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「人生をかけない勝負は本気ではない」 ジンズ田中仁CEOが巻き起こす、前橋都市再生計画

聞き手&文橋本知佳子

ジンズホールディングスの田中仁会長 CEO

Image by: FASHIONSNAP

ジンズホールディングスの田中仁会長 CEO

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ジンズホールディングスの田中仁会長 CEO

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 群馬県の県庁所在地でありながら、前橋駅には新幹線が止まらない。シャッター商店街が増えていくこの街を立て直すべく、2013年から13年以上にわたって個人資産を投じ続けているのが、世界的に成長を続けるアイウェアブランド「ジンズ(JINS)」の創業者、ジンズホールディングスの田中仁会長 CEOだ。同氏は、2010年にモナコで開催された起業家の世界大会に日本代表として参加。世界の若手起業家たちが積極的に社会貢献活動に取り組む姿から影響を受け、自身の出身地でありジンズ創業の地である前橋の再生に取り組み始めた。個人としては、2014年に群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクトを主宰。2020年には、創業300年の歴史を持つ旧白井屋旅館を財団によって再生し、「白井屋ホテル」を開業した。ジンズとしては、2021年に前橋のコミュニティハブを目指す施設「JINS PARK」をオープンし、2024年にはサテライトオフィスを新設するなど、公私共に地域復興のために尽力している。

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 同氏の働きかけにより、少しずつ生まれ変わりつつある前橋は、民間が主体となって行う稀な地方創生の好事例として注目を集めており、昨年には石破茂前首相が6時間半にわたり視察を行った。こうした13年間の取り組みのひとつの集大成として、9月19日に第1回 前橋国際芸術祭 2026が開幕。マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)から蜷川実花、山縣良和まで、多様なアーティストたちが前橋を舞台に作品を発表する。なぜ同氏は前橋にこれほどまでに“本気”で、周囲を巻き込み変革を起こしているのか。話を聞くと、一貫した仕事論と経営者としての姿勢が見えてきた。

田中仁 ジンズHD代表取締役会長 CEO/前橋国際芸術祭実行委員長 兼 総合プロデューサー。取材はジンズの東京本社にて。

周回遅れの最下位、見方を変えれば「トップ」を走っている

── 前橋での活動を開始した当初を振り返り、現在と当時で前橋に対する印象はどのように変化しましたか?

 当初は、「寂れた街」。しかし、寂れているけど、「何かやりようはある」という微かな希望がありました。成功するかも失敗するかもわからない。ですが起業家なので、挑戦はするわけです。今、10年以上が経って改めて思うのは、「思いの外、良い余白がある」ということです。

── 余白とは?

 まず、周りの都市と比べると全く開発がされていないことから、「昭和レトロ」が残っている街だったことに一つの可能性を感じました。世の中には、画一的に開発がされた街がとても多い。対して、前橋は開発の手が全くかかっていなかったので、新しさという点では“周回遅れの最下位”を走っていた。でもそれは見方を変えると“周回遅れのトップ”を走っているという独自性だと言い換えられるのではないかと考えました。そうは言っても寂れていることは事実なので、やるべきことは膨大で苦戦することは多かった。しかし前橋に向き合い続けることで、次第に赤城山や広瀬川といった自然や、昭和レトロな街並みなど、前橋ならではの資源が手付かずのまま存在していることに気がつきました。そこには、手付かずだからこそ、今後50年、100年と続くような価値にアップデートできる余白がたくさんあると思うのです。

── 長年多額の個人資産も投資されてきました。そもそも、前橋に向き合い続ける原動力やモチベーションはどこにあるんですか?

 みんなによく聞かれますが、自分でもよくわかりません(笑)。ひとつ言えるとすれば、「ハマった」んでしょうね。

── 「楽しい」ということですか?

 楽しいだけと思いきや、結構苦しいんですよ。けれども、楽しいだけだと多分ハマりはしないんですよね。苦しい壁を乗り越えた先にまた新しい困難が立ち塞がって、それをまた乗り越える。そのプロセスはビジネスと共通する部分でもあります。

── 前橋の再生事業に「ハマった」瞬間はいつですか?

 会社は自分の意思で方向性を決めていけますが、前橋は約33万人が暮らす街なので、私が出資しているからといって思い通りにはなりません。みんなの協力や合意がないと始まらない。そして、どんなに「前橋を良くしたい」という想いを伝えても、簡単には信用していただけません。当初は懐疑的な人も多く、「何か裏があるんじゃないか」という目をたびたび向けられていたと思います。なので、“見返り”や合理性を求めない活動は個人や財団の資産を使用してきました。そして、うまくいかないからといって逃げてしまう人は信頼されないので、とにかく思うような結果が出なくても逃げずに10年続けました。10年間も見ていれば、人間も動物なので自分達に害を与える存在か否かはわかってくる。「この田中という人間は、自分の利益だとか政治的野心を追求しているわけじゃないんだ」と徐々に誤解が解けていって、最初は懐疑的だった人が協力してくれるようになったり、仲間が増えていきました。具体的なある一瞬ではなく、そうした一つ一つの積み重ねが嬉しかったのです。

── 個人や財団としてだけでなく、ジンズとしてもサテライトオフィスや本社機能の分散、前橋市との包括連携協定による「地域共生事業部」の立ち上げなど、前橋の活性化に取り組んでいます。こうした取り組みが企業価値向上につながっている手応えはありますか?

 ジンズのブランディングにおいて、これらは非常に重要な意味を持っています。実は前橋の再生事業が、銀座のグローバル旗艦店(2026年3月オープン)や、ロサンゼルスのアボットキニー通り(2025年1月オープン)への出店といった確かな形へと結実しているのです。

アボットキニー通り店、設計は髙濱史子と小松智彦。

 ジンズはアメリカ市場で長年苦戦してきました。アメリカでもブランドの存在感を強めていきたいと考えた時、目指すべきはロサンゼルスで1番好感度だとされているアボットキニー通りでした。しかし、そのオーナーは「クールなブランド」しか出店を許しません。ただ、ジンズのアメリカ担当がオーナーの方に前橋での活動や白井屋ホテルの本など「弊社のトップはこういう活動をしている」とプレゼンテーションを行ったところ「そういうブランドなら」とOKが出ました。銀座も超一等地で、外資の高級ラグジュアリーがこぞって手を挙げている地域ですが、その中で選ばれたのもこうした活動をオーナーさんが評価してくださったからです。

芸術祭は「都市再生プロセス」の発表の場

── 前橋国際芸術祭のテーマにも設定された「めぶく。」という言葉は、前橋市のヴィジョンでもあります。ドイツのコンサルティング会社 KMS TEAMが発案した「Where good things grow.(良いものが育つまち)」というキャッチコピーを、前橋出身である糸井重里さんが訳したものだと伺いました。策定から約10年が経ち、この言葉が街に浸透している実感はありますか?

 当初と比較すると認知がかなり広がったと感じています。前橋に新しくできた会社の中には「めぶく。」という言葉を社名に引用しているところもありますし、商工会議所と地元の産学官と連携して作ったプラットフォームにも使われました。街の中のいろいろな場所で本当にさまざまな可能性が芽吹きつつあるので、第1回となる芸術祭のコンセプトとしても最適なのではないかと思いました。

── 芸術祭では、アーティストの誘致だけでなく、舞台となる街自体の再開発を建築家の藤本壮介さんと平田晃久さんが共同で手掛けます。今回の来場者が、第2回以降に訪れることで前橋の街並みの変化にも触れることができるという設計が独特で面白いと思いました。

 芸術祭のテーマにも「めぶく。」という言葉を使っていますが、言ってしまえば芸術祭は「都市再生のプロセスを発表する場」です。都市再生というものは、デザインや建築、アートも含めて、付加価値をどんどん街の中に植え付けていくこと。こうした活動そのものを一種のアートと捉えて、中長期的に発表していくのが今回の「芸術祭」の目的です。

── ジンズはさまざまな気鋭の建築家が手掛けた店舗でも知られ、前橋の街づくりの指針にもなっている白井屋ホテルは藤本壮介さんの設計です。芸術祭でも前橋を「建築の聖地」と謳っていますが、まちづくりにおける「建築」が持つ役割をどのように考えているのか教えてください。

 例えば、お城やお寺、神社も「建築」です。それらはその街の歴史や文化、風景を作っている。そういう意味では、その街のクオリティを高めるためのとてもわかりやすい指標なのではないかと思うんです。ジンズの店舗についても考え方は同じです。建築は一度建てると50年、100年という単位でその場所に残ってしまう。どんなにいびつなものができてしまったとしても簡単には取り返しがつかないので、決して軽視することはできません。そこにクリエイティビティがしっかりと存在するかどうかが、その街の歴史を作る上でも重要なことではないかと思います。

白井屋ホテル外観。江戸時代に創業し、一時は取り壊しの危機にあった白井屋旅館を2014年に田中仁財団が買取り再生プロジェクトが始動。設計は藤本壮介が手掛け、レアンドロ・エルリッヒをはじめとする国内外の様々なクリエイターのアートが多数展示されている。

Image by: ©Shinya Kigure

── 店舗、街づくり共に、複数の建築家の方々とのプロジェクトがあります。全体の「統一感」を出すためのディレクションは行っているんですか?

 それぞれの建築家がそれぞれの視点から前橋という街を読み解き、解釈した結果が建物になっています。なので、クリエイションは建築家の方々に委ねています。もちろん彼らはただ作品を作っているわけではないので、何を目的に作るのかということはお伝えしています。その上で、この街にふさわしいものは何かというアンサーをそれぞれが建築として表現してくれています。

仲間を巻き込むために必要なこと

── 芸術祭の出展者の中には料理人もいたりと、現代アーティストの枠組みを超えた幅広いジャンルのクリエイターが参加している点も特徴です。

 何事も本気で取り組むと、その熱量に惹きつけられ、自然と共鳴してくれる人が現れます。それを「縁」と言うんだと思うんですが、熱意に動かされた人がまた別の人へとその熱を伝播させ、新たな連鎖へと繋がっていくのだと思います。

 例えば、開催に際して小山登美夫ギャラリーの小山さんに出展をお願いしたところ、「仲間を呼んでも良いですか?」とご提案いただきました。そうして参加いただくことになったrin art associationの原田さん(原田崇人)がマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)さんの大ファンであり親交があったことで、マルジェラ展の開催につながりました。

「めぶく。」というコピーを手掛けた糸井重里は、田中会長の本気の熱に打たれ、それまで避けていた前橋での活動に巻き込まれていった人物の1人でもある。

── ご自身の考える「本気」の定義とは、どのようなものなのでしょうか。

 世間ではよく「本気」という言葉が容易く使われますが、真の意味で本気になっている人はごく僅かだと感じています。本気というのは、要は保険をかけないで、全人生を懸けて、全力で取り組むということです。「真剣勝負」という言葉が本物の刀(真剣)での斬り合いを意味するように、本来は負ければ命を落とすほどの覚悟を指します。しかし、今の多くの人が挑んでいるのは、傷を負っても致命傷には至らない「死なない勝負」。負けたら痛いけど死なない、それくらいの勝負は本気ではないと思うんですよね。生きるか死ぬかの覚悟を持っている人の気迫は、相手に伝わるはずです。そして、その真剣勝負を一度でも乗り越えれば、事を成すための本質的なコツを掴めるようになるという実感があります。

── 田中会長がコツを掴んだのはいつだったんですか?

 2008年に「ユニクロ(UNIQLO)」の柳井正さんから「志なき、ヴィジョンなき経営は絶対に成功しない」と言われたことです。そしてその翌年の2009年9月*に「この勝負に失敗したら会社を辞める」と退路を断つ覚悟で、社運を懸けた大勝負に出ました。今の自分があるのは、あの極限の勝負を生き残ることができたからです。当時の年間売上高はまだ100億円程度。600億円規模を誇る周囲の競合とは圧倒的な差がありましたが、私はその時点で「絶対に日本一になれる」という確信が生まれ、結果としてその目標を達成することができました。途中で前橋のプロジェクトに熱を注ぎすぎて、想定よりも少し時間はかかってしまいましたが(笑)。

*ジンズは2009年に屋号を「JIN's GLOBAL STANDARD(ジンズ グローバルスタンダード)」から「JINS」に変更。名称変更に伴う原宿の旗艦店の全面リニューアルオープン時には1000人が行列を作った。同年は、レンズの追加料金ゼロへの大刷新や現在も人気が続く定番の軽量メガネ「エアフレーム」の初代モデルを発売するなど、ブランドが大きな変化を遂げた時期。

── ビジネスと街づくり、その両方に同じ熱量で「本気」を注ぎ続けるのは困難ではないですか?

 おっしゃる通りで。本業に対する真剣みが分散してしまった部分があったため、亮(仁会長の息子の田中亮 現社長)に社長を交代したんです。会社のトップには、私よりも本業に対して圧倒的な熱量と真剣みを持てる人間が就くべきですから。

── 前橋の活動でも多くのリスクを負いながら、真剣勝負に挑んでいると思いますが、活動の先に田中会長が描いている「ゴール」とは何でしょうか。

 目指すべき具体的なゴールはありません。私たちの現在の活動も、長い歴史の1ページに過ぎませんから。今後前橋市がどれほど素晴らしい街を築いたとしても、不測の事態で一瞬にして失われてしまうかもしれない。しかし、不確実だからといって足を止めるのではなく、自分たちが生きるこの時代の中で「真に価値がある」と思えることに挑み続ける。それ自体が活動の存在意義なのではないかと考えています。

── 今回の芸術祭における「成功」の定義は何でしょうか?

 地域住民が街づくりを自分ごと化し、街を通じて人材が育つエコシステムが生まれることです。かつて地元を離れた層が、変わりゆく前橋の姿に可能性を感じ、「力になりたい」とUターンする事例も出始めていますから。

 前橋に暮らす33万人全員が簡単に変わるわけはないですが、地方都市において外から人が来ることが最大の刺激になると思っています。田舎から出て行ってしまう人は、過去の僕もそうでしたが、田舎に息苦しさを感じていた。そうした外部との接点が少なく、人間関係が固定化しがちな環境に、外から新しい人が入り、かき混ぜられることで、自由でオープンな空気が生まれていくことを期待しています。

── 前橋の街のあるべき姿とはどのようなものだと思いますか。

 いろいろな人が挑戦しやすい、“いい感じの田舎都市”でありたい。この街に住みたいとか、この街で新しいことをしてみたいと思ってもらえるエッジは立たせたい。企業だけでなく、クリエイターがたくさん集まって、街並みがおしゃれで、アートがたくさんある。でもちゃんと“地方都市”であるというか。

 現状、「前橋ってどんな街?」と聞かれて、明確に答えられる人はまだ少ないかもしれません。だからこそ、現在進行形のプロジェクトを通じて、そのアイデンティティを創出している最中だと感じています。人によっては「建築の街」「アートの街」と言うかも知れないし、かつて前橋は養蚕業で栄えた「繊維の街」でもありました。いろいろな要素を街に芽吹かせる中で、何が1番エッジが立つものに育っていくのか、これから芸術祭と共に見守っていきたいと考えています。

最終更新日:

◾️第1回 前橋国際芸術祭2026
期間:2026年9月19日(土)〜12月20日(日)
公式サイト

聞き手&文・橋本知佳子

Chikako Hashimoto

FASHIONSNAP 編集記者

東京都出身。映画「下妻物語」、雑誌「装苑」「Zipper」の影響でファッションやものづくりに関心を持ち、武蔵野美術大学でテキスタイルを専攻。大手印刷会社の企画職を経て、2023年に株式会社レコオーランドに入社。ファッション小物・アクセサリー、繊維企業を中心に取材。

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