
展覧会「log in to the self」会場にて。座っているスツールは出展作家のDodiによるもの。
Image by: FASHIONSNAP(Monami Hayakawa)

展覧会「log in to the self」会場にて。座っているスツールは出展作家のDodiによるもの。
Image by: FASHIONSNAP(Monami Hayakawa)
10月24日まで、西麻布のギャラリー「WALL_alternative」で、2010年代のファッションを再考する展覧会「log in to the self」が開催されている。同展覧会の面白さは、「服飾史の回顧展」ではないということ。2010年代の東京は、インターネットの影響とストリートのリアリティが混ざり合うなかで生まれ、今もなお活躍している国内ブランドや表現者たちに光を当てる、挑戦的なファッション展だ。
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断片的な記憶になりがちな「2010年代」という時代を、企画者である倉田佳子はどんなカルチャーに触れ、どんな思いで駆け抜けてきたのか? 彼女個人のストーリーをたどることで、この展覧会がなぜ作られたのか、その真意が見えてくる。同時代を現場で体感してきたファッションジャーナリストの徳永啓太が、彼女の原体験と展覧会への思いに迫った。
■倉田佳子 | Yoshiko Kurata
ファッション、写真、アートを中心に、執筆・編集、展覧会やパフォーマンスの企画制作、アーティストコーディネーションを手掛ける。20代から独学でライター活動を始め、加茂克也、Martin Margiela、Virgil Ablohをはじめ、国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストを取材。2015年にガスアズインターフェイス株式会社に入社し、2022年に独立。主な仕事に、Virgil Ablohの書籍『“複雑なタイトルをここに”』の共同翻訳・編集、パフォーマンス「p.§.」のプロジェクトマネジメント、展覧会「KAMO HEAD」の共同企画・制作、書籍『HYSTERIC SCRAP BOOK 1984-2024』の共同編集など。2024年春にポッドキャスト「AfterParty」を立ち上げ、Spotify「RADAR: Podcasters 2025」に選出。DOVER STREET MARKETでトークイベントも開催した。
Instagram:@yoshiko_kurata
目次
社会と接続するファッション⎯⎯ロンドンでの原体験と「波紋」を起こす重要性
徳永啓太(以下、徳永):倉田さんにとって、ファッションやカルチャーに興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?
倉田佳子(以下、倉田):私はもともと「Zipper」や「FRUiTS」といった青文字系雑誌、それに古着やストリートカルチャーから入ったんです。当時はドメスティックブランドしか知りませんでしたし、ブランド名も全然わからないけれど古着が好きで、千葉から頑張って原宿に通っていました。今に通ずるきっかけとしては、2012年に留学したロンドンで見た光景や体験が大きかったと思います。ちょうど「JW アンダーソン(JW Anderson)」が台頭して話題になり始めた時期でした。
現地ではスタイリストのアシスタントを少しやっていて、金髪ツインテールに「トーキョー ボッパー(TOKYO BOPPER)」を履いて、“ザ・原宿”のようなスタイルで歩いていたんです。完全に街で浮いていましたが、そのおかげでファッションウィークの会場周辺にいるだけで現地の学生やクリエイターから「一緒に遊ぼうよ」と声をかけられて友達を作っていました。
当時はファッションショーには入れなかったですが、そうやってファッションウィーク中は毎日会場に通う中で、地下鉄で配られている無料夕刊紙を開いたら、ロンドン・ファッションウィークの特集面があり、隣にいたサラリーマンがそれを真面目に読んでいたんです。「一見ファッションに興味がなさそうな人でもしっかり読むんだ!」と驚きました。さらに現地の経済紙「フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)」でも、ファッションウィークの動向が数字ベースで一面に取り上げられていて、「業界誌ではないメディアがここまで取り上げるなんて、日本ではありえないな」と感銘を受けました。

倉田佳子
徳永:ファッションやアートが業界内だけにとどまらず、社会や一般の人々と地続きで接続している現場を体感したわけですね。
倉田:そうですね。また当時、美術館で観たファッションやアートの展示もすごく記憶に残っています。2012年にテート・モダン(Tate Modern)で観たダミアン・ハースト(Damien Hirst)の回顧展も体験として強烈でした。ガラスケースの中にハエが集まる牛の頭部が置いてある作品「A Thousand Years」や、サナギが蝶になるインスタレーション作品「In and Out of Love」など、もちろん作品の強度やスケールにも圧倒されましたが、それよりもそこにいる来場者の幅広さが印象に残ったんです。平日の昼間からごく普通のお年寄りや学生たちがいて、それぞれどれくらいアートに専門的な知識があるかわからないですが、作品の前で語り合っていて。こうした社会とのつながりや伝え方に可能性を感じました。
それから日本に戻っていろんな仕事に関わらせてもらいながら、2025年に久しぶりにロンドンに行った際、バービカン・センター(Barbican Centre)で開催していた展覧会「Dirty Looks Desire and Decay in Fashion」で若手支援プログラム(「Fashion East」や「NEWGEN」など)から出たばかりの若いブランドが展示されているのを見ました。数年後に生き残っているかもまだわからないような才能を、運営側が評価し能動的に打ち出している姿勢を見て、「自分がファッションに感じていた面白さってこれだったな」と原点を思い出したんです。
徳永:時代が変わっても、ロンドンには常に新しい才能を自発的に打ち出していくエコシステムが存在していたのですね。それで帰国後に企画のプランを?
倉田:そうです。振り返れば、2012年のロンドン留学から帰国後に「東京コレクションを振り返る会」や「ファッションは更新できるのか?会議」などを見ていたことも、自分の原体験として大きかったと思ったんですよね。服飾学生でなくとも直接デザイナーや関係者の話に触れる機会があり、ファッションが開かれていた時代でした。でも今は自分含めて、もう少し業界が受け身なような気がするんです。例えば、「編集に興味を持つ学生が減っている」「ファッションへの関心度を上げなければ」などと言われながら、業界側からどのようなアクションができているのだろうとも感じて。能動的にファッションと社会との接点を作るにはどうしたらいいのかとモヤモヤしているタイミングで、去年ロンドンを訪れた際に原点に立ち返ることができ、今回の展覧会の企画を書き始めたのが始まりでした。まずは「ファッションの展示ってこんなに見せ方があるんだ」という新しいアテンションを作ることが第一歩だと思ったんです。
徳永:評価されるのを「待つ」のではなく、自分たちの手で仕掛けていくと。
倉田:そうですね。例えば、ここ数年上海や韓国の勢いもすごくなっていきましたよね。韓国は国策として音楽とファッションを掛け合わせ、圧倒的なスピードでビルドアップしました。上海の「レーベルフッド(LABELHOOD)」*も、「こんなに自国のブランドって面白いんだぞ」と自ら提示し続けることで、今やグローバルなスターを多数生み出しています。そうした2010年頃から国内外の状況を見る中で、発信側の姿勢次第でいくらでも状況は変えられるということが、点と点でつながっていきました。
*レーベルフッド:中国・上海を拠点とする、中国の若手デザイナーを支援するプラットフォーム。上海ファッションウィークでの新鋭ブランド向けのショー会場の運営をはじめ、若手デザイナーのインキュベーションなどの育成プログラムやセレクトショップの展開など、幅広い活動を行っている。

徳永:日本人はそのあたりのプロモーションやパッケージングが少し苦手かもしれませんね。批判も含めて話題を提示し、波紋を広げること自体に価値がありますよね。
倉田:例えば、裏原宿カルチャーが今も何度も再評価(フックアップ)とともに若い世代からの支持も続いているのは、当時の雑誌などでアーカイヴされていることも一つの要因としてあると思うんです。誰かがやってくれることを待つのではなく、自分たちの手で棚に並べて体系化していかなければ、記憶や文化は残らなくなるという危機感を感じていました。なので、今回は「2010年代にこだわって展覧会を開催した」というよりも、動機の中心には、まだ制度的に体系化されていないファッションの現象を能動的にパッケージ化することがあります。究極、企画の切り取り方は「2010年代」でなくてもよかったのかもしれません。
2010〜2015年の空白を掘り起こす⎯⎯K-POPや世界的な再評価からこぼれ落ちる「東京の文脈」
徳永: では、なぜ今2010年代に焦点を当てたのでしょうか? 2010年代前半は、海外のファッションシーンにおいても記憶や記録がすっぽり抜けている時代でもある印象ですが。
倉田: おっしゃる通り、2010年から2015年の間は、世界的に見ても言語化されず、記憶からすっぽり抜け落ちている感覚がありますよね。西洋のモードシーンにおいてはデムナ(Demna)やヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)らが登場した2015年が大きな分岐点であり、それが現代のスタンダードを形成するエポックになったと思います。
一方で今、K-POPなどのカルチャーは、2015年前後のケイティ・ペリー(Katy Perry)やレディー・ガガ(LADY GAGA)、ジェレミー・スコット(Jeremy Scott)×「adidas Originals(アディダス オリジナルス)」の“ウイング”スニーカー、「リーボック(Reebok)」といったポップでアイコニックな要素を先に回収してリバイバルさせています。それはK-POPのガールズグループ キキ(KiiKii)のMVなどでも感じることができると思います。
そして、Y2Kのハイスピードな消費サイクルを見ていると、「2010〜2015年の東京の文脈」が検証されないまま同じように「2010リバイバル」が来てしまうことに、強い危機感があります。のんびりしていると、ただ「可愛い」と安価なものが消費され、日本のカルチャーとして何も還元されないまま終わってしまう。だからこそ、リバイバルの波に飲み込まれる前に、「2010年代のデザイナー」にスポットライトを当てて先行して提示できる、ギリギリのタイミングが今なんです。
また、今年日本では「平成展」が多く開催されましたが、平成のノスタルジーと2010年代初期のデジタル・アナログが交錯していた記憶は、みんなの中で曖昧になり始めています。だからこそ、その曖昧さを逆手に取って、グローバルな2010年代リバイバルの流れと重ね合わせて提示するのがベストなタイミングだと判断しました。
徳永:ファッション業界以外でも、先日auが「古いガラケーを持ってくると、中に残っている過去のメールや写真を見られるようにする」というサービス(「おもいでケータイ再起動」)を行っていました。昔のラブレターや子どもが生まれた時の写真が出てきてお母さんが涙するような様子が話題になっていましたが、経済的にそうした「過去の記憶の再生成」や「アップデート」が一巡しようとしている感覚がありますよね。企業にとっても記憶を扱うプロモーションが経済効果を生むように、失われがちな文脈を克服しようとする気分が今の時代にある気がします。

「何かが始まる予兆があるところに惹かれる」
徳永:倉田さんにとって、2010年代のファッションシーンで特に印象に残っていることはなんですか?
倉田:2011年12月末に、坂部三樹郎さんが中心となって開催された秋葉原でのイベント「AFwww ~AKIHABARA FASHION war week w」です。今回の展覧会のリサーチでも、このイベントのレポートを読み返していました。坂部さんがヨーロッパから帰国し、日本の秋葉原カルチャーの面白さを再発見したような象徴的なイベントだったのですが、実際に観て「これはヤバい!」と興奮したのを覚えています。そこに今回展示しているブランドの一部が参加しているという点でも原点ですし、印象に残っています。
私自身はアニメや漫画にどっぷり浸かった筋金入りのオタクというわけではありませんでした。でも、「電車男」が映画化される様子や、タワーレコードでバイトする中でAKB48のCDの売れ行きを目の当たりにして、オタクカルチャーがアンダーグラウンドからメジャー化していく空気感を肌で感じていたんです。その後に「秋葉原 × ファッション」という掛け算を目撃して、「ファッションってこんなに他のカルチャーと接続できる可能性があるんだ」と強い衝撃を受けました。
徳永:当時はまだオタクカルチャーがサブカルチャーの枠を出ず、ファッションとは対極の位置にありましたよね。そうした中で、坂部さんがでんぱ組.incの衣装を手掛けたのは象徴的な出来事でした。それまで接点のなかったモードファッションとアイドルカルチャーを直接繋ぎ合わせたわけです。今でこそ「推し活」という言葉でフラットに語られますが、当時すでに秋葉原には独自の経済的な熱量がありました。そこにファッションを組み込んだことで、それまで服に馴染みのなかった層にドメスティックブランドが届き始め、ファッションとオタクカルチャーの架け橋ができたのだと感じています。

「ミキオサカべ」2011年秋冬のショーででんぱ組.incが着用したブーツ
倉田:本当にそうですね。私は「これから何かが始まるかもしれない」という予兆がある場所に惹かれがちなんです。それでいうと上海の「レーベルフッド」にときめいたのも同じ感覚でした。世の中で爆発的に跳ねて消費されてしまう前段階の、「どうなっていくんだろう」という怪しい雰囲気を醸し出している場所・瞬間が一番面白いと感じるんですよね。
内輪のノスタルジーではなく、ファッションの文脈としての新たな視点を
徳永:今回の展覧会の参加メンバーとその選出の背景をお聞かせください。
倉田:日本の美術館で開催されるファッション展は、西洋の古典的なドレスから始まり、1990年代の日本のブランドから現代活躍するブランドまでという流れの「ファッション史」が多く、近現代のストリートやインターネット普及後のカルチャーの文脈はなかなか語られません。
そうした美術館での展示を観ながら、今回どのような展示の切り口にするか迷いました。例えば、「あのちゃん」といった2010年代のカルチャーを象徴するアイコンを立てて、そこを軸にしたファッションの展覧会も考えられると思います。しかし、それでは今回企画を立ち上げた当初に思った「自国のカルチャーを自ら提示していく」という根本的な課題が解決できないな、とも感じました。
だからこそ、日本のブランドである「ハトラ(HATRA)」や「クロマ(chloma)」、「ボディソング(BODYSONG.)」、「バルムング(BALMUNG)」、「ルヌルヌ(runurunu)」、「ルルムウ(rurumu:)」などを軸に据えました。ただし、内輪のノスタルジーで終わらせないために、彼らが影響を受けた「ベルンハルト・ウィルヘルム(Bernhard Willhelm)」やジェレミー・スコットなどの2000年代の海外ブランドの古着を、スタイリストの小山田孝司さんやボディソングが運営するショップ「New Policy」などの所有物からお借りして一緒に並べています。そうすることで「こういう相互関係があったんだ」というブランドを紹介するだけでなく、ファッションの文脈として新しい視点が生まれるような会場構成にしました。また会場では、雑誌「TUNE」や「STREET」のバックナンバーが閲覧可能で、販売もしています。

空間構成は市野沢祐大が担当。ソファやベッド、姿見などが置かれ、「部屋」をイメージした空間となっている。

「ベルンハルト・ウィルヘルム」や「ジェレミー・スコット」など2010年代の海外古着を中心に構成した展示エリア
徳永:今回は、ファッション以外のアーティストやクリエイターによる作品も展示されていますが、それはなぜですか?
倉田:当時のブランドの服だけで固めるのではなく、少し下の年代や現代的な作家の作品を同じ空間に混在させることで、「過去・現代・未来」という時間の流れを生み出したいと考えました。例えば、アーティストの菅原玄奨(Gensho Sugahara)さんは、現代人の佇まいや身体性をテーマにした彫刻を制作している方で、近年はスタイリストとの協働による制作も行うなど、ファッションとの親和性がある表現をしています。また、赤いソファの横にあるデザインスタジオ DODI代表の杉野龍起さんが手掛けた黒いスツールは、彼自身が指を突っ込んで圧縮させて形作られており、「人の痕跡」がテーマになっています。素材への関心や肌のような質感のテクスチャーが、非常にファッションに近いんですよね。カラフルな椅子の上に展示されたオブジェはRyu Utsunomiyaさんの作品で、彼は2000年代や2010年代からインスピレーションを得た彫刻作品やアクセサリーなどを制作しているクリエイターです。
あくまでこの「部屋」という空間に沿いつつも、「部屋」だけど特定の人物像はいない、誰かの痕跡を残すための作品選びを行いました。その痕跡や気配が残った空間に来場者が滞在したり、会期中に行ったパフォーマンスが発生したりすることで、展示作品や空間の感じ方も変わってくると思います。また、3人とも作品のコンセプトや個人的な興味としてファッションへの繋がりがある方々なので、今回の展示との親和性もありました。

菅原玄奨の作品

Ryu Utsunomiyaの作品
徳永:参加ブランドやクリエイターの選出にあたり、ジェンダーバランスについては何か意識していますか?
倉田:ジェンダーバランスについて考えるべきだとは思いますが、だからと言って「女性が足りないから無理に増やす」という考え方には違和感があります。それは自分も何かの企画にお声がけいただいた時に、明らかに自分ではなく「女性」という括りで呼ばれていると感じることがあるからです。それは翻って、たった一人の女性を入れることで相手は満足していたとしても、当事者としては個体性があるのに「女性代表」として声が届いてしまう危険性も感じるからです。
会場の規模を広げた場合はどうなるんだろう、とも想像したことがあります。その場合はジェンダーバランスだけでなく、網羅する領域の拡大とともに自然とリストも増えました。その上で、今回自然な流れで選出した結果、現在のラインナップになりました。
今回展示で取り上げる、2010年代初期に普及したインターネットがもたらしたポジティブな側面として、女性クリエイターへの影響は非常に大きかったと考えています。#MeToo運動以前の2010年代において、ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)が「自分ひとりの部屋」で「女性が創作するためには自分の部屋が必要だ」と説いたように、インターネットは資本や権力のない女性たちが経済的な制約を超えて獲得できた現代の「部屋」として機能したと思います。自ら発信し、主導権を握るためのツールとしてインターネット上で生まれた女性のクリエイターは、例えば同年代では、写真家のペトラ・コリンズ(Petra Collins)や「ルーキーマガジン(Rookie Magazine)」創設者のタヴィ・ゲヴィンソン(Tavi Gevinson)など、今も活躍する面々が誕生しました。もちろんそれは今にも続いているわけではなく、結局また同じように誰かの眼差しを感じながら、あるいは画面の向こうにいる誰かを所有している感覚へと押し進める中毒性を加速する起点を作ったとも言えるかもしれません。
今回参加いただいたルルムウの東佳苗さんは、まさにインターネットという「部屋」を通じて女性同士のコミュニティを形成し、創作を続けてきた象徴的な存在だと思っています。編み物(ニット)の一点物からスタートし、独自の世界観を築き上げてきました。

会場に展示された「ルルムウ」の作品

2010年代の一点物の作品を中心に展示している。
徳永:確かにおっしゃる通りですね。2010年代のクローズドなインターネットは、既存のマスメディアに対する強いカウンターやコミュニティを形成する「部屋」として機能していました。しかし、誰でもアクセスできるフラットな空間になったことで、消費の波に晒されるようになってしまう危うさもありますね。
また最大の弱点は、サーバーが停止したりアカウントが消えたりすると、積み重ねてきたログ(歴史)が一瞬で消滅してしまうことです。「かつて確かにそこに存在したカルチャー」を風化させないためにも、物理的なアーカイヴとして体系化し、形に残しておく作業が不可欠なのだとお話を聞いていて同感します。
倉田:現代は数字を作ることが勝ちゲームのようになっていますよね。しかし私は、数字の消費ではない「価値作り」の場所が必要だと感じています。
ファッションの体系化への挑戦と、次世代へ繋ぐ役割
徳永:展覧会のタイトル「log in to the self」に込めた真意を教えてください。
倉田:東京のファッションスタイルの面白みは海外から見ても特異的です。それは例えば、「FRUiTS」や「TUNE」のように原宿の路上でスナップしていた時代を生きた人に聞けば、常に他人から「見る」「見られる」という関係があったそうなんです。Instagramが普及する前の2010年代初頭のクラブカルチャーも、自撮りをするためやストーリーに上げるためではなく、パーティで出会う他人からの視点を意識して「過剰におしゃれをしていく」という他者を強く意識した緊張関係にあります。それがインターネット時代に移行した際、途端になくなり「ファッションスタイルに緊張感がなくなった」と言われることもあります。でも、「見る」「見られる」という緊張関係は変わらないと思うんですよね。むしろ、今は「どう見られるか」を意識する範囲が自分の身体だけでなく「部屋」そのものにまで拡張した分、より緊張状態にあると思います。今回の展示空間を「部屋」というコンセプトにしたのも、こうした背景があるからです。
ハトラはブランド初期に「部屋」というコンセプトを掲げ、部屋にいる状態の居心地を「外」に持ち出すような服を作っていましたが、それは、当時はまだ「部屋」と「外」の境界線が明確にあった時代であることを象徴しているとも言えます。でも今は、もう「部屋」も「外」も関係ないですよね。当時は「引きこもり」という社会問題もありましたが、今も変わらず人間は歩きスマホによって“自分の部屋”に没入しているので、その境界線は曖昧になってきています。

「部屋」をコンセプトにしたハトラの服
今回のタイトル「log in to the self」も、そこに由来しています。初期のインターネットには、年齢や性別を変えて「違う自分にログインする」という解放感や、平野啓一郎さんの言う「分人(ぶんじん)」的な楽しみがありました。一方で現在のSNSでは、特にインターネットとリアルの境界線がなくなり、どこにいる自分も「私らしく」と言いながらも他者の目を前提とした自己演出に縛られ、「本当の自己とは何か?」が曖昧になっています。そうした自己の認識と装いは紐付き、変化しているはずです。初期インターネットの原点から現代の自意識への問いかけとして、このタイトルを付けました。


徳永:「インターネットやSNSを通じた自意識や存在論」というテーマはアートの文脈でもよく扱われますが、それはあくまで概念であって、その側面からスポットライトを当てつつも「ブランドとして存在し、ビジネスとしても成り立っていること」を体系化しようとしている点が非常に重要ですね。
倉田:そうですね。美術館でもファッション展は開催されていますが、よりファッションを体系化する動きは積極的になされるべきだと思っています。個人的な体感として、自分が立ち上げたポッドキャスト番組「AfterParty」を通じて意外にも他業界からファッションへの興味が高いことがわかったんです。そうした手応えがあったからこそ、体感的に新しい視点を提示できる手法として思いついたのが「展覧会」であり、最初に自分の原点としてお話しした「場を開くこと」「体系化すること」そして「時代の読みとして2010年代のリバイバルに応えること」という3つの思いが、私の中で重なっていきました。
徳永:今回はなぜ「WALL_alternative」を会場に選んだのでしょうか。
倉田:「ファッションの展覧会をやりたい」と企画書を作りいろんな方にアプローチしたところ、アートギャラリーである「WALL_alternative」さんが興味を持ってくださり、共催という形で実現に至りました。ただ、私が一番危惧しているのは「アートとファッションの安直な掛け合わせ」と誤解をされることです。決して「アートとファッションを混ぜたら話題になるだろう」といったエゴで企画したわけではありません。私は「ファッションとアートは別物である」という互いの文脈の違いを理解したうえで企画を組み立てました。今回参加してくれたアーティストの菅原玄奨さん、Dodiの杉野龍起さん、3Dプリントの作品を作っているRyu Utsunomiyaさん、グラフィックを担当してくれた加瀬透さんなども、先程お話ししたように、実はもともとファッションに深い関心や背景を持っている方々です。表層的なコラボレーションではなく、共通のバックグラウンドがあったからこそ実現できたと思っています。

菅原玄奨の作品
徳永:ファッション業界の外側に向けて言葉を届けていかなければいけないというのは、僕も強い危機感として感じています。「9割の人はファッションを知らない」という前提で言葉を落とし込む必要がありますよね。今回はさまざまな場所に打診した中で、結果としてWALLが興味を持ってくれた。だからこそ、“アート文脈のギャラリー”という場所の性質に引っ張られて「アートとファッションの表層的な掛け合わせ」と誤解されるのは本意ではないということですね。

会場に展示された「ジュンヤ スズキ(JUNYA SUZUKI)」の作品

「バルムング」(左)と「ルヌルヌ」(右)の作品

「ハトラ」の作品
倉田:その通りです。また、私は企画者という立場上、外からは「すべてを自分の手で仕切るプロデューサー」のように見られるかもしれませんが、決してそうではありません。2010年代を主題とした展覧会を実現するために、今回の出展者から空間構成を手掛けた市野沢祐大さん、ほかにも同世代のムードを知っている方まで本当に多くの方々に話を伺うことから始まりました。 そうした対話を通して、私自身の中でもだんだんと当時の解像度が上がっていく感覚があったんです。関わってくださった全員の情報やアドバイス、協力がなければ、この展覧会は形になりませんでした。私ひとりの力では到底成し得なかったことは、まず最初にお伝えしたいです。私自身、キュレーターやプロデューサーという大げさな肩書きで自分が前に出たいわけではありません。バレーボールで言えば、次の世代や議論のために「トスを上げる役割」に徹したいんです。
徳永:展覧会開催は今回が初めての試みでしたが、来場者に向けて何か伝えたいことはありますか?
倉田:ファッションを体系化する機関や展覧会が少ない現状において、この機会がひとつの違和感やきっかけになればと思っています。池の中に私がポンと石を投げたら波紋が生まれるように、今後色々な人が関わって新しい議論やプロジェクトへと広がっていってくれたら嬉しいですし、そうなっていくことを希望しています。 そしてこれは始まりであり、ひとつの「通過点」です。かつて私がロンドンの展覧会で強い衝撃を受けたように、今度はこの場所から誰かにバトンを繋いでいってほしい。これから新しいファッション表現や展覧会を作りたいと考えている次世代の方々にこそ、ぜひ見ていただきたいと思っています。

【取材後記】
今回の取材を通して実感したのは、インターネット時代における「記録のあり方」と展覧会の持つ価値でした。
SNSやウェブサイトは誰もが簡単にアクセスできる便利さがある反面、サイトが閉鎖されればすべての歴史が一瞬で消えてしまう危うさも抱えています。一方で、展覧会や本といった物理的なメディアは、その場所に足を運ぶ必要があるものの、時代を超えて形として残り、見る人の記憶に強く刻まれていきます。
画面越しではなく、実際の空間で作品を体感し、言葉を交わし、刺激を受け合うこと。普段ファッションにあまり興味がないという方にこそ、この空間を体感してほしいと改めて感じました。
会場では小冊子「vol.1 log in to the self」(TOKYO CULTURE RESEARCH UNIT制作)が販売されており、参加している5ブランドの貴重なインタビューが記録されています。
2010年代のネット上で活気があったアンダーグラウンドカルチャーを、私たちの「記憶」から消えてしまう前に「記録」として留めること。そして大義や商業的な消費に呑み込まれる前に、「かつて日本にこんな独自の文化が存在した」と提示すること。この2つの役割を果たしている点に、今回のファッション展覧会の本質的な価値があるのだと感じています。
最終更新日:
◾️login to the self
会期:2026年10月1日(木)~10月24日(土)※日曜休み
会場:WALL_alternative
所在地:東京都港区西麻布4-2-4 1F
営業時間:18:00〜24:00
入場:無料・予約不要
空間構成:市野沢祐大
グラフィックデザイン:加瀬透
協力:BODYSONG.、青木正一、小山田孝司、伍戒
企画・キュレーション:倉田佳子
共同企画・共同キュレーション:新谷さとこ
企画協力:鈴木操
主催:WALL_alternative
公式ホームページ
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