Fashion 次世代の担い手たち

【連載】次世代の担い手たち - vol.1 malamute 小高真理 -

Image by: FASHIONSNAP

 日本の次世代を担う若手ファッションデザイナーたちの歩みを辿る新連載「次世代の担い手たち」。第一弾は2014-15年秋冬シーズンにデビューしたニットに特化したウィメンズブランドマラミュート(malamute)」小高 真理。BFGU(文化ファッション大学院大学)とここのがっこうで培ったハイブリッドなクリエイティブセンスと、木村伊兵衛賞受賞の気鋭写真家 森栄喜と生み出すノスタルジックな世界はどこから生まれたのか。

 

小髙真理
1987年埼玉県生まれ。2009年文化女子大学卒業、2011年文化ファッション大学院大学卒後、2014-15秋冬シーズンから「malamute」をスタートさせた。
malamute 2017年春夏コレクション

雑誌編集者志望のはずがデザイナーに

ー ファッションに興味を持ったのはいつですか?

3歳か4歳くらいの頃です。祖母に「ピンクハウス」の服をよく着せられていたのですが、花柄でレースやフリルがたくさん付いていて幼心にとても恥ずかしかったのを覚えています(笑)。それから自分で着る服は自分で選ぶようになっていきました。

ー 学生時代に夢中だったのは雑誌だったそうですね。

中学・高校の頃はファッションがすごく好きという訳ではなかったのですが、雑誌が好きでたくさん読んでいました。モード誌よりも「ノンノ(nonno)」や「ミーナ(mina)」、「ジッパー(zipper)」といった青文字系の雑誌が中心で、トレンドに興味があったんです。なかでも「キューティー(CUTiE)」がすごく好きだったので、休刊が発表された時はショックでしたね。今思うと漠然と描いていた将来は、デザイナーよりも編集者でした。

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ー 編集者志望だったのになぜ文化女子大学に進学を?

高校生の頃に、当時ファッションチェックで人気だったピーコさんの本(山田詠美との対談「ファッション ファッショ マインド編」)を読んだんです。その中に綴られていた「編集者は服づくりが分かっていないと意味がない」という言葉にすごく心に響いて。大学に進むことが両親との約束だったので、服づくりが学べる大学をすべて見て回って文化女子大学に進学しました。

ー 文化服装学院との違いは?

語学や教養科目などの授業もある点は普通の大学と同様です。教職や学芸員の資格なども取得できます。私はパターンや造形学を深めるコースを専攻していたので服づくりの課題も多かったですね。日々、縫い方などの点検がありました。

ー 大学に進学して自身の服装にも変化があったとか。

大学へ入って初めてモードに触れました。それも日本のモードです。「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」、「ヨウジ ヤマモト(Yohji Yamamoto)」など大学の友人や先生方が着ていて、服の仕様や素材などを理解していくと同時にコレクションブランドの服に興味を持ちました。その頃からデザインに対しても考えるようになりましたね。特に「トーガ(TOGA)」や当時の「トリコ・コム デ ギャルソン(tricot COMME des GARÇONS)」を買っていました。

ー その後、BFGU(文化ファッション大学院大学)に進学していますね。

BFGU(文化ファッション大学院大学)ができた年の卒業ショーを見てすごく感動したんですよね。「プラスチックトーキョー(PLASTICTOKYO)」の今崎(今崎契助)さんら先輩が、当時装苑賞にノミネートされているのを見て「センスがいいな」と思い、大学院で学びたいなと思い進学を決めました。

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BFGU卒業時の作品

ー なぜニットを専攻?

授業の中で「編地」に興味を持ったのをきっかけに、面白い独自の編地を1年かけてつくってみたんです。1年生の修了展示で、イッセイ ミヤケで「ハート(HaaT)」を手掛けている皆川魔鬼子さんに見ていただいて、「もっとニットをやりなさい」と薦めていただいたのがきっかけです。大学院には十分な機械が備わっていて、自分でやってみたいなという編地を実現できる環境が整っていたのでいろいろなチャレンジができましたね。

ー 大学院と平行して「ここのがっこう」にも通っていたんですよね。

友達が1期生として通っていたのがきっかけで、雑談している時にどんな学校なのかを聞いたら「今、服を発泡スチロールで作ってるんだ」と言われて(笑)。怖いもの見たさで彼女が手伝った山縣さんの0点コレクションを見に行ったのですが、ものすごく感動して、2期生として通うことに決めたんです。

ー どんな授業内容なんですか?

出された課題に対して、コラージュなどをして最終的にポートフォリオを提出します。山縣さん(リトゥンアフターワーズ デザイナー)から「これは何故貼ったのか」や「違う視点はないのか」「もっと新しいアイデアはないのか」といった質問が投げられ、それによって自分が辿って来た軌跡を振り返りながらクリエイションに対する理解を深めていくという作業に徹するんです。私は性格的に自分を追いつめる方ではないのでこの授業を楽しんでいましたが、中には自分で自分を追いつめてしまう子もいて、当時は辞めてしまう子も多かったので大変そうでした。

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開発したニットの編地を収めた資料

ー 大学院卒業後は?

ニットデザイナーとしてアルバイトをしていたのですが、コンセプチュアルなアプローチをするブランドで私にとってはとても難しく悩んだ時期があって。一度デザインをすることをやめ、ニットを専門としたOEMに就職することにしました。ここで製品化されるまでのニットの全工程に携われたことは、自分にとって大きな転機でした。仕事を通じて出会ったニッターさんや縫製のおばあちゃんと仲良くなって、歌舞伎を一緒に見に行ったり(笑)。そういった経験が伝統芸能に興味を持つきっかけにもなりました。

2型でイメージ変えた 写真家との出会い

ー 「マラミュート」がスタートするきっかけは?

OEMでニットを担当していたミキオさん(ミキオ サカベ デザイナー)がここのがっこうのアドバンスコースの先生をしていたこともあって、また学生としてもう一度通いました。2回目は「何でおばあちゃんはフェイラーのハンカチに惹かれるんだろう?」ということを課題にしていて、その最終審査にいらっしゃっていた伊勢丹の寺澤さん(解放区ディレクター)が私の作品をとても気に入ってくれて「(解放区に)置かない?」と声をかけてくれました。その時に製品化できたのはマフラーくらいでしたが、取り扱っていただけたことがとても嬉しくて。このテーマをアップデートして、2014-15年秋冬シーズンにブランドをスタートしました。

次のページでは「マラミュート」が飛躍した写真家の出会いとニットの限界について

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