Fashion インタビュー・対談

異国の地NYで立ち上げから5年「サヤカ デイヴィス」の歩みと挑戦

 セレクトショップを中心に支持を広げるブランド「サヤカ デイヴィス(SAYAKA DAVIS)」の拠点はニューヨーク。デザイナーの時本紗弥加は文化服装学院でファッションデザインを学び、日本での職務経験を経て約7年前に単身渡米後、2012年にブランドを立ち上げた。自身のルーツである日本の美学をクリエーションに取り入れ、ミニマルなデザインの中に非日常性や対比する要素を服とジュエリーで表現している。2017年春夏シーズンから日本での展開を本格化させる彼女に、異国の地でデザイナーとしてどのように道を開いてきたのか聞いた。

 

「人」から刺激を受ける街、NYで起業

―ブランドを立ち上げるまでの経緯を教えてください。

 ルーツは東京です。文化服装学院の服装科でファッションデザインに関する基本的なことを学びました。卒業後、ニットのデザイナーとして5年間東京で働いて、2009年に語学学校に通う目的で渡米。1年後に戻ってくる予定だったのですが「ファッションの仕事ができたらいいな」という願望はありました。ニューヨークの「ユナイテッドバンブー(united bamboo)」でインターンとして最初に拾っていただき4年間お世話になりましたね。そこで働いていくうちに「自分の服を作りたい」という気持ちがどんどん強くなって、会社に在籍していたのと同時期に「SAYAKA DAVIS」を立ち上げました。

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―なぜニューヨークを選んだのですか?

 ニューヨークには行ったことすらなかったのですが、決めた時は直感でした。実際に行ってみたらとてもエネルギーを感じて、自分の肌に合ったんだと思います。自分次第で色々な道が開かれていくことがニューヨークの魅力。"なんでもあり"というところもあるんですが、伝統や文化というよりも新しい挑戦に対して前向きな街です。自分の道さえ確立できていれば、受け入れてもらえるという雰囲気が街全体にある気がして、居着いてしまいました。ニューヨークには世界中から何か目的を持ってこの街に人が集まっているので、一番「人」からインスピレーションを受けますね。

ブランド立ち上げ当初はトランク営業

―異国の地でキャリアを築き上げるのは簡単ではないですよね。

 プレッシャーは感じていましたが、移住して大変だったという感覚はないんです。ブランド立ち上げ当初は会社に属しながら1年半ほど働いていたのですが、退社後は1人でデザインはもちろん、経営やセールスをしていかなくてはいけない。今はチームで動いているので助かっていますが、限られた時間の中で1人でタスクをこなしていかなくてはいけません。そういった意味では、タイムマネジメントが一番大変だった気がしますね。

―どのようにして売り先を増やしていったのですか?

 最初は作った服をトランクに10点ほど詰めて、好きなブティックに持ち込んで営業しました。相手は忙しいのでメールだと返信がもらえないことがほとんどで、電話をかけては断られ......ということを何度も経験しましたよ。実際に何度も足を運んでようやく取り引きを始めてもらえたところもあって、そのときは嬉しかったですね。地道な時代があってこそ、今があると思っています。

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―東京からニューヨークに渡ったことで、ファッションとの向き合い方やデザインのアプローチに変化はありましたか?

 変化はすごくありました。日本にいるときはマス向けのアパレル会社、そしてニューヨークではクリエーションに重きを置く会社で働いたので、その環境がまず大きな変化でした。ニューヨークでは尊敬するデザイナーのもとで学ばせてもらい、ファッションを自然な形で自由に表現できるようになったのだと思います。周りを見渡してから製作に取り掛かるという手順だったのが、その時の「ムード」に自然と耳を傾けてコンセプトを組み立てられるようになったり。自分自身を原点にクリエーションを構築していくというアプローチの変化が大きかったと思います。

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