
3Dデータで作られた仮想空間「メタバース」では、ユーザーの「分身」や「化身」となるアバターに装着する衣装やアクセサリーが流通し、デジタルなファッションシーンを形成している。それは現実のファッションとどんな関係性を持つのか。ビジネスとしては成り立つのか。
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アバターファッションブランドの代表格である「エクステンションクロージング(EXTENSION CLOTHING)」「メゾンダルク(MAISON DARC.)」デザイナーのアルティメットゆい氏に取材した。(聞き手:GANTAN.writing)
■アルティメットゆい
株式会社EXTENSION代表・アバターファッションデザイナー。2021年から活動を開始。ブランド「EXTENSION CLOTHING」「MAISON DARC.」「REFLECTO by EXTENSION」などを展開する。
目次
「メタバース発」ファッションブランドの実力
⎯⎯メタバースでのファッションデザイナーとしての活動について教えてください。
3Dモデリングソフトを用いて、アバターに着せる衣装やアクセサリーを制作しています。メインのブランドである「エクステンションクロージング(EXTENSION CLOTHING)」のほか、別ラインの「メゾンダルク(MAISON DARC.)」も展開しています。



Image by: アルティメットゆい
「EXTENSION CLOTHING」より同じアバター(MANUKA ©진권/ジンゴ)に対応したVR服。
⎯⎯デザインテイストが非常に幅広いですね。
アニメ系やSF系、ストリートファッションなどのリアルクローズ(普段着)まで出しています。終売したものも含めれば、アイテム数は100を超えると思います。
私のアイテムは、ほぼすべて「ヴイアールチャット(VRChat)」というメタバースプラットフォームで使われるものです。VRChatのユーザーの好みはとても多様で、アバターの着せ替えがすごく活発なため、私のブランドもバリエーション豊かになっていきました。
⎯⎯メタバースでファッションブランドをはじめた経緯は。
私がVRChatのユーザーになったのは2020年でした。いまはアバターファッションを専業にしていますが、最初からデザイナーを目指していたわけではないんです。当時販売されていたVRChat用アイテムのほとんどは、メタバース上でのユーザーの姿となる「アバター本体」。その体形・髪型などを3Dモデリングソフトでカスタムする、通称「アバター改変」のユーザーが出てきた頃で、衣装やアクセサリーは今ほど多くはありませんでした。
⎯⎯2020年には、そもそも「ファッションシーン」と呼べるコミュニティがなかったのですね。
私はVRChatで知り合った友人からオリジナルのアクセサリーをプレゼントしてもらったことがきっかけで、自分もデザインしたいと思うようになりました。そこでモデリングソフトを独学しはじめたのが2021年の末ごろ。ブランドの最初のアイテムは「イヤリング」でした。

EXTENSION CLOTHING 最初に制作したピアス(現在は終売)
Image by: アルティメットゆい
⎯⎯服作りの知識はあったのでしょうか。
ほとんどゼロです。少し特殊な事情なのですが、私は当時、InstagramなどのSNSで姿を出して活動していて、フォロワーもそれなりについていました。そこで「ゆくゆくはOEMでアパレルを出してみよう」と考えて工場を探している段階でしたが、パンデミックで仕事がストップしてしまったんです。ファッションはすごく好きだったし、ブランドを立ち上げられたら......という気持ちもあったけれど、服を作れるほどのスキルはありませんでした。
⎯⎯リアルではどんな服が好きだったのでしょうか?
「ユニクロ(UNIQLO)」などのシンプルなコーデに、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「プラダ(PRADA)」のロゴの入ったアイテムをミックスするようなスタイルが好きでした。VRChatで服を作ろうと思ったのも、自分がよく着ているリアルクローズや、ストリート系のアイテムがほとんどなかったからです。
⎯⎯メタバースに現実のトレンドを取り入れようとしたわけですね。
私が欲しいものなら、きっとほかのユーザーさんにも受け入れられるだろうと。それぞれのアバターが持っている雰囲気や世界観を活かしながら、服やアクセサリーを組み合わせてコーディネートすることで自分らしく「拡張(エクステンション)」してほしい。そうしたコンセプトで「EXTENSION CLOTHING」というブランド名をつけました。

アルティメットゆいさん(VRChat内で取材)
パターン・サイズ・質感 3Dモデリングの服づくり
⎯⎯現実の服とアバター用の服づくりの共通点は?
実際にパターンを引くことはありませんが、袖・襟・身頃などの構造は、現実の服もVR服も同じ。実物を分解するなどして質感やシルエットの参考にしています。私のブランドで最初に大きな注目を集めた「MA-1」は、シワの入り方にかなりこだわりました。


「MA-1」型のアイテム(2022年発売)リアルな質感はVR外からも注目を集めた(現在は終売)
Image by: アルティメットゆい
⎯⎯違いがある点は?
サイズ感です。メタバースの衣装には、リアルの服のようなS・M・Lというサイズ展開がありません。基本的には「アバター本体」に合わせたサイズになります。
アバターに服を着せるためにはモデリングソフトに「アバター」と「衣装」のデータをそれぞれ読みこんで合体させるのですが、腕や足の長さ、肩幅などのサイズが合わないと服から体が貫通したりしてしまうんです。そのため、ユーザーが愛用しているアバターに合わせてバリエーションを作り込みます。これをVRChatでは「アバター対応衣装」と呼び、私のブランドでは多いときには16種類のアバターの対応衣装を発売することもあります。
⎯⎯まるで、オートクチュールのような作業ですね。
モデリングソフトを使えばユーザー側でもアバターに合わせてサイズ調整は可能ですし、自動的にサイズ調整するツールも出ていますが、それでは私が目指したシルエットが崩れてしまいますから。この対応作業のために専門スタッフを置いています。コストはかかりますが、妥協できないプロセスですね。
メタバースには現実のブランドのようにイメージモデルのような存在はおらず、さまざまな体形のアバターに合わせるのがデザインの基本です。メンズ・ウィメンズ・キッズ服を同時にデザインしていく感覚です。


「EXTENSION CLOTHING」より。アバターのプロポーションに合わせサイズを変える
Image by: アルティメットゆい
ビジネスとしてのアバターファッション
⎯⎯ビジネスとしてのアバターファッションについても伺います。現在は個人事業主でしょうか?
2022年末に法人化しました。現在は3期目で、私がデザインとモデリング、2名のスタッフが服のアバター対応とデバッグ、1名が問い合わせ対応という体制ですが、今後の展開によってさらに増員も考えています。VRChatのユーザーが増え、アバターファッションが盛り上がるにつれ、売上も増えてきました。

「MAISON DARC.」BOOTHショップ。各アイテムに数千単位のフェイバリットが集まる。価格は1000円前後だ
Image by: アルティメットゆい
⎯⎯アバター用の服を販売して生活するクリエイター・経営者が出てくるとは、数年前には想像できなかった状況です。専業になるきっかけは。
爆発的なヒットアイテムが出たから、というよりは「専業として継続的にアイテムを発表していく必要がある」と考えたからですね。アイテムの価格は1点1000円、2000円というレンジで、VRChatの服のトレンドサイクルは非常に速く、1週間もすれば忘れられてしまうような感覚があります。
⎯⎯日本のVRChat用アイテムの大部分が販売されているマーケットプレイス「ブース(BOOTH)」の3Dモデル取扱高は、2024年には58億円に達しました。
私がブランドを始めた2020年とは、アイテムの売り方も買い方も桁違いの規模になりましたね。特に好調なのはストリート系リアルクローズに特化したブランド「メゾンダルク」で、メインのブランドである「エクステンションクロージング」よりアイテム数は4分の1以下にも関わらず、売上げは全体の4割まで成長しました。リアルクローズジャンルの需要の高まりを感じます。

「BOOTH」の3Dモデル取扱高(「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書2025」より)
Image by: BOOTH
⎯⎯今後さらにブランドを多角化したり売上げを伸ばしていくために、現実のアパレル企業のようにデザイナーを抱えて経営していく方針もありえますか。
確かにデザイン・モデリングを自分ひとりで担当しながらリリースのペースを維持することは大変ですが、デザイナーを雇って効率化することは考えていません。アウトソースできるのはアバターごとの対応作業までだと思います。VRChatはコアなユーザーに支えられていて、推しのクリエイターの服を買うという傾向が根強くあります。「アルティメットゆいが作る服が好き」という方もいらっしゃると思いますし、私自身がそうしたカルチャーに惹かれてメタバースの活動を始めた部分もありますから。
⎯⎯3Dデータである「VR服」は非常に原価率が低く、効率的なビジネスモデルに思えます。
たしかに、リアルの服のような材料の仕入れも、在庫を抱える必要もありません。ただ、私のように生活を賭けるにはリスクも大きいです。この仕事はVRChatやBOOTHといったプラットフォームの方針に大きく影響を受けます。特にブランドを始めたころのVRChatは今よりマイナーで、いつサービス終了して売上がゼロになってもおかしくない状況でした。
さきほども言ったように、私はビジネスになると思ってメタバースでの活動をはじめたわけではありません。VRに足りないと思ったものを作り、ユーザーさんに「こんなのどう?」と見せているうちに、ブランドが大きくなっていった感覚です。法人化を決断したのも、前職のビジネスがストップしてしまったことや、収益が立ってきて税務面を効率化するためでもありますが、とにかく「メタバースでの服作り」を続けたかったから。毎月のようにアイテムを出して、アバターファッションに火をつけていく覚悟を決めるためですね。
仮想空間にはファッションが足りない

VRChatでアバターを着飾るユーザー
Image by: アルティメットゆい
⎯⎯メタバースには、一日あたり1億人超のアクティブユーザーを抱える「ロブロックス(ROBLOX)」や、韓国発で女性ユーザーが多い「ゼペット(ZEPET)」など複数のプラットフォームがありますね。その中でもVRChatの特徴は「ファッション性の高さ」なのでしょうか?
VRChat全体の特徴というよりは「VRChatにいる日本やアジア圏のユーザー」の特徴でしょうか。欧米圏のユーザーはVRを純粋なコミュニケーションツールとして遊んでいて、アバターの見た目もそこまで重視しませんが、私も含めて日本・アジア圏のユーザーは、基本的に匿名でプレイし、アバターの姿を借りてキャラクターを演じるような楽しみ方があります。VRゴーグルを通して自分の視点で仮想空間を見たとき、アバターや衣装にこだわりたくなる気持ちは多くの人が共感できるのではないでしょうか。
⎯⎯メタバースでファッションはどのような役割を果たしていますか。
言葉を介さず自分を伝えるコミュニケーションの形だと思います。例えば同じアバターを使っているユーザーの集まりがあったり、魔法使いという「設定」で集まるイベントがあれば、魔法陣を出現させるようなギミックをクリエイターが作って、ユーザーが買ったり。趣味が合う人のあいだでコミュニティが生まれ、広い意味での「ファッション」が育っていきました。
⎯⎯社交界のドレスコードや、パンク・ロリータなどの濃いコミュニティの装いとも近いですね。
作ったアイテムを流通させるハードルが非常に低いということも特徴だと思います。VRChatはアバターやアイテムを外部から自由にアップロードできる設計で、ほとんど審査なく使えるからこそ、こんなにも多様で濃いファッションが許されているのだと思います。
もちろん普段着ているような服をメタバースでも身に着けたいと思い、リアルクローズ(リアクロ)系を選ぶ人もいるわけです。VRChatをはじめる人は、まずはリアクロから入ったほうが楽しめるかもしれませんね。
⎯⎯メタバースでは「EXTENSION」を着ているユーザーに頻繁に出会います。なぜVRChatを代表するようなブランドに成長できたのでしょうか。
メタバースにないものを見つけ、ペースを落とさず発表できたからではないでしょうか。あえてロゴを大きく出してみたり、小物まで揃えたフルルックを売り出したり、コスプレ系を追求したり。批判されることもありますが、最初期から活動しているデザイナーとして、常に新しい提案をして流れを止めないようにしてきました。近年はブランドもどんどん増えて、シーンが盛り上がってきたことが嬉しいです。
デザインで直接影響を受けているわけではありませんが、デムナ・ヴァザリア(元バレンシアガ クリエイティブディレクター、現グッチ アーティスティックディレクター)のように、「こんなのアリなのか」と周囲が驚くようなアイデアを出せる存在でありたいと思います。
⎯⎯アバターファッションの新しい流れに期待することは。
リアルブランドの本格参入です。特に「ナイキ(NIKE)」や「アディダス(adidas)」のようなスニーカーブランドがVRに入ってきたら、私の服と合わせて履きたいですね。
私自身の新しい作品としては、オリジナルのアバター「ルミナ(Lumina)」を発表しました。これまで他のクリエイターさんが作ったアバターに着せる服を作ってきた私にとっては、大きなチャレンジでした。




「EXTENSION CLOTHING」オリジナルアバター『LUMINA - ルミナ』
Image by: アルティメットゆい
⎯⎯なぜ服だけではなくアバターを?
VRChatには無数の素晴らしいアバターがありますが、私が作ってきた服の世界観を100%表現できるアバターを自作したいとずっと思っていました。メタバースでしか実現できないアニメ系のファッションからリアルクローズまで似合う体形バランスを考えました。特にこだわったのは「顔」です。シェイプキー(調整できるポイント)を顔だけで600以上設置し、睫毛や涙袋、唇まで自在にメイクできます。現実世界にあるおしゃれが全てできるアバターを目指しました。制作に約1年半かかってしまいましたが、満足のいくものができたと思います。
⎯⎯VR服のブランドだからこそ作れた、ファッション特化型のアバターにも見えます。
とても嬉しかったのは「ルミナ」の発売前に、約140名ものアバターファッションクリエイターの方々が、対応衣装やアクセサリーを作りたいと参加してくれたことです。
いま、VRChatでは服のスタイルが増え続け、アバター用のネイルやコスメなども出てきています。ファッションが好きな人が、もっとメタバースを楽しめるように進化しているんです。それでも、現実には普通にあるおしゃれが、まだまだVRには足りません。いくらでも新しいことができますから、ぜひユーザーからクリエイターになってほしいと思います。
最終更新日:
■取材協力
アルティメットゆい
■画像協力
MAMOMING|MUVIA NOIR|あいぱい工房
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