Image by: FASHIONSNAP
「今までは『夢可愛い』というものを避けてきたところがあった」と終演後に語ったのはデザイナーの東佳苗だ。
しかし、東と“夢”というキーワードは切り離すことが難しい。彼女が高校時代に組んでいたバンド「夢遊病」を皮切りに、10代でブランド「縷縷夢兎(ルルムウ)」を立ち上げ。合同展示会では「白昼夢」という名前を掲げ、衣装デザイナー時代では「逃避夢」というコレクションも作っており、いずれも夢という文字が使われている。近年では、2021年にブランドとして初となるルームウェアライン「レムネ バイ ルルムウ(Remneh by rurumu:)」もローンチした。レムネという名前の由来も、夢を見ることができる睡眠状態「レム睡眠」と、旧約聖書に登場する夢の分配者「メムネ」に掛かっており、いずれも眠った時に見るもの=夢という連想に繋がる。
ここまで、夢というワードに固執しながらも、英語表記のルルムウ(rurumu:)に改名してからは「あえて“夢可愛い”表現を封印してきた」という東は、満を辞してキーワードに「夢」「夢遊病」「白昼夢」を掲げ、2023年春夏コレクションテーマを「The state of flow(覚醒状態)」と銘打った。原点回帰と言い換えることもできる今回のコレクションは、初期のルルムウを存分に感じさせるショーとなった。
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初期のルルムウを彷彿とさせる、ラブリーでロマンチックなアイテムたち
会場には、宇宙で培養されているような植物や、雲をイメージさせるスカルプチャが乱立。平沢進「A drop Filled with Memories」のBGMが流れる中、夢なのか現実なのかが曖昧になった空間を、モデルがふらふらと歩いた。
コレクションは、ベビーピンクやパープル、エメラルドグリーンなどのパステルカラーを中心に構成。フリルやレース、チュールなどのラブリーでロマンチックな要素が盛り込まれたドレスは、ロマンチックなネグリジェを彷彿とさせる。
カラーパレットやスタイリングが初期のルルムウを思い出させることを指摘された東は「ビヨンド・デイドリーム(白昼夢を越える)を意識した」と語った。ここでの白昼夢とは、その名の通り、日中に空想を夢のように映像として見ることと、東が学生時代に行っていた展示会名のダブルミーニングになっているようだ。
「展示会『白昼夢』を行った時、興味を持ってくれる人も多く、様々な媒体で取り上げてもらった。今回はその時の初期衝動を越える、という気合いを入れた。その気合いも相まって、当時のバイブスや色合いをあえて押し出したアイテムになったと思う」(東)。
初期衝動を越えるための具体的な行動として、フィジカルショーを行って以来、初めてスタイリストやヘアメイクとタッグを組んだという。プロップにはジュエリーアーティストの前田明日美も参加。東は「いかにエネルギーを集結させるかということに意識を向けた」とし、いつもよりもハンドメイドの一点物のアイテムを増やしたと明かした。
東が「原点回帰」にこだわった理由
なぜ、東はそこまで原点回帰にこだわったのだろうか。そこには彼女独自の「夢」の解釈がある。これらを紐解くために東によるステイトメントを引用する。
人生に貯蔵された記憶から生成された妙な夢のモチーフは、全て断片化された自己である。(中略)夢は感情を作る工場でもあるので、生活の中で感情を抑制している人の感情的な面を担うこともできる。
大切にしていた、大事だったはずの人が断片的に夢に出続け、覚醒時に抑圧していた深層心理が解放され、雄弁に語り始めるそれは執着による悪夢であった。これらの夢は、相手の魂が身体を遊離してやってきたのだと、良くも悪くも受け止めていたけれど、どうやら私の執着により脳内が見せているもので、無意識を意識させられる体験であった
ここで語られている事を要約するなら、夢は現実世界と地続きであるということだろう。この指摘は、精神科医であるフロイトの「人が無意識状態で見ているとされている夢とは、個人の記憶や体験によるイメージであり、無意識に選択される願望や欲望の表出である」という主張と同質のものである。
コレクション内に数多く登場した蝶のモチーフが意味すること
東による「夢と現実世界は地続きである」という主張は、コレクション内で多く登場した蝶のモチーフとして強く反映されている。夢と蝶といえば、「胡蝶の夢」を思い出す。胡蝶の夢とは、中国の思想家荘子が見たという説話であり、荘子がある日、自分が蝶になる夢を見てから目覚めることから始まる。彼は、人間である自分が蝶になった夢を見たのか、夢で見た蝶こそが本来の自分の姿であり、今の自分の姿は蝶が見ている夢なのかと混乱する。この経験を経て荘子は「何が夢で、何が現実かは誰にもわからず、どちらが真実の姿であるかは関係ない。いずれの自分も肯定すれば良い」と説く。
「元々、現実逃避という意味合いで『夢』というワードを使っていたように思う。クリエイションをすること=逃避とでも言えばいいのでしょうか。ある種それがコンプレックスでもあった。でも、夢が現実世界と地続きなのであれば、それが夢なのか現実なのかという逃避は意味をなさない。そうした『無我の境地』である時こそが、人間にとっての最高の心理であり、その覚醒状態をいかに作り出すかが人生において最も重要なこと。自分を信じて顧みる時にのみ、人間の視界はクリアになるのではないだろうか」(東佳苗)。
衣服を通して、現実世界に「覚醒状態=夢であるか現実であるかは関係ない」を作り出すことで、東は「夢=逃避」という執着から離れようと試みたのだ。
ショーが行われた11月8日は、442年ぶりに地球から皆既月食を観察できる日であった。夢と現実世界、現実世界とショーの合間で様々なレイヤーが重なり、その境界線が曖昧になった特別な日に、東は10代の自分自身を超えた。
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