芸人・映画ドラマ考察YouTube・コメンテーターなどで活躍する大島育宙が気になったドラマを紹介。今回はNHK大河ドラマ「光る君へ」について。そして日頃からネイルを嗜む大島の最近のネイルもお届け。
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■光る君へ
主人公は紫式部(吉高由里子)。平安時代に、千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を書き上げた女性。彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、「光源氏=光る君」のストーリーを紡いでゆく。変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。
脚本:大石静 (「功名が辻」、「セカンドバージン」など)
演出:中島由貴(「平清盛」など)、佐々木善春(「麒麟がくる」など)、中泉慧(「鎌倉殿の13人」など)ほか
プロデューサー:大越大士(「精霊の守り人」「鎌倉殿の13人」など)、高橋優香子(「ちむどんどん」「きれいのくに」など)
2024年大河ドラマ「光る君へ」。大河史上2番目に古い時代を扱うだけあり、史実に比しての創作の余地がひときわ大きい。企画段階では石田三成を描きたかったと公言する脚本家・大石静氏の筆も躍っている。虚実ない交ぜに踊り狂う脚本の中で最も人生を捻られているのが藤原道兼(玉置玲央)だ。日本史上最大とも言われる権勢を極めた藤原道長(柄本佑)の兄であり、藤原氏の栄華絶頂への道を剛腕で切り拓いた藤原兼家(段田安則)の次男だ。
「光る君へ」の最初の衝撃は、早くも初回のラストに訪れた。のちの紫式部となるまひろ(吉高由里子)の母・ちやは(国仲涼子)が道兼に刺殺される。紫式部と呼ばれた女性の生い立ちの詳しい記録は残っておらず、「まひろ」という本名の設定さえドラマのオリジナルだ。実母が早くに亡くなったらしい、という程度の伝承に大石氏は壮絶な死のシーンを肉付けした。道兼は史実でも乱暴者のキャラクターが伝わってはいるが、紫式部母子との面識からそもそも創作だ。道兼という実在の人物が大河ドラマを面白くするために冤罪を被っていることになるが、これは「大河ルール」という不文法の中では合法な冤罪だ。
道兼の罪業は初回の盛り上げのためだけではなかった。
運命的な出逢いとすれ違い、そして再会を通じて道長とまひろの恋仲が育ってゆく。脚本を大石氏が担当する時点でその匂いは存分に漂っていたし、同氏の「平安のセックス&バイオレンスを描く」発言で視聴者の間でも確定路線になっていたまひろと道長の恋愛関係。しかし、如何せんそのスピードが尋常じゃない。視聴者の予想を上回る素早さで契り、交わり、十話以降は毎回のように逢瀬を遂げ放題だ。悲恋のような顔をして、肉体的にはべったりなのが、かえって刹那的で視聴者も火照る。
そんな「意外と速い」性愛に水を差すのが道兼の影だ。愛する道長の実兄が、すなわち母の仇であったことをまひろが知る場面も、意外と早く4話で訪れた。正直に述べると、筆者はこのフックももっと粘って発動すると思っていた。道長はまひろに妻になるよう口説くが、未来を見通せる賢いまひろは身分や立場の違いを理由に応じない。日テレドラマ「知らなくていいコト」でも、吉高由里子と柄本佑は悲恋のような顔をしながら、首の筋を違えそうな、歯が欠けそうな情熱的なキスを繰り返していた。「史実なんて無視してもいいからさ、今度こそはスカッと結ばれちゃいなよ!」と言いたくもなるが、そうもいかない。近年の大河ドラマでも、歴史的に確定している出来事の改変は許されない。許されるのはあくまでも出来事に至るまでの経緯や解釈、諸説ある場合の真犯人までである。だから、まひろと道長が結ばれないことも視聴者は全員知っている。その予想をスピードで裏切るのは熟練の筆が魅せる正攻法だ。
では、そんな確定的悲恋にどんな邪魔を用意するか。身分違いの恋、というだけでなく、まひろと道長の心理を決定的に隔てる機能を背負うのが、母を粗雑な理由で殺した過去としての道兼であり、道長と血縁的利害のために同じモチベーションで生きる現在としての道兼となった。藤原氏の権勢を加速するため、父・兼家の手足となって権謀術数に奔走した史実が「光る君へ」以前の道兼の数少ないパブリック・イメージだったことは疑いがない。有名な「花山天皇の出家」で帝を嵌めるキーマンとなったのが道兼の大きな功績だからだ。そのシーンも描かれた今、視聴者に「嫌いなキャラクター」のアンケートをとったらほぼ確実に道兼がトップになるであろう。
そんな、史実にない冤罪を背負ってドラマの太い縦軸になってしまった道兼にきっともう一度光が当たると筆者は期待している。父・道兼の不遇の時代に元服したせいで高官職に出遅れ、兄弟間での出世競争でも苦戦した史実の道兼。貴族が直接手を下して人を殺めるのは大いなる禁忌だった時代に、父・兼家の力で隠蔽してもらっても、穢れそのものは認識として残る。とすれば、殊勝に働く道兼を兼家が冷遇したことにも説明がつく。そんな道兼も995年、兄・道隆(井浦新)の死によってついに念願の関白になる。不撓不屈の根性が身を結んだ。しかし史実の上では最後まで報われない。任じられるとまもなく病没し「七日関白」という汚名を残したのだ。
大石脚本は道兼をいまひとたび可愛がるだろう、と予感する。ドラマの初回、史実の道兼に想像力で背負わせた冤罪を、そう簡単には解かないのではないか。道兼の関白宣下から死までの七日間をどう描くのかが楽しみで仕方がない。まひろの母殺しの罪悪感と向き合うのか、怨念のように描かれるのか。いずれにせよ、道兼の半生と穢れの烙印は不可分なままドラマに影を落とし続けてほしい。
政治という究極の即物世界に飲み込まれていく道長と、空想の力で身を立てていく紫式部の距離と対比が、「光る君へ」の軸には違いない。しかし、道長は紫式部の「源氏物語」執筆を支援したとされる。実際、まひろと最も離れた対岸にいるのは道兼ではないか。兼家の息子として生まれたことだけが行動原理で、傲慢で粗暴だが無思想で、父には忠実で、動物的にすら見える。現実の官職や父からの誉めなどの形式に囚われる道兼は、まひろが母への思慕と道兼への怨念を抑制するように震え奏でる琵琶の音にも鈍かった。不穏を察知することなく、綺麗な涙を流し、まひろに頓珍漢な質問をする。
想像力を解せない道兼が、大石静の想像力で檻に入れられているのだ。最後の七日間で「お前が知らない空想の、感性の、芸術の味はこれだよ」と一抹の楽しさを、否、無理は言わない、恐ろしさでもいいから食らわせてあげられないか。
文化的な奥行きが深すぎる大河ドラマの中で浮いてしまった道兼という狼藉者が気になって仕方がない。救うにせよ、貶すにせよ、どうか彼に光を与えてほしい。
■Some NAILs:最近の...大島のネイル
日本で映画「オッペンハイマー」公開の見通しが立たない頃に、オーストラリア・メルボルンのIMAXシアターに自腹で飛んで鑑賞しました。映画を観てすぐ帰国するくらいの弾丸スケジュールの中で、片時も見逃すまいと気合を入れるために爪にキーヴィジュアルの配色を刻みました。
映画・ドラマレビュー&考察YouTuber、お笑いコンビ XXCLUBのボケ担当。YouTube「大島育宙【エンタメ感想・考察】」を配信。ポッドキャスト番組は脚本家 高野水登との「無限まやかし」、芸人みなみかわとの「炎上喫煙所」、アナウンサー 西川あやの、哲学者 永井玲衣との「夜ふかしの読み明かし」に出演。ラジオ 文化放送「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」は火曜日レギュラーとしてコーナー「大島育宙のオーシマが推します」を担当。
■光る君へ
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗、段田安則
作家:大石静(脚本家)
放送日程:[総合]毎週日曜日 20:00〜/ 再放送 翌週土曜日 13:05〜
[BS・BSP4K]毎週日曜日 18:00〜
[BSP4K]毎週日曜日 0:15〜
(企画・編集:平原麻菜実)
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