Image by: Yusuke Koishi

Fashion

平成の終わりと令和の始まりーー"コンテンポラリー・ファッション"と"マクロなファッションデザイン"の誕生

Image by: Yusuke Koishi

(文:小石祐介)

 4月。世界のウィメンズ・ファッションウィークが終わり次のシーズンに向かう中、いま「平成」が終わろうとしている。いまファッションの世界で平成の30年間で起きたことを振り返ってみたいと思う。この30年の間に起きた劇的な変化はインターネットやソーシャルメディアといった、情報社会のインフラ構造の変化だった。ファッションの領域では、数々のスターブランドの誕生とともに、その背後でLVMH(注1)やKERING(注2)を筆頭とする新しい金融資本による市場への影響が顕在化して拡大し、世界中の大都市のメインストリートがこれらの傘下であるラグジュアリーブランドの旗艦店によって埋め尽くされる時代でもあった。激動とも言えるファッションの30年を辿ることで、新しい時代について考えてみたいと思う。

(注1)LVMH Moët Hennessy ‐ Louis Vuitton SEは傘下のブランドに、BERLUTI, CELINE, DIOR, EMILIO PUCCI, FENDI, LOUIS VUITTON, GENVENCHY, KENZO, MARC JACOBSなどを抱える。他にも、百貨店のLe Bon Marchéなど多数。酒造の他、ファッション以外にもホテルや不動産への投資も行う。また関連企業のL-CATTERSONは飲食や不動産、レジャーまで幅広い投資を行っている。最近、日本で話題になった投資案件はGINZA SIXだろう。https://www.lvmh.com/

(注2)KERING S.Aが本格的にファッションの業界に参入したのは百貨店のPRITNTEMPSを1991年に買収したことから始まる。創業者はフランソワ・ピノー。現在は二代目のフランソワ・アンリ・ピノーが代表を務める。傘下に、BALENCIAGA, BOTTEGA VENETA, GUCCI, SAINT LAURENT, ALEXANDER MCQUEENなど。https://www.kering.com/

平成の幕開けと現代ファッションの新しい動き

 平成元年にあたる1989年の一年は、文化史が凝縮されたような年だった。ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終幕に近づくこの年、この時の日本といえばバブル絶頂期だったことを覚えている人もいるだろう。三菱地所がニューヨークの6番街にあるマンハッタンのロックフェラーセンターを手中に収め、米国資本主義の象徴を日本の資本が買収したことでジャパン・バッシングが巻き起こったのもこの年である(注3)。

(注3) 1989年の日本はバブル絶頂期のピークで、世界から最も注目を集めていた時だった。1989年の9月末にはSONYがハリウッドにあるコロンビア・ピクチャーズを買収、その翌月10月には三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを手中にし、米国資本主義の象徴的なビルを日本の資本が買収したことでジャパン・バッシングが巻き起こる。年末には日経平均が最高値の38,957円44銭を記録した。「脱」戦後を意気込む文化人や財界人も多く、自民党総裁選に出馬した石原慎太郎と、SONY会長 盛田昭夫が『「NO」と言える日本』というタイトルのエッセイを11月に発表した(警戒心からだと思うが、米国ではすぐに翻訳が出回ったらしい)。今では世界的作家となった村上春樹が米国デビューしたのもこの年である。10月に"A Wild Sheep Chase"(『羊をめぐる冒険』の英訳)を出版し、米国でデビューした。

 パリでは「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」を発端とした現代ファッションの新しい動きが始まり、これに影響を受けた数々のデザイナー達の名前がパリの表側に出てきたのもこの頃だった。日本の代表的なアパレル資本が、米国のデザイナーに投資し、ブランドを立ち上げていたことを覚えている人もいるかもしれない。LVMHグループを経て現在は米G-IIIアパレルグループ傘下の「ダナ・キャラン(DONNA KARAN)」は、タキヒヨーの元社長だった滝富夫による投資とサポートによってブランドを立ち上げた。現在LVMH傘下である「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」は、オンワード樫山による投資を元にブランドを立ち上げている(注4)。

(注4)ダナ・キャランは1985年、マーク・ジェイコブスは1986年に日本資本によってブランドを創業。現在、ダナ・キャランは米国資本のG-IIIアパレルグループ傘下。マーク ジェイコブスはLVMH傘下となっている。80年代に日本企業の資金は米国に向いた。結果論としてあらゆる物件や投資案件を高値掴みした感は否めない部分はあるが、もしこの時、日本資本の投資が米国ではなく、パリに向いていたら現在の業界の地形図は大きく変っていたかもしれないと思う。

 この同時期にパリでは現代ファッションの現在の流れに繋がる大きな動きが起こっているのだが、業界ではあまり語られていないようだ。この年は現LVMHのオーナーであり会長のベルナール・アルノー(Bernard Arnault)が劇的なM&Aを成功させ、LVMHの会長に就任しているのだ。


デザイナー交代劇の発端と仕組み

 外部のデザイナーが歴史あるブランドの商品開発やディレクションに携わり、ブランドのクリエイティブ・ディレクターやアーティスティック・ディレクターといった名称でブランディングに関わり、数年おきに交代する度にファッションメディア上で大きな話題になっている。この仕組みの発端は今年2月に亡くなったカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が1965年に「フェンディ(FENDI)」のデザイナーに就任し、リブランディングに成功したのがきっかけと言われている。その後の1982年、シャネル本人が没後に10年以上低迷していた「シャネル(CHANEL)」の再興をカール・ラガーフェルドが成し遂げたことで、老舗ブランドのデザイナーに注目を集めるデザイナーが抜擢されるという仕組みは業界内で定石となっていく(注5)。今では当たり前になった仕組みだが、この仕組みを更に洗練させ、現代的な仕組みにアップデートしたのがLVMHを買収したベルナール・アルノーだ。

(注5)注目を集めきったデザイナーよりも、新興のデザイナーを投資対象として抜擢する資本側の戦略も存在する。また、生え抜きの人材をクリエイティブ・ディレクターとして抜擢するケースも最近出てきている。

 ベルナール・アルノーの経営母体は元々建設・不動産投資を主とする企業だったが、「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」と仏百貨店の「ボン・マルシェ(Le Bon Marché)」を1984年に買収したことをきっかけにファッション・ラグジュアリー事業に参加する。グループの動きの変遷をたどると、その勢いに驚く。買収した当初は勢いの無かったクリスチャン・ディオールにイタリア人デザイナーのジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferré)を配置し再興を成し遂げると、1996年には前衛的デザインの流行に合わせてジョン・ガリアーノ(John Galliano)を後任に据えた。

 またリブランディングだけではなく、新しい事業の立ち上げも行っている。エディ・スリマン(Hedi Slimane)を起用し、ディオールのメンズ部門(DIOR HOMME)を立ち上げ、元々は鞄ブランドであった「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」では、買収先ブランドのデザイナーであったマーク・ジェイコブスをクリエイティブ・ディレクターに起用し、総合的なラグジュアリーブランドに変貌させた。最近、ドキュメンタリー映画「マックイーン:モードの反逆児」が公開されて話題になっているアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)だが、ロンドン・ファッションウィークに出て間もなかった彼を、グループ傘下の「ジバンシィ(GIVENCHY)」のクリエイティブ・ディレクターに抜擢したものLVMHである。

 現在傘下のブランドで、クリエイティブ・ディレクターを務めるデザイナーの数多くがロンドンの名門校セントラル・セント・マーチンズ出身者だが、今ではこの学校にも巨額の投資を行っている。デザイナーがこの学校から業界へ輩出され続けることで、傘下ブランドの将来のクリエイティブ・ディレクター候補と、今後の投資対象になりうるブランドの誕生を期待できるのは勿論だが、それと同時に新陳代謝をも促すこともできるのだ。

時勢が利によって動いた結果に

 前シーズンのレビューで「時勢は利によって動くものだ。議論によっては動かぬ」という坂本龍馬の話を引用した。
https://www.fashionsnap.com/article/koishi-yusuke-2019ss/

 ファッションウィークの時勢もこの30年で大きく動いてきた。1943年にニューヨークで始まったこのシステムは、各々のデザイナーやブランドがプレゼンテーションを行い、メディア関係者を通して自身の存在をアピールする最大限の宣伝の場だった。設立当初は、デザイナーたちにとってブランドの知名度を上げ、事業を拡大するための機運を掴む舞台だったが、次第にソーシャルメディアの発展とともにその役割が変容してきている。

 別の業界の話になるが、テクノロジーの聖地サンフランシスコでは新興の小さなテックカンパニーが投資家の前で数々のピッチ(投資家向けのカジュアルなプレゼンテーション)を日々行っている。そして資金調達を達成したり、あるいはM&Aによるイグジットが噂になるたびに業界のニュースで話題になる。金融市場が活況の中、投資資金は市場に溢れ、最初から資金調達から短期間で売却することを目的とした上で設立されるスタートアップも数多く生まれた。今も幾多の小さな企業が、GAFA(注6)に吸収されている。

(注6)Google, Amazon, Facebook, Appleの4つを指す。テクノロジーの4強を指す呼称。2012年に売上ゼロ、社員10数人ほどのInstagramを800億円規模で買収したのはFacebookだ。新しいアメリカンドリームの形である。規模は違えど、これに似たような形でエグジットを目指すファッションブランドも増えている傾向があるように思う。

 時勢が利によって動いた結果かもしれないが、最近ではファッションの世界も似たような様相を目にする。パリやロンドンのファッションウィークを見ていると、クレバーな新興のファッションデザイナーがプレゼンテーションの場を、消費者に対してのブランディングの場というよりかは、資本家に対してアピールする絶好のピッチ会場として活用している気配がある。ファッションブランドが実際に売っているものは、「衣服、靴、鞄」といったそれぞれのアイテムなのだが、むしろこの文脈での売り物は「ファッションブランド、あるいはデザイナーそれ自身」である。資本家の目線では、投資対象となるのはブランドのアイテムだけではなく、イメージが高速で伝搬するこの時代においてはデザイナー自身やブランドに付随するコミュニティの可能性も含まれるのだ。

表と裏の物語とファッションの新時代

 こうして振り返ると、平成の30年の間には2つの物語が存在する。1つ目は日本から新しく前衛的な「コンテンポラリー・ファッション」が大きく立ち上がり、強力な独立系ブランドが複数生まれた物語だ。これはメディアで頻繁に語られる「表側の物語」である。2つ目は新しい投資家達がM&Aによって業界に参入し、人材のキャスティングやマネジメントによって行う「マクロなファッションデザイン」が生まれたという「裏側の物語」だ。この30年代の間にLVMHやKERINGといったフランス系の資本はファッション界におけるGAFAのような存在に成長した。そして大多数のデザイナーの役割も変容していった。この30年間は表と裏の物語が表裏一体に進行した時代なのだ。

 いま、「裏側の物語」に中東やアジアから参加する動きが生まれている。中東ではカタールをベースとするMayhoola(注7)が「バルマン(BALMAIN)」や「ヴァレンティノ(VALENTINO)」を傘下に収め、そして中国の復星集団(注8)は2018年に「ランバン(LANVIN)」を支配下に収めた。ファッションの外ではグレートファイアウォールの中で育った中国の大企業が今、1989年の頃の日本企業以上に世界から注目を集め、欧米での支配力を高めつつある。そして、その流れに対抗しようとする欧州の熱気が、今では我々のところまで伝わってくる。平成が終わる今、世界のあちこちで表側と裏側の物語が交錯する新しい時代が始まっている。

(注7)Mayhoola Investmentはカタール王室の資本による投資グループ。一時期、エディ・スリマンに投資するのではないかと噂になった。産油国は支配層の世代が新陳代謝するとともに、新しい産業への関心が生まれ、石油産業以外のビジネスへ徐々に触手を伸ばしている。http://www.mayhoola.com/

(注8)復星集団については過去の記事だが、東洋経済オンラインのこの記事(https://toyokeizai.net/articles/-/40103)が詳しい。ランドマークに投資を行う傾向は、バブル期の日本を彷彿とさせる部分もあるかもしれない。しかし、こういった資本がどこまで欧米に食い込めるかによって今後の時代の動きは大きく変わるだろう。復星集団のウェブサイト:https://www.fosun.com/language/en/

小石祐介
クリエイティブディレクター。株式会社クラインシュタイン代表。
東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンを経て、現在は国内外のブランドのプロデュースやリブランディング、デザイン、コンサルティングなどを手掛けている。また、現代アートとファッションをつなぐプロジェクトやキュレーション、アーティストとしての創作、評論・執筆活動を行っている。
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