土屋鞄製造所店舗統括部の池田 洋一(左)、深山 真樹子(右)
Image by: FASHIONSNAP
1965年創業の老舗バッグブランド「土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)」。ランドセルをはじめ、老若男女に愛されるレザーアイテムを展開し、昨年は、創業者の土屋國男氏が厚生労働省の「現代の名工」に選出されるなど、日本を代表するブランドとして、その地位を確立している。創業から58年を迎える今年、京都店の移転リニューアルオープンを皮切りにブランドリニューアルを行った土屋鞄が見据えるものとは何か。リニューアルによる社内の変化や、コロナ禍を経て改めて考える店舗の役割などについて、店舗の変革を担ってきた店舗統括部の池田洋一氏と深山真樹子氏の2人に話を聞いた。
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入社後すぐに全店舗クローズ コロナ禍を逆手にとった取り組み
─土屋鞄製造所に入社を決めた理由は?
池田: 元々、国内で製品を生産しているデザイナーズブランドにいたので、日本のものづくりに興味がありました。土屋鞄には職人さんがいて、いわゆる小売業だけではなく、製造もしているところに魅力を感じました。
深山:私は、海外のブランドで働いていたので、自分の母国である日本に立ち返って、その技術を発信する側に立ちたいという思いから入社を決めました。
─入社前と入社後での会社のイメージにギャップはありましたか?
池田:土屋鞄は歴史のある会社なので、すごくアナログなイメージを持っていました。でも、いざ入社してみたら、デジタルリテラシーが高い会社でびっくりしました。それこそ入社してからの3年間で、1枚しか紙の資料をもらったことがないほどです。今では、コピー機に近寄ることすらないですね(笑)。そこはかなり大きなギャップでした。
深山:私も、歴史ある会社ということで、職人さん含め年配の方が多いイメージでした。でも、実際は若いスタッフが活躍している会社です。平均年齢も30代で、活気のある雰囲気だと感じましたね。
─お2人とも2020年に入社していますが、ちょうどコロナの時期と被りますよね。
深山:はい。私はお店が全部クローズしているところからのスタートでした。店舗統括を担当するから店舗に行きたいけど、営業していないから行けないという状況。前例にないことでしたが、だからこそ「何でもできる」というポジティブな考えもありましたね。
池田:土屋鞄は、大人用の鞄はもちろんですが、ランドセルで認知があるブランドです。ランドセルの販売時期は、3月からゴールデンウィーク明けくらいまでがピークなのですが、ちょうどコロナによる緊急事態宣言と外出自粛要請期間が被ってしまったんです。そんなタイミングで、入社後すぐに社長から言われたのは「お客さまが密を気にせず買い物ができるように、ランドセルのお店を無人化できないか」ということでした。はじめは「何を言っているんだろう」と思ったんですが、なんとか試行錯誤して、結果、無人は難しかったですが、2人体制にして人数を減らして運営することに挑戦しました。ショールームのような運営方法で、店頭で商品を見ていただいて、お客様がオンラインで注文する方式です。そこから、どんどんお客様が増えて、コロナ禍でも多くの注文を受けるようになりました。
─コロナ禍の状況を逆手に取ったんですね。
深山:その1年間で、試行錯誤しながら運営スタイルをどんどん変えていきました。当時は「非接触」が推奨されていたので、お客様がECで商品を買う際に利用できるサービスとして、LINEチャットのサービスを始めたり。チャットは、特別にシフトを組んで手動で対応していましたね。また、店舗を事前予約制にしたのも、コロナがきっかけです。ランドセル選びって、ご家族にとっては一大イベントじゃないですか。一つの家族行事のようになっているので、予約制にすることでお客様一人一人と向き合って接客することができ、結果的に顧客満足度が上がったように思います。今でも、ランドセルのお店は、全部予約制で営業しています。
─お二人とも前職で販売を経験していますが、その経験が活かされた。
池田:そうですね。販売職を経験したことで、どんな場面でもお客様視点で考えるようになったことは今に活かされています。店舗を統括する立場になって、色々な場面で判断をする必要があるんですけど、「自分たちがやりたいこと」よりも「お客様がやってほしいことかどうか」という考え方が、一つの判断の軸になっていますね。実は会社の中で、店舗統括部が属するコミュニケーション本部が、お客様と直接コミュニケーションを取る唯一の本部なんですよね。僕たちがお客様の声を代弁しないと、会社の判断として誤った方向に行く可能性があるので、常にお客様目線で、アイデアの良し悪しを判断しています。
深山:販売スタッフとして店頭に立って製品を提供するにあたって、製品の良いポイントを伝えることも大切なんですが、お客様が何を求めているかを聞き出す力も同じくらい必要で、そういう意味では、傾聴力だったり、伝達力、お客様の希望を瞬時に察する能力は培えたと思います。苦々しい経験もありますが、店舗を運営する上で必要なコミュニケーションの仕方は、店舗で学ぶことができましたね。
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キーワードは「憧れと共感」 店舗が担う役割とは?
─EC販売が当たり前となった昨今ですが、実店舗の役割についてはどう考えていますか?
池田:改めてブランドとして必要な要素を考えたときに「憧れと共感」というキーワードが浮かんだんですが、それを体現できるのが店舗だと考えています。ブランドは、考え方や取り組みに「共感」できて、少し背伸びをして手が届くような「憧れ」の存在であることが理想だと考えた時に、土屋鞄が取り組んでいることをお客様に直に伝えることができる店舗はとても大切な存在だと改めて実感しました。僕たちは、“サステナブル”という言葉が浸透する前からリユースやリメイクといった取り組みをずっと大切にしてきているので、それを店舗で表現して、お客様に活動を知ってもらえれば共感に繋げることができます。そのためには、商品そのものだけではなく、その商品を取り囲む環境やサービスを伝える接客が最も重要な役割と言えますね。
深山:オンラインではなくオフラインで、お客様にどういう店舗体験をしてほしいのかは、常に考えています。製品だけではなく、店頭でのサービスで付加価値をつけるのが、店舗スタッフの役割だと考えています。
─店舗スタッフの育成で大切にしていることは?
池田:フィードバックですね。毎週、各店舗の店長とトレーニングの振り返りをしています。せっかく接客のトレーニングをしても、やりっぱなしだと忘れちゃうじゃないですか。学んだことを定着させるためにも、ショートタームで振り返ることで気づきが生まれ、スキルアップに繋がると思っています。
深山:お客様と接するために、レザーのプロとして知識や技術を習得し続けることは必要だと思うので、改めて革を勉強する研修の機会を設けています。その結果、今では80%以上の社員がレザーソムリエの資格を持っています。
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店舗スタッフの個性を力に ブランドリニューアルで変わったこと
─ブランドのリニューアルに伴い、今年6月には京都店をリニューアルしましたよね。
深山:私は京都店の内装や製品、サービスを考えるプロジェクトチームの一員として参加したんですが、キーとなる新しいブランドカラー「ツチヤブルー(TSUCHIYA BLUE)」をどう感じてもらうのか、新しさをどう打ち出すのかは、かなり試行錯誤しましたね。
今年6月にリニューアルされた土屋鞄製造所京都店
─顧客の反応はいかがですか?
深山:良い反応を頂いています。京都店のオープン日は、台風で土砂降りだったんです。新幹線が止まったりするほどで、お客さまに来ていただけるか不安だったんですが、開店時間の11時になると同時に、沢山のお客様に来ていただきました。土砂降りの中、タオルでぐるぐる巻きにした製品を持ってきて、メンテナンスを依頼してくださったお客様がいたりと、長く大切にご愛顧頂いているブランドであることを再実感でき、感動しましたね。
ランドセルの製造技術を活かした大人用バックパック(ツチヤブルーは京都店限定カラー)
深山:このバッグは京都店限定で販売したものですが、高額(税込31万9000円)なので、どれくらい売れるのかという不安があったんですが、多くのお客様にご購入いただいています。非常に好評で、既存顧客様だけでなく、新規の方にも購入していただいています。
池田:最近は新規顧客様の他に、休眠顧客と言われるような、数年間ブランドから離れていたお客様の戻りが多いという話を店舗スタッフからもよく聞きますね。
─休眠顧客が戻ってきている理由は何だとお考えですか?
池田:ブランドリニューアルによるものだと思います。改めてブランドメッセージを発信したことで、また新たに興味関心を持っていただけているんじゃないかなと考えています。
深山:あとは、小学生の頃にランドセルを使っていた方もよくいらっしゃいますね。京都店のオープンの際に来てくださった方で、「土屋鞄のランドセルを使っていたから、就職する時の名刺入れは絶対にここだと決めていた」という方がいたり、「父が使っていた鞄を譲り受けたいからメンテナンスをしてほしい」という依頼があったり、世代を超えたお付き合いに繋がっています。
─ブランドリニューアルに先駆けて、店舗スタッフの身だしなみガイドラインが変更になったと聞きました。
池田:土屋鞄には「個性を力に」というスピリットがあるんですが、そのスピリットを考えたときに、これまで厳密に決まっていた身だしなみルールを見直すことにしました。ブランド自体のリニューアルだけではなく、ブランドを紹介するスタッフの個性もお客様に知っていただくことで、来店しやすい環境づくりにつながると考えたんです。また、ガイドラインの変更と合わせて、ブランドイメージ統一のために制服を導入しました。
深山:制服を導入する一方、最低限のルールを残して身だしなみルールを全て撤廃しました。これまで染めてはいけなかった髪色は自由にして、ピアスやネイルもダメだったんですが、製品を傷つけないデザインのものであればOKになったり、靴も革靴でなければいけなかったのが、スニーカーでもOKになりました。完全に自由というわけではないですが、安全面を担保できる状態であれば、基本的にはなんでも大丈夫です。
─制服の導入は、「個性を力に」という考え方とは少し離れているような気もします。
深山:そうですね。元々、店舗スタッフは私服を着用していたんですが、「柄のシャツはNG」「なるべく白か濃色のパンツを着用」といったガイドラインがありました。最初は、制服になるのが残念だという声も上がったんですが、実際に蓋を開けてみたら、みんな楽しそうに制服選びをしてくれていました。色は統一していますが、アイテムは縛らず、スカートとパンツ、Tシャツやシャツなど、好きなものを選べるようにしています。制服とはいえ、あまり画一的だと堅苦しいイメージが出てしまうので、個性に合わせたスタイルを楽しんでもらえたら良いなと思います。
─店頭に立つ人材として、望ましい人材像は?
池田:どのポジションにも共通するのは“何事も楽しめる人”。どんな時も楽しそうに話す人って、一緒にいて居心地がいいじゃないですか。お客様が店頭でどう感じるのかが1番大切だと思うので、楽しそうに話すスタッフが接客することで、店舗空間をより楽しいものにできると考えています。
深山:スタッフ一人一人の雰囲気が、店舗の空気に直結すると考えていて、実際に買い物に行ってもお店によって「緊張感を感じるな」「空気が動いてないな」と感じることってありますよね。お客様がその空気感を感じ取って居心地が悪くならないためにも、空気が動いていて、活気がありそうな店舗づくりには、楽しい人が必要不可欠ですね。
─改めて、土屋鞄の強みは?
深山:社内での横のつながりが強いことですね。ランドセルを販売するシーズンになると、部署関係なくみんなで一斉に地方に出張して販売するタイミングがあるので、それをきっかけにコミュニケーションをとることができるのは面白いと思います。そのほかにも、職人が各店舗のスタッフに直接修理方法を教える機会を設けています。直接、職人の技術を目で見て学べるのは、土屋鞄だからこそできることだと考えています。
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