
2026年秋冬ウィメンズコレクション。モデルはベラ・ハディッド
Image by: PRADA

2026年秋冬ウィメンズコレクション。モデルはベラ・ハディッド
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ミラノのプラダ財団「Deposito」を舞台に発表された、ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)が手掛ける「プラダ(PRADA)」の2026年秋冬ウィメンズコレクション。会場の空間構成は直近のメンズコレクションと呼応するような造りだったが、そこに響き渡っていたのは前回の波の音ではなく、オーケストラを思わせるサウンドトラックだった。そしてショーの幕開けとともに鳴り響いたのは、1999年にリリースされたDAF/DOSの楽曲「KOM」。「空間に足を踏み入れた際の音楽は、期待を裏切るものでありたい。そこからまた異なる衣服を想像させるために」。ラフがそう語るように、予測不可能な要素が複雑に絡み合う、極めて知的でスリリングなショーであった。
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今季、最も驚きをもたらしたのは、ランウェイに登場したモデルが、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)を含めてわずか15人であったことだ。通常、壮大なメゾンのショーでは50人以上のモデルが1人1ルックで登場するが、今回は15人の女性たちがそれぞれ4度ランウェイに姿を現した。モデルたちは登場のたびに全身の装いを全く新しくするのではなく、同一の靴を履いたままアウターを脱ぎ去り、レイヤードの順序を組み替え、あるいは装飾品を足し引きすることで、限られたワードローブの枠組みの中で「構成と再構築」を繰り返した。
「120のルックを提示することも可能でしたが、みなさんを退屈させたくはなかったんです」とラフが述懐するように、この演出は単なるミニマリズムの追求ではなく、一人の人間が一日のうち、あるいは一生涯において見せる「多面性」の具現化に他ならない。今季のテーマ「INSIDE PRADA」が示唆する通り、コレクションの核心は「レイヤリング」にある。それは物理的な衣服の重なりにとどまらず、個人の歴史や記憶、多様な経験の堆積を象徴している。

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ランウェイに立ち現れた衣服群には、テーラリングやスポーツウェア、刺繍を施したサテンドレスなど、相反する要素がバラバラに混在していた。ランダムに皺が刻まれたシャツや、パティーナ加工により着古されたような風合いのジャケットなど、ある種粗野で日常的な要素。それらと、精緻なビジューによって煌めくシューズ、優美な羽をあしらったブーツ、そしてシアー素材を重ねてグラフィックの妙を引き出したドレスといった装飾的なピースが、全くの同列にレイヤードされている。

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2026年秋冬メンズに由来するケープや誇張されたカフス、タイトシルエットのコートなども披露されつつも、「ハイとローの間にヒエラルキーを設けるべきではない」という両デザイナーの哲学通り、それらのピースはミニマルな意匠や豪奢な装飾と見事に共存している。こうしたジェンダーを横断するアプローチについて、ミウッチャは「真の意味では男女合同ショーを開催すべきなのかもしれない。しかしそうすると(少なくともファッションショーの場においては)女性の存在感が圧倒的すぎて、男性の重要性が霞んでしまうでしょう」とユーモアを交えながら、現代の女性像が持つ揺るぎない力強さを逆説的に言い表していた。

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ショー後の取材においてミウッチャは、「私は歴史に魅了されています。私たちが何処から来たのかを知ることは、この複雑極まりない現代世界を生き抜くために不可欠だからです」と語った。事実、会場には16世紀のタペストリーから1900年代の家具に至るまで、5世紀にまたがる美術品やオブジェが配されていた。衣服もまた、歴史の断片である。プラダのアーカイヴドレスがミニマルな衣服の内側に組み込まれるなど、過去のデザイン言語が現代の文脈において鮮やかに再解釈されていた。
しかし、それは単なるノスタルジーへの逃避ではない。ミウッチャが語るのは「人類の歴史」であり、それが個人の「主体性(自己決定)」にどう結びつくかという命題である。日々、クローゼットの前に立ち、「どう纏うか」「何を組み合わせるか」という決断を下す。その行為そのものが、自らのアイデンティティを構築し、内なる歴史を紡ぐプロセスなのだ。衣服が人間を規定するのではなく、人間が自らの意志で衣服を選び取り、自己を変容させていく。そんな力強いメッセージが同コレクションには宿っている。

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今回の、15人のモデルによる着回しと再構築というアプローチは、全く新しいというわけではないが従来のショーと比べユニークであった。だが、ここで熟考すべきは、この秀逸なアプローチが「プラダ特有の専売特許」としてのみ消費されてしまうことへの危惧である。
ファッション界においては、強烈なインパクトを残した演出や特異なスタイリング手法を他ブランドが採用すると、即座に「〇〇の模倣である」と揶揄される傾向が強い。プラダほどのブランドがやれば尚更だ。しかし、今回プラダが提示した「限られたワードローブの中で、装う者の主体性によってルックを変容させる」という理念は、決して特定のブランドに独占されるべきものではなく、より普遍的で開かれたアティチュードであるはずだ。例えば今後、気鋭ブランドやインディペンデントなデザイナーたちが、資金節約も考え同一のモデルを起用して着こなしの変容を表現したり、古着の再構築をショーの根幹に据えたりした際、それを「プラダの模倣」として表層的な類似性のみで切り捨てるべきではない。むしろ、ファッションの新たな表現手法における「ファッションショーの可能性」として、正当に評価されるような世界線であってほしいと願う。

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プラダが今回証明したのは、新作の膨大なピース数や圧倒的な演出規模ではなく、「いかに装うか」という着る者の主体性こそが、最も雄弁なデザインになり得るというファッションの本質だ。プラダが切り拓いたこの「自己決定」と「多面性」のファッション言語が、単なるトレンドの模倣として消費されるのではなく、世界中のブランドの文脈において自由に解釈され、発展していくこと。それこそが、歴史と知性を重んじるミウッチャとラフが真に望む、ファッションの豊饒で複雑な未来ではないだろうか。
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