Fashion 次世代の担い手たち

【連載】次世代の担い手たち - vol.6 AKIKOAOKI 青木明子 -

青木明子
青木明子
Image by: FASHIONSNAP

 次世代を担う若手ファッションデザイナーたちの歩みを辿る「次世代の担い手たち」。第6弾は2014年に青木明子が立ち上げたウィメンズブランド「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」。幼稚舎から高校まで厳格なカトリックの一貫校で育った青木明子は、制限のある環境下で「なぜ」と問う思考をベースに、不確かなファッションの輪郭を掴もうと服を作り続けている。「Amazon Fashion Week TOKYO」に参加する若手注目株が目指す"リアリティ"のある服とは?

 

青木明子
1986年生まれ。女子美術大学 芸術学部ファッション造形学科を卒業後、セントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)美術大学に入学。「ペリカンアベニュー」や「ジェニー ファックス」で経験を積んだ後、2015年春夏シーズンから「アキコアオキ」として活動をスタート。

AKIKOAOKI 2017-18 AW collection

厳しい校則の中で培ってきた美意識

−幼少期について

 幼稚舎から高校まで一貫校に通ったんですが、モンテッソーリ教育だったので全てのことが決められていて、厳しい校則の中で生活を送っていました。制服はもちろん、絵の塗り方やティッシュのメーカーまで決まっていて(笑)。ずっと「なんで他のじゃダメなんだろう」と考えていましたね。その中で唯一自由にできるのは休みの日の服装で、服を買いに行くことを生きがいにしていました。

−どんな服を着ていたんですか?

 「エンジェルブルー(ANGEL BLUE)」や「スーパーラバーズ(SUPER LOVERS)」などを着ていました。服は高くてあまり買えませんでしたが「ヒステリックグラマー(HYSTERIC GLAMOUR)」のお店にもよく行っていました。

−学校での生活はデザインに影響している?

 毎日見ていたステンドグラスなど、カトリック的な美意識が今でも抜けていない部分はあると思います。加えてユニフォーム感というか、学生時代に着用していた制服の要素がデザインとして残っている気がしていて。昔は嫌でしたが、今では大人になる上で感謝というか、自分を形成する一つのファクターだったと思えています。

−その後女子美術大学に入学

 小さい頃からずっとファッションデザイナーになりたいと思っていました。中高で、アートやグラフィックデザインに興味を持つようになり、それこそ会田誠さんを好きになったり。プロダクトデザインなど色々見たんですが、やはりファッションのデザインをしたいなと心を決め、ファッションデザインが学べる学校を探しました。武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科や多摩美術大学のテキスタイルデザイン専攻も考えましたが、総合的に学びたいと考え女子美術大学のファッション造形学科に進学することにしました。染や織り、写真、解剖学まで学ぶことができましたし、ファッションだけでなく、絵画や映像、彫刻の人と交流することができたので、そういう環境に身を置けたのは良かったと思っています。高校までと比較すると好きなことに集中できたので、大学の環境は新鮮でしたね。

自由の局地、海外勢との出会い

−当時からブランド立ち上げを考えていましたか?

 いつかは自分のブランドをと思っていましたが、その前に一度海外で勉強したいと考えていました。大学3年の時に安達市三さん(元女子美術大学ファッション造形学科講師)に山縣さん(山縣良和)と三樹郎さん(坂部三樹郎)に会う機会を作って頂き、海外の美大の話などを聞く事ができました。2007年にデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)とヘレナ・ルメルスキー(Helena Lumelsky)がやっていた「ステレオタイプス(STEREOTYPES)」や「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」、「ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)」などが21_21 DESIIGN SIGHTでショーを行った「ヨーロッパで出会った新人たち」に感銘を受けて。日本では見たことのない作品ばかりで、率直に「こんなに自由にやっていいんだ」と思い、それから海外に行きたいという熱が一層強くなりました。

−なぜセントラル・セント・マーチンズ美術大学(以下セントマ)に?

 2007年にヨーロッパを貧乏旅行をして、ロンドンに惹かれていました。あと当時のセントマはストーリー性を重視する感じで、アントワープ王立芸術アカデミーはシュルレアリスムなところがあるなと感じていて、私はセントマの方が合っているかなと思ったんです。女子美術大学で学士は修了していたので、BA(学士課程)とMA(修士課程)の間にあるグラデュエート・ディプロマというところに入りました。

−女子美術大学とセントマの教育方法に違いはありましたか?

 似ているのかなと思っていましたが、全然違っていて(笑)。自由は自由だったんですが、よりファッションそのものでした。入学当時はクリストファー・ケイン(Christopher Kane)が出始めた頃で、セントマでもストーリー性重視からリアリティを求めるクリエーションにシフトしていたというか。流行りとしてはリアリティとアマチュアリズムの両軸で動いているような時代だったと思います。授業では一週間で100体のデザイン画を描いてこいと言われたり、日本で学んできて、多少なりとも自信があった自分のキャパシティを遥かに超えるデザイン思考を求められる環境でした。プロセスをロジカルに考えることが求められ、感性とファッション性で押し上げることが求められ、そういったものをテキスタイルなりシェイプなりでどう表現していくかを見られていました。フォークロアやスポーティーなどデザインのテイストでは判断されず、イメージソースからどうディベロップさせて服を作っていくか、その過程だけに指摘が入ります。とにかく考えることをずっと求められました。先生にデザイン画をゴミのように捨てられたりと、当初はかなり辛かったですね(笑)。

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−ゴミのように扱った理由を先生は教えてくれるんですか?

 もちろん理由は教えてくれないので、なぜそう言っているのかをひたすら考えるしかありませんでした。先生が考える一つ上の段階の提案をすることを求められるんですが、ただある時からどういうプロセスで思考したものが評価されるのかが自分なりの解釈で掴めてきた感覚がありました。ずっとダメと言われ続けましたが、卒制ではロンドンのクリエーション解釈と自分なりに向き合い、初めて高得点をもらいました(笑)。

−セントマ卒業後は?

 海外のブランドでインターンをしたいと思って、卒業後はアントワープに渡って「ペリカンアベニュー(pelican avenue)」でインターンをしました。小さいブランドだったので、ニットなど色々やらせてもらいましたね。その後日本に戻って、一期生として「ここのがっこう」に入り、「ジェニー ファックス(Jennyfax)」でインターンをしていました。

−2014年に独立

 同時期にブランドを立ち上げようとしていた「ノリコナカザト(NORIKONAKAZATO)」「コトナ(KOTONA)」「リョウタ ムラカミ(RYOTAMURAKAMI)」とヒカリエでのインスタレーションを機にデビューしました。

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