りしめるならハンカチのように手汗を吸収してくれるものが良いかなと思い、タオル地を選びました。
ーぬいぐるみの形には個体差があります。
最初の頃は全て私が作っていたんですが、ある時期からひきこもり当事者の方と一緒にぬいぐるみを作っています。縫製する人が毎回バラバラなので、同じ型紙でも違う風に見えるんだと思います。
実際に、今まで作ってもらった服は全て完売しているんですよ。「売れた」という経験は当事者の人たちにとっても良い体験なのかなと。ひきこもっている時は自己肯定感も低くなりがちなので、自分が作ったモノが、誰かに購入され、ポケットの中で誰かを勇気づけているという事実は「自分だって世の中の役に立っているんだ」という当たり前のことに気がつけるきっかけになるんじゃないかと思っています。それに、私が全部作るよりも、個性豊かなぬいぐるみが複数ある方が選ぶ側も楽しいと思うんですよね。購入してくれる人も「同じ思いをしている人が頑張っているんだな」と感じられたら素敵だなって。
ー現在はワンピースとスウェットの2型展開です。
最初はスウェットだけを販売していたんですが、蓋を開けてみたら圧倒的に女性の購入者が多くて。トップスだけだと結局ボトムスを選ぶというハードルは解消できていないし、女性が多いのであれば、と一着でコーディネートが完結するワンピースを作り始めました。直近で型数を増やそうと考えているんですが、それは無料で仕入れてきた古着にカンガルーポケットを付けるというものです。
ーなぜ古着を使った「外に出ることを助ける服」を製作するんでしょうか?
現在のアイテムは、身頃から作っているのでどうしても価格を抑えられなくて。この服を必要としている人は、基本的に家から出られないので、当然働けてもいないと思うんです。必要な人が買えないのは意味がないですよね。身頃を古着で代用すれば、後はポケットを付けるだけなのでコストも抑えられるんです。
それと、現在は収益を全てNPO法人に寄付しているんですが、今後はぬいぐるみを作ってくれた当事者本人に売上がバックされるような仕組みを作りたくて。少しでもぬいぐるみを作ってくれた人に還元するためには、利益率を上げる必要があるな、と。
ーひなしゅしゅの公式オンラインストアでは、毎月「外に出ることを助ける服の購入が難しいという方へ」というアイテムが50円で販売されています。
これも「必要な人が欲しいのに買えないのは意味がない」という話と同じです。今、ひなしゅしゅを応援してくれている人が8人いらっしゃるのですが、彼らが毎月500円くらい寄付をしてくれていて。8人から500円ずつ寄付をしてもらうと、大体4000円くらい毎月集まる計算になるので、みんなで話し合って「ひなしゅしゅとしてアイテムを購入し、必ず1着は毎月50円で販売しましょう」と決めています。そうすれば、欲しいけど困っている人が、お小遣いの範囲で購入することができると思うので。
ー「ひきこもりを助ける服」ではなく「外に出ることを助ける服」と名付けた理由は?
ひきこもり経験の有無に関わらず、外に出たい人が外に出ようと思った時に後押しできる服という意味で「外に出ることを助ける服」としました。私自身もそうだったんですが、「ひきこもり」と聞くと根暗で鬱々とした人というイメージがあると思うんです。みんな違う人間なのに「ひきこもり」と一括にして、その中にいる一人一人のことが見えづらくなっている現状があるのかな、と。実際は学校のクラスのように、明るい人もおとなしい人もいます。「みんな1人の人間である」ということをわかってもらうためにも、あえて「ひきこもり」というワードを出さないアイテム名にしました。ひきこもりという1枚のフィルターをかけて個人を見ることが減っていけばいいな、と思っています。
ー実際に購入している人はどのような人ですか?
通勤中の満員電車が苦手なので購入しましたという人や、通院時に落ち着くために着ていますという人、そろそろ定年退職で新たな資格を取るための試験会場で緊張しないために連れて行きましたという人など、年齢層も用途も幅広いです。「外に出ることを助ける服」と名付けた甲斐があるといいますか、「外に出たいけど怖い」という一つの悩みを抱えた人たちの一助になれているのかな、と。
ただ、すべての人に当てはまる支援は無いとも思っていて、みんな違う人間なので好きなものも嫌いなものも当然異なります。私は「外に出たい」という気持ちを後押しする方法として服を選びましたが、もちろん私が言っていることが全てではありません。「これは違う」「これは自分にあっている」と取捨選択していくことが大事で、選ぶための選択肢がたくさんある世の中であって欲しいと思っています。そのためにも、これを読んでくれた人が「服という選択肢があるなら、コレもいけるんじゃないか」と想像力を膨らませて、別の選択肢を増やしてくれたら嬉しいです。
ー最後に松崎さんが考える「ファッションの力」とは?
服を着るということは、食べることと同じくらい身近にあるもので、だからこそ可能性を秘めていると思っています。何か新しいことをしようとしてもなかなか難しいと思いますが、普段から当たり前のようにやっていることの一部だからこそ、ファッションは強い。身近なものでありながらも、自分を守ることも、鼓舞することもできる。「外に出ることを助ける服」はある種、防御力を高める服なのかな、と考えています。
(聞き手:古堅明日香)
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