HARUNOBUMURATA 2026年春夏コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
1990年より東京、パリなどの各都市で開催されるファッションショー及びデザイナーへの取材を続ける。雑誌『QUOTATION』のファッションディレクターを務める傍ら、新聞、雑誌に記事やコラムを定期的に寄稿。桑沢デザイン研究所非常勤講師。2019年より2021年まで共同通信社47newsにてコラム『偏愛的モード私観』を毎月更新。2014年より現在までFASHIONSNAP.COMにて短期連載『モードノオト』を寄稿。(photo by Shuzo Sato)
文字通り流れる如き展開。動きが生み出すワルツの律動。漸次移り変わる服地のしなやかな表情。こうした抒情的な設定は「ハルノブムラタ(HARUNOBUMURATA)」ワールドの定番。気品のある拵えと云う結構も、既に手の内に入れてある道具立てのせいか、終始、滑らかに流れる感じがする。たとい2000年代前半の欧州のラグジュアリーブランドの影響が見られたとて、既視感を追い払うだけの充分な租借力がある。とりわけ今季の創作は涼やかだ。後述するけれど、彼の創作は、眼に見えないほどの一本の糸で繋がれている。
陰影のもたらすゆかしさを感じる。たとえば、透明感のある色彩が交叉する澄んだ空気の印象。浅瀬に流れる水の音のイメージ。陽の光に反射する水飛沫の煌めき。花弁に零れる朝露の儚さ。八重にかかる朝霧のおぼろな情景。鬼百合のグラマラスな造形。朝まだきの庭園のすがすがしい景色を創作イメージの遠景として、我々を育み、恵みを与える自然の豊かさと神秘を彷彿させるモチーフが服の設計と細部に織り込まれている。この場合、古来の日本庭園が望ましいが、特段その様式にこだわるよりは、噴水や花壇、池泉や東家などを設えた情趣のある架空の庭園の全景を想像して欲しい。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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円熟した大人の語り口とまではいかないけれど、村田晴信の創作は瑞々しい抒情性を湛えている。と云ったとて、湿っぽさは微塵もない。女性たちは、自慢のボディーラインを見せるために、窮屈な仕立て服を我慢したり、逆に、慎み深く全身を覆い隠したりする必要などはない。村田の特有の優雅さを身に纏えばいいのだ。このことは以前も云ったけれど、軽やかで綺麗な服を演出するブランドの居場所がなくなってしまった今の東京のファッションウイークに於いて、村田の意志は貴重な存在だと思う。それほど引き出しが多くはないようだから、大胆なシーンチェンジは望めないが、何も、立ち合いで、すばしこく変わり身を打つことだけが目新しさではないのだから、そのあたりの土俵勝負の呼吸は、本人がいちばん承知しているだろうし、外野がとやかく口を挟むべきことではない。
これは私の勝手な想像なのだけれど、彼は縫い目を一本取るかどうかで、何時間も、或いは、何日も悩み続ける男なのだと思う。その仕事ぶりは、ファッション界の古典主義者さながらだ。彼の作品がミニマルならば、ミニマリズムには思想とアイデアがギッシリと詰まったものでなくてはならない。密度の濃い仕事をしているのだから、ミニマムなデザインを手掛ける他のデザイナーと一緒くたにすることは、一つ一つの作品に込められた労力を侮辱することになる。私が行司ならば、ミニマリストよりもマキシマリストとしての彼に軍配を上げる。珍しく今季はデニム素材を大胆に取り上げている。一着毎に手仕事によりスモッキングされた布の質量は、洗いを掛けることで肌馴染みの良い風合いに仕上げた。彼のスタイルが微妙に進化を遂げたとしても、驚くに値しない。流行にしがみつき、シーズン毎にトレードマークを変えるようなデザイナーとはわけが違うのだ。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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得てして一つのショーには、創作の「魔」が立ち上がる瞬間がある。見逃すことの出来ない瞬間である。村田の創作は、ジャポニスムとかシノワズリーとかのステロタイプ化した異国趣味とは一線を画するものだ。だが、和的なファンタジーがちらりと覗く瞬間がある。服に擦り込まれた「和」とか、幻想的な「和」は、我々がそれと気が付かないほどの巧妙さでうっそりと立ち上がり続けている。「洋」の服を題材にしているが、村田は、豊かな奥行の精神と、極めて日本的な美の本質を自らの創作の拠りどころにしている。「和」と云う直接的な主題に共鳴することはなくて、もっと枝葉末節の、皮膚感覚に近い部分での共鳴である。しかし、思慮深き読者には、主題と枝葉末節は、実は等価であると云う事実を再認識するはずである。さて、一見、途切れているように思える糸をしっかりと見ることが出来るか。試してみる価値はある。(文責/麥田俊一)
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