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幼稚なカルチャーが混在する“異様さ”から生まれる新たな可能性 ミキオサカベ 27年春夏

文・佐々木エリカ

Image by: MIKIOSAKABE

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  ファッションショーで見るべきものとは何か?⎯⎯ 「ミキオサカベ(MIKIOSAKABE)」2027年春夏コレクションのランウェイショーを観終えて、まず頭に浮かんだのはそんな問いだった。

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 デザイナーの坂部三樹郎が今シーズン描いたのは、日本の「ショッピングモールカルチャー」と「グラビアアイドル」を掛け合わせた、全てがちぐはぐで異様な世界観と人間像だ。会場となったラフォーレミュージアム原宿には、郊外のショッピングモールで催されるイベントのような簡素なランウェイが作られていた。そこにはポスターが貼られたパーテーションやのぼりが置かれ、足元には空き缶やペットボトルのゴミが転がっている。ひとたびショーがスタートすると、激しいビートのBGMを背景にミラーボールがギラギラと輝く、カオスな光景が広がった。

 ファーストルックは、チャコールグレーのミニマルなビキニ姿。片肩にはバックパックを背負い、足元にはカラフルなランドリー(洗濯物)プリントのソックスと、透明な厚底スニーカーを合わせている。続くセカンドルックは、ビッグショルダーのオーバーサイズなチェック柄テーラードジャケットに、変形プリーツスカートを合わせた制服のようなスタイル。 この冒頭の2ルックが象徴するように、ショーではミニマルな水着姿と、地元のショッピングモールで放課後や休日を過ごす女子中高生のようなルックが交互に登場した。ビキニにスポーティーな小物やスニーカーを合わせる一方で、制服のルックには、バニーガールの耳がカチューシャやラペルのディテールとして取り入れられる。グラビアアイドルと少女の記号が、ランウェイの上で奇妙に入り混じる様子が繰り広げられた。

2027年春夏コレクションのファーストルック

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2027年春夏コレクションのセカンドルック

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 これまでミキオサカベは、漫画やアニメ、アイドルといった日本のカルチャーと西洋のファッション、歴史的な衣服と未来的な身体、少女のような可愛らしさとホラーのような不気味さなど、相反する要素や異なる文脈にあるものを共存させることで、新たな人間像を提示してきた。今回、「ショッピングモールカルチャー」と「グラビアアイドル」をテーマに選んだ理由について、坂部は「日本のグラビアはすごく歴史が長く、普通のアイドルとも、アメリカの雑誌『プレイボーイ(PLAYBOY)』のカバーガールのようなセクシーで成熟した女性像とも異なる、日本独特の不思議なカルチャー」と語る。

 欧米のカバーガールにせよ、日本のグラビアアイドルにせよ、「水着姿」というものは本来、「生」や「性」を強く印象づけるものだ。しかし、ミキオサカベが提示する水着姿は、それらとは全く異なる異質なムードを漂わせていた。スレンダーな身体にバックパックやスニーカーを合わせた水着姿は、性的というよりむしろスポーティーでヘルシーだ。一方で制服など他のルックも、ファンシーで少女的な装いでありながら、モデルたちには一様に生気がない。前髪で目の下まで顔を覆ったホラーじみたボブや、数珠を思わせる首元のパワーストーン風のネックレス、ビキニにプリントされた墓地のグラフィックが、どこか「不気味さ」や「死」の気配を醸し出している。さらに足元のフューチャリスティックな厚底ソールも相まって、その姿は非現実的な印象を与える。 

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墓地柄のグラフィックをあしらったビキニ

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 この徹底したアンバランスさについて、坂部自身は次のように話す。「ファッションのトレンドによって変わるものではなく、アマチュアリズムの中にある魅力みたいなものを落とし込みたかった。だから、全てがアンバランスなように見せたくて。音は激しいショーでもモデルはだらだら歩いているなど、少しずつ完成されてない感じを出すことを意識しました」。 そうしてランウェイ上に現れたのは、性的に消費される身体とも、成熟した大人の女性とも、無垢でかわいらしい少女とも異なる、既存のカテゴリーや印象には収まらない新たな女性像だった。

 今季のミキオサカベのランウェイショーで繰り広げられたのは、すべてがファンタジーあるいはパロディじみた、一見すると現実離れした異様な光景だ。しかし、日本では数十年前から水着姿のグラビア写真が少年漫画誌などを通して日常に当たり前に存在していることや、今や世界中の大人がアニメやキャラクターに熱狂し、バッグにぬいぐるみを付けて外を歩くのが見慣れた風景となっていることを思い返してみると、このランウェイの異様さは、実は日本の日常に散らばっているものをただかき集めただけの、「現実の写し鏡」なのかもしれないと気づかされる。

Image by: MIKIOSAKABE

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 日本のカルチャーの根底にあるものを、坂部は「幼稚性」と「アマチュアリズム」と呼ぶ。「プロフェッショナルじゃないというのは、やっぱり日本人はみんな幼稚なんですよ。その幼稚性は元々馬鹿にされていたところですが、現代ではもう世界中が幼稚になってきている。アマチュアリズムに関しては日本が先進国なんです」。権威的なヨーロッパのファッションに対する、日本の未成熟なカルチャーの圧倒的な熱量とユニークさ。坂部はそれらを同じ土俵に持ち込むことで生まれる魅力と独自性を武器に、クリエイションを続けてきた。

 では、なぜ今世界はこれほどまでに幼稚化へ向かっているのか。坂部はその理由を「安全な世界への慣れ」だと指摘する。「究極的に言うと、戦争はあるにしても、昔よりも大人になっても幼稚なまま生きていける世界になっている。これだけ安全になってきたら、世界中が幼稚化できてしまう。自分の国を守らなきゃという気持ちよりも、人任せのようになっている状況が世界中で起こっているのではないでしょうか」。

 確かに現代は、SNSの画面越しに今世界で起きている戦争の様子が一つの“コンテンツ”のように流れて消費されたり、ドローンなどのテクノロジーによって「戦争」の生々しい実感が希薄になっている時代でもある。現実には世界規模での戦争状態にあり、各国が軍事費を増やして危機感を強めている一方で、多くの人々が当事者意識を欠き、平和ボケしたまま無自覚に日常を過ごしている。ファンシーさや少女的かわいらしさ、パロディ的な遊びなどが中心にあるショーのルックから漂う「不気味さ」や「死」の気配もまた、まさにそんな現代社会のありようをポップかつシニカルに風刺しているようにも思える。

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 日本のグラビアアイドル文化や幼稚性のあるカルチャーは、すべてを手放しで賞賛し肯定できるわけではない。だからこそ、ショーを見た直後はこのコレクションをどのように捉え、解釈すべきか判断に迷う部分があった。しかし、世界中の人々が確実に幼稚化していく不可逆な流れの中で、坂部は「その中で新たなクリエイションを見つけることに興味がある」と語る。その言葉を手掛かりに、改めてコレクションの細部や全体像を見渡したとき、「その幼稚さやある種の異様さを自覚し受け入れ、客観的に眼差すことで開ける境地があるのかもしれない」という新たな視点と可能性に気づかされた。

 ファッションショーで見るべきものとは何か。それは決して、一体ごとのルックの完成度や服のデザイン、ディテールの美しさだけではない。お化け屋敷を舞台にした2026年秋冬コレクションでも、坂部は「服の構造を見せるよりも、空間や人を含めた『世界観そのもの』を体感させること」に重きを置いていると明かしていた。今回のミキオサカベのショーも、まさに全体の世界観を体感することで、私たちの日常に潜む現実と新たなクリエイションの可能性が見えてくる、そんなコレクションだった。

MIKIOSAKABE 27年春夏

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MIKIOSAKABE 2027年春夏コレクション

2027 SPRING SUMMERファッションショー

最終更新日:

文・佐々木エリカ

Erika Sasaki

FASHIONSNAP 編集記者

埼玉県出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、国内大手アパレルメーカー、ケリング傘下ブランドのMDなどを経験した後、2023年にレコオーランドに入社。現在はウィメンズのデザイナーズブランドを中心に、サステナビリティやSDGs、教育分野も担当。ファッションやカルチャーに加えてジェンダーや社会問題にまつわるトピックにも関心があるため、その接点を見出し、思考や議論のきっかけとなるような発信をしていけたらと願っている。

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